オペラの夜

出かけたオペラやコンサートを聴きっ放しにせず、自分の中で理解を深めるためのブログです。

プッチーニ「ラ・ボエーム」

2009-05-30 | プッチーニ
<関西二期会第70回オペラ公演/プレミエ>
2009年5月30日(土)16:00/尼崎アルカイックホール

指揮/飯守泰次郎
京都市交響楽団
関西二期会合唱団
ころぽっくる合唱団

演出/井原広樹
美術/アントニオ・マストロマッテイ
照明/原中治美
衣裳/岩倉めぐみ

ミミ/平野雅世
ロドルフォ/根木滋
ムゼッタ/四方典子
画家マルチェッロ/西尾岳史
音楽家ショナール/小玉晃
哲学者コッリーネ/片桐直樹
家主べノア&役人アルチンドロ/江原啓之
玩具屋パルピニョール/西垣俊朗
軍曹/木村克哉
税関吏/黒田まさき


 関西二期会も世代交代が進み、僕は初めて聴く歌手も多い。二日公演のダブル・キャストで、今日は若手が主役を務める日。ロドルフォの根木滋は工学博士で、同志社女子大薬学部で教鞭を取る学究でもある。三月の飯守さん指揮「ヴァルキューレ」一幕で、ジークムントを歌った竹田昌弘も、大手ゼネコン勤務の一級建築士で、関西二期会には音楽とは別の生業を持つ、日曜オペラ歌手が多いようだ。

 根木は儚い程に透明な声質のレジェーロだが、中音域に多彩な表現力があり、まずまず聴かせるロドルフォだった。ただ、声自体に厚味がないので、プッチーニの主役には軽過ぎ、何だか頼り無い印象を受ける。アジリタの技術を磨き、ロッシーニかモーツァルト辺りを演奏活動の柱として、これ以上重い役には手を出すべきではないテノールと思う。でも、根木の経歴を見ると、何年か前にタンホイザーのタイトル・ロールを歌っていて、この人にそんな無茶をさせたのか!と、呆れてしまう。

 今日のミミは、三月のブリテン「ルクリーシア」でも抜きん出た実力を発揮した、平野雅世が務めた。彼女は力強くスピントする美声のソプラノで、声量に余裕があり、ピアニッシモの表現力にも優れている。でも、その若々しい声は良いのだが、ミミとしてはフィジカルに強過ぎるかも知れず、孤独なお針子らしい甘さに欠ける。それとフォルテッシモの声量は充分だが、それに伴うパセティックな情感の盛り上がりが今ひとつで、プッチーニのプリマとしては、もう一工夫の欲しい処。でも、今日のミミとロドルフォの二人は、現時点での実力は充分に発揮したと思うし、まだ若いのだから今後も研鑽を積めば、前途有為な素材である事に間違いはない。問題はパリの下町で青春を謳歌する、ムゼッタとバリトン三名の脇役四人組にある、と僕は思う。

 ムゼッタは一応それらしく表面的な形は整えているのだが、音楽的な内容に乏しく、この役に必要なコケットリーが感じられない。マルチェッロとショナールの二人のバリトンは、両者共に声に輝きがなく、譜面を追うだけで精一杯の様子で、貧乏生活を遣り過ごす掛け合いの楽しさは、まるで伝わって来ない。辛うじてコッリーネの片桐直樹が、重目のバスっぽい声で哲学者の卵らしく、顰めっ面しい役処を上手く演じていた。主役の二人に圧倒的な声さえあれば、後はどうでも良くなる、イタオペなんて大概そんなものだろう。しかし「ラ・ボエーム」では、やはり脇役四人組が存在感を示し、若いが故の貧乏生活の楽しさを実感させてこそ盛り上がる、そんな風に作られたオペラと思う。

 今日の二人の主役に大きな不満はなかったが、平野と根木に上演全体を牛耳る、圧倒的な力量があった訳でもない。脇役達のアンサンブルを練り上げずに、「ラ・ボエーム」の楽しさを観客に伝え得る筈もない。これにはアンサンブルの練習不足もあるのだろうが、演出自体に工夫の足りないのも問題と感じる。開演前の舞台袖では、綱渡りやジャグリングの大道芸人が四人、せっせと曲芸を観せていて、これは今日の演出は楽しそうだぞ、と本番のオペラへの期待感を高める、心憎い工夫と思わせた。

 しかし、四人の大道芸人は本番の舞台では大した活躍をせず、これは企画倒れとなってしまった。“カフェ・モミュス”の場面に今ひとつ華やかさを欠いたのは、予算の問題かも知れないが、それならば大道芸人が存分に芸を観せれば補えるのに、と思うのは素人考えだろうか。今日の舞台では、アイデアに肉付けする細かい工夫に乏しく、これが演出家の能力不足の所為なのか、それとも単なる準備不足なのか、僕には判断が付かなかった。

 長い間、音楽スタッフとしてバイロイト音楽祭に携わり、ドイツのオペラハウスで指揮者を務めていた今日のマエストロが、一体どのようにイタオペを振るのか?個人的には、今日はその興味だけで訪れたようなものだ。一・二幕のカチャカチャした音楽で、飯守の指揮は今ひとつ弾まず、ボエームの楽しさの伝わらないのを、もどかしく感じる。ムゼッタやマルチェッロの演技に闊達さの欠ける事もあり、オペラ自体が上手く盛り上がって行かない。それでも、二幕の幕切れに向けてオケとコーラスが盛り上がり、ようやくこの指揮者らしい音楽になって来る。ただ、児童合唱はともかくとして、大人の合唱の方の荒っぽく、不揃いなのは甚だ感心せず、やはり準備不足が正解か、と思う。

 長いフレーズの多くなる三幕と四幕は、飯守が情感を込めてオケを歌わせる。しかし、大ベテラン指揮者のボエーム解釈は、至極アッサリした生真面目なもので、プッチーニで大いに泣かせようと云う気迫に欠ける。やはり、人には得手不得手と云うものがあり、飯守さんはイタオペに適任ではないのだろう。今日の上演が今ひとつ燃焼しなかった責任は、その一端を指揮者にも負って頂かないといけない。

 ところで今日の会場ロビーだが、これはパチンコ屋の新装開店か!と言いたくなる程に、盛花だらけだった。十何個あった盛花は全て、今日べノアとアルチンドロを歌った霊能者宛で、美輪明宏や梅沢富美男やらの芸能人からと、新潮社や講談社等、出版社からが大半。霊能者さんはタンマリ蓄財しているだろうし、何でこんなローカルな会場で、チマチマと端役を歌うのか。オーチャードホール辺りで、自分が主役のオペラ公演をぶち上げれば良いと思うのだが、それをしないのは、やっぱ結構ドケチなんでしょうな。
ジャンル:
音楽
キーワード
プッチーニ ロドルフォ ラ・ボエーム バイロイト音楽祭 ジャグリング オペラハウス ピアニッシモ マエストロ 梅沢富美男 パチンコ屋
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