人見のピンクリボン

いろんな災難・病気・人間関係の不和などで悩んでいる方に、自分の体験と共に手助け出来ればと・・・!

神人・ユタ・乳癌体験日記 NO.29

2008年06月26日 | 神人・ユタ・乳癌体験日記

 

 

年が開け彼女の実家に行く日が決まりました。

鳥取県のある町ですが、沖縄から岡山空港まで二時間それから岡山駅まで30分、JRで二時間掛かる所でした。
本当に大変な移動でしたが、よくあんな身体で彼女が沖縄まで来て帰って行ったなと感心してしまいました・・・これもご先祖様がなす事なんだろうと悟らされました。

ユタの彼に、後で聞いたのですが、行く飛行機の中から彼女のご先祖様が来られていて、岡山駅から電車に乗る時には沢山のご先祖様が来ていらっしゃったそうです。見えない人達はしっかり分かり見えているのでしょうね・・・!

夜の11時過ぎにホテルに着き、私達は食事とお酒を飲みながら疲れを取っていたのですが、私は彼女のご先祖様の気持ちを先にサンミ(感)を取らされていて、楽しくて嬉しくてしょうがなかったのでした・・・なぜかと言えばご先祖様が供養をして貰える事が分かって先に喜んでいらっしゃったからでした。

鳥取は本当は全国的に大雪で寒い日が続いていたのですが、沖縄から出発する時からお天気も良く、拝みが始まってからも終わるまで、嘘みたいに太陽も出て、彼女のご家族がビックリされるほどの陽気なお天気になったのです。

拝みも無事に終わり、彼女の住んでる屋敷の拝みもやってあげたのですが、沖縄から準備して持ってきた、拝みに必要な線香とウチカビが最後の屋敷のトイレの拝みで、きっちりと足りて無くなったのにもビックリしました。

四時過ぎに終わり彼女のご家族と別れて、ホテルに戻ったのですが、それからほんの少し休んでからでしたが、外に出たとたん急にお天気が崩れ雨も降り出し、寒さも増してきたのでした。

私は手伝いでしかなかったのでしたが、神様・ご先祖様がなせるわざだな〜と、つくづく感じさせられることになったのでした。

 

"乳癌"は父の母・お祖母ちゃんの「まねかた」でした!


 

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神人・ユタ・乳癌体験日記 NO.28

2008年06月19日 | 神人・ユタ・乳癌体験日記

 

 

2日目の朝から又お力を貰いに神々を回った。

昨日より元気な姿があった彼女は末吉宮に行った時でした、結構大変な道で高さも有る所なのです。
本当は普段から彼女は歩く事もままならず部屋の中で歩き回るぐらいで、まさかこんなに元気に歩く娘さんを見たお母さんは本当にビックリされていました。

拝みは気力体力を結構使いとっても疲れますし、まだちゃんと地元での供養解きは出来ていないので、ご先祖様からの声も掛かってきているので、まだまだなのですが、神様にお力を貰いお願いした事で、随分前より良くなっていて、神様からも”血液の流れを良くしてあげるからね”と言ってくださり、その後お母さんに聞いたのですが、少しだけれでも血色が良くなってきたそうです。
実際には、後に彼女の実家に行き、供養解きをちゃんとしなければなりません。

親子が戻られてからも、早く供養解いてほしいご先祖様が現れてきて、急に彼女は仏壇の前で手を合わせ、上に上にと揚げようとしたり、彼女のお婆ちゃんに水子が有り、それを感をとらされてしまった彼女は、とっても寂しく悲しい思いに駆られてしょうがないとの事でした。
水子は何をするにも障害が有り、八方塞がりになりやすいそうです。

頼まれた彼は、年明けそうそう彼女の実家に行く事になりました。

 

"乳癌"は父の母・お祖母ちゃんの「まねかた」でした!


 

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神人・ユタ・乳癌体験日記 NO.27

2008年06月09日 | 神人・ユタ・乳癌体験日記

 

 

次に彼女の処に現れた男性は、タバコ(キセル)をよく吸う人だったそうで、本人の不始末で所有していた山の木々を全部焼いてしまったそうです。
彼には奥さんと二人の子供がいたそうですが、子供にも満足に食事も与えず、子供達はとっても痩せてしまっていて、奥さんはどうしようもない状況に耐えられずに子供と家を出たそうです。

なお彼は山も土地も取られる破目になり、墓まで焼かれたと言うのですが、彼は最初はこんなになった事は全部人のせいだと言っていたのですが、本当は心苦しく思っていたんでしょう、その内本当は自分がしてしまったと話し始めたのです。

本当は直ぐにでも三途の川を渡りたかったんでしょうが、何度も何度も「こんな自分も三途の川を渡る事が出来るか」と聞いてきていました。
そんな彼を、神様のお力をかり三途の川を渡らせようとしていましたが、なかなか渡ろうとしなかったのです!
ちょっと可笑しいんですが、掛かっている彼女の手が上に上にとやっと揚がったので、渡ってくれたと安堵して、”良かった”と言った後、・・・”まだ渡ってない”・・・と彼は言い出したのでビックリしました。
なかなか簡単にあがってくれなかったのは、後から聞いたのですが、付き添ってる私や彼女のお母さんが口出しして話しかけたのが悪かったようです、黙っていればもっとすんなり渡ってくれたようです。

それからも、いろんなご先祖様が助けを求めて現れてくるのですが、その内だんだんと先祖が沢山現れて、彼女の後ろにはトイレ待ちしている感じで、沢山のご先祖様が溢れ出したそうです。

そのこともあり、結構拝みは体力を使うことなので、これ以上彼女の体力も持たないので今日の拝みを終了しましたが。
今日は神様のお力も貰っているので、明日はまた違った彼女がいるのでした。

 

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神人・ユタ・乳癌体験日記 NO.26

2008年06月07日 | 神人・ユタ・乳癌体験日記

 

 

拝みがはじまってから直ぐに、彼女のたくさんのご先祖様がどんどん現れ、「三途の川を渡って極楽にげー」をして欲しくて、次から次と現れてきたのでした。

彼女の一番ネックになっているご先祖様がいて、このご先祖様は、神前で踊りを舞うなど、神に仕えた巫女さんだったんです。

ある神様の所で拝みが始まったのですが、彼女は急に立ち上がり、足も悪い身体なのに、元気に立って舞踊り始めたのです。
それを見たお母さんは、娘がこんなに踊る姿を初めて見て,驚きと喜びでいっぱな様子でした。
後から彼女に聞いたのですが、踊った事は覚えてなかったそうです。

そんな巫女さんだったご先祖様は、ある男性と恋に落ちてしまい神宮から出る破目になり、なお村人からも濡れ衣をきせられ、本当は無実なのに彼と共に、ましてや彼女の御腹の中には子供もいたにもかかわらず、自害させられてしまったそうです。
そんなご先祖様は、お腹にいた子供を抱きたかった事が一番で、いろんな憎しみと無念さを未だに抱えていたようでした。
そこで、神の力を借り、子供を抱かせて一緒に三途の川を渡らす事になったのです。
私はテレビでは見た事が有ったのですが、実際に見るのは初めてだったんですが、本当にこの巫女さんだったご先祖様が三途の川を渡れる時、掛かっている彼女が急に手を合わせ、上に上にと両手を掲げたのでした。
無事に三途の川を渡ってくれたな様でしたが、またその後直ぐに、違うご先祖様が現れてきたのでした。その御先祖様はやっかいな男性でした!

 

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神人・ユタ・乳癌体験日記 NO.25

2008年06月01日 | 神人・ユタ・乳癌体験日記

 

 

彼女は20代半ばの卯年生まれの長女で、とっても小柄で色も白く、とっても心優しそうな女性でした。
彼女が持つ病名はTriko−Rhimo−Phalangeal Syndrome Typel(トリコーリ ノーファンランク 症候群 I型) 染色体8番の新規変異と診断されたそうです!骨が成長せず伸びないし、血液が作り切れていないそうです。その原因で身体も小ちゃく髪の毛も生えてこない状態だそうです。

判断された内容は・・・
彼女のご先祖様からの教えで、こんな身体にされてしまったそうです。
直ぐ上のご先祖様だけではなく、本家・大本家とずっと上のご先祖様からも声が掛かってきていて、先祖供養など何もされていない状態で本当にガタガタだそうです。
その原因で骨が伸びない・血液が作れてないように、骨は墓の事で・血液はご先祖様の繋ぎがなっていな事の意味しているのでした。
彼女は本当に心優しい人で、自分の事より他人の事を思いやるような性格の持ち主だからこそ、尚声が掛けられやすいのでした。

まずは、病気で身体が弱い彼女を守るために、手をひかれないように・回復祈願・病気平癒・気お越し・健康祈願のお願いと、沖縄では先祖供養は実際に彼女の実家の仏壇・墓に行かないと出来ないことなので、沖縄の護国寺の十二支の神・安里八幡・首里の十二支の神・識名宮の神・波の上宮の神の力をもらい、ちゃんとご先祖様の解きが出来るようにと、又おばっちゃんの違った宗教をされていた事の、わっさごぶりも出来る様に道を作っていただき、守って頂ける様にのお願いの拝みをされました。

私も初めての体験でしたが、最初の拝みからいろんな事が起こり、こんな事が起きえるんだと、本当にびっくりさせられる事になりました。

 

"乳癌"は父の母・お祖母ちゃんの「まねかた」でした!


 

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神人・ユタ・乳癌体験日記 NO.24

2008年05月29日 | 神人・ユタ・乳癌体験日記

 

 

ここでは私ことでは有りませんが、ある大変な方の事を書かきます。

鳥取県に住む20代の女性でした、病院からも難病で難しい病気だと宣告されて、多分今までいろんな事に携わってこられたんでしょうが、一向に良い方向に行かずに未だに悩み苦しまれていました。
そんななか、彼(ユタ)が携わったある御相談者のかたで、心臓病のお父様の事で拝みを依頼され、一命を取り留めた方からのご紹介だったようで、縋る思いで彼女のお母様が連絡されてこられたようでした。

最初はどんな状態なのかちゃんとした事は電話では分からないので、難病の彼女にとっても気晴らしになるでしょうしから、良かったら沖縄にまずお見えになりませんかと返事をしたところ、直ぐにでも来たいとの事でした。

御連絡があって日にちも、そう経たないうちに来れる日も決まり、彼女とお母様がお見えになりました。
私は彼に頼まれお手伝いをする事になり、お見えになった日は初めてなので、空港でお名前を書いたプラカードを持って待っていましたが、彼女は直ぐに彼のことが分かったんでしょう、真っ先に歩いてこられました。

それから直ぐに戻り、神様の判断をはじめたのでした。

 

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神人・ユタ・乳癌体験日記 NO.23

2008年05月23日 | 神人・ユタ・乳癌体験日記

 
本当に抗癌剤投与の治療が終わった時はホッとしましたが、その後も戦いは終わっていませんでした。
次は女性ホルモンを抑える薬を毎日3〜5年間は、飲み続けなければいけませんでしたし、月一回位の割合で病院にも通院しなければならないので、あと5年間は安心できないし、大変だなとあらためて思わさせられました。

同じ病気になった方から薬の事は聞いていましたが、飲むだけだから楽に考えていました。しかし、簡単に女性ホルモンの働きを抑えて、腫瘍もでき難くする為の薬なので、そんな単純な薬ではなかった事を、後で少しずつ思い知らされました。
考えれば、無理やりに生理をも止めてるという事は、正常な働きを無理やり止めてしまうもので、大変な薬だと分かっていましたが、それでもやっぱり気は楽でした!

抗癌剤が終わって一ヶ月後位でした、なんと眉毛とまつ毛が0.2mm程伸びてきていました。
それに頭の毛も嬉しい事に、丸坊主の男の子の頭を撫でた時の感触と一緒で、新しい髪の毛の感触を感じられ、ちゃんと生えてきていると、本当に嬉しく思いました。

だんだん季節も涼しい季節になってきてもいて、だんだん悲惨な気持ちから遠のいてきていましたし、何時でも都合が出来れば、首里の十二支の神様や、神宮に行き、癌の再発が無いようにと、彼に健康願いを常にやって貰ってもいました。いつも彼は心配していてくれて、出来る事は何でもして守るよと言ってくれていました。

周りの人に守られ助けられながら少しずつですが元気になってきた頃でした、内地から大変な人がいるので、助けて欲しいと彼の元に相談が入ってきたのです。
その方は鳥取県在住の若くて可愛い女性でしたが、大変な境遇の人だったのです。その後、彼は彼女を助ける為の拝みを頼まれる事になり、彼と共にお手伝いする事になりました。

 

 

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神人・ユタ・乳癌体験日記 NO.22

2008年05月16日 | 人見の言葉

 

 

摘出手術をし、抗癌剤治療を始めてから半年過ぎて、やっと10月が来ました。
抗癌剤は1・ファルモルビシン、6・エンドキサンと言う強めの薬を3週間に一回の割合で4回投与し、5・タキソールと言う少し弱めの薬を一週間に一度を3週間続けて投与し、一週休んで又それを続け合計12回投与し続けました。

抗癌剤は保険が効かないので強めの方の薬は3万以上、弱めの薬は2万ほど掛かりました。本当に身体も大変ですが金銭面的な事も大変な事です!

そういえば病院の受付で待っている時でした。私が待合室で待って座っていた所は公衆電話のまん前で、ある年配の女性が電話してるのが聞こえてきたのです!
身内の方に電話されていたんでしょう、この方も乳癌だと言われ、一人でいろいろ説明を聞かされた後だったようでした。
この女性は自分の病気のことなどを説明されてて、あと治療費の事を喋っていらっしゃったのですが・・・突然   ”どうせ!私は死んでもいいんだ・・・・・!”という、悲痛の訴えが聞こえてきました。多分保険が効かず、結構な金額になるので、何か不都合があったのだと感じました。

病気のことも大変な事なのですが、それに掛かる治療費などが癌は保険がまだ効かず、大変な金額になってしまうので、余裕の無い方などはどうされるのかな〜と、自分はさておき考えてしまい、治療を受けられない方もいらっしゃるのかな〜と不安になりました。

10月の頭、やっと最後の抗癌剤の投与が終わりました・・・その時は本当に一段階辛い事が終わったと思いました。

そしてその後、早く元気にならなくちゃ!と、軽い運動からし始めました。しかし、やればやるほど、だんだん身体が普通ではなくなっていったのです。
足の指は全部痺れてしまい歩くのも可笑しい状態でした。
私は人の身体は運動していてないと衰えも早いし健康で入られないと、身体を少しでも鍛えようと、昔から走ったり水泳や筋トレをしていました。
しかし、焦りもあり無理してもやろうと動いていましたが、直ぐにダメージがきてしまいこんなはずじゃない〜〜とめげるほど身体に負担がきました。
今思えば半年間も身体の中に毒を入れてたようなもので、衰えるのは当たり前のことなんだと、やっと悟り思えるようになって来たのでしたが、これじゃだめだ、どうにかしないとと焦はいつもありました。

でも今思えば、少しずつ納得し無理はしないようにしようと思えた時から、PCやこのブログや手作りに没頭する事が出来たと、反対に良かったんだと今は思えています。

 

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神人・ユタ・乳癌体験日記 NO,21

2008年05月13日 | 人見の言葉

この頃の私は身体が弱ってきていることもあり、例えば清明際・慰霊の日・七夕・彼岸・お盆など亡くなった方の行事がある時は、どうしても声がよく掛かってきて身体にも精神的に振らされてしまうことが多く有りました。
それで、倒されない様にと彼にお願いして、十二支の神様の所に健康願いと守って貰える様にお願いをしに度々拝みしに足を運びました。

そんな中私は、神様を本当に身近に感じた事がありました、それは安里八幡にいらっしゃる神様からのお言葉でした。

ここの神様は昔からよく、身近で当たり前のような事などを教えてくださってはいました。とっても単純な事のように思えるのですが、「缶コーヒーを飲むのをやめなさい」とのお言葉でした。
私はお茶やジュースを余り飲まない方で、殆んどコーヒーのブラックをお茶代わりと言って良いほどよく飲んでいましたが、缶コーヒーの甘さも好きで一日一本は飲むほどせした。又車で外出した時は2.3本飲む時も有りましたので、これを続けると身体に良くないと神様からの忠告でした。

考えれば糖分も非常に多く、糖尿などになる要因にもなり、最近又分からせられた事なのですが、缶じたいの微妙な成分が溶け出して、少しずつ蓄積しまうのも良くないそうです。
考えれば今の私の身体の状態も弱っているから尚更なんです!

神様がこんな事まで教えて下さるとは、当たり前の事で単純な事の様に思えますが、本当に有り難く嬉しく思えました。

 

 

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神人・ユタ・乳癌体験日記 NO.20

2008年05月06日 | 神人・ユタ・乳癌体験日記

今まで以上に自分が病気になると、他の病気で悩み苦しんでいる人達が尚一層見えてくるものでした。

癌講演会なども目に留まり、聞きに言ったりもしましたが、治療中の方やその家族の方、癌で身内を亡くされた方など立場は違えど”癌”と言う病気に悩まされてる方が沢山来ていらっしゃいました。

何でこんな難病が有るのかと・・・・考えられない様な病気も今以上に見えて来て、本当に人間て大変だと・・・・・気が重くなったりもしていました。

私は病気になる前は、人の為にいつか助けがいつか出来ると、へたな甘い考えをし強気な自分でいましたが、それも一転し、今までに考え感じたことが無い事などをも思わさせられました。

救いは自分が乳癌になってしまってから、本当の素の自分が見つめられた様で、人のことも前よりもっと冷静に、そして優しい気持ちで考えられるようになった様な気がしました。
もしこんな事が起き得てなかったら、変な強気で生きて行っていて、いつか見失ってしまう事などもあったかもしれない様な気がします。

しかしそんな中、身体の衰えとまさかの痛む身体が、自分をかわいそうな人と仕立て上げ、前向きな考えを避けようとしていたことも有ります。

実際、”病は気から!”と言いますが、この事はいろんな面で教えられました。気を陰に構えるんではなく、陽の気持ちでいる事が何事にも良い事に繋がる事を身にして感じましたが、”陽”にする事は結構パワーがいるものだとも感じました。

 

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神人・ユタ・乳癌体験日記 NO.19

2008年05月05日 | 神人・ユタ・乳癌体験日記

 第三回目の抗癌剤が終わった頃から、自分では感じたくないのですが抵抗力が、だんだん無くなっている自分を感じなければならなくなっていました。
抗癌剤といえども外来で簡単に射てて、入院する訳でもないので状況としては大変な事じゃ無い様に思えたのですけど!
流石に抗癌剤は普通ではない、いえば毒を体内に入れているのと同じ事・・・風邪もひきやすくなり疲れやすく、点滴を射つ事も多くなっていました。
しかし、いつもの通り生活は普通にしようと・・・仕事は今まで通りにこなしていました。

見えないことでの話をしますが、身体が弱っている時や精神的にも弱っている時程、、ご先祖様からのエージ(訴え)声が掛かってきたり、他人のものも担ぎ易くなってしまい、ダメージを受けやすくなってしまうのです。
又その頃はちょうどお彼岸・お盆・身近で亡くなった方などが要らしたりしたので、なおさら身体に負担が掛かってきて大変でした。

抗癌剤も約半年間で終わるので、その間頑張りさえすれば・・・いいんだと自分に言い聞かせ、めげずに頑張ろうと、今乗り切ればいいんだ・・・と、少しでも出来るだけ前向きに考えようとしていました。
又どこかで私は守られているんだからと・・・こんなはずじゃないんだと、現実に起きえているのに、そう思っている自分がいつまでもあったような気がします。

そんな中、髪の毛もほとんど無くなっている状態で、鬘も周りの人に気ずかれないようにと自分なりにやっていました。
しかし、沖縄の季節も暑い夏が早ばやとやってきて、鬘を被るのも大変になってきたうえに、眉毛にまつ毛も抜けてきて、付けまつ毛を付けなければならない状態まできてしまいました。
鬘も付けまつ毛も、慣れないなか付けないわけにはいかず、頑張って分からないようにしていましたが、だんだん・・・うっとーしくなり嫌な思いでいっぱいでした。

でも仕方が無い現実・・・そのままの姿ではいられない・・・!

 

 

"乳癌"は父の母・お祖母ちゃんの「まねかた」でした!


どんな神人やユタみたいな方でも神様でもなく、一人の生身の人間であり、 どんな人でもいろんな体験や経験をさせられると思いますが、困った事や災いが降り掛かってきても、今までの経験の中で何かしらの対処や守る事は必ず有ると私は思えますし、私も大変な病気して分からされましたが、必ず守れると信じていますし、これからも守る事をし頑張っていこうと思っています。
これからは、今までいろんな経験や勉強させられた事の中で、人の手助けが出来ればと考えています。・
・・ 
 

 

ー* 人見です *ー

 那覇市古波蔵二丁目14−37
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神人・ユタ・乳癌体験日記 NO.18

2008年05月04日 | 神人・ユタ・乳癌体験日記

 

*この頃の私は霊は実際に見ることは無いのですが、実際に臭いで感じたり、身体・気・心で他人の事を感を取らされてしまう事が、本当は昔からそう有ったのでしょうが、自分で納得し分かるようになったのは、今になってやっとでした。

今で随分霊的なものや神事などが分かってきましたので、随分いろんな事に対して、自分で対処出来るようになってきています・・・その事を分かってくださってこれからの体験日記を読んで頂けたら幸いです。*

 

手術後一ヶ月過ぎた頃、彼には迷惑ばかり掛けているし、自分自身も早くもとの自分らしい生活に戻りたいと言う思いが先走り、これ以上彼に負担掛けたくないという思いで、彼が依頼されたお客さんの拝みの手伝いをする事にしました。
彼は心配して”大丈夫か!”と何回も聞くのですが、頑固な私は意地を張り、拝みの車の運転を手伝う事にしたのでした。

いつもの仕事は、夜の12時過ぎに閉店し、それから床に付くのはいつも3時頃になってしまい、拝みの時はいつも朝早くからの行動なので、早起きでいつも睡眠時間が短くなってしまうのです。

拝みは、十二支の神様や何箇所かの神社や寺に、お願い事をしに行くのですが、どんな方でもパワーをとっても使うので、本当に拝みは疲れてしまうのです。
ただの運転手でも、携わる事でとっても疲れてしまいます。
本当は今の私は普通の身体では無いので、控えるべきだったと後で分からされる事になりました。

次の日、抗癌剤の3回目の投与で病院に行きました。
投与前に、必ず血液検査してから体調も見てOKが出てから撃つのですが、検査結果が、ともと白血球が少ない私は、今日は異常に数値が下がっていたので投与出来ませんでした。
抗癌剤の投与は一週間先に伸びました・・・この時、本当に元気な身体ではない自分の身体に、又もや痛感させられることになりました。

 

 

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神人・ユタ・乳癌体験日記 NO.17

2008年05月03日 | 神人・ユタ・乳癌体験日記

 

母から電話が有りました・・・母の様子は電話越しなので、ちゃんと分からないでいたのが少しの救いでした。

母は大丈夫ね・・・!大丈夫ね・・・!直ぐ来なくていいね・・・!としか言わない母に、”うん大丈夫だから”と言うしかありませんでした。

その時、本当にこうなった自分が不思議だし、まさか”癌”になるとは・・・・・
と、嘆く自分がいました。
又一人娘なのに、自分のもとを離れ行ってしまうし、まさか”癌”だと告げられている母の心境を考えると、どうし様もなく切なくなるのでした。
今もその時の事を思い出すと涙が出そうになり、本当に親不孝してしまっているなと・・・。
今、おかされている自分が、どうしようもなく・・・・・。

 

母は最後に”無理せずに頑張りなさいよ!”と言ってくれました。

 

 

4月の中旬に二回目の抗癌剤を撃ちましたが、やっぱりその日は吐き気がし、身体も思わしく有りませんでした。
その頃はまだ抗癌剤の大変さが分かっていませんでした。

5月の始めに、骨に癌の転移がないかの検査を受けました。
左胸を全摘出手術したからといって、安心出来ないんだなと悟ったとき、本当にこれからの事が不安になりました。

その時、もっともっと神様に健康願い・癌の転移が無いようにとのお願いをしにいかなければと強く思いました。
直ぐに彼にお願いして、七宮八社に健康願いと病気平癒・回復祈願に癌の転移が無いように、ちゅうじゅく(しっか)お願いして貰いました。

 

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神人・ユタ・乳癌体験日記 NO,16

2008年05月02日 | 神人・ユタ・乳癌体験日記

 

ー母さんへの手紙ー

母さん本当にビックリしないでね! 電話で話そうかと思ったけれど、手紙の方が話せると思ったので・・・・!

実は叔母ちゃんと同じ病気乳癌にかかってしまいましたが、こちらにいる周りの人達に支えられて無事に手術も終わり、今はリハビリしながら仕事も普通に生活も出来ています。

後半年位は抗癌剤治療しなければいけないけど、昔と今では随分医療も進み、仕事をしながら外来で出来るので楽です。
でもちょっと、頭の毛が”ツルツル・・・・・アハハハハハハ・・・でも、治療が終われば又生えて来るので安心です。

病気がちゃんと分かったのは、この前福岡に帰った後直ぐで、本当はお爺ちゃん・お婆ちゃん・お父さんの供養をちゃんと解き、同じ事をさせない様にとのお願い事したのだけれども、もうその時は遅かったのです!

本当は直ぐにでも話したかったんだけれども心配して来てくれても、何をする事も無く、ただ心苦しくさせるだけだと思いやめました。

今月の8日に無事に手術も終わり10日間の入院で退院でき、直ぐにリハビリも仕事も出来る様になり、それからと思い連絡しました。

今はビックリする位乳癌になる人が多くて、私がかかった病院の主治医の先生は内地でも有名な乳癌専門で、とっても穏やかな良い先生で本当に良かったと思っています。

彼にはこの事で随分助けて貰い、神様にも健康祈願のお願い事を何回もしに行ってくれて、今日は又回復祈願と癌の転移が無いようにのお願い事をしてきました。

それに有り難い事に本当は誰にも言うつもりは無かったのですが、彼が一人でこの事を抱える事が辛そうなので、彼のご両親・家族にだけは話しました。
”何も出来ないけど”と言いながら支えて貰いました。
仲の良い友達にも話してしまい、心から心配してくれて勇気ずけられ余り落ち込むことなく頑張れています。

本当にビックリしたかもしれないけど、大丈夫だからね! 本当はずっと黙ってれば良かったのだけれども、周りの人達の事などを考えると、そういう訳にはいかないと思い話すことにしました。

本当に心配させてごめんね!身体の方は本当に大丈夫なので!

今年のお婆ちゃんの法事で帰れればとは思っています・・・・・。

                                        ****より

 

    手紙を出した2日後に、母から電話が有りました・・・・

 

 

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これからは、今までいろんな経験や勉強させられた事の中で、人の手助けが出来ればと考えています。・
・・ 
 

 

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神人・ユタ・乳癌体験日記 NO,15

2008年04月25日 | 神人・ユタ・乳癌体験日記

  お店は洋風居酒屋ですが、30年近くなるお店で、彼のお母さんが食堂し、その後、喫茶店に変え息子である彼が引き継ぎ、今は私と知り合い洋風居酒屋にして営業をするようになったのです。

ここで、少し彼の話をしたいと思います。
彼は長男で双子の妹がいる五人家族で、高校卒業して東京へ夢見て旅立ち、いろんな事を学び仕事をしながらでも、大変な生活の中でも楽しんでいたようです。
しかし、東京の生活は7年程だったそうですが、ある日大事故を起し10日程意識不明で、三途の川を見てきたそうです。
その後いろいろあり、沖縄の実家に戻ることになり、それからもいろいろ大変なことが有り、彼は人助けの道に行くことになったのです。
そんな中、彼が神の修行に入る頃に、私は知り合い彼と付き合う事になり、私もいろんな事を知り、勉強させられる事になったのです。
現在、沖縄で言う「ユタ」として、大変な人が余りにも多い事も分かり、どうにかして助けてあげようと頑張っています。

私は、そんなお店で縁があって働くようになり10年以上経ち、お店でもいろんな事を学ばされてきましたが、今は常連さんと、楽しくゆっくり出来るお店になってきました。

お客さんとも気心が知れる方が多いのですが、10日程の入院もし、慣れない鬘を被り、お客様に悟られないように頑張っていました。本当はどう見えてたかは分かりませんが、誰一人「可笑しいんじゃない」と言う人がいませんでしたので、少しホッとしました。

さすがにまだ左腕を使うのは出来ず、いつもはフロアーは私一人で見ているのですが、女の子に手伝って貰い何とかその日は切り抜けました。

それからは毎日絶対お客さんには悟られない様に頑張っていましたが、今考えると抗癌剤も撃っていて少しずつ体力も衰えていたので、お客さんは口には出してくれなかったのですが、きっと可笑しいとは感じていても聞けなかったのだろうと思うのです。

手術も無事に終わり退院出来て、仕事も始め落ち着いてきたので、そろそろ福岡の母には、言わなければいけないんじゃないかと彼も言うので、本当にビックリさせてしまうな〜と思いながらも手紙を書くことにしました。
本当は病気が分かって直ぐにでも話したいと思いましたが、沖縄に来てもらっても、何をして貰う事も無いし、反対に何をしてあげたらいいのかと年取った母を考えさせて重苦しくさせるだけだと、落ち着いてから話そうと思っていました!
彼も、私が沖縄に身内が一人でもいるのでしたら、そんなに早く打ち明けなくても良いと思っていたでしょうけど!

どんな風に書いたら良いか少し悩みましたが・・・母宛に手紙を出しました!

 

 

"乳癌"は父の母・お祖母ちゃんの「まねかた」でした!


どんな神人やユタみたいな方でも神様でもなく、一人の生身の人間であり、 どんな人でもいろんな体験や経験をさせられると思いますが、困った事や災いが降り掛かってきても、今までの経験の中で何かしらの対処や守る事は必ず有ると私は思えますし、私も大変な病気して分からされましたが、必ず守れると信じていますし、これからも守る事をし頑張っていこうと思っています。
これからは、今までいろんな経験や勉強させられた事の中で、人の手助けが出来ればと考えています。・
・・ 
 

ー* 人見です *ー

 那覇市古波蔵二丁目14−37
TEL(098)836−3089
  090−8294−8990

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