むさしのけん

還暦を過ぎて剣道を再開した男の物語

剣と心

2017-06-20 09:21:45 | スポーツ
むさしを突いて倒して傷つけようとしていた若手は、稽古の途中、発狂して、むさしの剣道を責めました、むさしの剣道は、合気じゃない、一方的に打ってきているだけだと、道場全ての人々に聞こえるように、大声を出して、叫んでいました。むさしは特別に、彼との稽古を変えたりはしていません。いつものように、攻め続け、打って出て行っただけなのに、彼は、抜き胴を決められた、瞬間から、発狂しました。それなら合気でやりましょうと言うと、一方的に、座り、稽古を止めました。合気を誤解していると思います。剣先を合せ、気を合わせる事だと、誤解していると思います。相撲の仕切りじゃありません。蹲踞から立ち上がる時までが剣道の合気です。剣道は立ち上がって、剣先がぶつかったら、勝負が決まるのです。虚実、攻防、剣の物理、間合い、心の攻め、無限の攻め合いは道理では言い表せません。戦いの中に、合気はありません。彼のように、むさしの首に竹刀を当て、引き倒そうとしたり、股に竹刀を入れ、倒そうとしたり、垂れの下から突こうとしたり、なんとしてでも、どんなことをしてでも、むさしを倒そうとした時の心こそが、本来の武道の心です。彼は、武道の心の出し方を間違っていました。剣道の心、ルールにのっとって相手を倒さなければなりません。何としてでも、剣と心で、むさしを倒そうとして欲しかった、むさしの攻めに我慢してほしかった、むさしを突き飛ばした、もう一人の若手は、むさしの攻めを我慢して受けています。そうすると、剣道が、業が上達するのです。
ふと思い出しました、ボクシングの何とか兄弟の弟が、負けると解ると、相手に組み付き、リングに倒し、反則負けにしようとした行為、子供たちの見る、全国放送のテレビで見たのも、情けないし、対等の勝負の心を忘れた行い、人格も品格も何もない行為、一体どんな、人生を送ってきたのだろうか・・・
むさしの大先輩がブログを発信しておられました、朝稽古で何度も稽古をつけていただいた大先輩です。記事の中の、古老の大先生方々のお名前を見て、懐かしく、思い出しました。そして今現在、毎日曜日に、この先輩に、稽古をつけていただいております。ブログを読ませていただいていると、奇遇が二つ有りました。宮本武蔵と、むさしも今から45年以上前に、韓国の釜山の拘置所で剣道をしていたことが有ります。今でいうホームステイで3か月近く剣道を教えていたことが有ります。ちょうど、二十歳過ぎの時でした。相手は、刑務官でしたが、当時は、今ほどの剣道の隆盛はなく、道場も少なく、大学生も習いに来ていました。相手は、初心者同様で、全く問題になりませでした。最後のお別れの日に、全員と試合をさせられ、全員倒した思い出があります。
むさしの大先輩のブログ、剣道で知る、素晴らしい日本のこころ
ジャンル:
スポーツ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 両手首のクロス打ち始まる | トップ | 恩返し始まる »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

スポーツ」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL