オペラの夜

出掛けたオペラやコンサートを聴きっ放しにせず、自分の中で理解を深める為のブログです。

ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」

2010-12-25 | ヴァーグナー
<新制作プレミエ上演>
2010年12月25日(土)14:00/新国立劇場

指揮/大野和士
東京フィルハーモニー交響楽団
新国立劇場合唱団

演出/デイヴィッド・マクヴィカー
美術・衣裳/ロバート・ジョーンズ
照明/ポール・コンスタブル
振付/アンドリュー・ジョージ

トリスタン/ステファン・グールド
イゾルデ/イレーネ・テオリン
ブランゲーネ/エレナ・ツィトコーワ
マルケ王/ギド・イェンティンス
従者クルヴェナール/ユッカ・ラジライネン
廷臣メロート/星野淳
牧童/望月哲也
舵手/成田博之
水夫/吉田浩之


 クリスマス・イヴの夜、大垣発の「ムーンライトながら」で東京へ向かう。品川駅で山手線に乗り換え、新宿駅に着いたのは午前五時半。夜明け前の戸外は凍えそうに寒く、取り合えず南口前の漫画喫茶に避難する。このような施設は初めて利用するが、つまり学校の図書室辺りにある自習用ボックスみたいなもので、仕切りはあっても頭上は吹き抜け、引き戸はあっても鍵は掛からない。机上にはデスク・トップとテレビ・モニターの置かれ、椅子は水平に近い角度まで倒せるリクライニングで、暫しの仮眠を取るのには充分な設備と思う。これを六時間借りて千三百円は、高いんだか安いんだかは知らない。

 さすがの不夜城・新宿も早朝五時では時間の潰しようも無く、年の瀬の厳寒の中、ぬくぬくと居眠りする場所を確保出来るのは有難い。十時頃に目覚めると、睡眠不足も解消されスッキリとした気分。セルフ・サービスのコーヒーを飲んでから、歩いて新国立劇場へ向かう。

 今日の新国立も、例に拠って客席の平均年齢は高く、開演前のホワイエもクリスマスと云うのに、矢鱈とダーク・スーツ姿が多い。クリスマスらしい華やぎなんてものは、薬にしたくとも見当たらず、毎度お馴染み“ヴァヲタ”の跳梁跋扈する灰色の世界。まあ、イヴの夜に青春18切符で移動する、僕の言えた義理では無いが、皆様もう少し彩りのある服装で来ても、バチは当らんだろうにと思う。

 何故かは知らない、今年は「トリスタン」の当たり年で、僕は七月の関西フィル定期で二幕の演奏会形式を、八月の名古屋ではアマオケのコンサートで抜粋を、そして十月のびわ湖ホールでの二回公演を観た。明年も七月に藤村実穂子さんのブランゲーネを歌う、新日本フィルのコンサート・オペラがある。観た中では沼尻竜典指揮のびわ湖ホール製作プロダクションが、今年出掛けたオペラの中でも白眉の上演だった。今日の新国立上演は指揮者も含めた出演メンバーに、びわ湖と比べやや格上の印象がある。果たして、びわ湖公演と共に長く記憶に残る上演となるのか、期待しつつ開演を待つ。

 幕の上がると一昨年の「ヴォツエック」と同じく、舞台に水を張った演出。ホリゾントには赤くなったり白くなったりする、味の素の看板みたいな満月の掛かり、専らその月影を水面に映す効果を狙っているらしい。だから、水に入ってバシャバシャやるのは、パイレーツ・オブ・カリビアンみたいな助演のお兄さん達だけで、キャストの面々は誰一人として足も浸けない。この海賊風の御一党様を、僕は最初コーラスかと思ったが、合唱は舞台裏から聴こえて来る。演出家は色々と小ネタを繰り出すが、何だか騒々しく垢抜けない振り付けで、この海賊君達は蛇足にしか思えない。水溜りにしても、これは庭の池みたいな単なるお飾りで、歌手の背景になっているだけ。月影を映すだけでは勿体ない、どうせなら睡蓮を浮かべ、鯉でも泳がせれば風流で良いのに、と下らない事を考える。

 改めて考えてみるに、僕が大野の指揮に接したのは、16年も前の東フィル・オペラコンチェルタンテ・シリーズ、ショスタコーヴィチ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」の一回切り。大野がトリスタンを振ると云うが、僕は彼の指揮するヴァーグナーが、どんな風になるのか見当も付かなかった。今日、トリスタン全曲を聴いての感想は、大野の本領はヴァーグナーには無いかなぁ、と云った処。この人の明晰な棒では余情みたいなものの生まれ難く、それにトリスタンの音楽に対し分析的な姿勢を取っていて、もう一つ音楽に入り込んでいない印象を受ける。ただ、大野の理知的な指揮は、的確に場面を描き分けたし、二幕でのピアニシモは歌心に満ちて、彼の指揮者としての器の大きさを示していた。

 今回のトリスタンは素晴しいヘルデン・テノールで、声の力だけを云えば、びわ湖公演の人なんか足元にも及ばないし、世界中見渡しても、これ程のヴァーグナー歌いはザラには居ない。グールドは正統派の歌い手であり、技術的にキチンとした端正なテノールで、音程を下の方から持ち上げたりしない。メロートとの決闘シーンなんか良かったすね。しかも今回が初役と云うから、このキャスティングは新国立のお手柄と思う。でも、この人にはトリスタンに必要な、声の甘さが足りない。タンホイザーやジークフリートなら良いのだろうが、声に甘さの無いと二幕の愛のデュエットは余り面白くはならない。三幕終盤でも声のスタミナを充分に保持し、思い切りスピントする立派なトリスタンで、とても死に掛けている人の歌ではなかったが、それで二幕の埋め合わせになったとは思っていない。

 やはり新国立のリングで、見事なブリュンヒルデを歌ってくれたテオリンさんは、今回も立派なイゾルデだった。相変わらず大変な声量だし、この人の高音域にはヒステリックな響きのあって個性的だが、同時に豊かな情感も含んで、鋭くはない鉈の切れ味を感じさせる歌い振り。中音域に深い音色のあり、ピアニシモのソット・ヴォーチェも巧みで、声の音色を使い分ける、独自のスタイルがある。でも、三幕の“愛と死”のアリアでは、低音のヴォリュームに不足してフレーズの繋がらず、肝腎な処で臥龍点睛を欠いてしまった。

 マルケ王は声に深みの足りず、パセティックな泣きの入らない表面的な歌だったし、ラジライネンも立派な声だが軽妙さに欠け、今ひとつ役に嵌まっていない。また、ヴォータンの務まる立派過ぎるバリトンの中音域が、主役のトリスタンと被ってしまい、声の存在感を示せなかった。やはり「トリスタン」は愛の物語なので、余り重たい声よりも柔らかいトリスタンと、軽妙なクルヴェナールの組み合わせの良いと思うが、これを偏見と云われれば、敢えて否定はしない。

 ブランゲーネのツィトコーワには、メゾらしい深い音色のあって、こんなに小さくて細い人なのに、あの立派な体格のテオリンさんと張り合える豊かな声量がある。その歌い振りはやや一本調子だが、そんな直向きな歌が、この人の新国立での人気の理由なのだろうと思う。星野君のメロートは、この強力な配役の中では、やはり相対的に声量の小さな印象を受けてしまった。

 タイトル・ロールの二人にヴァーグナーらしい力強い声のあって、立派な上演だったと思うし、単純に演奏の質そのものを比べれば、びわ湖ホール公演を上回っているのかも知れない。でも、僕は沼尻からヴァーグナーへの思い入れを感じたが、大野からは今ひとつ伝わるものの無く、サラサラと流れる爽やかな「トリスタン」に、やや物足りなさを感じる。指揮者に直向きな情熱のあり、石野さんと松位さんの熱演のあった、びわ湖の方が掛け替えの無い上演だったと、これも僕の偏見なのかも知れない。大野の指揮者としての資質が、どの方面に最も発揮されるのか、僕には良く分からず、もっと日本国内での活動を増やし、是非その本領を聴かせて欲しく思う。

 若杉弘さんが新国立でキャンセルした上演は、生前の「ムツェンスク郡のマクベス夫人」と「修禅寺物語」、逝去後の「ヴォツェック」と「影のない女」の四本だが、今日の「トリスタン」も故人の肝煎りの企画だったようだ。僕としては、これが若杉さん追悼の最後の上演と云う想いで、東京まで出て来た。若杉さんの居なくなった以上、僕のオペラ見物に遠征する理由も大幅に減り、ジ・アトレ会員も脱退してしまった。今回の「トリスタン」を聴き終え、改めて若杉さんを偲ぶと共に、今後は資金不足の問題もあり、専ら関西のオペラ公演へ戦線を縮小すべきかと、今は迷っている最中だ。

 写真は若杉さんの後任、新国立劇場オペラ芸術監督の尾高忠明さんです。ご協力ありがとうございました。
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5 コメント

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Unknown (NOMA-IGA)
2011-01-30 10:59:20
こんにちは。TBありがとうございました。
「トリスタンとイゾルデ」、見に行っておられたんですね。自分が行った後、感想がアップされないかしらと、ちょくちょくお邪魔しておりました。

びわ湖ホールの「トリスタンとイゾルデ」、テレビで放送されたものですよね? 録画だけして、そのままになっていました。こちらの感想を読み、ぜひ見比べてみようと思いました。
Unknown (河童メソッド)
2011-01-30 22:50:51
長旅お疲れ様でした。

前史で相思相愛であれば、愛の妙薬は単なるトリガーでしかない。抱き合うためのきっかけですね。
そういえば昔確かにそんなこともあったような記憶が掘り起こされました。
リアルな演出で、そのあとは尾をひくワーグナーの音楽。
棒の大野さんは冷めた熱のよな感じで、理系頭のヴァオタにはフィットしてるかもしれません。
この前、読響によるリストのファウスト交響曲のとき、沼尻さんがお二方でいらして静かに最後まで聴いておりました。普通の好青年という感じですね。
それから、
東京の方のオペラ鑑賞も減らすことなく続けてもらいたいものです。泊まっていただくというてもありますので。
コメントありがとうございます。 (Pilgrim)
2011-01-31 22:00:04
 NOMA-IGAさん、こんばんは。

 僕のトリスタン見物も通算5回目で、劇場で席に着いて
しまえば、否応無しに最後まで観てしまいますが、あれを
ヴィデオで頭から尻尾まで観るのには、相当な覚悟の
必要で、まだツマミ食いしかした事ないです。
NOMA-IGAさんはびわ湖公演、頑張って鑑賞して下さい。

 河童メソッドさん、毎度おこしやす。

 ヴァヲタはエッティンガーのコッテリした解釈は嫌がるが、
大野のテキパキした指揮は喜ぶ訳ですか…。
何か今ひとつ腑に落ちないです。
沼尻は前日の金曜日、京響定期でファウスト交響曲を
振っています。記事は只今ボチボチ書いている処です。
Unknown (kametaro07)
2011-02-03 18:02:42
はじめまして。
TBありがとうございました。
私も理系頭のヴァオタ?
鑑賞歴が浅いのでヴァオタというのはおこがましく、ヴァオタの卵ですが・・・
個人的にはエッティンガーのコッテリした解釈の方がこの初日の演奏より好みです。
ただこの初日の演奏が大野の意図したものであったかというのはかなり疑問視しています。
初日と最終日の両方に行った方の話では出来に大きな差があったようです。
トリイゾの後、病に倒れられてしまいましたが、よほど心血を注がれたのでしょう。
最終的には、これまで世界で築き上げてきた評価をなんら傷つけることなく、むしろ上げられたのではないでしょうか。
こちらからもTBさせていただきます。
今後ともよろしくお願いいたします。
コメントとTB返し、ありがとうございます。 (ピルグリム)
2011-02-05 15:09:40
 kametaro07さん、こちらこそ始めまして。

 僕は細かく丁寧に指示を出す大野のスタイルは、ショスタコーヴィチや
ブリテン等、調性のある現代物に向いているのだろうと思います。
それにオケの巧い方が演奏の楽しめるのは確かですが、初日の
出来でも大野の意図は、充分に伝わっていたと思いますよ。
金管の半音の甘いのは、指揮者の責任じゃないですし…。

 こちらこそ、よろしくお願い申し上げます。

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新国「トリスタンとイゾルデ」(1月10日) (Maxのページ)
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トリスタンとイゾルデ・・・新国立劇場・・・2010/12/25 (ネコにオペラ)
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