
<芸術監督プロデュース/訳詞上演>
2008年7月6日(日)14:00/兵庫県立芸術文化センター
指揮/佐渡裕
兵庫芸術文化センター管弦楽団
ひょうごプロデュースオペラ合唱団
演出/広渡勲
美術/サイモン・ホルズワース
照明/沢田祐二
衣裳/スティーヴ・アルメリーギ
振付/川西清彦
<Bキャスト>
ハンナ/塩田美奈子
ダニロ伯爵/黒田博
ツェータ男爵/松本進
ヴァランシエンヌ/天羽明惠
カミーユ/経種廉彦
カスカーダ子爵/高野二郎
サンブリオッシュ/晴雅彦
領事ボグダノヴィッチ/竹澤嘉明
シルヴィアーヌ/平みち
プリチッチ大佐/片桐直樹
プラスコヴィア/牧野真由美
参事クロモウ/栗原剛
オルガ/渡辺玲美
ニエグシュ/桂ざこば
今日で兵庫芸文の「メリー・ウィドウ」12回公演も、目出度く千秋楽。桂ざこばは、今日もオケピットからエプロン・ステージ(“銀橋”は宝塚歌劇独特の用語らしい)によじ登り、前口上を述べた。初日と比べると、ざこばの口説は滑らかになり、テキパキと進行役を務めている。もちろん、コテコテの喋りはそのままだが、今回の演出意図を掴み、ここの客層のあしらい方も把握し、より洗練された話法で、前回よりもスムーズに舞台を進めていた。そもそも初日には、「ポンテヴェドロ」という架空の国名を、マトモに発音出来た例しがなかったのだが、どうやらこの二週間を掛けて他の出演者がレッスンしたらしく、今日はほぼ正しい発音で国名を紹介していた(ざこばが「ポンテヴェドロ」と言う度、佐渡とコンマスが目を合わせ、ニコニコしていた)。
二週間で変わったと云えば、東京から呼ばれた歌手たちが、タイミング良く関西弁を交え、笑いを取っていたこと。これもやり過ぎるとクサくなるが、程を心得て結構センスがある。ハンナの台詞で、「あんたが待たせ過ぎたからや」なんてね。さすがにオペラ歌手は暗譜が仕事で、ちゃんと関西弁のイントネーションになっている。ハンナ登場の後、ダニロはマキシムから自転車に乗ってご帰還。四日徹夜で飲み続けのダニロを、ニエグシュが介抱する場面だが、ここは関西弁ネイティヴ・スピーカー同士の、黒田博と桂ざこばの絡みが楽しい。
黒田「おまえ、パリに十年もおって、コテコテのポンテヴェドロ弁、ホンマ直れへんなぁ」
ざこば「あんたかてやがな」
一幕に前倒しで演奏された「女・女・女のマーチ」の七重唱は、男声たちがアンコールに応じた後、更に女声陣が登場して七重唱を引き継ぎ、最後は混声で演奏して大いに盛り上げる(オーストリアの湖上音楽祭、メルビッシュでの上演のスタイルだそうな)。一転してシンミリとした本来の一幕の幕切れ、ハンナとダニロがワルツを踊る場面。佐渡は何故、ここまでレハールのワルツへの思い入れが深いのだろう?と不思議に思われる程、トロけるように甘く切ない音楽が奏でられる。
二幕と三幕の幕間は休憩の無い代わりに、ざこばと元タカラ・ジェンヌの平みちが客席の後方から登場し、舞台転換の時間稼ぎをする。ざこばが平にタップ・ダンスのステップを教わるのだが、初日は全く形になっていなかったのが、これを踊るのも最後の今日、かなりサマになっていた。リズムを担当するオケの打楽器奏者は、ざこばが間違うと茶々を入れるのがお約束になっているのだが、今日はざこば師匠、間違えていないのに茶々が入ったため、「あんたら、空気読めよ」と怒って見せる。この後、フルオケの伴奏でタップを踊るのだが、もう少しで終わる、と云うところで乱れてしまい、師匠本気で悔しがっていた。ついでに言っておくと、カーテン・コールで佐渡が舞台に上がった後、ざこばはオケを指揮するのだが、これも初日と比べると、オケに指示を出そうとする意図が見て取れて、段違いに進歩していた。ざこば師匠のリズム感と舞台センス(上に“ど”の付く音痴だけど)に、満腔の感謝の意を込め、ブラーヴォを!
三幕冒頭の「グリゼットの歌」では、女声歌手たちがフレンチ・カンカンを披露し、引き続いて専門のダンサーが「天国と地獄」を踊る。ここでソロを歌い、カンカンを踊る天羽さんがノリノリで、次の場面でも夫のツィータ相手に、まだ足を上げ踊って見せていた。並河さんじゃ、こうは行かないんだよな。全曲の大詰めでは指揮者渾身の甘い愛のワルツ、「唇は黙し」のメロディが戻って来る。歌は無く、ハンナとダニロの台詞で語られるこの場面、ここまで陶酔的なワルツは滅多に聴けるものではない。
すっかり失念していたのだが、幕切れ後に行われたグランド・フィナーレの冒頭で、レハールのワルツ「金と銀」が、二人のダンサーのバレエ付きで演奏された。でも、そんなに泣き節ではなく、割りに普通でした。この後は「メリー・ウィドウ」名曲選で、こってりタップリとレハールの甘美な音楽を、ダイジェストで満喫させてくれる(ブダペスト・オペレッタ劇場方式だそうな)。いよいよ最後、「唇は黙し」の合唱で終える間際、黒田さんが「皆さん、ご一緒に」と仰っる。折角なのでお言葉に甘え、主旋律ではなく、上でハモる方を歌わせて頂いた。気持ち良かった。
カーテン・コールは一体、何回あったのだろう?オケのメンバーも全員舞台に上がり、テープと紙吹雪が大量に(舞台にいる人たちの顔が見えないくらい)舞い散った。床に落ちた紙吹雪を掬い上げ、放り投げている連中もいた。12回公演で練り上げられたアンサンブルは、やっぱりオーケストラは経験値と練習量だね、と納得出来るものだった。
今日のタイトル・ロールの塩田美奈子は、ヴェルディやプッチーニで主役を張る歌手ではない。だが、独特のツヤのある中音域が魅力的で、その蓮っ葉なキャラと、台詞を喋る声自体にコケットリーを含むのも、オペレッタの主役に打ってつけと感じられた。高音部ではややキツイ声になるが、それをカバーする、音色とデュナーミクの変化の細かい工夫も、佐藤しのぶの大雑把過ぎる歌い振りと比べれば、好感を持てる。ヴァランシエンヌの天羽明惠は、一般には軽やかなコロラトゥーラとのみ認識されているようだが、実は中音域にも充実した深い音色がある。塩田と天羽の声が絡む曲では、この二人の声の相性が絶妙で、僕はウットリと聴き惚れてしまった。フィガロの「手紙の二重唱」なんか、よろしいやろな。
佐渡はワルツの演奏で、しばしば両手を大きく広げ、オケを押さえ込むような格好で、ピアニッシモを要求する。ダニロの黒田は美声も去ることながら、この指揮者の要求に応え、声をオケの音量に合わせてコントロールする、ダイナミック・レンジの広い音楽作り。ところがカミーユの経種は、喉を絞めた発声も感心しないが、それよりも終始同じような音量で歌う為、フォルテになると声はオケに埋もれ、ピアニッシモでは突出してしまう体たらく。指揮者の意図を読めない、文字通りKYな歌手だった。
そして今日も期待の、サンブリオッシュの晴雅彦。どうやら、ざこばは晴の芸風を理解出来ないらしく、「あんたはクサイんや」と、晴に言っていた。でもコテコテのざこばと、キザな晴の取り合わせを、僕はもっと見ていたかった。また、晴に向かい「あんたの動きは不自然なんや」と言っていた当のざこばが、カーテン・コールでは晴のポーズを真似、キメて見せていた。そう言えば、佐渡もやってたな。
専門のダンサーによるカンカンは派手にスカートを上げ、後ろ向きでお尻も見せる大胆なものだったが、これはそんなに面白くはない。それに引き換え、歌手たちのカンカンは足はそれほど上がらず、スカートの上げ方も控え目だが、でも見えないと見たくなるのが、男のアサハカさ。天井桟敷の常連である自分に苛立ちを覚え、カブリ付きの席を押さえなかったことを、深く後悔した。
写真は開演前のロビーでお見かけした広渡勲さんです。ご協力ありがとうございました。
2008年7月6日(日)14:00/兵庫県立芸術文化センター
指揮/佐渡裕
兵庫芸術文化センター管弦楽団
ひょうごプロデュースオペラ合唱団
演出/広渡勲
美術/サイモン・ホルズワース
照明/沢田祐二
衣裳/スティーヴ・アルメリーギ
振付/川西清彦
<Bキャスト>
ハンナ/塩田美奈子
ダニロ伯爵/黒田博
ツェータ男爵/松本進
ヴァランシエンヌ/天羽明惠
カミーユ/経種廉彦
カスカーダ子爵/高野二郎
サンブリオッシュ/晴雅彦
領事ボグダノヴィッチ/竹澤嘉明
シルヴィアーヌ/平みち
プリチッチ大佐/片桐直樹
プラスコヴィア/牧野真由美
参事クロモウ/栗原剛
オルガ/渡辺玲美
ニエグシュ/桂ざこば
今日で兵庫芸文の「メリー・ウィドウ」12回公演も、目出度く千秋楽。桂ざこばは、今日もオケピットからエプロン・ステージ(“銀橋”は宝塚歌劇独特の用語らしい)によじ登り、前口上を述べた。初日と比べると、ざこばの口説は滑らかになり、テキパキと進行役を務めている。もちろん、コテコテの喋りはそのままだが、今回の演出意図を掴み、ここの客層のあしらい方も把握し、より洗練された話法で、前回よりもスムーズに舞台を進めていた。そもそも初日には、「ポンテヴェドロ」という架空の国名を、マトモに発音出来た例しがなかったのだが、どうやらこの二週間を掛けて他の出演者がレッスンしたらしく、今日はほぼ正しい発音で国名を紹介していた(ざこばが「ポンテヴェドロ」と言う度、佐渡とコンマスが目を合わせ、ニコニコしていた)。
二週間で変わったと云えば、東京から呼ばれた歌手たちが、タイミング良く関西弁を交え、笑いを取っていたこと。これもやり過ぎるとクサくなるが、程を心得て結構センスがある。ハンナの台詞で、「あんたが待たせ過ぎたからや」なんてね。さすがにオペラ歌手は暗譜が仕事で、ちゃんと関西弁のイントネーションになっている。ハンナ登場の後、ダニロはマキシムから自転車に乗ってご帰還。四日徹夜で飲み続けのダニロを、ニエグシュが介抱する場面だが、ここは関西弁ネイティヴ・スピーカー同士の、黒田博と桂ざこばの絡みが楽しい。
黒田「おまえ、パリに十年もおって、コテコテのポンテヴェドロ弁、ホンマ直れへんなぁ」
ざこば「あんたかてやがな」
一幕に前倒しで演奏された「女・女・女のマーチ」の七重唱は、男声たちがアンコールに応じた後、更に女声陣が登場して七重唱を引き継ぎ、最後は混声で演奏して大いに盛り上げる(オーストリアの湖上音楽祭、メルビッシュでの上演のスタイルだそうな)。一転してシンミリとした本来の一幕の幕切れ、ハンナとダニロがワルツを踊る場面。佐渡は何故、ここまでレハールのワルツへの思い入れが深いのだろう?と不思議に思われる程、トロけるように甘く切ない音楽が奏でられる。
二幕と三幕の幕間は休憩の無い代わりに、ざこばと元タカラ・ジェンヌの平みちが客席の後方から登場し、舞台転換の時間稼ぎをする。ざこばが平にタップ・ダンスのステップを教わるのだが、初日は全く形になっていなかったのが、これを踊るのも最後の今日、かなりサマになっていた。リズムを担当するオケの打楽器奏者は、ざこばが間違うと茶々を入れるのがお約束になっているのだが、今日はざこば師匠、間違えていないのに茶々が入ったため、「あんたら、空気読めよ」と怒って見せる。この後、フルオケの伴奏でタップを踊るのだが、もう少しで終わる、と云うところで乱れてしまい、師匠本気で悔しがっていた。ついでに言っておくと、カーテン・コールで佐渡が舞台に上がった後、ざこばはオケを指揮するのだが、これも初日と比べると、オケに指示を出そうとする意図が見て取れて、段違いに進歩していた。ざこば師匠のリズム感と舞台センス(上に“ど”の付く音痴だけど)に、満腔の感謝の意を込め、ブラーヴォを!
三幕冒頭の「グリゼットの歌」では、女声歌手たちがフレンチ・カンカンを披露し、引き続いて専門のダンサーが「天国と地獄」を踊る。ここでソロを歌い、カンカンを踊る天羽さんがノリノリで、次の場面でも夫のツィータ相手に、まだ足を上げ踊って見せていた。並河さんじゃ、こうは行かないんだよな。全曲の大詰めでは指揮者渾身の甘い愛のワルツ、「唇は黙し」のメロディが戻って来る。歌は無く、ハンナとダニロの台詞で語られるこの場面、ここまで陶酔的なワルツは滅多に聴けるものではない。
すっかり失念していたのだが、幕切れ後に行われたグランド・フィナーレの冒頭で、レハールのワルツ「金と銀」が、二人のダンサーのバレエ付きで演奏された。でも、そんなに泣き節ではなく、割りに普通でした。この後は「メリー・ウィドウ」名曲選で、こってりタップリとレハールの甘美な音楽を、ダイジェストで満喫させてくれる(ブダペスト・オペレッタ劇場方式だそうな)。いよいよ最後、「唇は黙し」の合唱で終える間際、黒田さんが「皆さん、ご一緒に」と仰っる。折角なのでお言葉に甘え、主旋律ではなく、上でハモる方を歌わせて頂いた。気持ち良かった。
カーテン・コールは一体、何回あったのだろう?オケのメンバーも全員舞台に上がり、テープと紙吹雪が大量に(舞台にいる人たちの顔が見えないくらい)舞い散った。床に落ちた紙吹雪を掬い上げ、放り投げている連中もいた。12回公演で練り上げられたアンサンブルは、やっぱりオーケストラは経験値と練習量だね、と納得出来るものだった。
今日のタイトル・ロールの塩田美奈子は、ヴェルディやプッチーニで主役を張る歌手ではない。だが、独特のツヤのある中音域が魅力的で、その蓮っ葉なキャラと、台詞を喋る声自体にコケットリーを含むのも、オペレッタの主役に打ってつけと感じられた。高音部ではややキツイ声になるが、それをカバーする、音色とデュナーミクの変化の細かい工夫も、佐藤しのぶの大雑把過ぎる歌い振りと比べれば、好感を持てる。ヴァランシエンヌの天羽明惠は、一般には軽やかなコロラトゥーラとのみ認識されているようだが、実は中音域にも充実した深い音色がある。塩田と天羽の声が絡む曲では、この二人の声の相性が絶妙で、僕はウットリと聴き惚れてしまった。フィガロの「手紙の二重唱」なんか、よろしいやろな。
佐渡はワルツの演奏で、しばしば両手を大きく広げ、オケを押さえ込むような格好で、ピアニッシモを要求する。ダニロの黒田は美声も去ることながら、この指揮者の要求に応え、声をオケの音量に合わせてコントロールする、ダイナミック・レンジの広い音楽作り。ところがカミーユの経種は、喉を絞めた発声も感心しないが、それよりも終始同じような音量で歌う為、フォルテになると声はオケに埋もれ、ピアニッシモでは突出してしまう体たらく。指揮者の意図を読めない、文字通りKYな歌手だった。
そして今日も期待の、サンブリオッシュの晴雅彦。どうやら、ざこばは晴の芸風を理解出来ないらしく、「あんたはクサイんや」と、晴に言っていた。でもコテコテのざこばと、キザな晴の取り合わせを、僕はもっと見ていたかった。また、晴に向かい「あんたの動きは不自然なんや」と言っていた当のざこばが、カーテン・コールでは晴のポーズを真似、キメて見せていた。そう言えば、佐渡もやってたな。
専門のダンサーによるカンカンは派手にスカートを上げ、後ろ向きでお尻も見せる大胆なものだったが、これはそんなに面白くはない。それに引き換え、歌手たちのカンカンは足はそれほど上がらず、スカートの上げ方も控え目だが、でも見えないと見たくなるのが、男のアサハカさ。天井桟敷の常連である自分に苛立ちを覚え、カブリ付きの席を押さえなかったことを、深く後悔した。
写真は開演前のロビーでお見かけした広渡勲さんです。ご協力ありがとうございました。











そういえば新国の芸監人事でモメてますね。尾高さんとのコミュニケーションが上手く取れてないみたいで、困惑気味だとか。いずれにせよ、いい形で決着してほしいですね。
考え抜かれた晴の演技に、真っ当な反応の少ないのも気になりました。ツマラナイことには、手を叩いて大笑いしてるクセにねぇ。
今回の某国立劇場の人事を見て、ダメ虎呼ばわりされていた頃の、某プロ球団の監督人事の迷走を思い出しました。