オペラの夜

出掛けたオペラやコンサートを聴きっ放しにせず、自分の中で理解を深める為のブログです。

J.シュトラウス「こうもり」

2008-08-02 | ドイツオペラ
<小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクト宗
2008年8月2日(土)15:00/びわ湖ホール

指揮/小澤征爾
小澤征爾音楽塾オーケストラ
小澤征爾音楽塾合唱団

演出/デヴィッド・ニース
美術/ヴォルフラム・スカリッキ
照明/高沢立生
衣裳/ティエリー・ボスケ
振付/マーカス・バグラー
東京シティ・バレエ団

アイゼンシュタイン/ボー・スコウフス
ロザリンデ/アンドレア・ロスト
アデーレ/アンナ・クリスティ
ファルケ博士/ロッド・ギルフリー
オルロフスキー公爵/キャサリン・ゴールドナー
音楽教師アルフレード/ゴードン・ギーツ
刑務所長フランク/ジョン・デル・カルロ
弁護士ブリント/ジャン・ポール・フシェクール
看守フロッシュ/小迫良成
イーダ/澤江衣里


 昨年も東京のオペラの森の「オテロ」と、水戸室内管弦楽団の定期を過労でキャンセルした小澤が、今年は腰のヘルニアで、新日フィル公演と水戸室内のヨーロッパ遠征をキャンセルした。僕も随分、気を揉んでいたのだが、今日の「こうもり」では、用意された椅子に小澤の腰掛けるのは、歌手が台詞を喋っている時だけで、オケを振る際は、ずっと立ったままで指揮していた。身のこなしは従前と変わらず軽やかで、演奏面にも何の問題も無かったが、かつての万年青年も既に73歳。くれぐれも自重をお願いしたい。

 序曲の演奏から、小澤の「こうもり」解釈は明確に見えて来る。即ち、世紀末ウィーンの頽廃の甘い香り、なんてものは薬にしたくても見当たらず、そのワルツのリズムは、どこまでも生真面目で四角四面なもの。音楽塾オケは今年が当たり年らしく、その演奏は精確緻密で、非常に機能性が高い。オーボエとフルートが、バリバリ吹きまくっていた。思わず、もう少しリラックスして弾いて貰っても構わないんですよ、と声を掛けたくなる。でも、その腹筋が縦割れしているように、剛毅で健康的なワルツは、如何にも小澤らしくて楽しめる。

 事前に分かってはいたが、今回の公演の為に海外から招聘された、オールスター・キャストの歌手陣の唄声の強烈さを、実際に目の当たりにすれば、これは殆んど呆れる程のものがあった。まず、どう考えてもアイゼンシュタインと云う役に、スコウフスのような超一流のバリトンは必要とはしない。でも、この人の演技は本当に巧みで、ちょっとした仕草が、全てオペレッタしている。生半可なテノール歌手よりも、余程テノールっぽい明るい音色で、スコウフスは「こうもり」の楽しさを、存分に歌い上げてくれる。実際の話、この人にはトリスタンでもジークムントでも、充分に歌えるだけのポテンシャルはあると思う。アイゼンシュタインだとかダニロだとか、楽して稼ごうとしてるんじゃないの?と、勘繰りたくもなる。

 ファルケ博士のギルフリーが、また凄い。この人も、世界中どこのオペラ・ハウスに出演しても、金看板で特筆される実力派のバリトン歌手。スコウフスとのデュエットは、両者相譲らぬデカイ声の張り合いで、こちらは呆気に取られるのみ。この人にファルケ博士は、どう考えても役不足でしょう。また、この二人が声だけではなく、ガタイも矢鱈にデカイ。フランクのデル・カルロも含め、三人とも身長は二m近くあるように思われる。だから、一幕のリカちゃんハウスみたいなアイゼンシュタイン邸のセットが、何だか随分手狭に見えた。

 女声陣ではアデーレのクリスティが、愛らしい舞台姿と情感豊かな歌声で、とても魅力的。声質自体はレジェーロよりは、やや重目のリリコながら、見事なコロラトゥーラのテクニックも備えている。将来どんな役を得意にするようになるのか、未知数なだけに楽しみな存在。アンドレア・ロストはスカラ座でジルダを、ザルツブルクではヴィオレッタを歌っている、これも超一流のプリマドンナだが、やや暗目の音色がロザリンデに打って付けとは思えない。でも、この人も演技力は充分で、バレエ・ダンサーたちと一緒にチャールダッシュを踊り、二幕を盛り上げてくれた。

 オルロフスキーのゴールドナーは、深い音色のある良いアルトだが、頽廃した貴族と云うには、健康的に過ぎる歌声。アルフレードのギーツも単調な歌で、他の大歌手たちと比べては、分が悪い。この人、何処かで聞いたような名前だと思ったら、去年の夏も日本に来て、兵庫芸文の「魔笛」でタミーノを歌っている人だった。

 「こうもり」には勿体ないような実力派を揃えた上演だが、それでも今日の主役は、やっぱり小澤。二幕の“こうもりワルツ”で、エンジンを全開。オケのメンバー全員が、小澤のカリスマに憑依したように音楽が熱っぽく盛り上がる、我々にとって余りにもお馴染みの、小澤入魂の演奏を聴く事が出来た。僕は滅多にそんな事はしないのだが、今日はワルツが終わった時、思わずブラーヴォを叫んでしまった。

 三幕の刑務所の場面では、フロッシュ役の歌手がギャグのようなものを喋るのだが、これが僕にとってはクスリとも笑えない代物。それでも今日の観客は、これに律儀に反応してゲラゲラ笑っている。面白くも何ともない冗談に笑う人は、本当に可笑しい事象には反応しない。今時の年寄りは、テレビの下らないバラエティ番組の見過ぎで、本物のユーモアを解さない状態に陥っているのだと思う。芸達者なオペラ歌手たちの闊達な演技も、これでは猫に小判と云うもの。でも、歌手たちがサービスで日本語を喋ると、これは必ずウケる。内容なんかどうでも良いのだ。それが証拠に、日本人歌手が普通に台詞を日本語で喋っただけで、客席からは笑い声が起こっていた。ここまで来ると、僕の理解の範疇を超える事象と言わざるを得ない。フランクがドイツ語で話しかけると、フロッシュを演じる日本人歌手が日本語で返答すると云う珍現象にこそ、笑い声を浴びせてやるべきではないのか。

 五月の「ランスへの旅」の記事で、日本人にとってロッシーニは難しい、と僕は書いたが、オペレッタもやはり日本人にとって本当に難しい。佐渡の「メリー・ウィドウ」のように思い切り泥臭くやれば、バラエティの好きな観客も付いて来れるが、スコウフスやロストの手の込んだ演技を楽しむ土壌は、まだ出来ていない。佐渡の「メリー・ウィドウ」は、あれはあれで存在価値のあるものだが、そのレベルに留まっている限り、日本オペラの将来は暗いと言わざるを得ない。今の年寄りは全くダメなので、まずはオペラ鑑賞者の平均年齢を下げることに、関係者は意を尽くすべきと思う。

 指揮台の小澤が嬉しそうに鉦を叩き、アイゼンシュタインの懐中時計を鳴らす時、僕も「こうもり」を心から楽しめたのに、陰気な感想文を綴るのは全然本意ではない。シャンパーニュが泡を噴くように、今日の上演が締め括られれば、小澤の辛口のシャルドネのような「こうもり」も、将来の日本オペラへの布石となる、貴重な経験の一つとなった筈だ。
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4 コメント

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小澤こうもり (Odette)
2008-08-05 21:47:33
見たかったんです。これ。ですが、チケット争奪戦に惨敗いたしまして…私がとった行動は、「東京までバレエ『海賊』を観に行く」でした。しかも、初演だった昨年に観られなかった熊川氏がお目当てだったのに、直前の怪我で今年もフられてしまうというオチつき(苦笑)。
オペラ鑑賞者の年齢層を下げる努力、まだまだ足りないと思います。というか、してるのか?そんな努力。私の友人など、エリザベートだの美女と野獣だのといったミュージカルには抵抗がないのに「オペラ」と名がついた瞬間に「まぁ優雅ね〜」とのたまいますから(笑)。それには多分理由があって、特に首都圏と違ってたまにしかオペラ(やバレエ)公演を観る機会のない関西圏の住人は少ない機会に着飾って大挙して押し寄せるんですよね。で、「お洒落した奥様方のもの」というステレオタイプが出来上がってしまうのではないか、と。もちろん、パリ・オペラ座やウィーンなど有名どころは目をむくようなお値段がついてるってことも理由の一つでしょうね。「学生券」っていうのが新国にはありますが、あれをもっと普及させるべきです!
TBありがとうございました (Lugh)
2008-08-06 08:46:10
初めまして、TBありがとうございました。
小澤さん、お元気な指揮ぶりで何よりでしたね。自分が聞いたのは東京での公演ですが、やはり主に立って指揮されてました。今後も末永くご活躍いただきたいですね。
第3幕は自分もいろいろ思うところがありましたが・・・日本語サービスは演出側の好意と思うので、何かしら反応をもって応えたい気がします。
クラシック初心者の自分にはいろいろためになるので今後もブログ拝見させていただきます。
TBありがとうございます (yurikamome122)
2008-08-06 19:44:55
この公演では、私は実は歌手の立派さに、そしてセットの豪華さに圧倒されながらも正直申し上げればオペレッタの楽しさが物足りなかったのです。
ただ、ブログ上ではここまでの完成度にそんなケチをつけるのも大人げないのであまりその辺は語りませんでした。
でも、アイゼンシュタインとアデーレとロザリンデが企みを持って悲しいといい歌うところなんてもっとはじけて欲しかったし、女優とかたるアデーレのアイゼンシュタインへ「可笑しいわ、アッハッハ」のところはもっと表情が欲しかったし、何よりオケが固かったというか、まとまりがイマイチな気がしたんです。
音楽塾という性格上これは仕方がないのですけどね。
もっとも私は、お正月に見るほろ酔い加減のこの出し物、ドミンゴ指揮でプライのアイゼンシュタイン、キチ・テ・カナワのロザリンデの大物たちがでるあのDVDのナンセンスを期待しすぎるのでしょうか。
すいません。でも本当はこれが本音なんです。
コメントありがとうございます。 (Pilgrim)
2008-08-09 07:18:04
 現在、旅先のビジネスホテル備え付けのパソコンから、取り急ぎ書き込んでおります。

 Odetteさん、
 以前から若杉さんが提案されていた、新国立劇場プロダクションの地方巡演。いよいよ実現するのかと思っていたら、お家騒動でそれどころでは無さそうな…。モルティエにでも来て貰わないと、何も進展しそうにはないですね。

 Lughさん、
 こちらこそ初めまして。荒川静香の出演した、名古屋公演の評判が一番良いようですね。それでこそ、トゥーランドットも盛り上ると云うもの。ゲストの誰も出ない公演は、やはり華やかさに欠けますね。

 yurikamome122さん、
 僕はオペレッタ見物の経験は少ないのですが、仰る意味は分かるような気がします。でも、佐渡の「メリー・ウィドウ」のように、演出のベタ過ぎるのも意見が分かれてしまいますし、落しどころの難しいものだという事だけは、段々と分かって来ました。今回の上演の場合、演出よりも小澤の真面目過ぎる音楽を容認出来るかどうか、でしょう。佐渡は意外にも、甘ったるい程に甘かったです。

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