-畑沢通信-

 尾花沢市畑沢地区について、情報の発信と収集を行います。思い出話、現況、自然、歴史、行事、今後の希望等々です。

10日前の畑沢

2015-08-27 16:00:37 | 自然

 記事が少し古くなってしまいました。私が一人で取り組んでいるリフォーム作業が難航を極めて、毎日、疲れ果ててブログ投稿もままなりませんでした。しかし、内容が古くなっていても「もったいない」と思われましたので、御覧ください。

 大平山と立石山を背景にして、早生種の稲穂が実っています。畑沢の米は、生育期に昼夜の寒暖差があることと水が清いので、特に美味いのだそうです。

 背炙り峠のススキは、10日前はまだ花が開いていませんでしたが、今日は開いているでしょう。

 山に入ると、秋は確実にやってきていました。ホトトギスが寂しく咲いています。この花は地域差があるそうです。確かに私の庭のそれとは色が違います。

 畑沢の 「赤トンボ」と言えば、すべて同じだと思っていましたが、偶然にも違うことが分かりました。同じ場所に二匹が止まっていたのです。同じ大きさなのに、羽の模様と胴体の色に違いがあります。

 いつものように、私は面倒な分類のこと細かいチェックは嫌いですが、羽の模様の違いぐらいは分かります。図鑑によれば、上の写真の種はアキアカネかなと思います。

下の写真はノシメアカネということらしいです。よく見かけるトンボですが、聞いたことがない名前ですね。昔、ウグイ釣りに使ってみようかと企んだことがありましたが、実践したことがありません。

 

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我に「鋸と鉈」を与え給うことなかれ

2015-08-20 21:19:32 | 近況報告

 平成27年8月19日、久しぶりに時間ができたので、背中炙り峠の「楯」の調査に出かました。国道13号線から県道29号線へ乗り換え、中沢地内に入ると、右側に最近できた建物があります。最近といっても2年ほど経つのですが、写真に納められないでいました。私はスビタレなので、人がいるとカメラを向けることができません。この日は誰もいませんでしたので、パチリ。農産物の直売所です。この道路を通る自動車を対象にしたものです。銀山温泉客が高級車でこの道路を通りますので、中沢の新鮮で美味しい農産物を買っていただこうと建てられたようです。畑沢でもこの元気をもらいたいものです。販売店の御繁盛を願っています。

 いよいよ峠の調査地点に近づき林道に入ると、「アブ」の群れが歓迎してくれました。喜び勇んで私を取り囲み、車の中にも飛び込んできました。アブは血を吸うために私に近づいたのですが、そっと吸うならまだしもジクッと口を突き刺しますので、蜂に刺されたような痛みがあります。体に止まったら直ぐに叩き潰さなければなりません。山間に生まれ育った私はその技を修得してます。しかし、なかなか体に止まりません。私の殺気を感じているのでしょう。アブを見たら叩き潰さないと気が治まらないのですが、これではどうしょうもありません。仕方なく、車の中に入ってきたアブを車に閉じ込めて、熱気で殺す残虐な方法を思いつきました。でもアブが死ぬ前に私が死んでしまうので、諦めました。

 車から出ると、外には秋の花が咲き始めていました。オトコエシが青空に白い花を咲かせています。

 キンミズヒキもきれいです。

 峠の地蔵堂は大分傷んでいます。扉は完全に壊れています。

 万年堂の周りの草も伸びていましたが、持っていた鉈で刈り払いました。

 地蔵堂と万年堂に拝んで、いよいよ調査を開始しようとしたらお腹が空いてきました。時計を見るとほぼお昼時です。腹が減っては調査ができません。弁当を食べるために、弘法清水へ、向かいました。ところが、弘法清水へ向かう古道が脇の斜面から倒れてきた雑木で邪魔されていました。一昨年からすでに気づいていたのですが、道具を持っていなかったのでそのままになっていました。4年ほど前までは、上畑沢の方々が刈り払いをされていましたが、高齢になられたので最近は全く手入れがされていません。

 いつもの私なら支障木を除けながら清水まで行っていたのですが、この日、私は鋸と鉈を腰にぶら下げていました。鋸と鉈を持っていながら、この状況を見逃すことはできません。弁当を平らげて、二丁拳銃が火を噴くごとく、バッタバッタと切り払いました。併せて、古道に転がっていた間伐した杉の丸太も片づけました。

 清水の近くになると斜面の水分が多くなり、「アブラチャン」というクスノキ科の灌木が古道を塞ぎます。この木は畑沢では「トリギ」と呼ばれていて、かじきの材料に使われています。それなりに有用な木ではりますが、この時はただ単に邪魔ものです。

 それらの木も刈り払いました。おかげで古道がその部分だけすっきりしました。実は、古道には通りを邪魔する何十倍もの木が生い茂っています。

 さて、一息ついて時計を見ると、既に午後2時を過ぎていました。体力もかなり消耗しています。とても、楯跡の調査のために尾根に上って、さらに真夏の生い茂った藪を漕ぐことはできません。私なりに賢い選択をしました。

 ああ、私の腰に鋸と鉈がなかったならば、すぐさま調査を開始できたでしょうに。残念です。しかし、それでもどこか満足感がありました。

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水神様(すいじんさま)が隠れていました。

2015-08-11 07:57:48 | 歴史

 先々週、いつものように村山市中沢の道玄で立ち話をしていた時、鈴木E氏が

「荒屋敷の湧水の脇には、すいじんさまが祀られている」

と教えてくださいました。

 早く見たいと思っていましたが、珍しく忙しい日が続きました。ようやく尾花沢市に行く機会ができました。尾花沢市寺内で水辺の生き物観察会のお手伝いをし、途中で丹生川の鮎漁(網)解禁を見学してから午後1時少し前に畑沢へ着きました。先ずは、畑沢地区生涯学習推進センターへ通じる歩道に突き出ている杉の根株をチェーンソーで削って、13日の墓参りに備えました。

 前日の月山登山とこの日午前の観察会があったので、少々、バテ気味でしたが、せっかくできた時間でしたので、思い切って荒屋敷の水神様を見に行くことにしました。荒屋敷へ入ると、蓮がきれいに咲いていました。お盆を迎えるのに最高の景色です。

 水神様の脇にある湧水は、昔、荒屋敷の全戸へ給水していたのですが、今は畑沢簡易水道のおかげで飲料水としての役割を終えています。それでも、大戸T氏が管理しておられます。水神様はその水源の守り神です。水神様へ行く前に、大戸T氏を訪ねて了解をいただきました。集落から少し奥まった所に稲荷神社の鳥居があり、その直ぐ南側に沢があります。その沢のさらに奥に湧水がありました。水神様はその湧水の左側です。

 高さが50cm程度の可愛らしい石仏です。全体が苔で覆われているために、文字が見えなくなっていましたが、上部が屋根になっていて、下には文字が刻んでいるらしい窪んだ四角い長方形が見られます。その中を指でなぞってみると、文字らしい凹みが感じられました。石材は凝灰岩です。大変に風化しやすい石材ですので、大戸T氏によると

「風化しにくいように、苔が生えたまにしている」のだそうです。素晴らしい判断で、石仏を大事に守っておられます。畑沢を離れてしまった私にとって、このように故郷を大事にしておられる姿勢に頭が下がります。

 湧水の中に何やら黒いものが沢山います。蛙の幼生であるオタマジャクシもいるのですが、湧水の枠へばりついている別の生き物がいます。近づいて見ると、肢が四本出ています。サンショウウオでした。サンショウウオの同定は難しいので、面倒なことはいたしまぜん。私にはサンショウウオで十分です。

 サンショウウオは成長段階が様々でした。上の写真の個体は、かなり成長が早いようですが、まだ肢が出たばかりのような頭でっかちの個体も見られますし、肢が出ていない個体もいます。

 水面には、鳥の羽が浮いていました。鷹、鷲、隼などの猛禽類の羽であることは間違いないのですが、そのどれであるかは羽だけで判断できませんでした。春にこの付近で隼が営巣していたように見えましたので、もしかしたらこの羽は隼のものかもしれません。

 

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シェギブグロ(堰袋)は今

2015-08-05 18:46:08 | 思い出

 暑い日が続いています。山形市内は5日連続の猛暑日です。尾花沢市でも33、34度になっているはずです。ずっとずっと前の少年時代、私は夏休みでした。夏休みの毎日は、川に始まって川で終わります。

 夏になると私は河童に変身しました。私の頭の中には川の魚が泳いでいました。カジカ、ウグイ(ヘズギ)、アブラハヤ(ニガザッコ)、シマドジョウが群れをなして縦横無尽に私の頭の中を泳いで、とても宿題が入り込む余地はありません。夏休みが終わるころは、悲惨な状況を迎えることになるのですが、何年も進歩の兆しがなく同じことが繰り返されました。「えーんだ宿題な」などと、最初のうちは言えるのです。

 さて、川遊びは魚採りだけではありません。泳ぐこともやりました。泳ぐと言って、畑沢の川幅はせいぜい2、3メートルです。「泳ぐ」ような広さがありません。そこで泳ぐ場所は、川を堰き止めた場所です。中畑沢、上畑沢の子ども達は藁束を水に浸して川を横断して堰き止めましたが、下畑沢には農業用の大きなシェギブグロ(堰袋)がありました。堰袋は畑沢全体では5、6か所あったのですが、下畑沢のそれは最も大きくてオオジェギ(大堰)と敬意を持って呼ばれていました。下畑沢の子ども達はそれを水遊びのプールとして使いました。大堰には、子ども達だけでなく大物のウグイも泳いでいました。

 あれから50年以上も経ちました。大堰を懐かしんで、そこに行ってみましたが様子が全く変わっていました。「堰」そのものがありません。うろうろしていると、5歳年上の先輩(大戸K氏)が近くを通りましたので、「セギブグロはどごだべ」とお聞きしたら、「ほごだ」と教えてくださいました。見ますと、コンクリートの水路が川から脇に流れていました。川の一部をコンクリートで固めて堰き止め、そこからコンクリートの水路で取水していたのです。水路は暗渠となって川の土手を潜り、田んぼの方へ流れていました。昔のように川幅いっぱいに堰き止める必要がなくなったのです。そのために、大きな水面は消えました。今でも頭の中で魚が泳いでいる私には、少々さびしい感じです。

 下畑沢のオオジェギ(大堰)跡

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畑沢も暑かったー

2015-08-02 21:29:25 | 近況報告

 いつものように一週間ぶりに畑沢へ行ってきました。そして、いつものように背炙り峠へ向かう登り口、村山市中沢の道玄で、畑沢荒屋敷出身の鈴木E氏と立ち話です。鈴木氏の話によりますと、猿が出没しているのですが、猿は賢くて全く駆除できないでいるそうです。狩人が来ると反対側に行って、狩人が立ち去ると戻ってきて悪さをしているようてす。ところで、一週間前には、私も背炙り峠へ登っている途中で猿に会いました。猫よりも一回り大きい白っぽい獣が崖に倒れている木を素早く昇って行きました。私は、直ぐに何の動物かが分からずに、「白っぽいから兎かな。兎は木を登るんだったかな。そもそもこの季節に兎は白いのかなあ」と考えて、「ああ、猿だ」とようやく分かりました。白い猿がいるようです。米沢市内での白猿は有名ですが、背炙り峠の白猿は初めてです。

  今回の畑沢行きには、ある目的がありました。それは二か所の草刈りです。一か所目は、墓場です。お盆の直前にするのが普通ですが、一週間前に石仏の調査のために墓地へ行った時に、あまりにも草が茫々としていましたので、早めに草を刈ることにしました。墓地へ行って、今年も感心しました。何方かが墓地入口から途中まできれいに草刈りしていました。 墓地の草刈りをしただけで汗びっしょりです。たいした作業ではないのですが、畑沢とは思えないぐらいにめちゃめちゃ暑いのです。さすがに夏に強い私でもコワグなり(疲れてしまい)ました。これで午前中の作業を終了としました。

 

 午後にもう一つの草刈りを開始しました。もう何年も前からやりたいと思っていたことです。それは畑沢地区生涯学習推進センター(旧 畑沢分校)への通路のことです。センターへ行く通路は二つありました。一つは下畑沢方面からの通路で、もう一つは中畑沢方面からの通路です。下畑沢方面からの通路は自動車も入れる大きな通路ですが、中畑沢からのそれは、歩道程度です。中畑沢からの通路は、気付いた人が草刈りをしてくれていましたが、今はその人が減っています。草が茫々でした。しかも、道路拡張の際に変な所に側溝の蓋を置いたので利用しにくくなり、とうとう誰も使わなくなりました。それを復活させたいと思い続けて、今年、ようやく実行できることになりました。これもリタイアのお蔭です。小人閑居して不善をなすも、大人閑居して善をなす。えー、単なる自己満足です。自己満足結構。いいじゃないですか、悪いことをしている訳ではないのですから。

 作業前の通路(草茫々)

 

 草刈り機を上下左右に駆使して、何とか道ができました。でも杉の切株の除去が上手くできませんでした。チェーンソーの切れ味が悪かったのです。棒やすりで研いでから、日をあらためて再挑戦します。

 

 疲れ果てて、近くの水溜りを見たら、我が愛しのミソハギが咲いていました。畑沢では珍しくなっています。昔は「盆花」として、墓前に供えられました。

 

 田んぼは順調に生育しています。

 稲の花が咲いています。

 

 上畑沢に消防用の貯水池が完成していました。今の貯水池は地下に潜っていますので、水面が全く見えません。貯水池の端に赤いべべを着た消火栓がちょこんと立っています。

 

 今年は雨が降らないので、水路の水が底の方にチョロチョロと濡らす程度に流れていました。とても魚が泳いでいたとは思えないほどです。

 

 雨が降らなくても「上のずんど様」の山百合は元気です。大輪の花を幾つも咲かせています。

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