ORC「魂の変化球で勝負!」

世の中の出来事を基に少し違う視点(変化球)で自分の考え方を書いたコラム集です。

ORC第155報 「少林寺拳法と出会い入魂した師匠!(前編)」

2010-03-20 22:52:41 | Weblog
Subject ORC第155報

ORC第64報「ハッタリのツッパリ君物語(前編)」

ORC第65報「ハッタリのツッパリ君物語(後編)」

を載せてきましたが、実を言うと、このツッパリ君は私の事です。

私は小学生の時、いじめられてました。

先天性の股関節脱臼症で、生まれた時から保育園入園まで
足が開脚したまま閉じる事が出来ず、
石膏ギブスに固められて、歩く事もままならなかった。
走る事なんか全く出来ませんでした。

要するに、鈍くさかった!当然いじめの対象です。

徒競走は、いつもダントツのビリ!だから運動会は大嫌いでした。
幸か不幸か、下半身が弱かったお陰で、上半身は強かった。
赤ちゃんの頃から、上半身でカバーするからです。

中学に入学すると、スポーツ賞テストと言う体育の項目があり、
鉄棒の懸垂はクラスで一番でした。
21回で金賞!ハンドボール投げも金賞!
でも短距離(50m、100m)は話の外!
1500mは人並み、走り幅跳びは踏み切り位置から砂場まで届かず!
勉強の成績は中の上、数学だけが、なぜが得意でクラス1位でした。

中学生になり、小学校の時に、いじめられてた奴に、
何とかいじめ返す方法はないか?

1973年!新開地の衆楽観で「燃えよドラゴン!」に出会う!

これや!少林寺拳法や!
当時、ビデオ(VHS)なんかない時代、何度も映画館に足を運び、
Bruce・Leaのマネばかりしてました。
もちろんヌンチャクの練習もしました。

股関節脱臼症が功を奏して、開脚は得意でした。
つまり上段回し蹴りが出来るのです。
後ろ回し蹴りも得意でした。(俗に言う「旋風脚」)

それで、小学校の時に、いじめてた奴に仕返したって?
いえいえ、してません!目の前でBruce・Leaの物まねをしただけです。
それで、いじめた奴は、たいていビビッてしまってました。
それで充分でした、偉い!人間が出来てる!?自画自賛!

不良ではないですが、やんちゃ坊主でした。
もちろん私の中学時代の男子は全員丸坊主!でも剃り込みはしてません。
俗に言うイチビリ!(お調子者)、目立ちたがり!

そして**高専へ入学!と当時に少林寺拳法**道院へ入門する。

当然、中学卒業と同時に長髪になる。

当時のツッパリ君のヘアースタイルのパーマを当てる。
 白帯です。入門式です。(白黒写真かい!)

 ヘアースタイルはツッパリ君のままです。

それから時は過ぎ!1977年末に黒帯(初段)を取得!
 香川県多度津の少林寺拳法総本山鏡開き式に出席
 ヘアースタイルは相変わらずツッパリ君です。

**高専時代のツッパリ君物語の始まりです。

当時、少林寺拳法初段!喧嘩のタイマン勝負では負け無し!

高校生の素人相手であれば3人に絡まれても、一瞬で、ぶちのめしてました。

後編へつづく、、、。。。

関連ブログ:ORC第147報「久々にブログ更新!」




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キーワード
ヘアースタイル 後ろ回し蹴り 燃えよドラゴン
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