Color Room

おにむら歯科の副院長のひとり言

お母さん、お疲れ様でした。

2017年03月30日 05時56分55秒 | 日記

主人の実家に行くのは、いつもとても楽しみでした。

でも、今回は・・・

足が重い。なんか胸が苦しい。

母の死という現実を受け入れたくない!

何ともいえない思い・・・

飛行機のチケットも午後の都合のいい時間は満席で取れず、

とうとう最終の便に。

飛び立ったはいいけど、予定時刻を過ぎて到着。

空港ではレンタカーのお迎えが来ない。

高速道路では、移動の時節柄か、トラックがいっぱいで運転しにくい。

主人も私も、会話がまったく続かない。

私の行きたくない、母の死を受け入れたくない・・・という思いが次々と現実になっているみたい。

着いたのは・・・24時半過ぎ。

急いで母の眠る部屋に・・・

ああ、もう、棺の中なのね。

最後に会った2週間前より、ふっくらしてる。

ホント、眠っているみたい。

お母さん。おかえりなさい。

よかったですね!お母さんの大好きな家に帰ってきたのね。

主人は棺の中の母に話しかけながら、頬をずっとなでている。

ああ、お母さん・・・

・・・・・・・・

40年!前、主人の下宿で初めて会った時、

母が私に

「ああ、会いたかった!」

と言ってくれました。

その状況を、昨日のことのように、鮮明に思い出していました。

・・・・・・・・・・・・・

悲しいけれど、これが現実、そして順番。

お母さんが育てた子供たちや叔父さんたち孫たちに大切にされて、

人生を終えられました。

92歳だもの、大往生よね!!

ほら、みんな集まってますよ。

お母さんの残した言葉(注・下記)どおりに、誰も泣きすがったり、大泣きする人はいません。

寂しいながらも、皆、和気あいあいとして、静かにお母さんをしのんでいますよ。

次の日の葬儀。

喪主の義兄のお礼の言葉。

母がお寺の娘から父に嫁いで、全くしたことのない百姓をしながら、子供4人と歳の変わらない叔父たち3人の計7人の男の子を育て上げた。

人に言えない苦労をたくさんしてきたであろうけど、愚痴をあまり聞いたことがなかった。

仏様とともに生きて感謝しながらの人生であった。(いつものうろ覚え)

というような内容でした。

素晴しいじゃないですか!おかあさん。

ここにいるみんな、お母さんを大好きで、こうして集まっているんですよ!

皆、お母さんにたくさんの愛情をもらって、今があるのです。

私、至らぬ嫁でしたが、お母さんが大好きでした。

お母さんは私の理想の女性です。

お母さんを目指してこれからも生きていきます。

母を見おくる。

また、一つ人生の節目を終えた・・・という事でしょう。

めまぐるしい一日でした。

これからまたゆっくりと、静かに自分の気持ちと向き合い、母をしのびたいと思います。(涙)

お母さん、本当にお疲れさまでした。そして本当にありがとうございました。


2014年06月29日

母から皆への言葉

「とうとう、お浄土が近くなってきました。

でも、憂えるもの、心配なことが一つもない。

自分のお葬式のときは、あんたたち、ぽろぽろ涙を流さないように。

参列されてる方たちに心配をかけるからね。

お浄土に参ってからは、あなたたちが時々、お墓やお寺に参ってくれるとうれしいです。

いま、体の痛みもない。周りのみんなが良くしてくれるから、こんな幸せなことはない。

あなたたちも、感謝しながら歳をとりなさいね!」

 

 

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