オペラの夜

出掛けたオペラやコンサートを聴きっ放しにせず、自分の中で理解を深める為のブログです。

ラヴェル「子どもと魔法」

2015-03-21 | フランスオペラ
<小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトXIII>
2015年3月21日(土)15:00/びわ湖ホール

ベートーヴェン「交響曲第二番」op.36
ラヴェル「子供と魔法」

指揮/ナタリー・シュトゥッツマン/小澤征爾
小澤征爾音楽塾オーケストラ
小澤征爾音楽塾合唱団

演出/ディヴィッド・ニース
美術・衣裳/サラ・G・コンリー
照明/高沢立生

子供/エミリー・フォンズ
椅子&樹/エヴァン・ボイヤー
ママ/鈴木望
茶碗&蜻蛉/大賀真理子
火&お姫様&鶯/キーラ・ダフィー
雌猫&栗鼠/清水多恵子
時計&雄猫/町英和
老人&雨蛙&ポット/ジャン・ポール・フーシェクール
ソファ&蝙蝠/栗林瑛利子
少女&梟/盛田麻央


 予後の体調も戻り、最近はドタキャンの懸念も減りつつある、今日は小澤征爾指揮のオペラ上演である。プルミエは先週日曜日の横須賀で、今日は中五日と休養充分での登板となる。小澤の指揮は一時間足らずでガス欠を起こすらしく、まだオペラは一幕物しか振れない。でも、それでは一夕の公演として短か過ぎるので、前座としてシュトゥッツマンの指揮するベートーヴェンが演奏される。オペラ上演の前にシンフォニーを演奏する為、弦楽器はフェンスの際まで上げた状態のオケピットに陣取り、管楽器は幕の降ろされた舞台前に位置する。ピット内の入口は使えないので、オケのメンバーは客席脇と舞台袖の四方から登場する。

 そもそもシュトゥッツマンは、ラヴェルの歌唱コーチとして呼ばれたと推測するが、それならば何故ベートーヴェンの指揮だけで、オペラを歌わないのか解せない処である。そのナタリー先生の指揮振りは左手の使い方が拙く、両手の動きの重なる事の多い、如何にも素人臭いものに見える。でも、音楽塾のメンバーはみんな素直な良い子達で、もうナタリー先生の言うなりなのである。

 12型の弦楽は四管編成をものともせずバリバリ弾きまくり、ピリオド・アプローチなど馬耳東風と云った風情の指揮者は、オケからゴージャスと云うか、何とも厚ぼったい響きを引き出している。トランペットとティンパニーは喧しい程で、優美な二楽章も一服の清涼剤とはならず、随分けたたましい音を立てる。三楽章のスケルツォは、スフォルツァンドするフォルテシモで耳に痛い程だ。僕は二番のシンフォニーを、どちらかと云えば抒情的な曲と思っていたが、案に相違して甚だしく聴き疲れするベートーヴェンだった。

 二楽章でコンマスに交代のあったのも妙なものだが、ラヴェルの為に集めた四管編成を、そのままベートーヴェンに使い回すのにもヤレヤレである。初期のベートーヴェンなら、もう少し切り詰めた編成でやっても、バチは当たらんだろうにと思う。若者らしい熱気に溢れた演奏と言えば聞こえは良いが、今日は音楽的な理解の浅さが粗っぽさに直結したように思う。取り敢えずシュトゥッツマンには、もう少し柔らかい音も使って欲しかったと、僕は演奏後も憮然としたままだった。

 ここで暫時休憩で気分もリセットし、脳内を古典派から印象派へ切り替え、小澤の登場を待つ。次はオペラ上演でオケピットを下げる筈が、見た目は殆どそのままで、オケは随分と浅い位置で弾く事になる。勿論、これは小澤の意向でラヴェルの管弦楽、特に木管を聴かせる意図と忖度する。

 僕は「子供と魔法」を色彩豊かな管弦楽の上で織り成す、百花繚乱の歌手達に拠って編まれた、声の花束を楽しむべきオペラと考えている。だが、小澤のラヴェルには以前から、生真面目に力尽くでリズムを立たせる印象がある。ボストン響やパリ管を相手にした場合、オケは指揮者の要求にプラス・アルファで応え、名演としたと僕は理解している。音楽塾の演奏では木管陣の技術不足、取り分けフルートに際立った音色が無いので、ラヴェルらしい色彩感に乏しくなって終う。小澤の動かすアゴーギグも緩徐部分では有効だが、速いパッセージでは手の施しようも無く、弦楽合奏からも自ずと滲み出るようなエスプリは感じられない。

 フォルテシモはそれなりに盛り上げる若いオケに、エスプリを望むのは無い物強請りなのだろうか。音楽塾オケでは色彩豊かな管弦楽と云う、ラヴェル演奏の前提となる楽しみが崩れていて、歌の楽しみも半減気味となる。子供役のメゾソプラノで米国人のエミリー・フォンズは良く歌っていたし、もう一人の女声助っ人で、メトロポリタンで歌っているキーラ・ダフィーも、見事なアジリタの技術を持つコロラトゥーラ・ソプラノで、もう少しジックリ聴いて見極めたい気のする人ではあったけれども。

 男声助っ人のエヴァン・ボイヤーは仏系カナダ人、ジャン・ポール・フーシェクールはラトル指揮ベルリン・フィルとの録音や、昨年のサイトウ・キネンの「子供と魔法」にも同役で参加している人で、さすがに二人とも演技では達者な処を見せてくれる。日本勢では茶碗とポットの掛け合いで、大賀真理子が日本語で「ほな行こか」とギャグをカマし、フーシェクールに対抗する演技派振りを発揮する。でも、椅子とソファの組み合わせでは、お色気演技が中途半端だったので、女声歌手にはもっと大袈裟にお尻を振って見せて欲しかった。因みにシュトゥッツマンはラトルとの録音で、ママと茶碗と蜻蛉の三役を担当している。

 総じて日本人歌手のフランス語の出来にはデコボコがあり、やはりキチンと発音の出来ている人は、演技面でも一日の長はあると感じる。色彩的に華やかな楽しい舞台で、トンボの玩具やカエルの被り物等、可愛らしい小道具も用意されていたが、もう少し演技でクスリと笑わせるような工夫も欲しい。それと栗鼠役の歌手が、リスの縫いぐるみを肩に載せただけなのは手抜きも甚だしく、ちゃんと可愛い着ぐるみを作ってやれよと思う。

 今日は何時ものびわ湖ホールの客層とは、微妙に異なっているように感じられた。小澤の名前に釣られたと思しき盛装の皆様や、「子どもと魔法」の題名に惹かれたと思われる、若い夫婦と小さな子供の家族連れも多く見掛けた。オペラも大詰めの終盤、天井桟敷から見下ろす一階の平土間席からは、どうやら集中力の切れたらしい雰囲気が立ち昇って来る。小澤の取った長いパウゼの静寂の時間に、楽章間と勘違いしたのか、ゲホゲホ咳をする輩が複数居たのには、心底からウンザリさせられた。
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小澤征爾音楽塾「子供と魔法」(2015/03/24) (音楽の都)
2015年3月24日(火)19:00東京文化会館 小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェ