第二十四章  不思議な彼女

2017-03-21 12:24:19 | 日記
第二十四章  不思議な彼女

 50歳の後半になろうとしている冴えない私に、優しく話かけてくる女性が目の前にいた。年齢は30代の後半だろうか。私は音楽を演奏するために、ある店に来ていた。彼女もそこに来ていた。終了後、外でのんびりしていたところに声をかけてくれた。
「とても素敵な音楽でした。聴きに来てよかったです」
「ありがとうございます」
 それから5分ほど話をしたが、内容は覚えていない。たぶん当たり障りのない話をしたのだと思う。声高に語るおしゃべりな女性ではない、むしろ、ゆっくりと丁寧に話す、気品のある女性という印象が残った。それから一か月ほど経った頃だろうか。私は50分ほど離れた小さな公民館で瞑想会を行なっていた。どういうわけか、そこに現れたのが彼女だった。なぜやって来たのか、事情を知ったのは随分先のことだ。それがきっかけで私たちは連絡先を交換した。やがて一緒にお茶を楽しむようになった。彼女の話し方は静かで落ち着いていた。とても純粋な人柄は、会っているだけで心が和む。
 私は50歳の頃に会社から引退していた。強迫性障害という病を昔から持っており、それが悪化したのも原因だ。引退した数年後、人々に気づきをもたらすために様々な行動をした。しかし悟ってもいない自分が行動を起こしたところで、それは単なる自己満足に過ぎず、やがて怒りと共に終えることとなった。素晴らしい世界になることなんて無理だと理解した。自分の心の中にさえ平和がないのに、外部をいくら変えようとしてもそれは不可能なことだった。
 そんな時に現れた彼女に私は心から安らぎを感じた。それから私は頻繁に誘い、様々なことろに出かけた。とても純真で親切な女性。とにかく質素で、来ている服はいつも同じなので理由を聞いたことがある。するとこんな話をしてくれた。世の中には物があふれていて、それでも多くの人々が買いものをする。それは買い物中毒というもので、物が多くなれば多くなるほど人は自分を見失っていく、と。確かに彼女は出先でも滅多に記念品やお土産を買わない。食べ物もほんの少ししか体に取り入れない。車もいったいいつ買ったものなのか、かなり古い。運転席のドアからロックをすることができないので助手席からロックをする。半年前にとうとう車が壊れたので、やっと小さな地味なコンパクトカーを中古で買ったくらいだ。普段はすっぴんで、たまに礼儀として薄化粧をするだけ。おしゃれとは程遠い。しかし雰囲気は西洋の貴族のようなものに包まれていると感じるのは私だけではなかった。いろんなエピソードがある。馴染みのライブハウスのオーナーに会せたことがある。彼とは十数年来の付き合いだ。彼女が歌が好きだと知るとこう言った。
「お、お歌を歌たわれるのですか?」
「何を緊張してるんだよ!」
思わず私は突っ込んだ。オーナーは明らかに緊張していたようだ。
「いやいや、なんか、こう、失礼な言い方ができなくて」
 そうなのだ。彼女の微笑みに満ちた優しい声調には敬意を思ってしまうのだ、薄化粧の着たきりスズメの女性に対して。不潔な感情を持って接することができないのは多くの男性が感じることだろう。世の中にこのような女性がいることを初めて知った私は、会話の中で彼女のことを理解しようとした。まず子供がいること。そして家には物がほとんどなく、常に整然とされているいこと。家族は夜になると早めに床に就く。彼女は朝、3時になると起き、瞑想やヨガを行い、祈りを捧げる。それから家族のために食事を作る。それも安全な食材を多用し、時間をかけて作る。収入の一部を寄付し、家族全員が質素な生活をしている。着る服にも特徴がある。足や胸の露出がほとんどない。だから男性に対して色欲を起こさせるような事はないのだ。団体に属することはなく、誠実な意識を保ち続けるような生活をしている。自宅にテレビやエアコンはない。
「この暑い時期に、なぜエアコンなしで暮らせるの?」
「日本の伝統の土壁を使えば、それほど暑くなることはないの。私は家を作る時に、土壁を扱える業者を探すためにあちこちに行った」
「しかし君の住んでいるところも夏は暑い街だ。君は良くても子供たちが耐えられないだろう」
「学校や出かけ先でエアコンにあたると気分が悪くなると言ってる」
 私は信じがたかった。私の田舎でも夏は毎日、35度を超える。それなのに耐えられるとは信じられない。しかし徐々に、彼女は嘘をつけない人種であることがわかってくることになる。それでも私は彼女のことを、風変わりな、世間知らずな女性だと思い込んでいた。これは大きな間違いだった。
 そんな日々が一年ほど続いた頃、出先で彼女は酷い腹痛に襲われた。普段はけっして苦しい表情を見せないのだが、痛みに耐えているのはよくわかる。
「大丈夫?」
「大丈夫」
「本当に大丈夫?いつから痛むの?」
「一時間ほど前から」
「一時間も我慢していたのか。どうしよう、病院に行くか?」
「心配しないで。でもできればあなたの手を私のお腹にあててほしい」
「ちょっと待てよ、僕はヒーラーでもなんでもないよ。手を当てて直せる人など怪しい人物だけだ」
「心配しないで。ただ手を当ててくれればいいの」
 顔色まで悪くなった彼女に、なにかできるかもしれない。私は彼女のお腹に手を当てた。私には何も感じられなかったが数分後、彼女の顔は明るい表情に変わってきた。まるで憑き物が取れたようだった。私は驚いた。
「あなたが治してくれた!ありがとう、本当に助かった」
「私にそんなことができるはずはない!」
「でも、あなたのお陰で治ったのは事実よ」
「それはプラシーボ効果だろう。人は思い込みで病になったり治ったりするものだ」
「そんなことはどうでもいい。私は治ったの、本当にありがとう」
 純粋な大きな目で感謝の気持ちを伝える言葉に私は動揺した。こんなことがあるはずがない。誰かが病になった時、私はまず病院に行くことをすすめる。怪しげな民間療法の餌食にするのはまっぴらだ。手を当てただけで痛みが消えるなんて、これは思い込みだ。人は思い込みで病が治ったりすることはよくある。昔、治療院を行っていた時に数多く体験した。腰の痛みに対して様々な手技を行うのだが、間違った方法を行っても治るケースは数多かった。手を当てるだけで完治するなど、医学的にはあり得ない。なんということだ。彼女は思い込みで治ったのだ。根拠もないものに惑わされる人は多いが、彼女もその一人だったとは残念だ。私は気の毒に思った。
「私には信じることができない、手を当てただけで治るなんて。そりゃスピリチュアルの世界では、そのようなことは起きると言われている。しかし、それらには全く根拠がないよ」
「思い込みでもいい。治ったのだから」
 後から聞いてみると、以前からお腹の調子は良くなかったらしい。しかし、この日をきっかけとして治ってしまったのだ。冷静に考えれば、このようなプラシーボで治るのなら、積極的に利用すればいいと思った。思い込みで治るのであれば、どのような方法でもいいのではないのか。だから別に私でなくとも彼女は治ったに違いない。しかしプラシーボは本領を発揮するのは相手に対して信頼を持った時に発動されることが多い。ということは彼女は私に信頼を持ってくれたのだろうか。それは嬉しいことだ。


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