きんいろなみだ日記

大森静佳の日記。
読書、映画、短歌、能面のことなど。
泥眼のなみだはやっぱりきんいろでしょうか。

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『カレル・チャペック 小さな国の大きな作家』

2016年02月29日 | 
飯島周『カレル・チャペック 小さな国の大きな作家』(平凡社新書、2015年12月)を読みました。著者はチャペック兄弟をはじめとしてチェコ文学の翻訳家として知られています。1930年生まれとあるので、もう80歳を超えているわけですが、文章は簡潔かつ生き生きしていて読みやすい。

一昨年の秋に訪れて以来、チェコの首都プラハという街にすっかり魅了されて、プラハの翳りを帯びた街角や教会、城、墓地、そしてモルダウ川のことを考えない日は一日もないくらいです。プラハやチェコが舞台になっている小説、映画(あまりないですが)を片っ端から貪っています。

カレル・チャペック(1890~1938)はチェコの作家。日本では「カレルチャペック紅茶店」の名前もお馴染み。同じく作家、また画家でもあった兄ヨゼフ・チャペックとともにチャペック兄弟と呼ばれます。

この本は、カレルの少年時代から始まってその生涯を辿りつつ、単なる作家にとどまらない多くの顔を持っていたカレルの活動全般に迫る一冊。「ロボット」という言葉を生みだした戯曲『R.U.R.』、愛犬をユーモアたっぷりにキャラクター化した『ダーシェンカ』、童話『長い長いお医者さんの話』、紀行文『チェコスロヴァキアめぐり』など、日本語に訳されている著作をざっと見ただけでも、いろいろなジャンルのものを意欲的に書いていたことがわかります。SF作家、童話作家、詩人、ジャーナリスト。園芸家としても知られ、『園芸家12か月』(兄ヨゼフの挿絵も可愛い)は植物にとどまらず世界そのものへの愛にあふれています。

わたしたちには芽が見えないが、それは芽が地面の下にあるからだ。
わたしたちに未来が見えないのは、未来がわたしたちの中にあるからだ。


をはじめ、名言が目白押し。

晩年、新聞社にジャーナリストとして勤め、ナチスの政策を痛烈に批判したチャペック兄弟。危険人物として政府から睨まれ、脅威にさらされるなか、友人たちは亡命をすすめますが、兄弟はあくまで祖国チェコとチェコの人々を愛し、そこにとどまりました。そしてカレルは1938年、突然の肺炎のため亡くなります。一方の兄ヨゼフは、その後チェコに侵攻してきたナチスによって連行され、解放寸前の1945年春にベルゲン・ベルゼン強制収容所で亡くなりました。チフスだったそうです。ベルゲン・ベルゼンといえば、アンネ・フランクもここでチフスのために亡くなっていたと思います。

チャペック兄弟のお墓があるヴィシェフラド墓地。プラハを訪れたときにずいぶん歩き回りました。兄ヨゼフがデザインしたという、ロケットや本をモチーフにした素敵なお墓。小鳥が水を飲みに来られるように、小さな水飲み場までついている。でも。強制収容所で亡くなったヨゼフの遺体は、もちろんどこにもないのです。

カレルは当時のチェコ大統領トマーシュ・マサリクとも親交があったそうです。チャペック兄弟の自宅で毎週金曜にひらかれていたサロン「金曜会」に、マサリク大横領も参加。カレルとの対談集から紹介されている、

政治家は同時に詩人であるべきだ。
想像力なくして真の政治はない。


という言葉が今に響きます。


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映画『サウルの息子』

2016年02月26日 | 映画
京都シネマで映画『サウルの息子』を観ました。
■監督 ネメシュ・ラースロー
■出演 ルーリグ・ゲーザほか
■2015年/ハンガリー/107分

38歳の新鋭監督による初の長編映画、かつ衝撃作。
京都シネマはホロコーストの映画を比較的よく上映していて、最近では『アンネの追憶』『サラの鍵』などもここで観ました。今週から『顔のないヒトラーたち』というドイツ映画も公開。

『サウルの息子』の主人公はハンガリー系ユダヤ人の男性サウル。アウシュビッツのビルケナウ強制収容所でゾンダーコマンド(特別労務班)として働いています。ゾンダーコマンドというのは、ナチスの命令によって、自身もユダヤ人でありながら同胞を騙してガス室へ送りこみ、遺体焼却やガス室の掃除などを行うひとたちのこと。
冒頭からしばらくカメラは、ゾンダーコマンドの目印である赤い「×」印を背広に背負ったサウルの、とてつもない無表情を追いかけてゆく。
ある日、ガス室で殺害されたひとびとの遺体の山のなかから、まだかろうじて息のある少年が見つかる。しかし、その少年もサウルの目の前で息をひきとってしまいます。サウルは、どういう根拠があるのかわかりませんが、その少年のことを「自分の息子だ」と信じ、皆にも言い張り、この子だけはユダヤ教の教えに則って正式に埋葬してやりたい、という願望のために手を尽くします。狂気と恐怖に満ちた極限状態の収容所のなかで、少年の遺体を隠し持ち、その埋葬のためにラビ(ユダヤ教の聖職者)を探しまわります。
ゾンダーコマンドたちは、何ヶ月かの役目を終えたら虐殺の証拠隠滅のために処刑される運命。サウルの孤独な尽力の背景で、ゾンダーコマンドたちの間ではひそかにナチスへの反乱の作戦が練られ、ダイナマイトや火薬、武器が囚人から囚人の手に渡って集められてゆく。このあたりは、1944年10月のビルケナウ収容所で実際に起きた反乱をもとに描かれています。サウルも作戦への協力を求められるのだけれど、頭の中は少年の埋葬のことでいっぱい。作戦には無関心です。無関心であるばかりか、せっかく託された大切なダイナマイトも不注意で紛失してしまう。少年を埋葬するということだけに一瞬一瞬を賭けていて、周りは全然見えていない。
そしてついに作戦が実行された朝、サウルは混乱に乗じて少年の遺体とともに森への脱走に成功。しかし、やっと探しだしたラビは偽物(たぶん)だったことが判明し、収容所の兵たちに執拗に追われるうちに、少年の遺体も河に流されてしまい、埋葬の願いは結局叶いません。絶望と無気力のなかで、訪れるラストに呆然とさせられました。実際に居たかもしれないサウルの息子から、アウシュビッツで死んだ少年へ、そしてまた、ラストシーンに登場したすこやかな頬のドイツ少年へ。死を迎えようとしているサウルの心のなかで、何かが輪廻してゆく。



さて少年は、サウルの本当の息子だったのでしょうか。
観終わった今となっては、それはどちらでもいいことのような気がします。
サウルには妻との間に子どもがなかった。友人に「お前に子どもはいない」と強く言われても、妻との子ではないがあれは確かに自分の子だ、と言い張るサウル。そう信じることで、自分の「人間」を保つしかなかった。人間の遺体がゴミのように扱われ、引きずられ、焼かれてゆく収容所で、ただひとりあの少年だけでもきちんと弔ってあげることができたら、それがユダヤ人皆の魂を救うことになるのではないか。サウルの本能が、そういうことを感じていたのだと思います。
やり方はまったく違うけれど、少年を正式に埋葬してあげたいというサウルの願いは、仲間たちの反乱への意志と根っこは同じ。想像を絶する怖ろしい状況下で、どうやって「人間」を保とうとしたか。
本当につらい映画だけど、ゾンダーコマンドという特殊な立場の視点からいろいろなことを考えさせられる点、そして映像が身体に響いてくる点に迫力がありました。

【肌色】
なまなましく残酷なシーンをこれみよがしに映す、という映画ではありません。
むしろストイックなほど、サウルの表情だけをカメラは追いかける。
ガス室の掃除のシーンなどでは、もちろん遺体がちらちらと映るのですが、すべてぼやっとしか見えない。ぼかしてあるというより、焦点がそこには合っていない。あくまでサウルに焦点を合わせていて、遺体の山は、何となく肌色のものがそこに積み重なっているな、くらいです。
それが、とても怖かった。不気味でした。「肌色」という色彩のみで、人間がそこにいることが認識される。肌色という色の怖さを思いました。
遺体に焦点の合わない感じは、ゾンダーコマンドたちの視界を表現しようとしているのかもしれないです。遺体の山を毎日鮮明に見つめ続けていたら気が狂ってしまうだろうし、どこかで焦点をずらして見ざるをえないというか、だんだん恐怖が麻痺してきて「見る」ということに無気力になってゆく。そんなことを、決して想像は届かないなりにも想像してしまいます。

【音】
音の取りいれ方も巧みでした。
収容所にはいろいろな国籍のユダヤ人がいるので、たくさんの言語が飛び交っているのですが、サウルとその周辺の仲間以外の台詞はすべて字幕なしで「音」としてのみ流れてきます。飛び交う言葉(意味ではなく「音」)が、収容所の混乱と異様さをよく表現していました。
あと、一番つらかったのはガス室に閉じ込められたひとびとが、内側から必死でガス室の扉を叩く音と悲鳴です。ガス室での処刑やラストの銃撃など、残酷なシーンはすべて視覚ではなく聴覚、「音」のみで伝えてくる。



監督自身がハンガリー系ユダヤ人で、親族には強制収容所で亡くなった方もいるということです。
カンヌ国際映画祭グランプリ受賞。
もうすぐ発表されるアカデミー賞の外国語映画賞でも有力候補。
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能「葵上」と泥眼

2016年02月19日 | 能・能面
2月14日(日)、滋賀県立文化産業交流会館にて能「葵上」を観ました。
「滋賀能楽文化を育てる会」さんの企画です。
「葵上」の前に、滋賀県立大学能楽部による仕舞の発表や「源氏物語と葵上」と銘打った解説的なお話、能装束の着付け実演、お囃子の紹介などがあって盛りだくさんな午後になりました。

能「葵上」

シテ(六条御息所) 浦部好弘
ツレ(照日の巫女) 浦部幸裕
ワキ 小林努
ワキツレ 原陸
アイ 新島建人
後見 深野新次郎
地謡 分林道治
   吉田篤史
   吉浪壽晃
大鼓 石井保彦
小鼓 林大輝
笛  左鴻泰弘
太鼓 上田慎也

「葵上」といえば2年前に京都春秋座で能ジャンクション「葵上」を観ましたが、あれは片山九郎右衛門&観世銕之丞×茂山童司による現代演劇と能のコラボだったので、ほんもの?の「葵上」はこれが初めて。

「葵上」という題ですが、葵上役は登場しません。
舞台中央にひらりと置かれた小袖一枚が、病床の葵上を表現しています。
物の怪にとりつかれて臥せっている葵上のもとに、六条御息所の生き霊が襲いかかる。
才色兼備で元皇太子妃でもあることからプライドが高く、いまは源氏の愛人である六条御息所。
正妻・葵上に嫉妬と屈辱の恨みを抱いて、自分でもわけがわからないうちにどうしようもなく魂が飛んでいってしまう。

「葵上」は謡の言葉が妖艶で、夢のような響きがあります。
露、月、蛍そのほか、掛詞的にいろいろなイメージが導かれ、絡まり合って、したたるような響き。

葵上に嫉妬していたこの頃、六条御息所は24歳だったそうです。
光源氏は17歳。
六条御息所といったらかなり年上の女性で、年配であることが若い源氏への気おくれとコンプレックスにも繋がっていたという感じがあって、てっきり30代後半くらいかと思っていたので、24歳だったと知って驚きました。
当時と今とでは平均寿命も違うし、年齢の感覚はかなりずれているとはいえ。
24歳。ということは、私はいつのまにか六条御息所の年齢を追い越してしまっている……!
26年間生きてきたのに、私はまだ生き霊のひとつも飛ばせないでいます。







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春秋座舞台での能「道成寺」

2016年02月09日 | 能・能面
1月30日(土)京都造形芸術大学内の「京都芸術劇場春秋座」で、能の大曲「道成寺」を観てきました。

【道成寺 赤頭】
シテ    観世銕之丞
ワキ    宝生欣哉
ワキツレ  大日方寛
      御厨誠吾
アイ    野村萬斎
      高野和憲
大鼓    亀井広忠
小鼓    大倉源次郎
笛     藤田六郎兵衛
大鼓    前川光範
地頭   片山九郎右衛門
企画・監修  渡邊守章

こうして振り返ると、ひとつの奇跡のような錚々たる顔ぶれです。
「道成寺」をライブで観たのは今回が初めて。
数年前に手に入れたDVD「道成寺」(紀伊国屋書店)を軽く復習してから行く。
このDVD、観世流・観世清和、梅若流・梅若六郎、喜多流・塩津哲生の三氏による三者三様の「道成寺」(いずれも平成12年収録)が収められた豪華版で、それぞれの流派によって衣装や「鐘入り」のやり方がまったく違うのが面白くて、つい何度も観てしまう。

さてこの日の「道成寺」は、通常の能舞台ではなく春秋座の歌舞伎用の舞台で演じられました。四本の柱を立てて能舞台風にしつらえ、背景にはスクリーン数枚。歌舞伎の花道もそのまま残してシテの入退場で使用する、という実験的な試みです。
能舞台より天井が高いので、あの巨大な鐘を吊るし、下げ、降ろすという一連の作業(すべて観客の前で行われる)がかなり大変そうに見えました。

何といっても一番衝撃を受けたのは、前シテ・白拍子による「乱拍子」。
映像で観たときは、ここは場面が長いし動きがほとんどないのでちょっと退屈で、鐘入り以降のアクロバティックな後半のほうが面白かったのですが。やっぱり生で観ると違います。
白拍子の胸元には、はやくも蛇体の兆しのような、鱗模様の衣装がきらきらしています。
烏帽子の鋭い影が、壁に大きく映って揺れるのも新鮮でした。

「乱拍子」というのは、小鼓に合わせて舞われる、特別な足遣いの舞です。舞とは言っても、ほとんど静止していて、ときどき小鼓の音に合わせて、シテの片足だけがパタッと動くだけ。息遣いと舞台の気配だけで、どうして小鼓とシテの息が合うのか。本当に不思議。

この日の乱拍子、白い足袋が生き物のようでした。
まったく別の能「隅田川」のシテについてですが、芥川龍之介がこんなことを言っていたのを思い出す。

殊に白足袋を穿いた足は如何にも微妙に動いてゐた。あの足だけは今思ひ出しても、確かに気味の悪い代物である。僕は実際あの足へさはつてみたい欲望を感じた。(中略)どうもあの足は平凡なる肉体の一部と云ふ気はしない。必ず足の裏の皺の間に細い眼か何かついてゐさうである。―随筆「金春会の隅田川」

まさに!!その通りでした。

乱拍子の後は、いよいよクライマックス。観世流のあまり派手ではない鐘入りから、やがて鐘が上がってその中から後シテの蛇体が登場。その間、花道で繰り広げられたアイの能力たちによる押し問答、コミカルで観客も大爆笑でした。シテの装束替えのための時間を稼いでいたのか、たっぷりとアドリブに近いようなやり取りがあって、野村萬斎さんの声と存在感が生きていました。

後シテの蛇は、燃えるような赤頭をふり乱し、衣装は上が銀の鱗箔、下が緋色の長袴。嫉妬と執心の権化です。
鐘入り以降はどちらかと言うとあっさりめの演出。ただ、「鱗落とし」と「柱巻き」の場面での、柱の使い方が通常の能舞台とは違う。歌舞伎舞台に柱のオブジェを立てただけという舞台で、目付柱の周りが360度使えることを生かしていて面白かったです。
つまり、ぐるぐるっと身体をこすりつけながら、柱の周りを何周もまわる。のたうつ。通常の能舞台では半周しかできないので、あとは柱の影から身を乗り出すようにして恨めしさを表現するのですが、今回は柱に巻き付き放題。とぐろを巻く、本物の蛇のようでした。

照明も、ひかえめでありながら絶妙な効果。ラストはうっすらと青みがかって、蛇体の蒼ざめた心を表していたようにも思います。
それと、シテの入退場に花道が使われたこと。これがとてもよかったです。近いので迫力があるのはもちろんですが、観客席の奥から出てきて、また観客席の後ろへ消えてゆく。そうなると、不思議なことに自分の心のなかから出てきて、また心に戻ってゆく蛇のように思えて、悲しい親しみが湧きました。
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【月と六百円】真鍋美恵子『玻璃』2016/2/3

2016年02月06日 | 短歌
二月の「月と六百円」でとりあげた歌集は真鍋美恵子の『玻璃』(1958年)。
この読書会は昨年五月に始まったので、今回がちょうど第10回目でした。
参加者17名で盛況。
『玻璃』は私の推薦だったので、レポーターを務めました。

真鍋美恵子は1906年生まれ。東京の東洋高等女学校を卒業の後「心の花」などに入会。戦後「女人短歌会」創立に参加して独自の作風を確立。第四歌集『玻璃』で第三回現代歌人協会賞受賞(塚本邦雄と同時受賞)。1994年没。歌集は全部で十冊。1983年に沖積舎から「真鍋美恵子全歌集」が出ています。

眠りゐし黒猫が起(た)ちてゆきたればその下に繊(ほそ)くありたる亀裂

この「亀裂」の怖ろしさ。「黒猫」という目の前の存在を起点にして、異様な空間が広がってゆく。真鍋の歌は、現実のなかに、底知れない不安な気配や予感を捉えたものが多いです。

桃むく手美しければこの人も或はわれを裏切りゆかん
飴色の非常扉の外にある暗夜は直(ただ)に海につづかん


こういった歌に顕著なように、「今」を起点にしながらも、時空を超えて何かを予感する文体です。「桃むく手」「飴色の非常扉」という目の前にある現実から、下句では「今ここ」からは見えないはずのものを鋭くつかんでくる。一首が完了の「ぬ」や「つ」、「たり」で締められることは少なく、どの歌もすぱっと終わった感じがしない。一首の続きにぬめぬめと時間が垂れ下がっているような、不思議な余韻があります。

疾走し過ぎたる青き自動車(くるま)ありて硬直したるごとき夜の道
体臭の濃き男が竹笊を売りゆきてより速く昏るる日
月のなかの斑点が濃く見ゆる宵もの吐きて来し雌猫の眠る
くるぶしのいたいたしきまで白き娘(こ)が立ちをり山脈の襞深く見ゆ


自動車が走り抜けていった後、道路が硬直したように感じる。体臭の濃い竹笊売りの男が過ぎていった後、日の暮れ方が速まったような気がする。論理的な説明はつかないんだけれど、こういうふうに感じることってあるよなぁと思わせる力があります。「自動車」と「夜の道」、竹笊売りの「男」と日の暮れる速さ。日常の奥で、もの/こと同士が共鳴し、連鎖してゆく変な感じがあります。
次の二首も同様。「もの」や「こと」は決して単独で存在しているわけじゃなくて、鎖状に絡まり合ってそこに在る。そういう現実のカオスを、真鍋美恵子は感覚的表現によって言おうとしているのではないかと思います。

共鳴や連鎖を孕んだ奥深い現実を前に、真鍋のまなざしはときに残酷。
特に「食べる」「産む/産まれる」といった生の根幹をなすような行為に対して、冷えた眼を向けている。

山鳥の脂肪(あぶら)濃き肉食(は)みたれば脆きまですぐに身のぬくみくる
蜥蜴たべし口なめずりてゐる猫とわれとありたり月照る畳


一首目は「脆きまで」に、二首目は蜥蜴を飲み込んだばかりの猫と自分が等しく配置されている構図に、どことなく不気味さを感じます。食べることの、まがまがしさ。

みごもりて乳房のいまだ硬き猫しきりに青き蘭の葉を嚙む
交尾期の犬らが山に猛りつつ鳴く夜は早く燭(しよく)を細むる
孵卵器に電流ながれつつありて無花果の葉の影黒き昼


産む/産まれるという生殖をうたった歌も、こんなふうに不穏。後年の歌集には「なべてものの生まるるときのなまぐささに月はのぼりくる麦畑のうへ」(『雲熟れやまず』)という歌もあります。

透明な硝子戸が極度の硬直を保ちつつ山上の夜あけは来(きた)る
透明とわれのなりつつゆく如き睡(ねむ)りのなかに風の音する
赤き色に鉄塔を人のぬりをりて塗料を滴(た)らす灼けたる土に


修辞的にもいろいろな指摘ができそうな歌集ですが、一首目のように硬質な漢語で畳みかけるように言葉を修飾する文体もその一つです。「硝子戸」にわざわざ「透明な」を付け足したり、「極度の硬直」という強調の仕方だったり。
また、助詞や語順にも工夫があって全体に一首一首が粘着質なつくりになっていて、さらっと読み飛ばせない。「透明とわれのなりつつ」「赤き色に鉄塔を人の」という語順のたどたどしさが、不思議な味を出しています。初句に「透明」「赤き色」といった色彩語が来ることで、印象も鮮烈になる。

意見交換のなかで人気だった歌は
堀り上げて盛られし土が濡れてゐるところもそのまま夜に入らんとす
短かき四肢もつ日本の女らが烏賊ほす写真はグラフにのれり

など。

その他に、直喩の斬新さ、絵画的構図、戦後の東京という都市の様子がよく伝わってくる点などが議論に。
昨年十月の会で葛原妙子の第一歌集『橙黄』を皆で読んだので、葛原妙子との比較、さらには土屋文明、高安国世、森岡貞香、河野裕子らとの影響関係についても意見が出ました。
よりストイックに真鍋美恵子らしくなってゆくこの後の歌集も、ゆっくり読んでみたい。


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