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おにむら歯科の副院長のひとり言

今年のお盆

2017年07月30日 22時45分56秒 | 日記

この夏、亡き母は初盆。(主人の母)

で、この土日に山口に帰ってきました。

福岡空港からレンタカーを借りて長門市の田舎まで約2時間ちょい。

高速を走りながら・・・涙がポロポロ・・・

そのわけは・・・

前回の、福岡空港からの帰途は、母が亡くなった知らせを受け、駆けつける時でした。

その日は、飛行機のチケットがなかなかとれずに、やっととれた最終便で福岡空港に着き、

それも運行が遅れに遅れて、レンタカーに乗れたのが、夜10時過ぎでした。

それから、真っ暗な高速をひた走りながら、母が亡くなった切なさに、胸がいっぱいで苦しかった・・・

主人と二人、会話もなく、ただただ重苦しく切なかった・・・何とも切ないつらいドライブでした。

でも、その時は涙は出ませんでしたね。

今、何もかも終わって、安堵したからでしょうか?

あの時のつらさ、切なさが急にあふれだして

あとからあとから涙がこぼれてきたのでした。

ああ、あのやさしかった母はもういない。

いつも私たちが帰るのを喜んで、御馳走を作って待っててくれた。

ヘナチョコ嫁の私の話を聞いてくれ、私を励まし、支えてくれた。

私たちがお暇する時は、見えなくなるまで、ずっと木戸に立って見送ってくれた・・・(涙)

私、本当に、この母を姑にもって幸せでしたね。

この家にご縁があってよかった!

今もそう思っています。

あんな素晴しい両親に育てられた息子だもの。息子(主人のことよ)が、いいのは当たり前。(私にとってです。おのろけとは違いますぞ!)

と、言うけど、両親も人間だもの、そりゃあ欠点はたくさんありましたよ。

でも、全般的に見て、尊敬できる、立派な両親だったと思います。

一人の人間として立派な一生だったと思います。

うちの主人だって、欠点は・・・もう、ものすごくたくさんあるし、短足で色黒で顔が面白いけれど(笑)、とっても人柄のいい人だわ!

私が高校を留年したこと、大学はなぜかよく知らない歯学部を選んだこと。

全てが、この主人と出会うためだったんだろうな。

そして、この両親と出会うようになっていたんだろうな。

出あうべくして出あったのだ・・・そうなんだ、納得です。そう信じています。

物の本によると、魂は永遠。

死んでも消えるわけではない。

ずっと私たちを見守ってくれている。そばにいてくれる。包んでくれている。

だから、メソメソはしておられない。

そんなこと、母は喜ぶわけがないもの。

また、私も今度は姑として、母の来た道を歩んで行く。

母みたいに立派な姑にはなれなくても、嫁を思うやさしい気持ちは継承していきたい。

無理はしない。できる範囲で。

ほどほど、テゲテゲ、ファジーに、あいまいに、マイペースで(笑)

お母さん。

あなたのおかげで、幸せな嫁人生でした。

本当にありがとうございました!(涙) 

 

 

 

 

 

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