オペラの夜

出かけたオペラやコンサートを聴きっ放しにせず、自分の中で理解を深めるためのブログです。

プレヴィン「欲望という名の電車」

2010-11-14 | 各国オペラ
<第46回オペラ公演/20世紀オペラ・シリーズ>
2010年11月14日(日)14:00/大阪音楽大学ザ・カレッジ・オペラハウス

指揮/大勝秀也
ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団

演出/中村敬一
美術/増田寿子
照明/石川紀子
衣裳/前岡直子

ブランチ/松田昌恵
ステラ/石橋栄実
スタンリー/藤村匡人
ミッチ/小餅谷哲男
隣人ユーニス/野間直子
友人スティーヴ/松岡重親
友人パブロ/池森庸祐
集金人/諏訪部匡司
メキシコ女/西村薫
医師/木村孝夫
看護婦/植田加奈子


 テネシー・ウィリアムズの戯曲に、現在N響の首席客演指揮者を務めるアンドレ・プレヴィンの、曲を付けたオペラ「ストリートカー・ネームドゥ・デザイア」、関西初演である。邦題「欲望という名の電車」(以下「電車」と略す)は、98年にサンフランシスコ・オペラの委嘱に拠り、作曲者の指揮とルネ・フレミングのブランチで初演されている。プレヴィンはブランチをフレミングに当て書きして、この役の技巧的な難易度を高いものとしたらしい。

 ベルリン生まれでカリフォルニア育ちの、亡命ロシア系ユダヤ人であるプレヴィンは、指揮者とジャズ・ピアニストと映画音楽作曲家を兼ねる多才な人である。若い頃はピアニストとしてビッグ・バンドに所属し、トリオを組んでアルバムを製作したりして、この人の音楽の根っこの部分にジャズの素養のあるのは間違いない。また、ハリウッドの業界にもドップリと浸かり、映画音楽の作曲やアレンジ、指揮等の仕事を精力的にこなしていた。この方面の代表作にジョージ・キューカー監督、オードリー・ヘプバーン主演の「マイ・フェア・レディ」と、ビリー・ワイルダー監督にジャック・レモン主演の「あなただけ今晩は」の編曲があり、この二作でプレヴィンはオスカーを受賞している。

 皆様ご存知の通り「電車」は、エリア・カザン監督にビビアン・リーのブランチと、マーロン・ブランドのスタンリーで映画化され、戯曲としてよりも映画原作として人口に膾炙している。まあ、何と申しましょうか、戯曲「電車」は愛すべき佳品と思うが、そんなに深い内容のあるお芝居とも思えず、やはり映画版の野卑でセクシーなブランドの魅力と、ビビアン“風と共に去りぬ”リーの荒廃した顔をアップに映すシーンの強烈で、みんな覚えていると思う。日本でも、森光子の「放浪記」程ではないにせよ、杉村春子のブランチを当たり役として繰り返し舞台上演され、つまり旧来の新劇好みの戯曲なのだろう。とは云うものの、やはりキチンとしたお芝居なので、オペラ台本としての演劇的なレヴェルは高いと思う。

 「電車」日本初演は七年前の東京室内歌劇場公演で、指揮は今は亡き“初演魔”若杉弘さん、ブランチは松本美和子と釜洞祐子に、ステラは塩田美奈子と三縄みどりのダブル・キャストだった。僕は指揮者のプレヴィンがオペラも作曲していたとはツユ知らず、どんな作品なのか見当も付かなかったが、取り合えず若杉さんの選んだ演目と云うだけの理由で、東京まで見物に出掛けた。この時、若杉さんの指揮で聴いた「電車」は、その暗いエモーショナルな音楽と、真夏のニューオルリンズの気だるい暑さを漂わせる、鵜山仁の舞台とが相まって、僕は深い感銘を受けた。

 僕の観た若杉さんのオペラ上演の中でも、「電車」は思い出に残る作品の一つで、それを地元の大阪音大が取り上げると聞けば、期待と不安は相半ばしてしまう。もともと僕は大音のオペラ公演に対し、当たりの出れば僥倖位にしか考えておらず、過大な期待を抱く事はない。でも、今回ヘンな上演を観せられれば、美しい想い出を壊される恐れ無きにしも非ず。主役のブランチは東京二期会の人で、僕はこれまでに聴いた事は無い(多分)が、他のキャストには大音出身で毎度お馴染みの面子の揃い、果たして当たりの出るのかハズレを引くのか、今日は何だか宝くじでも買ったような気分で席に着き、開演を待つ。

 幕の上がると、今日のセットのお披露目。スタンリーとステラの新婚の住まいは丁寧に作り込まれて、今回の上演にはかなり金を掛けているのが分かる。要するに映画のイメージに沿った具象的なセットで、このオペラには前世紀50年代のアメリカっぽい美術と衣装のあれば充分と思う。後は余計な事さえしなければ、観客は勝手に眼前の演技と映画のイメージとを比較対照し、舞台を鑑賞する事となる。「電車」と云う作品で映画のイメージから離れる事は、恐らく無理だろうと思う。今日の舞台では照明の明る過ぎて、夏の暑さの倦怠感を感じさせないのは、やや不満に感じる。

 近年、お陰様で何度かバーンスタインを聴く機会のあって、余技として作曲もする指揮者の作品は、既成のスタイルのパッチ・ワークとなる傾向を学習させて頂いた。「電車」に最も影響を与えた作曲家は、恐らくベンジャミン・ブリテンと推測される。ロンドン響やロイヤル・フィルの音楽監督を務め、サーの称号も持つプレヴィンは、ブリテンのオペラを指揮した経験も豊富なようだ。でも、そのスタイルにブリテンの影響は丸出しだが、どうやらプレヴィンは作曲の際、所謂“ブリテン節”は注意深く排除した気配のあって、それらしい旋律は全く聴こえて来ない。この辺り、プレヴィンは作曲家としてバーンスタインより、余程ソフィストケイトされていると感じる。一般的な二人への評価は、指揮者としてのそれと混同されているのだろう。

 プレヴィンは映画音楽の人らしく、またブリテンの継承者として前衛からは程遠い、中庸を尊ぶ作曲家だが、その音楽には真摯な抒情性のあると思う。今日、改めてジャズの要素のタップリと盛り込まれ、ラヴェルの響きも聴こえて来る「電車」の音楽に接し、このオペラを取り上げた在りし日の若杉さんに想いを馳せ、その慧眼に改めて敬服する。まあ、それと比べてはアレだが、今日の指揮者は曲全体を良く把握して、なかなか健闘していたと思う。一幕は大過なく務める印象だったが、二幕から熱の入って来て、幕切れのブランチのリフレイン「何方であろうと構いません。私は何時も見ず知らずの方々の御厚意に縋って参りました」に向け、大いに盛り上げてくれた。

 ただ、これは六月に聴いた「コジ・ファン・トゥッテ」でも感じたが、大勝は音楽に対し外側からアプローチするタイプのようで、音楽の盛り上がっても冷静で傍観者的な立ち位置を離れず、専らオケをドライヴする事に徹しているように見える。まず、更に厳しくテンションを高め、ジャズのリズム感をを際立たせて欲しい。それとテンポ設定の速目に過ぎて、ピアニシモに甘さの足りず、もっとオケにタップリと歌わせ、ジャジーな部分との対比を強調したかった。でも、今日の指揮者は伴奏の仕事は果たしていて、若杉さんと比べたりしなければ、まずまずの出来と思う。問題はソプラノ主役で、この人は声自体の魅力に欠けて、パセティックに盛り上り難いのが辛い。そもそも役を主体的に捉えておらず、何処かで教えられた通りみたいな歌い振りで、音楽の形だけをなぞっているように、僕には聴こえる。

 プレヴィンは「私は二人のソプラノの響きが好きなんだ。R.シュトラウスのようにね」と言っているそうで、別にルネ・フレミングの為だけに「電車」を作曲した訳ではないらしい。そのブランチの妹役、ステラの石橋栄実は大阪音大の教員で、ここのオペラ・ハウスの看板的な存在。年間二本づつの新制作上演の、前期のモーツァルトと後期の現代物の、どちらか片方に必ず出演するが、この人の声と音楽性に合う役柄には、なかなか嵌まらないようだ。三月にはプーランク「人間の声」を歌って、これも必ずしも石橋の資質に合うとは思わなかったが、この際のアンコールにはアデーレのアリア、“侯爵様、あなたのような方は”を歌っていて、そもそも僕にはプーランクの直後にオペレッタを歌う、分裂症的なセンスが理解不能だった。

 これが実際の話、さっきまでプーランクで畏まっていたのは、一体何だったんだ?と呆れる程に開けっ広げな歌い振りで、この人の天然自然なキャラの発露になっていた。石橋の音楽的な持ち味とレジェーロな声には、オペレッタの最も相応しいと、僕はこれで初めて気付かされた。石橋はステラで持ち前の甘い美声を、ロング・トーンのピアニシモでタップリと聴かせて、今日のキャストの中で最も魅力を放っていたと思う。一幕の幕切れ、ステラのヴォーカリーズの歌はブルースのリズムの、伴奏のコンバスは弓ではなく素手で弾くベース奏法で、彼女の声を存分に引き立てていた。この客を呼べる魅力的なソプラノを、大阪音大はプリマドンナとして、もっと盛り立てるべきで、僕は現状の彼女の扱い方は中途半端に過ぎると思っている。

 スタンリーの藤村は声の非力を、演劇的な濃い歌い回しで補ったが、そのチンピラじみた演技は、マーロン・ブランドの野生的な色気からは懸け離れていた。今回、ミッチを歌った小餅谷も役柄の限定されたテノールだが、でもそれも当たり前の話で、この人にモーツァルトなんぞを歌わせる側こそ、糾弾されるべきと思う。小餅谷はリリックな美声の持ち主で、マザコンのテノール役には打って付けだった。このオペラではレチタティーヴォとアリアに明確な区別はないが、石橋や小餅谷のアリアめいた歌の際、指揮者は意味不明なパウゼを入れて、これはやや興醒めに感じた。

 今日の歌手は主役を除き、久方振りに適材適所の配役で、オケも間奏曲で熱演したし、ジャズのリズム感もソコソコこなれていて、なかなか充実した公演となった。ただ、これは望蜀の言かも知れないが、指揮者のオペラへの思い入れの感じられないのが残念。音大の自主公演で色々と制約の多いのは分かるが、このオペラを取り上げるのなら、適任者は他に探すべきと思う。来年の予定、夏のモーツァルト・シリーズは「魔笛」、秋の現代物はブリテンの「ねじの回転」、指揮はそれぞれ大勝秀也に十束尚宏と発表された。僕も「ねじの回転」は是非とも聴きたいが、「魔笛」は晴雅彦さんのパパゲーノでなければ、パスする事になると思う。
ジャンル:
音楽
キーワード
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