田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

ガラス窓に反映した白の仔猫? 麻屋与志夫

2017-09-13 10:48:42 | ブログ
9月13日 Wed.

●洗面所のクモリガラスに猫の姿が映っていた。
白だ。
小さい。
行方不明の子猫だ。
あわててデッキにでた。
母猫のシルバーだった。

●朝日の光をあびて、母猫のシルバーが白くガラスの反映していたのだ。

●あわててデッキにとびだしたわたしにシルバーが「ニヤ、ニヤ」と挨拶してくれた。

●「シルバー、そこには子猫のにおいが残っているのだろう。寂しいな。サビシイヨナ」

●子猫たちとたわむれていた場所にシルバーはすわっている。

●「ニャ―オ。ニヤヤ」
「子猫たちは、どこにいったのだろうな。シルバーがニオイを追いかけても見つからないのか」
「ニャニャニャ」
「さびしいよな」
 話しているうちに、二匹の子猫を失くしたシルバーの悲しみがしみじみとわたしに伝わってきた。


●秋の日のため息をもらしていた。


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入江悠監督の「太陽」を観た。わたしはまさに〈キュリオ〉の世界に生きていた。 麻屋与志夫

2017-09-13 04:03:15 | ブログ
9月13日Wed.

●秋の夜のムシが鳴いている。虫すだく、と表現したいような鳴きかただ。文学の勉強を長いことしてきた。自然を司る女神様に「不粋な男」と叱られそうだ。虫の鳴き声の区別もつかない。鳥の名前、魚の名前、花の名前をあまり知らない。花は妻の功績なのだろう。特にバラのことは、花を見てバラの名前を10種類くらいはいいあてられるようになった。

●虫の鳴き声で虫の名をいい当てることはできない。パソコンで虫の鳴き声を教えてくれるので一時期覚えたのだが――すっかり忘れてしまった。こういうことは、幼いうちに覚えて置くものなのでしょうか。いま外では虫が鳴いています。田舎住まいなのでありがたいことに、自然の季節の移り変わりを五感で感じられる生活を送っています。

●先日〈太陽〉という入江悠監督の作品をテレビで観た。スゴク感動した。リアルすぎるほどリアルだった。それはわたしが吸血鬼作家だからだ。こうして、夜に生きている、夜、小説をかいているからだだろう。新人類〈ノクス〉だ。そして田舎町なので周囲のありさまは、まさに太陽の中でえがかれている様子に近い。まさか風景まであの昭和初期を思わせるような農村風景ではないが、住んでいる人の精神風景はまさにあのままだ。ほんとうに失礼だと思うし、ゴメンナサイと謝って置くが、〈キュリオ〉なのだ。

●東京と田舎町の間を往復している生活をしているために、両方の生活環境がわかるだけに、痛く感動した。いままで、この街にすんで村八分にあって、苦労している。なぜなのだろうと疑問に思っていたことが、この映画をみて氷が解けるように、理解できた。価値観の相違ということをとおりこして、恐ろしくなる。地政学的なことでいったら東京まで電車で一時間半くらいの距離なのに――。

●一冊も本らしい本を読まずに大人になっていく子どもがおおい。どうしたら本を読み、いまじぶんたちが住んでいる21世紀という時代の感覚、考え方を身につけてくれるのだろう。



二年前にはリリとの別れがありました。そのときの悲しみをカミサンとまとめた作品があります。ぜひ読んでください。角川の「カクヨム」に載っています。下記の題名で検索してください。すぐ読めます。


「愛猫リリに捧げる哀歌」

猫愛/
猫のスリスリ/
むくむくの毛並み/
猫とのサッカ―/
リリの病/
闘病/
看病/
ペットロス/

猫を愛するみなさんへ。ペットロスに悲しむあなたへ。
麻屋与志夫  木村美智子


この作品は、先住猫ブラッキーとリリ、わたしたち夫婦の楽しい思い出。リリは一年と八カ月で他界。その間の様子を記録したブログを編集したものです。わたしたちはペットロスにおちいり、とくに、妻は涙、涙の日々をおくっています。なんとか、この悲しみからぬけだそうと、もがけばもがくほど、悲しみは深まるばかりです。猫、大好きなみなさん。ペットロスで苦しんでいるみなさん。猫との生活の楽しさ、死なれた時の悲しさ。わたしたちと共有してください。
ブログ「猫と亭主とわたし」木村美智子+「田舎暮らし」麻屋与志夫より編集。


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秋の夜の雨。 麻屋与志夫

2017-09-11 23:49:57 | ブログ
9月11日 Mon.

●雨がふりつづいている。朝夕はだいぶ涼しくなった。庭ではわたしのすきな秋海棠の花が咲き乱れている。茎がよわい花なので、いまふっているような激しい雨がつづくと翌朝が心配だ。 しかし茎が折れても、この花は無残な感じにならないから不思議だ。むしろ寂しさがいっそう際立ってしまう。折れたり、曲がったり、地面にひれ伏してしまっても、その愛をしさにはかわりがない。

●彼岸花が咲きだした。秋のバラ、そのた数えきれないほど庭には花が咲いている。すべて、妻の丹精込めた花々だ。妻が園芸好きなので、わたしの小説の中にときどき、花のなまえがでてくる。無機質な文体をかきつらねるわたしの作品にいろどりをそえることになる。

●虫が鳴いている。ブラッキーは居間のソファで寝ている。妻は寝室。わたしの書斎からは25メートルも離れている。それぞれ、三人三様の生活をたのしんでいる。秋の夜がふけていく。

●わたしは、これから新作の構想をねる。かきたいことがありすぎる。どの作品からとりかかるか。悩みはつきない。

    

    

    

    


二年前にはリリとの別れがありました。そのときの悲しみをカミサンとまとめた作品があります。ぜひ読んでください。角川の「カクヨム」に載っています。下記の題名で検索してください。すぐ読めます。


「愛猫リリに捧げる哀歌」

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猫とのサッカ―/
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看病/
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猫を愛するみなさんへ。ペットロスに悲しむあなたへ。
麻屋与志夫  木村美智子


この作品は、先住猫ブラッキーとリリ、わたしたち夫婦の楽しい思い出。リリは一年と八カ月で他界。その間の様子を記録したブログを編集したものです。わたしたちはペットロスにおちいり、とくに、妻は涙、涙の日々をおくっています。なんとか、この悲しみからぬけだそうと、もがけばもがくほど、悲しみは深まるばかりです。猫、大好きなみなさん。ペットロスで苦しんでいるみなさん。猫との生活の楽しさ、死なれた時の悲しさ。わたしたちと共有してください。
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蟹の横歩き、〈枯れ葉〉を聴きながら秋のものおもいにふける。  麻屋与志夫

2017-09-10 12:56:11 | ブログ
9月10日 Sun.

●カミサンがJazzをかけて聴いている。〈枯れ葉〉だ。
これはもうわが家では、恒例の行事となっている。秋を――、秋がきたことをいち早く感じたら枯れ葉をかける。今年はカミサンがさきだった。

●わたしはノド風を引いていて、からだが熱っぽい。〈ルルアタックIBエース〉を飲んだ。のどの痛みに効くとマツキヨですすめられた。なるほど、だいぶノドのイガラッポイ気分がらくになった。

●まだ熱つばんでいるあたまでぼんやりとものおもいにふける。〈蟹は横歩き〉と高校を卒業するときに、ともだちのノートにかいた。

●《他からは不自然に見えても、カニにとっては自然な歩き方であることから》他人が見ると不自由そうでも、自分には最も適していること。また、それぞれが自分の特色をもっていること。

●わたしのいまの生き方をみごとに予感していたようで、恐くなる。病気の両親の看病で、こころならずも、故郷にもどってきた。いまのように国民健康保険も、老人のための介護保険もなかった。60年もまえの話だ。

●カミサンと結婚してからでも54年。北関東にある小さな田舎町の片隅でただひたすら小説をかくことにのみ集中した生活を送ってきた。酒飲みに居酒屋に行く訳でもない。まったく外とのつきあいはない。ただ静かに――子どもたちは東京にいるので、二人だけの生活だ。それでいて楽しい。家の中にいて楽しむことを二人とも覚えた。あるいはカミサンがわたしに合わせてくれているのか? ともかく平穏な日々の生活だ。

●〈方舟の街〉死可沼吸血鬼譚。を三年かけてかきあげた。原稿用紙換算500枚くらいになった。いま流行りの侵略モノだ。ただし侵略者は宇宙人ではなく、吸血鬼だ。

●これからは〈宇都宮餃子戦争〉の校正だ。

●ともかくむ毎日小説をかいて、よくもあきずに精進しているものだと、自賛。

●ひとと隔絶した生活をしているので、ストレスがかからない。それで健康なのだろう。

●蟹の横ばい、蟹の横歩きは、これからもつづく。

  




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消えた仔猫を思い、秋の感傷。 麻屋与志夫

2017-09-09 01:11:00 | ブログ
9月9日 Sat.

●裏庭のデッキの先に狭い棚がある。カミサンが園芸用の道具を載せておく。その上段に外猫のシルバーが哲学的な沈黙をたもって重箱座りをしている。

●猫とのツキアイは長い。でもなにを考えているのか、よくわからない。わかろうとすれば、するほど、わからなくなってしまう。

●二匹の子猫が前回のブログでショートショート風にまとめたように消えてしまった。親猫のシルバーはぼんやりと塀のくぐりのあたりを見つめている。ふいに子猫が現れることを期待している様子だ。

●もともと猫は沈思黙考。動かざること猫のごとし。といいたいほど、ジーっとすわつている。
「シルバーなに考えているのだ」
問いかけても、もちろん返事はもどってこない。

●わたしは、空の植木鉢の底を上にして置き、そこに腰を下す。じぶんの気配を消し、シルバーとおなじ方角、子猫がいつも出入りしていた辺りを見つめる。二匹の子猫がジャレアイナガラ不意に現れそうな気がする。

●親猫が子猫のニオイを求めて探しまわっても見つからないのだ。どうなてしまったのかは、推測することしか出来ない。

●さわさわと涼しい風が吹きわたっていく。



二年前にはリリとの別れがありました。そのときの悲しみをカミサンとまとめた作品があります。ぜひ読んでください。角川の「カクヨム」に載っています。下記の題名で検索してください。すぐ読めます。


「愛猫リリに捧げる哀歌」

猫愛/
猫のスリスリ/
むくむくの毛並み/
猫とのサッカ―/
リリの病/
闘病/
看病/
ペットロス/

猫を愛するみなさんへ。ペットロスに悲しむあなたへ。
麻屋与志夫  木村美智子


この作品は、先住猫ブラッキーとリリ、わたしたち夫婦の楽しい思い出。リリは一年と八カ月で他界。その間の様子を記録したブログを編集したものです。わたしたちはペットロスにおちいり、とくに、妻は涙、涙の日々をおくっています。なんとか、この悲しみからぬけだそうと、もがけばもがくほど、悲しみは深まるばかりです。猫、大好きなみなさん。ペットロスで苦しんでいるみなさん。猫との生活の楽しさ、死なれた時の悲しさ。わたしたちと共有してください。
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9 子猫ちゃんは殺処分になったの? 麻屋与志夫

2017-09-06 16:43:51 | 超短編小説
9月6日 Wed.
子猫ちゃんは殺処分になったの?

「子猫ちゃんたち、どうしたのかしら」
 妻は秋風の吹きだした裏庭のウッドデッキにひとりたたずんでいる。
 夜に雨が降った。デッキは黒く水をふくんでいる。板と板との間はふさがっている。子猫が置き去りにしたバッタが挟まっている。
「ようやく馴れてきて、頭をなでてやっても、逃げなくなったのに」
 親猫のシルバーはもう二、三年わが家の裏庭にあらわれていた。外猫としてかわいがっている。野良ネコではない、飼い猫未満というか、だが、妻にはスリスリするほどのかわいらしさだ。
 でも、子猫を連れてきたのは、はじめてだった。
「シルバー、おまえは、子持ちだったのか。そうだよな。ときどき、おなかが大きかったよな。こんどの赤ちゃんが最高傑作というわけか」
 一匹は真白。それに、ショートヘアーとみがまうほどかわいい毛並みの子猫。二匹はようやく乳離れしたところ。かわいいさかりだ。裏庭をよろこんで、とびはねている。
 蝶やバッタを追いかけて遊んでいる。
 あれほど大切にしている草花が踏み荒らされても、妻は文句ひとついわない。それどころか、わが家の老猫ブラッキ―の餌ではなく、子猫用の餌をVIVAのペット食品売り場で買ってきた。いそいそと餌皿にやまもりにしてあたえていた。
「すごい食欲なの。わたしが近寄っても、ものおじしないでガッガッ食べてるの。スゴク慣れてきたのよ」
「もっと馴れて、オスカメスかわかるようになって、メスだったら不妊手術をしてやろう」
 野良ネコの哀れな末路を何匹も、見たり聞いたりしている。
「まだ、つかまえられない。でも、すぐよ。ここまで馴れてくれば、すぐよ。でもどうしてこんなに警戒するの」
「イジメラレテいる。ヒトにタタカレタリ、追いたてられたりしてるんだ」
 二匹の子猫がぴたりとこなくなってから一週間がすぎた。
 妻はわたしが不妊手術のことを話したからだ。悪いのはあなただ。といいはる。猫がわたしの言葉を理解出来るはずがない。
 わたしは、子猫にヒトを恐がらなくてもいい、と教えて、餌をあたえたのが悪かったと思っている。餌をあたえて、馴れさせたのが悪かったと思っている。
 逃げなければいけないのに、ひとに近づき過ぎた。捕まって、保健所に連れて行かれたのだ。ガス室で殺処分にされてしまったのだ。
 妻はいつまでも、子猫に呼びかけている。
「かわい子猫だったから、誰かに拾われていったのだよ」

庭には秋海棠の花が風にゆれていた。






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山積する原稿の山を錦でかざりたい。  麻屋与志夫

2017-09-05 05:41:15 | ブログ
9月5日 Tue.

●9月2日のブログで、秋深まる。なんて、かいてしまいました。
一気に室温が秋気をおびた。だって前の日の30°から19°ですよ。暑さに弱いGGにはうれしい秋のおとずれと感じられました。体感温度だけで表現したら、まさに十月の季節。それにしても〈深まる〉と表現したのは、早とちりもいいところですよね。ゴメンナサイ。

●秋深まるという言いかたは、やはり紅葉に関係あるのでしょうか。歳時記でも調べたら書いてあるのだろう。それにしても、このところ周辺の山に紅葉する木々がすくなくなった。日本産の材木が高値のために建築は外材にたよっている。製材工場が稼働していない。むかしは、秋から冬にかけてキュウンーという機械ノコのひびきが澄みきった青空にひびき、季節感を味わうことが――。

●GGの裏山などは竹の山になっている。青々とした竹林には紅葉は望むべくもない。さいきん、知ったのだが、間伐、伐採、植林を怠っている、放置された山は竹だけがはびこるのだそうだ。日光地方なので良質の杉材がかつては生産されていた。もう日本の林業はなりたたないのだろうか。

●深夜テレビを見た。「軍国少年大林宣彦監督」の「花筐」の撮影風景をみた。いろいろなことをおもいだした。

●大林さんは、末期ガンを患っているとのことだ。映画にかける情熱は鬼気迫るものがあった。79歳。よくがんばっていますね。

●GGは自省した。すこしオマエさん働き過ぎだ。84歳になる。あまりムリをせず、自己の健康を過信せず、ゆったりと暮らしていくべきなのだろうが。まだまだ、これから書きたいことが山積している。このこれから書かれるべき小説の山々をはたして錦で飾ることが出来るのだろうか。

●はなはだ、疑問である。


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リリのことを思いだして秋の感傷にひたっています。 麻屋与志夫

2017-09-02 07:19:20 | ブログ
9月2日 Sat.
リリのことを思いだして秋の感傷にひたっています。

●「リアルタイムアクセス解析」という機能が有るのを知らなかった。
そのページを開いてみておどろいた。閲覧ページ詳細によると「リリ」のことをかいたブログページがいまもよまれていた。やはり猫の好きな方が激増しているというのはほんとうだった。空前の猫ブームなですね。

●わたしの猫好きは子どものころからだった。戦時中のことで、じぶんたちの食べものもままならない時代だった。母に猫を飼うことを許されていなかったので、近所のお寺の縁の下に居着いていた野良ネコにセッセトたべのこしを運んだ。いやたべのこしではなく、たべたいのをがまんして、猫と食べ物を分かち合っていた。

●遺伝というのはおもしろいものですね。わたしの長男が上京するまえに猫をひろってきました。チャトラのかわいい子猫でした。ミュウと名付けました。息子を上京させた寂しさを「ミュウ」がうめてくれました。ミュウは5匹の子猫を産みました。18年ほど生きました。

●そのあとが、いま20年ほど生きつづけている「ブラッキ―」です。人間の歳に換算するとわたしよりもお姉さん、100歳くらいになるらしいですね。

●わたしは二十代の半ばに胸膜炎を患い鹿沼の上都賀病院に入院しました。その病の床でかきあげた「眠られぬ夜の底で」を久保書店の「灯」に発表させてもらったのが雑誌デビュー。灯は「抒情文芸」となり以後は廃刊となるまでかきつづけました。その処女作にすでに「黒猫」が登場します。ブラッキ―と出会う30年もまえのことです。そのうち、このブログに再録してみようかとおもうのですが、著者が載せるのですから問題はありませんよね。どうなのでしょうね。

●いまから54ほど前、東京オリンピックの頃、文学少女だったオバアチャンがいたら、まだ麻屋与志夫は生きているよ、とお伝えください。

●そして、愛猫家のみなさん角川の「カクヨム」にわたしとカミサンでかいた「リリ」にかんするブログをまとめた「愛猫リリに捧げる哀歌」をぜひよんでください。

●ふかまりいく秋。猫愛にイリビタリの老夫婦とともに「秋のためいき」をもらしてはいかがでしょうか。

●秋は感傷。

リリちゃんです。




ブラッキーです。


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