刀が視えるまで

刀人生40年の歩み。
日本刀に関する失敗や体験談等を気軽に掲載していきます。日本刀鑑定道に日々研鑽を重ねています。

備前伝 雑感

2017-04-04 11:59:39 | 投稿記事


【五カ伝とは】
反りの付か無い直刀から、反りの付いた太刀(平安時代中~末期)が
出現して以来、日本刀の、武器制作は、数多くの刀鍛冶によって、
頑丈で、良く斬れる刀を日々研鑽し、明治時代(廃刀令1876年(明治9)
大礼服着用者・軍人・警官以外の帯刀を禁止した法令)まで、
精進して来たものと、考えられます。
こうした各地域の特異性と鍛錬技術により、生まれた鍛刀伝法には、
大きく分けて、備前伝(岡山県)、山城伝(京都)、大和伝(奈良県)、
美濃伝(岐阜県)、相州伝(神奈川県)の、五カ伝があります。
そして、これら五カ国の刀鍛冶達の、個性有る作風を、
弟子から弟子へと、また全国各地域に移住して行った、
刀工達によって広げられ、それぞれが、隆盛をみたのです。
しかし、五カ伝とは後世、日本刀を分類研究するために、
便宜上、作られた言葉であって、当時から刀鍛冶がこの様な、
かたちで分類されていた訳では有りません。

【備前伝について】
今回は、備前伝(岡山県)について、少し調べてみました。
備前国長船の、刀鍛冶の発展は、地理的に恵まれた条件も寄与しました。
中国山脈から採れる、赤目砂鉄(下記注1)、玉鋼、木炭等の、
良質の材料が豊富に揃っていたのもその一つです。
さらに瀬戸内海に面しており、西国九州からの船の物流にも
非常に便利がよく、吉井川を利用しての材料の運搬面、
また、旧山陽道での全国各地への陸路の運搬面等、
配送の利便性に長けている、条件の整った地域でありました。
そして、この様な恵まれた土地で、備前刀は四百年以上も廃ることなく、
繁栄をみたのは、備前国長船の刀鍛冶達の当時から日本刀を一貫して
造られて来たというブランド品もその一つでしょう。
それにより備前刀は人気と共に技量も高く、良質の製品でありました。
室町時代までの古刀期は、現存の80%近くの刀が、
備前物であったとまで言われておりました。
現在でもこうした状況から見ましても、刀剣会の鑑定入札の折りには、
古刀と見極めれば、即に備前刀への入札鑑定となります。

(注1)「赤目砂鉄について」は私も勉強不足で、
 今までは「備前の砂鉄」が通り名と思い、
 余り詳しくは知りませんでした。
 赤目砂鉄(あこめさてつ)とは、不純物が多く混ざった砂鉄で
 熱を何度加えても、ボロボロになりにくいという性質を持った
 砂鉄だそうです。その性質を利用して造った刀は、折れにくく丈夫で、
 またよく斬れるので、この「赤目砂鉄」を日本刀に使用したと
 言われている様です。

【刀工】
備前国初期刀工は、平安時代中~末期頃に、古備前友成が出て来ます。
古備前正恒、三平の称号のある、高平、包平、助平らが順次出て来ます。
鎌倉時代になりますと、長船鍛冶(光忠~長光~真長~景光)が
隆盛をみます。
南北朝期には、兼光、応永備前には、康光、師光、盛光、
末備前の勝光、宗光、則光、忠光、清光、祐定、へと続き、
新刀期には、上野大掾祐定、十三代祐包、祐永、へと続いております。

【備前刀の特徴】
●刀姿
備前伝の特徴は、先ず、刀姿を見ますと、腰反りになっています。
先ずは鎺(ハバキ)を水平にして、鎺元から切先までの間で、
一番反りの深い、処の位置が見処です。
太刀が、出現する平安時代には、鎺元に近い(刀の腰)処から、
反りが深くなり、先に行くにしたがって、反りが少なく、
刀姿が伏せた状態になります。
時代が下るにつれて、反りの位置が順次高くなり、
室町時代末期には、先反りが一層強くなってきます。
此れが、備前伝の姿の、見どころの、一つと思われています。

●映り
その他、特徴はいろいろと有りますが、
やはり備前伝一番の特徴は、見事な映りにあると言えるでしょう。
映りには「沸映り」と「匂い映り」があり、
備前伝は「匂い映り」になります。山城伝は「沸映り」となりますが
見分け方はベテランの好き者でも、かなり難しいようです。
映りとは、灯りに照らし透かしますと、刃文と鎬筋との間に、
微かに霧が懸かった様に、白っぽくなって観える部分を差します。
その下の、刃文と映りの間にある暗帯は、地斑(じふ)と呼ばれています。
映りには、乱れ刃の刃文の場合は、乱れ映りが出るのが通常ですが、
乱れ刃であっても「棒映り」になることも時には有ります。
鍛え目が丸い渦を巻いたような杢目の場合、その杢目の渦の
部分のみに、白い映りが、花弁のように出ることがあり、
これは「牡丹映り」と呼ばれています。
備前伝では室町時代に入ると、映りはほとんど「棒映り」となります。
これが、備前物の特徴でもあります。
また備前の映りにはありませんが、それ以外にも「白気映り」
「疲れ映り」と言われるものもありますが、
これは、刀身に息を吹きかけたように、白く曇ったように、
なっているものを指し、これは古刀末期の作に多いのが特徴です。
また、時代による研ぎ減りの為に現れた映りを「疲れ映り」と言います。
これらは、本科の映りでは有りません。
室町中期以降は、ほとんど映りは無くなると考えてよいでしょう。
但し、可能性はゼロではありません。
恐らく鉄の質か、製作技法に以前とは全く違う技術を、
導入したのではないかと考えています。

●刃紋
そして、備前伝のもう一つの特徴は、匂い本位の刃紋です。
刃紋の種類も豊富で、福岡一文字は、重花丁子や大房丁子があり、
福岡一文字の分派である備前国片山一文字は、
逆丁子を焼いております。
吉岡一文字一派は、腰の開いた、大まかな丁子刃を焼いております。
また、長船系になると、片落ち互の目や、蛙子丁子等も焼いております。
刃取りの形体は、鎺元は大模様で、先は小模様となるのが通則です。
焼き幅に広狭、乱れに大小および、表裏の差が少なく、
原則的には「丁字乱れ」「腰開き乱れ」の二種類となります。
帽子が乱れ込み、返りの浅いのが普通です。
備前刀の通常刃紋は、匂い出来の「丁字乱れ」と思われていますが、
それは果たして、そうでありましょうか?
平安末期~鎌倉時代初期には、匂い本位の出来ではなく、
沸出来の直ぐ刃仕立ての刃取りになります。
この時期は、備前物と山城物は熟視しなければ、
判断がしにくい様ですので、鑑定では、注意が肝要かと思われます。

【注意事項】
世上有名な、備前の華やかな「丁字乱れ刃」とは、
多分鎌倉時代を代表する、一文字系の鍛冶のことを、
指しているのではないでしょうか。
重花丁字乱れ、大房丁字乱れ等は、日本刀の美と称され、
又、華とされてきました。
でも、一文字系鍛冶には、正真在銘刀は、吉岡一文字にしろ、
福岡一文字にしろ、在銘正真物は極めて稀少です。
むしろ、摩訶不思議なことに無銘の刀に、一文字系、極めの重要刀剣が、
数多く指定されている様でございます。
昨今、こうした無銘刀の、重花丁子、大房丁子の出来は、一文字刀の
極めとなって居りますが、およそ無銘刀は所詮無銘刀であって、
正体不明で定かではありません。
一説では、鎌倉時代の一文字を写した、新刀期の石堂系、
または、新々刀の古刀写しの刀工銘を削り、無銘に仕立てて、
一文字とされて、世上で持て囃された代物が、数多く残っている様です。

【長船鍛冶工房制とブランド力】
華やかな刃紋の一文字鍛冶は目を引きますが、
しかし備前伝の主体となり形成するのは、やはり「長船鍛冶」であります。
一文字鍛冶、畠田系鍛冶、吉井鍛冶、鵜飼派鍛冶と
備前刀工には種々ありますが、鎌倉時代以降は、長船鍛冶に押され、
当時は余り知られていない、マイナー刀工群だったと考えられます。
主体の長船鍛冶については、「長光」に始まり、景光、兼光と続き、
盛光、康光となり、室町中期以降の、則光や忠光、
そして祐定、清光などの、末備前刀工と続きます。
これらは、当時の代表刀工であり、
「与三左衛門尉祐定」などは、当時の末備前刀工の中の、
大会社の社長のような存在であったのでしょう。
さて、長船の祖「光忠」の銘をなぜ、上げなかったのか言いますと、
在銘正真物が少なく、光忠と長光が、直接に関係があるのかと言えば、
定かでは無く、疑問視する声も多分にあるからです。
そして「長光」刀工より、備前長船工房制を確立し始めたのでは、
ないかと考えられます。
工房制のメリットについて、少し考えてみました。
それは「品質の向上と安定した供給」ではないでしょうか。
末備前長船刀を見ると、他国の他流派よりも、
品質に於いて安定しているのが解ります。
つまり、刀工達は全工程を自分一人でこなしますと、
当然苦手な工程でる為、専門分野を分業する形で各分野の向上を
図ったのが長船鍛冶の工房制となります。
鍛錬が得意な工人は鍛錬を、また、刃取りの得意な工人は
刃取りを専門に行い、茎仕立て、銘切師と、それぞれの工程に、
熟練した工人を付け、経済的にも損失が少なく
「品質の向上と安定した供給」を実現しました。
現在では、こうした工程作業場を「工房」と表しております。
こうした工房性は、新刀期に入りますと、佐賀県、肥前刀工群も、
同じ方法を取っていきます。
また安定した供給が可能になる事により、伊万里焼等と同様、
肥前刀も、佐賀鍋島藩の主力商品となっていきます。
何百年前の人々も現在と同じ様な「会社」という方法で、
生産体制を確立していたことには驚きを覚えます。
こうして鎌倉時代以後、長光、景光、兼光と降るに従って、
その規模は巨大化し、備前では「長船鍛冶」が主体となっていきました。

【まとめ】
こうして、色々と調べて見ましたが、やはり、備前刀の見どころは、
「映り」とみて、間違い無い様でございます。
日本刀鑑定の折りには、地肌に映りがあれば、備前物か、他国物かを、
見分ける「鑑識眼」を養うことが肝要かと思います。
また我々、日頃から居合道を励む人達には、
日本刀は、必要不可欠な道具でもあります。
さて昨今は、日本刀や美術骨董類は、中国のバブル景気か、
円安ドル高の影響か定かではありませんが、外国人のバイヤーの、
手によって買い漁られています。
日本刀等は特に、価格が高騰している傾向があります。
我々の懐に合った、真剣の居合刀は数少なく、
求め難くなって参りました。
私は、初めての居合刀購入時に、価格の安い模擬刀でとも思いましたが、
模擬刀ですと、危険度が少ない為に真剣味が薄れ、
迫力までゆるみ、今ひとつ物足り無さを感じてきます。
真剣の場合は、危険度が高く、頭から足の先まで神経を尖らせて、
一瞬のゆるみも無く、稽古に打ち込める様に感じるので
私は真剣での稽古を好みます。
そこで、居合道には、高価な在銘刀でなくても、
せめて無銘刀や現在刀の真剣であれば良しと思い、
懐の寒いのを苦心賛嘆し、無理して買った刀は、挽けだらけ・・・
(ガックリと肩落とすもエーイ侭よ)
多少の傷も、痘痕(あばた)も笑窪(えくぼ)と思い直し、
今では、終生の我が伴侶となった愛刀と共に、
居合道に日々研鑽し励んでおります。
果して自分の愛刀は、何処の国の誰の手によって、鍛えられたのか?
また、山深い田舎の片隅で、毎日トンテンカン、トンテンカンと
鎚を打つ名も無い刀工が、汗を流して鍛えたのか?
また、この刀をどの様な武士が腰に差していたのか?
・・等、想い描いて楽しむのも、一興ではありませんか!
そして、自分の無銘の刀が五個伝の内、どこの国で鍛えられたかを、
考察して見てはどうでしょうか?
今回「備前伝」について、簡単に紹介させて頂きました。
皆様の刀に備前伝の特徴がなければ、他の、伝法である事が考えられます。
居合道の技にも、理合があって成り立つ様に、
諸々の道具や、日本刀も、理合、道理によって造られて居ります。
いちど、居合の刀装具の、理合を考えてみる事も、
「面白い」のではないのでしょうか?
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