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おにむら歯科の副院長のひとり言

昨日の続き

2017年07月08日 00時32分47秒 | 日記

観音瀬を開削して都城と赤江港までの72キロに及ぶ水路の、最困難な観音瀬を開削成功させた公寛でしたが、

(ちなみにこの功績により論功行賞で、藩主から 「御かみしも一そろい、 御時服 一 」と言いう、格別な褒美をいただきました)

その6か月後、

思いもかけず、奉公亡状の罪(主君に仕えるのに無礼な振る舞いがあったという罪)で悲運の涙を流します。

喜界島に流罪になったのです。

これは全くの冤罪でした!!当時の人は皆それがわかっていましたが、どうすることもできなかったのでした。

私たち子孫には、参勤交代に必要以上のお金を浪費させ、藩に不利益を与えた・・・と讒言されたと伝わっています。

私が推察するに、藩主の最も近い親戚である北郷ドンの、不祥事の責任を取らされた・・・ということではないでしょうか?

都城島津家歴代史には

「寛政四年(1792)夏 北郷新太郎資清 江戸より帰る。

これよりさき寛政2年3月久倫(ひさとも)に従い、江戸にとどまり、剣術および漢学を修める。

ここで私謁(内々での面会)を、久般(ひさとし)(若くして死んだ久倫の兄)の未亡人に願い出、しばしば深室に出入りして事をもうす。

八月家老北郷九郎兵衛、近習役藤崎五百治(公寛のこと)、納戸奉行・・・・・・・・・・・の計7名

の職を免じ、それぞれ孤島にたくす。(流刑)

世(世間の人々)之を冤(無実の罪)とす」

(都城島津家は16代までは北郷(ほんごう)を名乗り、17代から宗家の命令でもとの島津にかえりました。

その都城島津家に最も近い親戚の八件を本郷八家と呼び、この本郷新太郎資清もその八家の一人でした。

ですから、21代領主久般(ひさとし)の未亡人の深室にも出入りできたのです)

意味がよくわからんですが、

とにかく公寛は最も重い罪人として、鬼界島(喜界島)に流罪になったのでした(汗)

公寛の冤罪が解け都城に帰郷したのは、10年あとの享和二年(1802)で、公寛50歳の時でした。

島から出る時公寛は「大魚、小池に住まず」と詠んだといわれています。(一族の言い伝え)

戻ってきて公寛は、息子に「今、何の勉強をしているか?」と、尋ね、(ここらも言い伝え)

息子が現状を答えると、「たったそれだけか?今からは武士より医学の勉強をした方がいい!」

と言ったので、それから5名の医者(漢方医)を出すことになりました。

公修、公きょく(さんずいに北極の極の右の方)、公梓、公応、公孝?(間違ってるかも)

さて、冤罪による流罪から10年ぶりに家に帰った公寛は、武士はもうこりごりと、百姓をしていました。

ある日、畑を耕していると、馬に乗った立派な侍が、公寛に近づき尋ねました。

「このあたりに藤崎公寛はおらぬか?」(とにかく聞いたとよ!)

なんとそれは当時の都城島津藩主だったのです。

「はは~~~、私でございます。」と平身低頭、かしこまって答える公寛。

君主は公寛に儒学の教えを請いにきたのです。

こうしてそれからの公寛は、以前と同じように、文教の道で領主に仕え、人材の育成に努めました。

大河原義軌(おおかわらよしのり)、荒川元(あらかわはじめ)、木幡栄秀周(こはたえいしゅう)、高野安恒(たかのやすつね)などのすぐれた学者が次々出たのは公寛父子の力が大いに役立っているといわれています。

その公寛も文化十四年(1817)6月1日、その波乱に満ちた生涯を終えたのでした。66歳でした。

計画から、施工まで、全責任をもって開通させた藤崎五百治公寛の観音瀬開削工事。

その苦労によって通じた一本の水路が幕末の寛政6年(1794)から大正の初めまでの120年あまりに渡って、都城盆地と、高岡、

宮崎を産業経済や人々の交流など、物心両面で結んできたのです。

また、この観音瀬開削により、都城盆地の水はけがよくなり、湿地が減少するという効果も併せ治めることができました。

盆地の人々は今もその恩恵をうけているのです。

この観音瀬水路は県の史跡となっています。

ふ~~~~~~っ、疲れたけど、自分自身が公寛さんを知るいい機会となりました。

まだ、北郷ドンの一向宗の話とかあります。

また別の機会にね・・・って誰も期待してないよね~~~~(笑)

マッコチ、ヒンダレッモシタ!(本当に疲れました・・・都城弁)

 

 

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