オペラの夜

出掛けたオペラやコンサートを聴きっ放しにせず、自分の中で理解を深める為のブログです。

藤村実穂子リーダー・アーベント

2009-02-25 | 声楽&室内楽
<ドイツリートの夕べ>
2009年2月25日(水)19:00/いずみホール

メゾソプラノ/藤村実穂子
ピアノ/ロジャー・ヴィニョールズ

シューベルト「An eine Quelle D.530 泉に寄せて/Im Frühling D.882 春に/
Die Gotter Griechenlands D.677b ギリシャの神々/
Der Jüngling an Der Quelle D.300 泉の畔の若者/Frühlingsglaube D.686 春の想い/
Im Abendrot D.799 夕映えの中で」
ヴァーグナー「ヴェーゼンドンク歌曲集~Der Engel 天使/
Stehe still! 止まれ/Im Treibhaus 温室で/Schmerzen 痛み/Träume 夢」
R.シュトラウス「All mein gedanken op.21-1 私の想いの全て/
Du meines herzens krönelein op.21-2 君は心の冠/Die georgine op.10-4 ダリア/
Mein herz ist stumm op.19-6 私の心は黙り、冷たい/
Wie sollten wir geheim sie halten op.19-4 二人の秘密を何故隠すの/
Morgen op.27-4 明日の朝」
マーラー「五つのリュッケルトの歌~Um Mitternacht 真夜中に/
Liebst du um Schönheit あなたが美しさ故に愛するなら/
Blicke mir nicht in die Lieder! 私の歌を見ないで/
Ich atmet' einen linden Duft 私は優しい香りを吸い込んだ/
Ich bin der Welt abhanden gekommen 私はこの世から姿を消した」


 フリッカやブランゲーネ等、毎年バイロイトでヴァーグナーの主要なメゾソプラノ役を務め、国際的な名声を得ている、藤村実穂子のリサイタルである。彼女の事を、ヴァーグナーのスペシャリストのように考える向きもあるやに思うが、エボリやオクタヴィアンを歌わせても、藤村にはトップ・クラスの実力がある。あらゆるメゾの主役級(さすがにアジリタは無さそうなので、ロッシーニは除く)で、藤村が欧米のオペラハウスを席巻するのは、もはや時間の問題と思われる。また、藤村はオペラだけではなく、ミュンヘン留学時にハンス・ホッターの講習会を聴講し、リートの研究にも余念がなかったらしい。今日はその成果を拝聴する、得難い機会なのである。

 まずは、小手調べにシューベルト。上記のように何でも歌える藤村の、声楽的な技巧は完璧に近い。中声部には美しい音色があり、メゾらしい低音は柔らかく響き、高音部のフォルテは切れ味鋭く、声域による音色の使い分けが実に見事。更に、全てのフレーズを完璧にコントロールして、些かのアラも見せない集中力の高さが凄い。そして何よりも、あまりにも甘美なソット・ヴォーチェ!そのソット・ヴォーチェは、ほぼ完全に力を抜いたメゾピアノと、やや力を込めたメゾフォルテの二種類を使い分け、持ち前の甘い音色を存分に聴かせてくれる。このように声に関しては大満足なのだが、シューベルトに含まれる“哀傷”みたいなものは不足気味で、割りにアッサリした演奏なのは、やや物足りない。

 次はお得意のヴァーグナー。「ヴェーゼンドンク歌曲集」は“トリスタン”の習作とされているらしいが、そんなに粘っこい曲ではないように思う。ここでの藤村の歌声には透明感があり、オペラ寄りではない、キチンとしたリート解釈に則った演奏。但し、フォルテがやや荒っぽかったのは、もしかすると今日の声のコンディションが、充全ではなかったからかも知れない。それと伴奏のヴィニョールズは、常に柔らかい音出しを心がけている様子で、決して大きな音で歌手を煽ったりはせず、その控え目な演奏姿勢は悪くない。しかし、シューベルトは音域が狭く、しかも長調の曲を主体に選曲したので、それでも良かったのだが、ヴァーグナーともなると、もう少し音量を上げる局面は必要かと思われる。

 しかし、休憩後の藤村のリヒャルト・シュトラウスの歌には、全く非の打ち所がなかった。先程から強調している、甘いソット・ヴォーチェが曲に見事にハマり、声と歌を聴く快感に酔い痴れる。甘い旋律に溢れるリートを、完璧な声のテクニックで聴かせる、藤村さんに脱帽である。しかし、これを聴いてしまうと、去年の新日フィル定期の薔薇の騎士では、指揮者やら共演者やら余計な連中が居た為に、藤村さんの歌声を充分には楽しめなかったのか等と、今更ではあるが考えてしまう。

 リートや交響詩を問わずシュトラウスの作品では、オペラの一部と云うか、サワリを聴かされたような気分になる事が多い。交響詩を振る指揮者の事は良く知らないが、リートを歌う場合には、「ばらの騎士」や「アラベラ」を知る必要があるし、逆にオペラを歌う場合にも、リートの研究を怠るべきではない。その点で、オペラ歌手としての藤村さんの音楽性に最も寄り添うリートが、シュトラウスのリートなのだと、今日は心から納得し、感じ入る事が出来た。

 最後のマーラーも良かったのだが、藤村さんの歌声から、マーラーらしいセンチメントや頽廃の甘い香りは、あまり伝わって来ない。あくまで生真面目に、声楽的なテクニカルの完成度を高める、彼女の演奏姿勢からすると、時に演歌っぽく崩す事で詞の内容を演出する、シューベルトやマーラーのスタイルは、必ずしもフィットしないのかも知れない。ともあれ、天性の持ち声の素晴らしさと、それを慎重に扱うテクニックを兼ね備える、藤村の歌を堪能したコンサートだった。

 藤村さんは曲を歌い終えた後、全く身動きせず、ピアニストが後奏を終え、ペダルから足を離しても余韻を大切にし、これを乱す事を一切しない。つまり、曲を終えた後の余韻の扱いは、ピアニストにお任せなのである。しかし、今日の観客はここで辛抱出来ず、コンコン咳をしたり、モゾモゾ動く輩が多かった。客の入り自体も、国際的名歌手の凱旋公演にしては今ひとつで、やはり今時、ドイツリートのコンサートなんて流行らんのだなぁ、と実感させられる一夜ではあった。

 写真は、場所が楽屋口の廊下で寒いので、コートを着てマフラーを巻いた完全装備で、サイン会に臨む藤村実穂子さんです。ご協力ありがとうございました。
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8 コメント

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トラックバックありがとうございました。 (ピースうさぎ)
2009-02-28 10:58:23
トラックバックありがとうございました。
藤村さんの声のコントロールの上手さは私も同感です。
私も合唱でテノールを歌っていたこともあり、高校の頃から合唱を始めたので、こちらのブログを非常に興味深く読ませていただいております。
またお邪魔いたしますのでよろしくお願いいたします。
ピースうさぎさん、 (Pilgrim)
2009-03-01 08:57:05
 わざわざご挨拶頂き、恐縮です。しかも以前からご訪問頂いている由、有難い事と思います。

「藤村さんの声は響きは深いのだけれど、まっすぐ伸びて明るくリリカル」に同感です。ワーグナー歌手と云うと、ご大層なヴィブラートをかけて、大声を張り上げる人、と云うイメージがありますが、それとは正反対の美質を持つ、藤村さんの歌声に敬服です。

 こちらこそ、よろしくお願いします。
こんばんは! (のり2)
2009-03-04 18:28:24
T/Bありがとうございました。
所沢での藤村実穂子リサイタルには
感嘆いたしました。

アンコールを含めて見事な歌唱です。♪
のり2さん、 (Pilgrim)
2009-03-04 20:49:48
 ようこそいらっしゃいませ。こちらこそコメント頂き、ありがとうございます。

 日本人であれだけ声量があって、しかも弱音まで完璧にコントロール出来る技術のある歌手は、今のところ藤村さんだけだろうと、僕は思っています。
恐縮です (HDAMARI)
2009-03-06 22:35:45
トラックバックいただきました。

久々に“しっかりとした”リートを聴く機会を持てました。ブログに書いた内容は、厳しいところはあるかと思いますが、批判しているわけではありません。これは彼女が自分の力で物にしたドイツリートの表現なのですから。

ここまで歌えるようになるとは・・・。
HDAMARIさん (ピルグリム)
2009-03-07 16:22:31
 コメントとTB返し、どうもありがとうございます。

 “厳しいところ”と仰るのは、モノトーンで色彩感に乏しいと云う部分でしょうか?僕はそのようには感じませんが、批判ではなく一つの意見として、傾聴に価いすると思います。
Unknown (junko)
2012-02-08 05:36:17
確かな評でどのブローグも興味いっぱいで、楽しく読ませていただいてます。
ソプラノの中村恵理さん御存じですか?
昨年バイエルン歌劇場に行った時日本人が活躍してるのに驚き、聴き入りました。
今年9月14日で初めてのリサイタル紀尾井ホールで行われます。川西の方のようです。
楽しみにしています。
コメントありがとうございます。 (ピルグリム)
2012-02-10 06:39:44
 junkoさん、始めまして。三年前の記事、久しぶりに読み返すと
気恥ずかしく感じます。

 僕も「ナクソスのアリアドネ」で、中村さんの歌声を聴き
さすがにバイエルンやコヴェントガーデンで活躍する
だけの事はあると感心しました。大阪音大卒とは
知っていましたが、兵庫県のご出身でしたか。

 紀尾井ホールまでは行けないので、兵庫芸術文化センターか
川西みつなかホール辺りでの、リサイタル開催希望です。

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