大きな流れの中で

つながっている不思議な世界

第三の目

2017-01-03 18:06:10 | 思ったままに
その「わたし」というコップは、常に水で満たされている。



いいときには、透き通った水で



よくないときには、濁った水で。



朝、目が覚めたときから、その水は入っていて、二つの目はその水の中にある。



世界はそこからスタートする。



いいときには、コップの外側まで、かなりぼんやりとだけど見えたりもするし



わるいときは、周りもあまり見えず、先の見通せないどんよりした気分にもなる。



水が入っているところから見ることに慣れてしまっていて



そこから見える世界の中で、なんとかしようと、目を凝らしたりする。



メガネをかけてみたり、視力を矯正したり、見え方を変えることに力を注いだりする。



そんな中



何かの拍子に、コップの外側が垣間見えてしまうこともある。コップの外側で、その世界が垣間見えてしまうこともある。



そんな人は言う。



これをなんて言ったらいいのだろう?一つのもの?分けられないもの?存在?生命?光?



いや、愛そのもの?それとも霊?もはや神?



うーーーん・・・



ていうか・・・・



どちらかと言えば、こっちの方が



わたしだわ。



こっちの方が、わたしだわ。こっちの、コップの外側に広がっている、とてつもなく広大なものの方がわたしだったんだわ。



いやそれは、コップの内側にも広がっていて、括弧の「わたし」なんかじゃとても括ることなんて出来ないくらい広がっていて、表現できないけど



こっちの方が生きている方だったわ。永遠の生命ってこのことだったわ。



このコップの方は、そんなわたしを、生命を、現わしている器(うつわ)の方だったのかぁ。



わたしって、そうかぁ、光だったのかぁ、あなたは光って、そういうことだったのかぁ。こっちから見えたものを言っていたのかぁ。



そして、その人は



垣間見たことによって、新しい第三の目が構築されると、中の水はあまり気にならなくなってくる。



普段は、その二つの目からしか見えなくても、もうあまり気にならないようになってくる。






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