第二十五章 妖精

2017-04-01 17:45:21 | 日記
第二十五章 妖精

ちょっと変わった、信じられないほど純粋な心を持った女性。そんな印象の彼女への見方が変わったのは半年ほど経った頃だ。ある日、私は彼女と共に山を登っていた。600mちょいの低山なので午後3時半を過ぎていても大丈夫だと甘く見ていた。しかし、この秋の時期は夕方の6時を回ると暗くなることを忘れていた。頂上でのんびりしすぎて少し暗くなり始めた途端に私は恐怖を感じ始めた。一時間以上かけて登ってきたのに下山はどうやっても40分はかかるだろう。登山道は岩や木の根っこが至る所にあり、まともに歩けることはできない。車を置いてきた場所に着く頃は真っ暗で道を見失うかもしれない。大変なことになった。どうしたものか。それでも私は平静を装って彼女に下山を促した。彼女の顔には恐れの色は全くなく、にこやかに同意した。その表情に不満を持った私は真意を伝えた。下山する途中で暗くなってしまって私たちは道を見失うかもしれないと。彼女は表情一つ変えずに私に言った。
「とにかく降りましょ。大丈夫」
 徐々に彼女は走り出した、ものすごい速さで。私は後を追ったがついていけなくなった。
「まってくれ!もう少しゆっくり走ってくれ!」
 その度に止まって私を待ってくれたが、追いつくたびに駆け下りていく。何度も呼び止め、そして追いつくたびに駆け下りていった。岩も根っこも彼女の邪魔をしないようだ。私たちは20分もかからずに、いや、私の体力からいうと10分か15分で下山してしまった。明るいうちに下山できた私はほっとすると同時に少し怒りを感じた。
「危ないじゃないか!こんな道で駆け下りるなんて。転がったら怪我どころじゃないぞ」
「大丈夫、案内してくれた」
「なんだと、案内人がいたのか?僕には見えなかったぞ」
「妖精が案内してくれた」
「妖精だと?そんなものがいるのか?君に見えるのか。そんな話は初めて聞いたぞ!」
 彼女は困ったような顔をして黙った。
「いいか、妖精とか天使とかは人間の作りだしたおとぎ話だ。君は幻想を見ていたに過ぎない。いいかい、催眠で妖精を見ることもできると聞いたことがある。君は暗示にかかっているんだ」
 私は彼女に対して頭のおかしい人ではないかと思い始めていた。
「でも無事に降りてこられたじゃない。誰も怪我をしなかった。それでいいじゃない?」
 私は納得できなかった。しかし頭のおかしなこの女性を傷つけるのも気の毒に思い始めた。
「確かに無事に降りてこられた。幸いだった。しかし二度とするんじゃない、こんな危険なこと。今回は運が良かっただけだ」
 彼女は何かを言いたそうだったが静かに私を見ている。私は幻想であることを説明しようと思った。
「それにしても君の見た妖精とやらはどんな姿をしているんだ?羽の生えた天使みたいなものか?」
「小さな丸っこい光みたいなもの」
「それが案内してくれたっていうのか?」
「そう」
「しかしあんなに早く駆け下りて危ないよ。その妖精のせいで怪我をしたらどうするんだ」
「転んだりしない。あなたも転ばなかった」
 いよいよ頭のおかしな人だという思いがわいてきた。これ以上、話をさせるのも気の毒だ。
「まあいい。君にそんなスピリチュアルな要素があるなんて思いもしなかったよ」
「あなたはスピリチュアルを嫌っている。以前はそのような人々と関わってきたけど、その依存的な態度に嫌気がさして怒りを持ってしまった。だから私は話すことができなかった」
 私はドキリとした。彼女は私の心の深い部分を知っている。しかし無視して続けた。
「君はいつから妖精を見ることができていたんだ?」
「子供の頃から」
「君に見えるのは妖精だけか?」
「人々が天使と呼ぶものだと思う、それも見ている」
 私はがっかりした。心を癒してくれると思った相手が、じつは頭のおかしなスピリチュアル依存の女性なのだ。おそらく様々なセミナーに出て、瞑想やら根拠のない講義を聞いたり、指導者に恋い焦がれて生きてきたのだろう。なんということだ。私が最も怒りの対象とする人だったとは。
「あなたが嫌うものだとは知っている。だから今まで何も言えなかった」
 私はやけくそになって聞いてみた。
「他には何が見えるんだ?オーラも見えるのか?」
「そういうものは見えない。でも、その人の光が見えることがある」
「光だと?人を守っている怪しげな守護しているものがみえるのか?」
「守護しているかどうかはわからないけど、その人の感情かもしれない」
 確実にこの人は、頭のおかしな、社会から大きく外れた気の毒な女性なのだと思った。
この事があってから彼女は不思議なことを少しずつ言うようになった。頭のおかしな人と思われてもいいと開き直ったのかもしれない。
 一年ほど経った頃、私はあの山での出来事を聞き直した。
「あの時は驚いたよ。しかしあの山道を駆け下りるなんて、危険だったよね。妖精が案内してくれたと言っていたが、いったいどのようにして?」
 彼女は笑いながら言った。
「あの時、あなたは暗くなるのではないかと不安でいっぱいだった。でも妖精は心配しなくていいとも言ってた。そして私がどこに足を置けばいいかを指示してくれたの。だからその通りに私は足を運んだ。でも、そのスピードが早かったから走ることになった。でも安全だった」
 私はただ、あきれるばかりだった。しかし、こんなことは、はじまりの一つに過ぎなかった。




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