オペラの夜

出かけたオペラやコンサートを聴きっ放しにせず、自分の中で理解を深めるためのブログです。

R.シュトラウス「薔薇の騎士」op.59

2008-02-03 | R.シュトラウス
<ベルリン・コミシェオパー&神奈川県民ホール共同制作>
2008年2月3日(日)14:00/びわ湖ホール

指揮/沼尻竜典
大阪センチュリー交響楽団
びわ湖ホール声楽アンサンブル
二期会合唱団
大津児童合唱団

演出/アンドレアス・ホモキ
美術/フランク・フィリップ・シュレスマン
照明/フランク・エヴィン
衣裳/ギデオン・ダーヴェイ

マルシャリン/佐々木典子
オクタヴィアン/林美智子
ゾフィー/澤畑恵美
オックス男爵/佐藤泰弘
ファーニナル/加賀清孝
侍女マリアンネ/渡辺美佐子
ヴァルツァッキ/高橋淳
アンニーナ/与田朝子
警部/黒木純
歌手/上原正敏
公証人/志村文彦
帽子屋/岡崎安希子
動物商&料亭主人/大野光彦
元帥家執事/松本晃
ファーニナル家執事/二塚直紀
孤児/黒田恵美/江藤美保/大垣加代子


 序奏が始まり幕が上がると、舞台は四方を枠で囲んだ白一色で、奥と上手・下手の三方に扉がある。大道具は白いベッドが一台のみ。その脇の床の上で、マルシャリンとオクタヴィアンが戯れている。この場面では、オクタヴィアンの林美智子が、白いワイシャツだけの衣装で、なかなか綺麗なおみ足をタップリと見せてくれる。こんなことで単純に喜んでしまう、男のアサハカさを反省しつつ、でも楽しませて頂く。閑話休題、マルシャリンの佐々木典子は、高音部でスピントする声に力があるので、弱音も充実して立派なモノローグを聴かせてくれた。林美智子は、もう少しフォルテで声に伸びの欲しい処だが、それでも結構聴かせるオクタヴィアンだった。だが、最も強調すべきは沼尻の指揮。速目のテンポの、筋肉質な音楽作りで、彼が「ばらの騎士」と云う、錯綜しているにも関わらず透明な音楽を、見事に自家薬籠中のものとしている事に感服した。

 ホモキの演出で、まず感心させられたのはテノール歌手の使い方。他の端役たちが全て退場した後、舞台奥の扉が開き、後ろから射すような照明の中を、凛々しい騎士の出で立ちで現れ、舞台前にいる後姿のマルシャリンに見つめられながら、朗々とアリアを歌う。アリアの繰り返しの際には、ロココ風の衣装で盛装した、マルシャリンをエスコートして現れる。女帝マリア・テレジア統治下の、公爵夫人を守護するトロヴァトーレとして、テノール歌手役をオペラのストーリーに組み込む解釈が斬新だった。

 二幕では、一幕と同じなのに何だか微妙に斜めに傾斜したセット(二幕途中で雷が鳴った際に傾けたらしいが、僕は気付かなかった)に、黒い家具類を運び込み、白一色から白黒の舞台へ変化させる。ここで初めて登場する、ゾフィーやファーニナルは、産業革命以降の近代的な服装で出て来る。マリアンネなんかは、眼鏡を掛けたスーツ姿の家庭教師風。ところがオックスとその家来たちは、一幕で着ていたロココの装束のままで、新興成金のファーニナル家と、金欠貴族のレルヒナウ家の対比を視覚化した。お目当ての薔薇の騎士登場の場面では、ファーニナル家の召使や女中達が、全員ストップモーションで動きを止めた中、煌びやかなオクタヴィアンとゾフィーのデュエットが歌われる。二人の出会いが盛り上がり、思わず口づけしようとした瞬間、全員が一斉に動き出してキスは未遂となる、結構お洒落な場面作り。今日のゾフィーは、レジェーロというよりはリリコで、やや太目の声質だったが、オクタヴィアンと共に指揮者とオケの好サポートを受け、ほぼ満足すべき出来だった。

 なんと二幕でもゾフィーの澤畑恵美がドレスを脱ぎ、下着姿を披露するというサービス演出があった。いや、だから良い演出だと言っている訳ではないのですが。

 三幕でセットが変わっても、やはり同じように白一色で、扉の代わりに穴が二つづつ上下に開いている装置。舞台の斜めの傾きも、更に急傾斜となる。この三幕で始めて登場する人物は、更に時代が進み、第二次大戦後と思しき服装で登場。警部は、トレンチコートにソフト帽で現れる。オックス以下は、依然としてロココの装束で、そのチグハグな異化効果も、段々と煮詰まって来る。音楽も慌ただしくなるが、舞台を埋め尽くす程の人数が居るコーラスも、煩わしい程に各人が異なる演技を付されていて、料亭での密会シーンのドタバタを強調する。だが日本のオペラで、これだけ綿密な演出を施された上演は、それほど度々ある訳ではない。これを素直に楽しむべきと感じた。

 オックス退場の空騒ぎの場面。沼尻が指揮棒を置き、右手だけで指示を出すと云う、如何にもクサイ行動に出る。しかし、この辺りから指揮者はエンジンを全開にして、音楽を一気呵成に盛り上げて行く。大仰な鬘を被り、鯨骨入りの膨らんだスカートを穿いた、時代がかった衣装のままのマルシャリンに、白い丸首シャツと、黒い軍隊ズボンのオクタヴィアン、下着姿の上にコートを羽織っただけのゾフィーと云う、奇天烈な衣装の組み合わせの三人で、クライマックスの三重唱に突入する。ここでは舞台前方に居るマルシャリンと、奥に居るゾフィーの間を、オクタヴィアンが行ったり来たりするという演出で、この為に三人の声が充分に絡まず、歌手たちの非力を露呈してしまった。それでも、オーケストラの充実した弱音に三人の声が乗っかり、全体のアンサンブルとしては、それなりに楽しむことが出来た。

 オクタヴィアンとゾフィーのデュエットは、前半舞台上ではソット・ヴォーチェで歌われ、後半は袖に引っ込んだ二人の、スピントした情熱的な歌声を、独り舞台に残されたマルシャリンが聴かされる、哀切な演出。このデュエットでは、二人の歌手の声質も合い、ソット・ヴォーチェからフォルテへ切り替える工夫も巧みで、今日の演奏の頂点となった。デュエットの後、マルシャリンは鬘とドレスを脱ぎ、これまた下着姿となって、新しい時代へ再出発することを暗示する。幕切れの演出は、マルシャリンの拾い上げた銀の薔薇を、ストリートボーイ風の少年が奪って行くと云うもの。

 美しい音楽に満ちた「ばらの騎士」は、僕の大好きなオペラだが、女性が感じるような、マルシャリンへの思い入れは無い積もりだった。しかし、今日はオペラの最後の音が鳴らされた時、不覚にも涙腺が緩んでしまった。沼尻の緻密な解釈とホモキの深い理解が、相乗効果を生んだのだと思う。昨年は新国立劇場、チューリッヒドレスデンと、三回の「ばらの騎士」の上演に接する機会を得たが、今日の上演が演出と音楽の一体となった、最も感動的な舞台だった。

 若杉さんが新国立劇場に行ってしまい、びわ湖ホールの後釜が沼尻と知った時は、随分落胆したのだが、それは僕の不明であった事を、潔く認めよう。「こびと」に続き、「ばらの騎士」でも当たりを引いた以上、これからは沼尻君のオペラを楽しみに暮らします。次は十月の「サロメ」か、随分待たされるよな。
ジャンル:
音楽
キーワード
オクタヴィア ばらの騎士 びわ湖ホール 薔薇の騎士 新国立劇場 テノール歌手 佐々木典子 ストップモーション 第二次大戦 ドレスデン
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