小野田楽の歌綴りエッセー

昭和の流行歌が大好きです。
オリジナルの歌謡詞とエッセーを綴ります。

何もない春

2017年04月21日 | 歌について考える
 一曲の歌が、人生の節目節目で新しい発見を伴って心に
響いてくることがあります。私にとってのそんな一曲は、
昭和49年に森進一さんが歌唱した『襟裳岬』です。

北の街ではもう
悲しみを暖炉で
もやしはじめているらしい
理由(わけ)のわからないことで
悩んでいるうち
おいぼれてしまうから
だまり通した 歳月を
ひろい集めて 暖めあおう
えりもの春は 何もない春です

[中略]

日々のくらしはいやでも
やってくるけど
静かに笑ってしまおう
いじけることだけが
生きることだと
かいならしすぎたので
身構えながら 話すなんて
アー おくびょうなんだよね
えりもの春は 何もない春です
寒い友だちが 訪ねてきたよ
えんりょはいらないから
暖まってゆきなよ※

 私は平成4年生まれの24歳で、来る5月に25歳になり
ます。この歌を最初に好きになったのは、高校に入学する15
歳頃でした。以来、10年ちかく、幾度となくこの歌を聴いて
きたことになります。
 その間、私の人生は失敗の連続でした。高校卒業後、政治
の世界を志し、地元の代議士に頼み込んで事務所に入れても
らうと同時に大学通信課程に入学しましたが、思うところあ
って、一年半勤めたのちに上京。その後も東京で色々と自分
なりに試行錯誤しつつ学業に取り組みましたが、これといっ
た成果が上げられないままに数年が経過しました。今にして
思えば、私の心の中に人生に対する迷いや恐れがあり、何を
やっても上手くいかなかったような気がします。結果として
24歳の春を、学歴もキャリアも、およそ他人様がうらやむも
のはなにもない中で迎えています。まさに「何もない春」で
す。しかし、ここまで何もないと、どこか清々しい気持ちも
します。振り返ってみると、今まで私が真剣に思い煩ってい
たことなんて、すべて「理由のわからない」ことだったよう
に思います。特に「他人から私はどう思われているのだろう
か。」などということは。
 また、高校生の頃にこの歌を聴いた際は、三番の「いじけ
ることだけが 生きることだと かいならしすぎたので 身
構えながら 話すなんて アー おくびょうなんだよね」と
いう部分はイマイチ意味が分かりませんでしたが、今は痛い
ほどよく分かります。特に二十歳以降の数年間は何もかも上
手くいかず、他人の一生分世の中を恨み、さだめにいじけて
生きてきたような気がします。でも、そんな生き方はそろそ
ろ卒業したいと思います。
 24歳の何もない春―。この『襟裳岬』を噛みしめながら、
もう一度生き直そうと心に誓っています。
 

※昭和49年 『襟裳岬』より引用
作詞:岡本おさみ 作曲:吉田拓郎 歌唱:森進一
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