第三十二章 変化

2017-06-15 23:42:18 | 日記
第三十二章 変化

 陰と陽、当たり前のことに目を向けていなかった。私はそれを、自分の都合のよい考えで解釈していた。考えてばかりで行動はしていなかった。
 この世界は全て陰陽でできているのは当然だ。男と女、光があれば影もある。この絶対的なもの、これをあえて制限とする。音楽にはドレミをはじめ、半音を入れて12の音しかない。絶対的な制限だ。しかしそこから無限の曲は生まれる。逆に全てが無制限だったら?混沌としたカオスとなり、そこからは何も創造できないだろう。つまり制限があるということは無制限でもあるのだ。 彼女は言った。
「あなたが見ているものは、あなたの中にあるものって言われてしまったら、どうしようもないでしょ?もう絶望的よね。どうしたら、そこから立ち直れるの?そこには多くの人々が語ってきた法則の怖さがある」
 ここに現代社会の大きな問題があるのかもしれない。つまり今まで語られてきた事は、エゴを持った人間が語ってきた事ばかりなのだ。波動とか引寄せの法則、エネルギーとかは、なぜ語られてきたのだろう。そこには本などを売って利益を出すという裏が見える。
しかし一番の問題は、言っている者、書いている者、指導している者がエゴに満ちた、神から遠い存在だという事だ。何も知らない一般人はその者の裏を知ることもなく全てを善意と勘違いし慕っていく。気づけば何百万と支払っている。そのお金をアジアやアフリカの貧困の解消に使うこともなく。
 何気ない日常の会話をしていた。私は少々見栄を張った話をしていた。しかし、
「今、あなたの言った言葉に本当の音がしない」
 確かに私は小さな嘘を語った。プライドだった。しかし悟られないように聞き返した。
「どういうことだ。私が嘘を言ったというのか?」
「嘘とは言わないけど、本当の音がしない」
 彼女は嘘をつくことがない。そのような生活をしていると本音と嘘がわかってしまうのだろうか。純粋性とは日常の中で生まれてくるものなのかと感じた。
「わかった、君の言うとおりだ。自分の本当の気持ちをごまかしたよ。しかしね、誰でも嘘はつくんだよ。特に相手を傷つけないように配慮した時とか。それをいちいち嘘だと指摘されたら世の中は成り立たないよ」
「あなたは騙そうとして嘘をついたんじゃない。それは世の中にはいつもあること。ただ、私には本当の音として伝わらなかっただけ。それが寂しかっただけ」
「じゃ、なぜ僕が嘘をついたのか解るのか?その僕の気持ちを当てたら本当の音とやらも信じてやるよ。女神様とやらにきいてみろよ。それがわからないのなら本当の音がするのしないのって怪しいものだ」
「わかった、聞いてみる」
 彼女は一点を見つめ始めた。数秒後、
「あなたは私に嫉妬した、自分にない思考をする私に対して。自分より上じゃないのかって少し腹を立てた。だから」
「わかった、わかったよ。確かに君の言うとおりだ。君は常に私より上だ。それは僕のプライドを傷つける」
 私は焦った。
「あなたは自分より上だとか下だとか、そのような思考に影響されやすい。私の方が上だなんてあり得ると思うの?人は誰もが同じ。上下などない。ただ思考に支配された感情に振り回されているかどうかだけ」
「誰でも持っている感情だよ」
「人々がそれに振り回されている限り、世界は変わらないと思う」
「君だって感情に振り回される時もあるじゃないか」
「そう、いつも負の思いはやってくる。その度にそれを追い払う」
 やれやれ、まるでどこかのスピリチュアルな会話だ。それを確かめるために聞いてみた。
「エネルギーワークって聞いたことはある?」
「エネルギーワーク?」
「そう、エネルギーワークをどう思う?」
「ほら、ここにキュウリの種があるでしょう。あなたが今年、採った種。この種は完璧なの。撒けば、必ず立派なキュウリができる。あなたは何もする事はないの、何も」
「確かに何もする必要はないね。それどころか何かしようと考えても何もできない。だって種なんだから。種として完成した形で目の前にあるものを、一体どのように変えることができる?」
「そう、何もできないよね。何かしたら逆にこわれちゃう。生きるという事に当てはめてみて。あなたは人生において必要なものは、全て持っている。でも、あなたはその事を信じない。あなただけじゃない。ほとんどの人がそう。だから他の人の考案したエネルギーワークを必要とするの。わかる?」
「なんとなく」
「エネルギーワークの必要性は、エゴによってもたらされる。すでに完璧な人生なのに、物足りなさという不安を煽り、不要なものに意識を向かせる事はエゴの勢力。人々は本来の目標を忘れ、欠乏感と共に人生を生きる。それはエネルギーワークだけじゃない。今の経済や自然を破壊させる社会意識も、すべて欠乏感や恐怖をエネルギーとした動き。エゴを気づくことは難しいの」
「なんか怖い事を言うね」
「そう?ちょっとおかしな事を言うね。ある意味、私は時々闇の勢力と戦うことがある」
「えっ、闇の勢力が近くに来ているの?」
「いい?人間は半分は光であり、半分は闇のなの。だから私は自分の闇の勢力と戦うの。戦う、これはあなたのわかりやい言葉で言うとだけどね。闇の勢力とは、言い方を変えれば思考のこと」
「思考?自分の思考と戦っているのか?いったいどうやって?」
「祈るの。祈りは闇の勢力を光で消すことができる」
「どんな祈りなの?」
「私は、あーって声を出す。まわりに誰かいる時は心の中で声を出す」
「あ、い、う、え、おの中のあーを使うのか?」
「そう、あー。そうすると闇は消える」
「僕はマントラでも唱えるのかと思ったよ。まさか、あーだなんて」
「何でもいいの、自分に合った音であれば」
「いいかい、君の考えでは僕達の社会は完璧だという事になる、本来はね。でも闇の勢力のささやきによって、人類は欠乏感を持った。そして不必要な事を長い歴史を渡って繰り返してきたという事になる」
「そう」
「人類全員が闇の勢力の中にある。絶望的だな」
「私の中にも闇の勢力はあるって言ったでしょ。光と闇は誰にでもある。それに気づいて」

 嘘は闇の世界を創り出す。闇とは何か。思考が闇の勢力でもあると彼女は言った。私が不安や恐れのイメージを持つ時、それらは思考から生まれていた。もし光の勢力と共にいたら嘘をつくことはできるのか?それは無理だろう。しかし、様々な宗教指導者たちにエゴはないのか?団体を広げよう、自分の話を世に広めよう、会費を上げようというエゴはないのか?エゴと共に光とつながることができるのか?エゴとつながるものは闇だと解釈すれば、この世界はたっぷりと闇の勢力と共に存在する。永遠に幸福な世界がやってくるはずもない。世界中で貧困や戦争、飢餓が起き、指導者が悪政をやめることはないかもしれない。

「どうしようもないな。世界は永遠に勝ち組負け組に分かれ、対立が止まることはない」
「良いものを見て、自分にとってどのように感じるか。悪いものを見てどのように感じるか。両方をしっかりと受け取るの」
「ネットでも恐怖をあおるような書き込みは多くの人が関心を持つ。しかし、ほっとさせられるような投稿には反応が少ない。これは人々が求めているものは過激で否定的な意見だという感じがする。実際に根拠もないような過激な書き込みがあるが、それらにはものすごい反応があるよ。君の言うような愛の話に耳を傾ける人は少ないということだ。その時は平和を感じるが、またギスギスした日常に戻る。日常の社会生活では愛とはおさらばだよ」
「人は日常で、闇の部分と光の部分の両方を理解しなくてはいけないと思う。その気づきの練習を続けた方がいい。そしてしっかりと自覚するようになれば自由にコントロールすることができるようになる」
 
 この言葉が、やがて思考を止める訓練のきっかけになっていく。私達の最大のエゴは、自分は神から切り離された存在だと思うことだと、ダイアー博士も映画の中で行っていた。エゴを手放すためには、自分は完璧に神とひとつであることを体験していかなくてっはならないと感じた。人生を通して。
 思考を止めること、それが重要なのはわかった。しかしどうやって?私は長年、瞑想も行ったが何も変化しなかった。瞑想をして思考を止めようとすればするほど思考は現れてくる。エックハルト・トールの方法をやってみた。心の中でこのように呟いてみる。
「さて。次はどんな思考が浮かんでくるのだろうか」
 一瞬、空白が生まれた。一週間ほど続けていると、この空白の瞬間が長くなってきた。そして気づいた。確かに私は思考が自分だと長年思い込んできた。しかしこの空白こそが自分だったのだ。なんということだ。
 この練習を三か月ほど続けていると、空白が主であり、逆に思考を利用することができるようになってきた。私が「シフト」した第一段階だった。
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