オペラの夜

出かけたオペラやコンサートを聴きっ放しにせず、自分の中で理解を深めるためのブログです。

ビゼー「カルメン」

2008-10-11 | 来日オペラ
<ローザンヌ歌劇場初来日公演>
2008年10月11日(土)15:00/フェスティバルホール

指揮/シリル・ディーデリッヒ
ローザンヌ室内管弦楽団
ローザンヌ・オペラ合唱団

演出/アルノー・ベルナール
美術/アレッサンドロ・カメラ
照明/パトリック・メーウス
衣装/カルラ・リコッティ
振付/ジャンニ・サントゥッチ
ルードラ・ベジャール・ダンサーズ・エコール・アトリエ

カルメン/ベアトリス・ユリア・モンゾン
ドン・ホセ/ルーペンス・ペリッツァーリ
ミカエラ/ブリギッテ・フール
エスカミーリョ/ミコワイ・ザラシンスキ
隊長スニガ/ブノワ・カプト
伍長モラレス/サシャ・ミション
フラスキータ/ソフィー・グラフ
メルセデス/カリーヌ・セシェ
ダンカイロ/マルク・マズイル
レメンダード/アンベルト・エルブ・ピノ


 今日のオケピットに入ったのは、ローザンヌ「室内管弦楽団」なのだが、チラシにはローザンヌ「歌劇場管弦楽団」と記載されていた為、僕は会場に来て初めて、この事に気付いた。このオケなら、五月のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンで聴いたばかり。でも、シューベルトやメンデルスゾーンなら良いが、果たして「カルメン」はどうなのだろう。二階席からオケピットを覗き込むと、何だか人数が随分少ない。本当に大丈夫なのか?一抹の不安を感じ、開演を待つ。

 しかし、序曲が始まると即座に、このオケで「カルメン」を普通に楽しむ事は出来ないと分かった。とにかくパワーが無い。「カルメン」の音楽に必要な音量を、全く満たしていない。ローザンヌと云えば、ミシェル・コルボとモーリス・ベジャールが、それぞれ本拠を置いた街だとの先入観があった。その上に去年、同じスイスから来た、チューリッヒ・オペラの初来日公演がとても良かったので、どうも僕は無意識の内にローザンヌ・オペラに対しても、同じような期待を抱いていたようだ。オケの音自体は全然悪くないのだが、「カルメン」には全く向いていない。取り急ぎ、今日はインチメイトな「カルメン」を楽しむ方向へ、脳内での修正を図る。

 幕が上がると一幕のセットは、舞台奥全面が煙草工場の灰色の壁。昨日は神戸で、明日には東京へ移る、ハード・スケジュールの巡演を行うプロダクションとしては、まずまず立派なもの。冒頭の兵隊達の男声合唱は、お世辞にも上手とは云えないが、今日の「カルメン」は所詮、中欧の片田舎のオペラ・ハウスによる上演なのだ。僕としても既に、目の前の現実を受け入れる用意は出来ている。しかし、フェスティバルホールのようなデカイ箱には似つかわしくない、何やら鄙びた風情すら感じる、オケとコーラスではあった。後は主役級の歌手達が、如何にオペラを盛り上げてくれるかに期待するしかない。

 まず、真っ先に登場するのはミカエラ。このソプラノからは、自分の歌を何とかして音楽的に高めようと、努力する姿勢は聴き取れた。しかし、声自体の魅力に乏しいのが致命的で、肝心の三幕のアリアも面白くは聴かせてくれず、今日の上演を引き上げる要素にはならなかった。次はホセの登場だが、この歌手は更に酷かった。白痴的テノールの典型例として、標本にして取っておきたい位、見事にノッペラボーな歌い振りで、声量もなければ、情感のカケラも感じられない。この人の“花の歌”を聴いていると、腹を立てるのを通り越して、何だか情け無くなって来る。

 コーラスの女工たちが、壁に穿たれた扉から登場し、作業台で煙草の葉っぱを加工する演技をする。今日の演出は芸が細かく、結構見応えはある。ここで、いよいよカルメンの登場だが、当初発表されたドマシェンコは直前に降板。代役のユリア・モンゾンと云う歌手は、深いアルトの声で聴かせるタイプのタイトル・ロールだった。この人の声には、ブリリアントな輝きと声量があり、タップリとした歌い回しで、存分にカルメンの歌を聴かせてくれる。欧州の大都市のオペラ・ハウスの舞台でも、充分にカルメンでやって行ける人と感じた。

 二幕のリーリャス・バスティアの酒場の場面では、ちゃんとフラメンコを踊る舞台が設えられ、四人のダンサーが出て来る。この人達が、ルードラ・ベジャール・バレエ学校のダンサーらしいが、跳んだり撥ねたりはせず、普通にフラメンコを踊るのみ。ダンスは期待していたものとは、少し違うような気はしたが、カルメンとジプシー四人組の絡みにも、入念な演技が施され、舞台の床下に隠した密輸品を取り出すネタも面白く、やはり演出は良い。しかし、歌の方の最後の頼みの綱、エスカミーリョはサッパリだった。低い声の出ないハイ・バリトンだが、高音部にも全く声量が無い。要するに甚だ貧相な、「闘牛士の歌」を聴かされてしまった。

 ここで二十分の休憩だが、もう本当に帰ろうかと思った。しかし、演出は全然悪くないので、とにかく最後まで見届けようと思い直す。三幕では、百人乗っても大丈夫みたいな物置が三つ出て来て、ジプシー達がせっせと密輸品を運び込む。四幕の闘牛場への入場のシーンは、カルメンの居室らしいセットで、エスカミーリョとのベッド・シーンもある。四幕の全てに異なるセットが使われ、この規模のオペラ・ハウスの来日公演としては、大変に力の入ったものと、これだけは感心した。

 指揮のディーデリッヒは、一所懸命に棒を振り回して踊っていたが、指揮者だけ熱演しても、全く何の意味も無い。本人は普通に血の滾るような、「カルメン」を演奏したかったようだが、フェスティバルホールの広い空間を満たせる、オケでも歌手陣でもない。その方向性自体が間違っていて、せめて指揮者がピアニッシモを強調する演奏をすれば、もう少しマシな上演になったのではないかと思う。ここのオケは多分、ドビュッシーかマスネ辺りをやれば、ソコソコ聴かせるだろう。

 「カルメン」の音楽は、幾らタイトル・ロールが一人で頑張っても、全体の上演は救えないのだと、今日は身に沁みて痛感させられた。つまり今日、仮にドマシェンコが歌ったとしても、上演の全体を引き上げることは不可能だったと云う事。しかし、ここまで血の気の薄い、フワフワした頼りない「カルメン」は、本当に珍しい。僕も、この先の人生はそんなに長くはない。何とかして、こんな上演は避けて通れるよう、知恵を働かせて暮らしたいものである。
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7 コメント

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Unknown (まこ)
2008-10-20 19:15:30
ローザンヌ歌劇場の名古屋公演に行ってきました。楽しみにしていたのにがっかりでした。同じ感想を持たれた方のブログを閲覧し、勇気づけられています。

そうですよね。オケが絶対パワー不足。前奏曲の総奏フォルテがどうしてあんなに貧弱なのか?。さあ、いよいよという期待を全く裏切ってくれました。
それと、私は4幕の闘牛士の入場場面が好きなので、室内の場面にすり替えての演出には腹を立ててしまいましたよ。よかったのはフールのミカエラくらいでした。
ローザンヌ歌劇 (黒鍵)
2008-10-21 09:02:12
はじめまして
トラックバック、有難うございました。すごい観察ですね。オケの物足りなさは、初心者の私にも分かりました。第一幕の前奏曲で、シンバルの音があまりにも小さいので、何だこりゃ、・・・。
でも、それなりに楽しんできました。
では、また
コメントありがとうございます。 (Pilgrim)
2008-10-21 20:13:00
>まこさん、
 あのオケの音の小ささに、何で皆さん文句を言わないのか、僕も怪訝に思います。入場場面は、予算の問題でしょうねぇ…。でも、あれはあれで、カルメンとエスカミーリョの親密さを表現して、悪いアイデアではないと思います。

>黒鍵さん、
 こちらこそ、初めまして。ブログを拝読しましたが、初心者はご謙遜でしょう。ローザンヌは千人も入らない、小さなオペラハウスの筈ですから、そこの座付きオケが、二千人規模のデカイ箱で演奏する事自体に、無理があったと思います。そもそも“室内管弦楽団”ですしね。
カルメン《大分》 (martha)
2008-11-02 10:44:57
 はじめましてMarthaです。トラックバックをいただきこちらに来ました。私は洋楽(特にロックやジャズ)を中心に聴いてきたのでオペラは「素人耳」です。記事を拝見して「やっぱり音が小さかったのか」と思いとても納得できました。ありがとうございます。オーケストラの音が小さいというか、少しこもっていた様にも感じました。
 会場のiichikoグランシアタは三階席まであり席数1900程で、福岡のアクロス大ホールより100ほど多いようです。地方でもオペラなどの公演が楽しめる環境が整ってとても嬉しいことだと思っています。
こちらこそ始めまして。 (Pilgrim)
2008-11-02 16:52:05
 わざわざご挨拶頂き、ありがとうございます。
 ローザンヌ・オペラは九州まで巡演するのに、よくあれだけ大掛かりなセットを持ち込んだと思います。やはり初来日と云う事で、力が入っていたのでしょう。
 「カルメン」を楽しまれたようで、何よりと思います。僕の場合、出演者にチケットを売り付けられ、初めてオペラを体験しました。marthaさんも、また良い上演に出会う機会はあると思いますよ。
Unknown (河童メソッド)
2008-11-11 23:00:18
ごぶさたしておりました。
避けて通りたいものありますね。
この先の人生のためにではないですが私は避けました。
例えばの話ですが、昔、死ぬほどNHK-FMのエアチェックをしていた人たちはこういった田舎オペラの公演には行かないと思います。
もちろんチェックだけでなく内容もよく聴いている人たちのことですが。。
毎週放送しているヨーロッパのオペラ公演。
ウィーンの国立歌劇場はじめたくさんのオペラハウスのライブを聴きまくっていれば、ローザンヌなんて(失礼!)たまに放送がありましたが、完璧に劣っているのはもはや明白。
FMは音だけですが、聴き劣り明白。
知っている人は行きたいとは思わないと。。
エルネスト・アンセルメのスイス・ロマンド管弦楽団が名演を、ときには駄演を繰り広げてきたジュネーヴのヴィクトリア・ホールですが、あすこでやるローザンヌのオペラ公演、もちろん、初台の新国立が数段上なのは論をまたない。
(ひどい書き方してしまいました)
田舎オペラ (Pilgrim)
2008-11-12 20:34:16
 河童メソッドさん、こんばんは。

 僕の場合、オペラにハマった頃、既にLDが出回っていて、オペラを音だけで聴くと云う習慣自体がないのです。ローザンヌのオケを五月に生で聴いたのに、その非力を見抜けなかったのは、全く不徳の致す所でした。

 もちろん例外も多いのでしょうが、欧州の田舎オペラはご当地物が良いと思います。伝統の持つ力には、小さなオペラハウスでも侮れないものがあり、味わい深い上演に出会う幸運を何度か経験しています。

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