オペラの夜

出掛けたオペラやコンサートを聴きっ放しにせず、自分の中で理解を深める為のブログです。

オーケストラ・アンサンブル金沢 大阪公演

2017-01-11 | ピリオド
<ニューイヤーコンサート2017>
2017年1月11日(水)19:00/いずみホール

指揮&ヴァイオリン/エンリコ・オノフリ
ソプラノ/森麻季
チェンバロ/桑形亜樹子
オーケストラ・アンサンブル金沢

ヴィヴァルディ「シンフォニア(祝されたセーナ)RV693/ヴァイオリン協奏曲(調和の霊感)RV310」
ヘンデル「神に選ばれた天の使者よ(時と覚醒の勝利)HWV46a/王宮の花火の音楽 HWV351」
モーツァルト「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ K.165/交響曲第35番 K.385」


 オーケストラ・アンサンブル金沢のニューイヤーコンサートは、本拠地である石川県立音楽堂を振り出しに富山、大阪と巡演し、明日の東京公演で打ち上げる旅程を組んでいる。国内のニューイヤーコンサートと云えば、元日のウィーン・フィルの猿真似で、最後は「美しく青きドナウ」と「ラデツキー・マーチ」で締め括り、善男善女の喝采を浴びると云う偏見があり、これまで僕は一切足を運ぶ事は無かった。でも、OEKのニューイヤーは指揮にオノフリ、ソリストには森麻季を起用し、ヴィヴァルディにヘンデルにモーツァルトを取り上げる、本格的なピリオド・アプローチのようで、これは是非とも聴かねばといずみホールを訪れた。

 オノフリの言に拠ると、今回のプログラムのテーマは「祝典」だそうで、ニューイヤーコンサートで新年を祝うのに相応しい、目出度い曲を集めたそうな。まずは年代順にヴィヴァルディで、「祝されたセーナ」から序曲だが、ここでオノフリの演奏の鋭いリズムに驚かされる。BCJのように弾むのでは無い、こんな風に鋭角に刻まれるリズムを、僕はバロック音楽で初めて聴いたかも知れない。オノフリは指揮をせず、合奏にヴァイオリンで加わり、三回目の本番で演奏も練れて来た様子を窺える。

 次もヴィヴァルディで、「調和の霊感」第三番の協奏曲の弾き振りだが、オノフリはソロ部分では客席を向き、合奏になるとオケの方に向き直るので、自分の前後に譜面台を置き、両方ともページを捲っているのが何だか可笑しい。そのオノフリの独奏ヴァイオリンには、ピリオド楽器に有り勝ちな、鈍重な印象の無い鮮烈な音色があり、指揮者としてもオケに対し、自分と同じ調子で弾くようリードしている。

 ここで本日のプリマドンナである森麻季の登場、まずオノフリに拠るヴァイオリン・オブリガード付きで、ヘンデルのオラトリオからアリアを一曲。遅いテンポの曲で、森はマッタリと美声を振り撒き、持ち前のメリスマの技術を聴かせる。続いて所謂ひとつの泰西名曲である「王宮の花火の音楽」は、オノフリが明暗の対比を付ける鮮烈な音楽作りで、ヘンデルらしい愉悦に満ちた…と云う風には行かない、華やかに力押しする演奏である。オノフリのバトンテクは今ひとつだが、音楽の姿が目に見えるような指揮で、これにオケもヴィヴィッドに反応し、お互いの信頼の深さを感じさせるのも嬉しい。ここでソロを取るのはオノフリでは無く、コンミスのアビゲイル・ヤングだった。

 暫時休憩の後、時代は進みモーツァルトで、やはり超有名曲の「エクスルターテ・ユビラーテ」で森麻季は、事前に指揮者と擦り合わせ、キチンと様式に沿ったカデンツァを聴かせる。コロラトゥーラの超高音やメリスマもさり気なく、決してテクニックをひけらかさず、楷書のモーツァルトを歌ってくれる。その代わりアンコールは遣りたい放題で、耳に胼胝のヘンデルのアリア「ラシャ・キオ・ピアンガ」を、聴いた事も無いようなヴァリアンテでテンコ盛りにして、楽しく興味深く聴かせてくれた。

 プログラムの最後はハフナー・シンフォニーで、アレグロは疾走するモーツァルトで賑々しく、アンダンテではスフォルツァンドやリタルダンドをサラリと交え、フィナーレは圧倒的な愉悦感で、文字通り一気呵成のプレストを押し切る。ティンパニーはOEK所有の革張りだそうで、この楽器の潤いのある音色も絶大な威力を発揮する。かつてイル・ジャルディーノ・アルモニコを率いたオノフリの下、OEKはモダンオケとしてほぼ完璧なピリオド・アプローチで、ヘンデルやモーツァルトを質実な引き締まった音色で聴かせた。メンバー全員で古楽器の音色のイメージを共有し、把握しているからこそ可能な演奏で、OEKはピリオド奏法が板に付いていると感じる。モダン楽器を弾いているとは思えない、古雅な響きで王宮の花火の音楽と、ハフナー交響曲を美しく描き分けてくれた。

 とても聴き応えのある良い演奏だったが、今日の聴衆は八百席のホールに半分は愚か、三分の一入っているかどうかで寂しい限りだった。ハフナーに王宮の花火に調和の霊感と名曲プログラムで、ソリストには人気者の森麻季を迎えても、結局はオケと指揮者の知名度の問題だろうか。それともニューイヤーコンサートでは、プログラムにウィンナ・ワルツを入れないと、大量動員は望めないのだろうか。国内ツアーの指揮者に古楽ヴァイオリニストを起用し、ピリオド・アプローチのモーツァルトを聴かせる、OEKの意欲的な姿勢は大いに評価出来るだけに、その内容に見合った集客も望まれる。
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