オペラの夜

出掛けたオペラやコンサートを聴きっ放しにせず、自分の中で理解を深める為のブログです。

チャイコフスキー「エフゲニー・オネーギン」

2008-04-13 | 各国オペラ
<ウィーン・シュターツオーパ共同制作/プレミエ>
2008年4月13日(日)15:00/東京文化会館

指揮/小澤征爾
東京のオペラの森管弦楽団
東京のオペラの森合唱団

演出/ファルク・リヒター
美術/カトリーン・ホフマン
照明/カーステン・サンダー
衣装/マルティン・クレーマー
振付/ジョアンナ・ダッドリー

タチヤーナ/イリーナ・マタエワ
オネーギン/ダリボール・イェニス
レンスキー/マリウス・ブレンチウ
オリガ/エレーナ・カッシアン
グレーミン公爵/シュテファン・コツァン
ラーリナ夫人/ミハエラ・ウングレアヌ
乳母フィリッピエヴナ/マルガレータ・ヒンターマイヤー
ムッシュゥ・トリケ/ヘルムート・ヴィルトへーバー
立会人ザレツキー/北川辰彦
隊長/桝貴志


 幕が上がると舞台奥には抱き合っているアベックが七組ほどいて、その後ろには雪が降っている。この人たち、ずーっと立ったまま動かずに抱き合っているのが大変そうだが、後のダンス・パーティーのシーンでは跳んだり踊ったりして、結構忙しい。収穫を終えた農民たちのコーラスは、菜っ葉服を着て工具箱を持った労働者の一団で、農夫ではなく、定時で帰ってきた工場労働者という設定らしい。歌手たちの演技は銀紙を貼った箱が三~四ヶ転がっている舞台前で行われ、タチヤーナは沢山の本を置いて読み耽っている。衣装は現代のドレスとスーツで、美術も大掛かりなセットの無い簡素なもの。白一色の“氷の世界”風で、寒々とした舞台。

 一幕二場はタチヤーナの自室。中に光源を仕込んだ窓枠らしい半透明の箱は、ややデカイのが出て来て、その中に寝転んで演技。雪の降っている位置は舞台前に進出、この時点で雪より前が室内の設定だと気付く。三場では雪は再び舞台奥に引っ込み、例のアベックたちも再登場。タチヤーナの求愛をオネーギンが拒絶すると、アベックたちは一組づつ男が女に別れを告げて退場し、女だけが残される。何でエキストラでアベックが出て来るのか、これで明らかになった。幕切れはオネーギンも退場し、タチヤーナと女性たちが呆然として取り残される仕掛け。

 二幕一場のタチヤーナの命名日のお祝いでは雪は降らず、代わりに天井から蛍光灯みたいな棒が、縦に沢山ぶら下がっている。半透明の箱はパーティー・テーブルとして更に大きなものが出て来て、トリケはこれに上ってアリアを歌う。ここも農夫たちの舞踏会の筈だが、コーラスの衣装が今時の若者風なので、何だか昔懐かしい「サタデー・ナイト・フィーバー」か、「フラッシュ・ダンス」といった趣き。二場の決闘シーンでは、また舞台奥に雪が降ったが、まさか室内じゃないよね。
 
 三幕の舞踏会シーンには今日始めてセットらしいセット、宝塚歌劇の大階段みたいなセットがお出まし。コーラスもイブニングに正装し、上流の社交界の雰囲気なのだが、階段上に整列するだけでポロネーズは一切踊らない。ここだけは如何にもオペラらしい舞台になったが、色彩はモノクロームなままで、寒々とした印象もそのまま。オネーギンがタチヤーナに求愛する二場では、また階段の向こうに雪が降る。結局、雪の降らないのはパーティーの二つの場面だけだった。

 セットや衣装に金は掛けていないが、プリミエということで演出家本人もカーテン・コールに出て来たし、歌手たちへの細かい演技指導は徹底していた。東京オペラシンガーズによる合唱も、何時もながら見事なもの。

 歌手の中で最も理解の行き届いた歌を唄ったのは、まずレンスキーのブレンチウ。甘い声のテノールを駆使し、自滅するナイーブな青年の悲しみを存分に聴かせ、泣かせてくれた。グレーミンのコツァンも素晴らしい美声のバスで、出色の存在感。まだ若い人のようだが、これから長い付き合いになりそうな、今後の活躍を予感させる声の持ち主だった。

 良く知られているように、チャイコフスキーはこの自作を「オペラではなく、抒情的情景の連なりである」としている。小澤の指揮もこの形容に忠実なもので、それぞれの場面はロシア民話の絵本のページをめくるような、色彩感のあるものだった。しかし、個々の場面では聴かせても、全体を通しての盛り上がりは今ひとつで、僕達が「エフゲニー・オネーギン」という作品に期待する、しんみりとした情感の出て来ないのが、何だか酷くもどかしい。

 問題は主役の歌手二人にもあった。タチヤーナのマタエワは、弱音のソット・ヴォーチェは巧みにコントロールして聴かせてくれるのだが、フォルテでは硬く耳障りな声になってしまう。「手紙の場面」でも、彼女として精一杯の歌を唄ったとは思うのだが、それだけに力量の限界も顕わだった。タイトル・ロールのイェニスは、「セヴィリア」のフィガロを最も得意とするロッシーニ歌いらしいが、享楽主義者のオネーギンにしては健全過ぎる、硬い響きのバリトン。甘さに乏しく、抒情的な表現力という点で物足りない。

 決闘前のレンスキーとオネーギンのデュエットは二人の声が上手に絡み、乳母のヒンターマイヤーが艶のある声のアルトで、タチヤーナが恋心を打ち明けるデュエットも充実した。アンサンブルに不満はなかったのだが、主役の二人にはそれぞれに問題があり、モノローグを甘く切なく歌ってはくれなかった。

 タチヤーナとオネーギンにチャイコフスキーらしい、メランコリックで情感豊かな歌を聴かせて貰えず、指揮者の熱演も残念ながら空回りの印象を受けた。小澤が最も得意とするオペラ演目の一つである「エフゲニー・オネーギン」を、日本初上演するということで僕も大変期待していたのだが、今日のプリミエを聴く限りでは、充分な感銘は得られずに終ってしまった。

 来年から「東京のオペラの森」でのオペラ上演は取り止めになるとのこと。ブランデーのヘネシーや慎太郎都政等のパトロンを得て、思い通りのオペラ上演を実現して来た小澤だが、次の一手はどうなるのだろうか。それともサイトウ・キネンと音楽塾があるから、もういいのかな?
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6 コメント

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屋内決闘 (kappamethod)
2008-04-17 22:18:00
ごぶさたしておりました。
オネーギンの室内楽のようなオペラ、だからかどうか、屋内での決闘ですか。
怖いもの見たさで観てみたかったですね。
最近はワーグナー風にト書きの拡大解釈というかウエイトのかかるプロダクションが多く、精通している人は余裕をもって楽しいのですが、はじめてオペラを観る人にとっては変な第一印象になることが少なくないと思います。
今年秋の東京リングの再演もそうなりますね。前回は爆発的な面白さでしたけど。
オネーギンは交響曲第1番の第一楽章のメロディーラインが相似性を感じさせます。小沢にとっては双方とも好きな曲ですね。今回は不発だったようですが。。
心理描写 (Pilgrim)
2008-04-19 10:42:55
 河童メソッドさん、毎度おこしやす。

 そんなに突飛な演出ではなかったです。時代背景を取っ払ってコンテンポラリーな舞台に仕立て、人物の心理描写に重点を置いたのが、初めての人には却って取っ付き易かったかもしれません。

 演出家はノートに「タチヤーナの周りの世界は、冷え冷えとして凍り付いている」と記し、この方針に沿って首尾一貫した舞台でした。

 他のブログを回ると皆さん演奏は誉めてます。少なくとも、幕切れは非常に盛り上がったという意見が多数派で、僕の感想は孤立無援です。
雪が静かに降り積もる (Melody)
2008-04-24 00:08:25
Pilgrimさん、はじめまして。こちらのブログにコメントありがとうございます。
13日は初日でしたよね。20日の最終日は演出家の登場はありませんでした。
オケはこの日は良かったです。
ステージ奥で音もなく降り続ける雪の中に、人々の噂や慣習といっしょに閉じこめられているタチヤーナが、最後にはオネーギンを振り切ってその雪を越えていく所は、けっこう好きでした。
ポロネーズ (Pilgrim)
2008-04-26 11:40:37
 なるほど、あそこでタチヤーナは外の世界へ飛び出す訳ですか。その解釈は良いですね。

 演出は概ね気に入ったのですが、ポロネーズで全く踊らなかったのは疑問に感じました。
今日放送がありますね (通りがかり)
2008-07-18 03:42:46
10時半からNHK3chで。
Brenciu の歌が楽しみです。
金曜の夜で (Pilgrim)
2008-07-19 10:12:53
 酔払って帰って来たので、途中で寝てしまいましたが、チャイコフスキーの抒情タップリの、美しい演奏ですよね。

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