-畑沢通信-

 尾花沢市畑沢地区について、情報の発信と収集を行います。思い出話、現況、自然、歴史、行事、今後の希望等々です。

「背中炙り峠の楯」調査結果までの「つなぎ」です。

2017-06-09 18:11:21 | 近況報告

 平成29年6月6日に、「背中炙り峠の楯」の址(今までは「跡」の漢字を使っていましたが、これからは「址」の漢字を使います。)を調査してきましたが、まだまだ「まとめ」ができませんので、その時の取り留めのない状況を御覧ください。

 通行止めのゲート前で車を降りて、そこから峠に向かって歩くための装備です。右から、巻尺、鎌、縄張り図(私のいい加減なもの)、ロープ、ペットボトル、軍手、三脚、弁当(手製)、リュック、カメラバッグです。かなりの持ち物です。この中で最も大事なものは、弁当とペットボトルです。少し歩いて、直ぐに止めたのがロープで、全く使わなかったのが三脚でした。鎌は林業の下刈り用に使う大きなもので、柄は私が気まぐれで曲がった枝を使いました。猪や熊が出て来る恐れが多分にありますので、一応、鎌で護身する目的もありました。鎌のもう一つの目的は、どうしようもないほどに身体に絡まってくる草木を最小限に刈るためです。幸いにも猪や熊は出ませんでしたが、とても鎌で立ち向かえるものではありません。それよりも、それらが近づかないように私の歌声を聞かせてやることがいいようです。いい加減に距離を決めてしまいがちな私には、巻き尺はそれなりに役だちました。

 

 一見、忍者の足元のようにも見えますが、初老の私の足です。けっしてこんな足を自慢しているわけではありません。この風変わりな様には、とても大きな意味があります。今まではトレッキングシューズに短いスパッツを装着していただけでした。その前はトレッキングシューズだけでした。3年ほど前、山で足元からレッキングシューズにマダニが入ったらしく、私が家に帰った翌日に妻の足にマダニが食いついていました。散々、私が叱られ、それからスパッツで足元を覆うようにしました。それ以来、マダニを家に持ち込むことはなくなりましたが、道のない所で藪(やぶ)漕(こ)ぎしますので、脛(すね)が傷だらけになります。一週間ごとに新しい傷が付いて、年がら年中傷だらけのままでした。しかも体質が変化したのか、いつまで経っても傷口がぐちゃぐちゃのままとなり、傷が治らなくなりました。さらに、体のいろんな皮膚が乾癬のようになりました。びっくりしました。単なる傷の手当てが悪いことが原因ではないと思われたので、大きな病院へも紹介されながら治療してみましたが、原因が分かりませんでした。結局、自分で考えた結果、栄養的な原因が考えられましたので、蛋白の老化につながるという「果糖ブドウ糖液糖」が入った飲食物を完全に避けるようにし、過度な行動を控えました。皮膚と傷口は良くなりました。そして、何よりも傷を作らないことが肝心です。脚絆(きゃはん)を買いました。トレッキングシューズにスパッツを付け、その上から脚絆を付けた格好が下の写真です。脛を完全に守ってくれました。


 私には、猪も熊も近づいてきませんでしたが、猪がミミズなどを求めて、牙などでいたるところの地面を掻きまわしていました。広葉樹の林の中にはありませんでしたが、間伐をして3年ほどの杉林は悲惨なものでした。表面の黒土だけでなく、さらに深い所の赤土も掻きまわされていました。まるで、タリバーンやISによる遺跡の破壊かと思いたくなります。そのような林にはミミズも多いのでしょうか、それとも掘り起こしやすいのでしょうか。猟師の皆さんの奮闘をお願いします。

 大事な近況報告が抜けていました。峠の神様・仏様です。今回は湯殿山です。元気よく葉を伸ばした朴の木といかにも頑固そうな栗の木の下で、湯殿山は神秘的に佇んでいました。造立された嘉永5年から既に165年の年月が流れています。

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