オペラの夜

出掛けたオペラやコンサートを聴きっ放しにせず、自分の中で理解を深める為のブログです。

ワーグナー「ジークフリート」

2010-02-14 | ヴァーグナー
<楽劇「ニーべルングの指環」第二夜>
2010年2月14日(日)14:00/新国立劇場

指揮/ダン・エッティンガー
東京フィルハーモニー交響楽団

演出/キース・ウォーナー
再演演出/マティアス・フォン・シュテークマン
美術・衣裳/デヴィッド・フィールディング
照明/ヴォルフガング・ゲッベル
振付/クレア・グラスキン

ジークフリート/クリスティアン・フランツ
ブリュンヒルデ/イレーネ・テオリン
ミーメ/ヴォルフガング・シュミット
ヴォータン/ユッカ・ラジライネン
アルベリヒ/ユルゲン・リン
ファフナー/妻屋秀和
エルダ/シモーネ・シュローダー
森の小鳥/安井陽子


 昨年の三月に始まった「トーキョー・リング」チクルスも、ようやく「ジークフリート」まで来た。前回のプレミエの際は、最初のラインと最後のカミタソだけ観て、演出は何だか訳分からず終いだったが、今回の再演で四作を順番に観て「ジークフリート」まで辿り着くと、これは文句無しに楽しい演出と感じる。リング全体を見通して考え抜かれた、誠に良く出来た演出と、今回ようやく納得する事が出来た。「ライン・ゴールド」の映画オムニバス、「ヴァルキューレ」の西部劇仕立てに続き、「ジークフリート」の物語を演出家は、アメリカTVドラマに擬しているように思う。僕もウォーナー君の手の内が読めて来て、この演出の元ネタは何だ?と観客を悩ませる目的で、ハッタリかましているだけなのも分かって来た。そろそろ断言しても良いかと思う。ウォーナー君の演出は単なるメタファーで、元ネタ探しは無意味です、と。

 ジークフリート君の衣装は、オーバーオールのジーンズにスーパーマンのTシャツ。ミーメのお家は一階はダイニング・キッチンとリビングで、二階が子供部屋になっている。ベッドの回りには縫いぐるみが転がっていて、今回のジークフリート君の年齢設定は結構低目のようだ。部屋にはテレビ・モニター三台に、電子レンジやヴィデオ・デッキもあるが、冷蔵庫やガス・レンジは丸っこい年代物のデザインで、まあ時代考証に拘っても仕方のない、結構テキトーなセットと思う。

 このオペラでの一幕の登場人物は、三人しか居ない。それも一場と三場はジークフリートとミーメ、二場はミーメとヴォータンの何れもダイアローグのみで、誰かがアリアを歌い上げる場面もなければ、二人の声の交わる事もなく、至ってシンプルな構成である。「ライン・ゴールド」で高橋淳の務めたミーメは、ヴォルフガンク・シュミットに選手交代。それにしても、一幕の一時間半を出ずっぱりで歌い続ける、ミーメも結構な難役と思う。タイトル・ロールのカヴァーも務めるシュミットは、キャラクター・テノールの声質ではなく、僕にはハイ・バリトンっぽく聴こえる。でも、この人には持ち前の美声があるし、高音部の軽い音色で、ミーメらしい性格表現を聴かせる芸もある。

 ミーメは衣装戸棚に入っていた服を順番に引っ張り出し、とっかえひっかえ一通り着て見せ、二場のヴォータンとのナゾナゾ合戦は、舞台上のモニターに二人の顔を交互にアップで映して、刑事ドラマの容疑者尋問シーン風。ジークフリートがノートゥングを鍛える場面も、ミキサーや電子レンジを使ったお料理番組風で、安っぽいテレビ仕立ては一貫している。昨年11月の東京遠征で観た「カプリッチョ」での、本筋と無関係な小芝居をちりばめた演出や、「ヴォツェック」での美しい造型なのに、解釈過剰で饒舌な演出等、観ていて煩わしく感じられた。ウォーナー君の場合はハッタリばかりだが、その無意味さにキッチュな面白さがある。この演出家には観せる楽しさを心得て遣り過ぎない、エンターテインメントのツボを心得た、センスの良さがあると思う。

 二幕冒頭はファフナーの隠れ棲む洞穴で、天井から首吊り死体が沢山ぶら下がり、やはりこの方達はリングを狙ってファフナーさんの逆鱗に触れたのか、等と想像を廻らせても甲斐のない話で、これも単なる飾りと思う。宿命のライヴァル、ヴォータンとアルベリヒはモーテルの隣り合わせの部屋に宿泊し、お互いの姿は見えない状況でダイアローグを歌う。この二人の声質のやや被ってしまったのは残念だが、プログラムを見るとアルベリヒのリンはヴォータンのカヴァーも務め、声の音色の同質なのも当然と云えば当然ではある。ヴォータンのラジライネンは深い響きのあるバス・バリトンで、今回が三本目にして最高の出来。ヴィブラートの大きい所為か、リンの方が響きはやや低目に感じられる。

 このオペラで三人の歌手の絡むのは、ヴォータンとアルベリヒのダイアローグに、ファフナーの大蛇の声の割って入る二幕一場だけで、実際こんなシンプルな構成で五時間を持たせるヴァーグナーの音楽の力に、今更ではあるが感心してしまう。如何にもなアニメ風で、ちっとも怖くない大蛇の造形と、ジークフリートにノートゥングで撫で斬りにされる、仮面ライダーに襲い掛かるショッカーのようなファフナーの子分どもは、共に演出家のサービス精神の単純な発露で、ここは素直にアニメチックな展開を楽しみたい。素戔男尊の八岐大蛇退治の如く(構造主義ですなぁ)、ファフナーを虐殺したジークフリートが、このオペラでは初めてのモノローグを歌い始める。

 タイトル・ロールのフランツは、トリスタンとジークフリートを音楽的に歌える希少な人材で、今や世界中のオペラ・ハウスから引っ張りダコとなっているのも当然と肯ける、貴重なヘルデン・テノールである。その声は一般にヴァーグナー・テノールのイメージとしてある暗い音色ではなく、明るい色合いが特徴。又、高低の音域で音色は異なるが、声を響かせる位置は変えていないようにも聴こえる。つまり、地声のままアクートまで声を持ち上げているように聴こえるが、それで声の最後まで持つ訳もないので、パッサージョは使っているのだろうとは思う。しかし、そうかと云っても彼のアクートは、スピントする頭声でもない。パッサージョをパッサージョと感じさせず、明るいバリトンの音色のままアクートを歌い切る、それがフランツ君のヘルデン・テノールとしての、掛け替えのない魅力だと思う。

 そもそもジークフリートを歌うテノールには、デカイ声の最後まで保つのだけが取り得、何て連中が実際に沢山居る訳で、フランツ君は見た目がアレだし、その同類と見做され勝ちだが、実は自分の声をキチンとコントロールし、リートを歌うようにヴァーグナーを表現出来る知的なテノールと思う。このオペラのタイトル・ロールを最後まで歌い通すのは、マラソンで二時間十分を切るよう難事業だろうが、これも歌ってみない限り実感は出来ない話で、僕も一度ジークフリートの「森のさざめき」を歌ってみようかと思う。ヴァーグナーは無闇に長いので持久力の勝負になるが、音域だけを考えれば、僕などでも歌おうと思えば歌える範疇にある。まあ、フランツ君の発声を素人が真似したら、即座に声を潰しますけどね。

 むさ苦しい男の声ばかり、二時間も延々と聴かされた後の森の小鳥の歌声には、何時聴いても癒されるものを感じる。安井陽子は最近良く目にする名前だが、僕は今日初めて聴く歌い手。森の小鳥に寄り添う声質と技術のあるレジェーロ・コロラトゥーラで、機会があれば更に大きな役でジックリ聴きたいソプラノと感じる。小鳥さんはスコアにボーイ・ソプラノが指定されているらしいが、矢張りレジェーロなソプラノに歌って貰うのが、僕としては耳に心地良い。この役を女声ではなく少年に歌わせると、思春期の同性愛的傾向の暗喩とも成り得るが、今日の森の小鳥にはヌード・シーンのサービスもあって、ジークフリートの生まれて初めて出会う女性として、鮮烈な視覚的効果のある演出だった。

 青い着ぐるみはパチモンのウッド・ペッカーみたいだが、ジークフリートの吹く玩具のラッパの調子外れな音に耳を塞ぐ、コミカルな演技も結構サマになっていた。更に小鳥さんは宙吊りの曲芸シーンも披露して、そんなものに必然性は全く無いのだが、羽根ではなく手をパタパタさせる演技と共に、何だか妙に可愛らしかった。安井さんのヌード(ボディ・スーツだろうけど)の見せ方も可愛らしく、ウォーナー君は行き届いたサービス精神に溢れる演出家で、この人の男心を擽る見世物的センスに強く共感する。又、リング全曲を通して最も後味の悪いミーメ殺害シーンで、毒を飲ませて指環を奪おうとするミーメの本音を、ヴィデオ・モニターを通してジークフリートに知らせる工夫も可笑しく、陰惨さを和らげたのも演出家の手柄と思う。

 三幕のエルダとヴォータンのダイアローグは例に拠って例の如く、床一面に黒いフィルムを敷き詰めた映画ノスタルジー演出で、ノルンと思しき三人が梯子を昇ったり降りたりしている。これもハッタリそのものと分かれば、軽く受け流せば良いのでしょう。スーパーマンTシャツの上にジャケットを羽織り、旅立ち姿となったジークフリートは、次のモノローグを舞台前、両脇にドアのある板戸を降ろした状態で歌う。この場面で下手のドアにはスポット・ライトを当てるが、上手のドアは内部に光源を仕込んで対照を付けている。一幕でもフラットな当て方ではなく、舞台上に人物の影を作るライティングで、観客の興味を逸らさない細かい工夫があった。

 やがて板戸が上がると「ヴァルキューレ」でお馴染みになった、巨大ベッドと目覚し時計にグラーネの木馬が現れて、これは何だかお久し振りで懐かしく感じる。ウォーナー演出でのブリュンヒルデとジークフリートは、アメリカン・スタイルのボーイ・ミーツ・ガールの物語で、少年少女の初恋の雰囲気が良く出ていた。怯むジークフリートを、ブリュンヒルデがリードするようにも見えるんですよね。三幕の大詰めで若い二人が出会い、初めて声を交錯させるデュエットを歌うのにも、本当に鮮烈な音楽的効果がある。今回のブリュンヒルデは「ヴァルキューレ」でのユディット・ネーメットから、イレーネ・テオリンに選手交代。ネーメットさんも良かったけれども、テオリンさんも声に力のある歌手で、メゾの音色で高音を歌い切り、フランツ君と堂々と亘り合う実力の持ち主。今回の出番は短いが「神々の黄昏」の長丁場も、多いに期待出来る筈と思う。

 エッティンガーは相変わらず、抒情的なヴァーグナーを聴かせてくれる。テンポは遅くても鈍重にならず、東フィルの弦から柔らかく深々とした、良い響きを引き出したと思う。何時ヘタるかとハラハラしながら聴いていた管楽器陣も大健闘で、最後まで集中力を切らせなかった事に、満腔の感謝の意を込めブラーヴィを送りたい。エッティンガーの指揮に対し、批判的な意見は良く見掛けるが、ヴァグネリアンと呼ばれる人種は固定観念に捉われて、柔軟に音楽を聴く習慣を失っているのでは?と、恐らく一生バイロイトに行く機会の無い、僕のような人間は考えてしまうのだ。
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8 コメント

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Unknown (河童メソッド)
2010-03-09 00:54:34
お疲れ様です。
スーパーマンのTシャツはジークフリートのSとかけてるんでしょうね。カミタソではたしか、WとSを着せ替えごっこしていたと記憶しますし。
この第2夜は本当に気がついたらたったこれだけしか歌い手が出ていなかったのかという感じでワーグナーにひれ伏すしかないでしょうね。
エッティンガーに関しては同じ意見です。ただし、17,20の公演ではブラスは気合が入ってませんでしたけど。

それにしも、今回のPilgrimさんはディテールまでよく記憶されてますね。私は半分ぐらいとんでしまってました。
Unknown (operaview)
2010-03-10 17:32:49
とうとう、行けず終いでした。
風邪でお休みしている間に、色々なオペラが終わってしまっていました(T_T)
治ったので、今月こそは!!と、張り切ってます。
Unknown (Shushi)
2010-03-11 04:38:14
はじめまして。TBいただきありがとうございます。拝読して、詳細なレポで、パフォーマンスの記憶がより鮮明によみがえりました。テオリンは次の「神々の黄昏」での活躍に大いに期待しています。フランツの評価は分かれるようですが、私は、おっしゃるとおり、あの難役をこなすセンス、技術、体力に感服しました。「神々の黄昏」も楽しみですね。
コメントありがとうございます。 (ピルグリム)
2010-03-11 21:55:23
 河童メソッドさん、お疲れ様です。
 あのSはジークフリートのSですか…。
これはキッチュなウォーナー演出のシンボルですな。
ブラスはご専門ですから、僕の意見は無視して下さいませ。

 operaviewさん、こんばんは。
 僕なんか先が見えてますが、お若い方はこれから幾らでも
取り返しが付きますよ。時節柄、ご自愛下さいませ。

 Shushiさん、こちらこそ初めまして。ご挨拶、痛み入ります。
実際あんな甘い声のジークフリートは、矢鱈にいるものではないです。
Shushiさんの記事に勇気付けられ、僕もこれで意を強くして
カミタソに臨めます。テオリン・フランツのコンビを語り草にしたいですね。
ジークフリート (にのじ@ばよりん)
2010-03-12 01:20:15
pilgrim様、コメント並びにトラックバック有り難うございます。

今は神々の黄昏のリハーサルの真っ最中です。
また感想をお聞かせください。
TB有り難うございました (フランツ)
2010-03-12 20:39:08
こんばんは。TBありがとうございました。
本当にミーメ殺害の場面はテレビモニターの演出のおかげで,ジークフリートに殺されてもやむを得ないのだという印象を与えていていいですね。

間もなく神々の黄昏ですね。
私もまた見に行く予定です。
以前にも見ましたが,確かにここでもSのシャツが出てきたようです。

今後ともよろしくお願いいたします。
TBありがとうございました。 (ひさら)
2010-03-12 21:40:45
はじめまして。TBありがとうございました。
とても詳しい感想を書かれていらっしゃったので、あの時のワクワクした気持ちを思い出しました♪
私にとっての初ワーグナー・オペラは、とてもとても楽しいものでラッキーでした。
コメントありがとうございます。 (Pilgrim)
2010-03-14 18:49:59
 にのじさん、こんばんは。
 最近、ブログ記事を書く暇が無く、
カミタソの感想はGWになるかもしれません…。

 フランツさん、こちらこそ初めまして。ご挨拶頂き、痛み入ります。
ミーメのヴィデオの扱いは、演出家のセンスの良さの代表例と思います。
カミタソは前回も観ていますが、Sのマークの事等は全く記憶にありません。
葬送行進曲のシーンを微かに覚えている程度で、情けない話であります。

 ひさらさん、こちらこそ初めまして。ご挨拶頂き、恐縮に思います。
本当に楽しいワーグナーで、はて?ジークフリートって
こんなに楽しかったけか、と怪訝に思われる程でした。
これからは、ひさらさんもワーグナーを大いに楽しんで下さい。

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