おねえちゃんの独り言

「おねえちゃんの独り言」のブログ版
(・・・って、そのまんまだけど)

死者への年賀状

2018-01-13 11:40:12 | Weblog
 珍しく立て続けの更新。
 すでに人手に渡ってしまった実家宛に届く郵便物は、私設私書箱へ転送してもらっている。その私設私書箱では、届いた郵便物の写真を撮って、パスワード保護された個人専用のウェブサイトに掲載してくれる。便利なサービスである。
 さて、その私設私書箱から郵便物到着のお知らせメールがきたので、自分専用のサイトにアクセスした。いくつかの郵便物に混ざって、年賀状が4通届いていた。
 片面の写真しか載っておらず、1通は裏に差出人名が書いていないので誰からか分からないが、残り3通はすべて、私が去年6月に母の死亡を知らせるハガキを出した相手からの年賀状である。
 死亡告知状を出しているにも関わらず、死んだ人間に年賀状を送ってくる。なんという非礼、信じられない無神経、理解不能である。まあ母の知り合いだから皆それなりに高齢だろうし、ボケてるのか?!
 まあ、そんな年賀状を送ってくる相手は、そもそもその程度の付き合いでしかなかったということだろう。親しい相手が亡くなったことを忘れるわけはない。不愉快だけど、仕方ないね・・・。

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お墓問題勃発

2018-01-12 23:12:59 | Weblog
 立て続けに父の話題になってしまうが、昨日の夜、寝る前のメールチェックをしたら、父の後見人になっている司法書士からまたメールが来ていた。新年にかこつけて(毎年1月に意思を確認しているということにして、聞きにくいことを聞こうという作戦)お墓の希望や最期に会いたい人などを父に聞いてもらった、その返事である。
 その中で、お墓の希望を読んで、私はぶっとびました・・・。昔からの確定事項というか既定路線というか、とにかく父は父の実家のお墓に入るものだと、母も私も勝手に思い込んでいたのだが、ナント! 実家(今誰が残っているのか不明)とはもう疎遠なので、自分も母と同じ墓に入る、と答えたそうな・・・。
 じょ・・・冗談も休み休み言ってほしい。
 一体全体、別居生活何十年だと思っているんじゃ・・・???(40年以上か?)
 ってか、性格的に放っておけないし、法律上は夫婦のままだから、母はいろいろと父の面倒を見て(寿命すり減らして)きたけど、母は父のことなんかみじんも好きじゃないし(たぶん)。
 大体さぁ、実家の墓に入るつもりがないんだったら、頭も体も元気なうちに自分で墓を探しておけよ!!!
 母なんぞ、10年以上も前からあちこちの永代供養墓を探して資料請求して見学して、じっくり考えて今のところに決めて、相当前からちゃんと権利を買ってあったのだ。それを今さら横から来て一緒に混ぜてなんて、虫が良すぎるだろ!
 というかそもそも、例え他に大勢の皆さんが一緒に眠っていらっしゃる共同墓地であるにしても、だよ! 父を母と同じ墓なんかに入れたりしたら、母が化けて出てくる、私ゃ呪い殺される、末代まで祟られる(??? なんのこっちゃ・・・)。
 いやいやいや、せっかく現世に未練のかけらもないらしく、私がいくら望んでも、発見されるまで数日間亡くなったまま倒れていたその場所に布団を敷いて寝ても、夢枕にすら立つことなくとっとと天上に逝ってしまった母の、安らかな眠りを妨げるようなことをしたら、マジに祟られるわ・・・。

 というわけで、父が実家のお墓に入らないつもりなのに驚いたこと、母は相当前に購入した共同墓地に入っているのでもう空きがないこと(あるかもしれないけど、ないということにしておく)などを司法書士に返信した。それに対する司法書士からの返信によると、母が亡くなった時にはすっかり記憶力が衰えていた父は(それでも母が亡くなったことを忘れないだけ助かる)、母がどういったお墓に入ったかもよく理解しておらず、何やら私が母のために新たにお墓を買った、ぐらいに思っているらしい。(父が歩行困難で痛々しいので、火葬時は父も立ち会ったけれど、納骨時には父を呼ばなかった)
 実のところ、母が自分用の墓を購入したことは、まだ父の頭がしっかりしていた相当前に父にも伝えてあるハズなのだが、まあそんなことはきれいさっぱり忘れてしまったのだろう・・・。
 母が入っているのが共同墓地ということであれば、次の機会にまた改めて父に訪ねてみると、司法書士は言ってくれているのだが、いずれにしても「父の墓探し」という新たなミッションがここに来て発生してしまったわけである。脱力・・・。
「一緒の墓に入る」というのは勘違いからきた発言だと分かり、少し安心したものの、それにしても何で元気なうちに自分の入るとこを探しておかないかねぇ・・・??? 困ったもんだ・・・。

 うちなんて、親戚づきあいもほとんどなく、母方の祖父母と両親のみの実に小さい家族だというのに、祖父は祖父が亡くなった時に横須賀から先祖代々の墓を引き上げて新たに買った所沢の墓地(諸事情により、今は母の弟夫婦が渋々管理中。私自身は10年以上も前に母から止められて以来、参っていない)、祖母は杏林大学病院に献体したのでてっきり三鷹の共同墓地になるかと思いきやぐっと引っ込んで不便な八王子のお寺の共同墓地(まだ一度も参っていません)、母は多磨霊園近くのこじんまりした共同墓地、ここに新たに父の墓地が加わるわけである。もうみんなしてあっちこっちに散らばって、訳分からん・・・。
 私は積極的無宗教だし、「千の風になって」じゃないけど遺骨が置かれている場所に特に意味があるとも思わない。私自身の骨は散骨してほしいし、お墓参りなんかしなくても心の中で亡くなった人のことを考えていればそれでいいと思うが、それにしても遺骨を放っておくわけにはいかないからやっぱり「父の墓探しミッション」はやり遂げなければならないのである。

 まあ、いいこともあるさ。だって父が亡くなった時、ほぼ面識ゼロに等しい(会ったことがあったとしても、私が本当に幼少の頃)父のきょうだいや父方の親戚に頭下げてお墓に入れてもらう、という、これまた実にやっかいなミッションはなくなったわけである。父の実家(出雲)のお墓なんかに入っちゃったら、それこそお墓参りなんか納骨時を最後に二度と行かないだろうし、私が父のお墓を決められるというのはきっとラッキーなことに違いない。そういうことにしておこう。
 父は昔、毎週末のように登山に行っていた時期もあったから、いっそ日本アルプスを臨む共同墓地とか探そうかねぇ・・・?(そんなの、あるのか?!)

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ワンワンワンの日(特に意味なし)

2018-01-11 22:58:30 | Weblog
 例年通り紅白歌合戦を見ながら飲んだくれているうちに年を越し、今年もすでに11日が過ぎてしまった。ちなみに、タイトルに特に意味はない(子どもと一緒に見た先週の妖怪ウォッチからの連想)。
 2017年は、なんと4回も日本往復。もちろん仕事で世界中をもっと飛び回っている人はたくさんいるだろうが、私の中では年間日米往復回数の記録である。そして今年も、子どもの春休みにまた日本行きだ(たぶん夏休みにもまた行く)。実のところ、相続関係の事務的な用事があって行かねばならないので私一人で行ってもいいのだが、実家ならいざ知らず、一人でホテル暮らしというのはどうにも空しくてつまらないので、次は子どもを連れて行くことにした次第。子連れは子連れなりに行動が制限されるし面倒ではあるのだが、物は試し。初の、子どもと2人でホテル暮らしである。
 さて、日本に行ったからには、父にも面会する。去年は、3年半ぶりに孫の顔を見せる直前に母が亡くなってしまい、どうして春休みに無理をしてでも日本に行かなかったのかと、しても何も変わらない後悔を死ぬまでする羽目に陥った。そんなわけで、例えが適切かどうかは微妙だが「羮に懲りて膾を吹く」状態、父に過剰サービス(?)である。特にここんとこ5月は鬼門だから、その前に一度、父に孫の顔を見せないとね。2度あることは3度あるで、2016年5月祖母逝去、2017年5月母逝去、2018年5月父逝去なんてことになったら洒落にならないから。
 さんざん世話になった母には4年前を最後に孫の顔を見せられなかったというのに、大して世話にもなってないし好きでもない父には「過剰サービス」で、もし母が知ったらムッとしそうだし、自分でもなんだかジレンマなのだが仕方ない。他にどうしようもない。これ以上、後悔を増やさないための「自衛手段」である。
 その大して好きでもない父にしても、若い頃は随分と横柄で傲慢で自信過剰で、頭脳も肉体も人並み外れていたというのに今じゃ見る影もなく、昨日のことも思い出せない。(よせばいいのに何度も背骨の手術を受けた自業自得ではあるし、そのせいで母が疲弊して死期を早めたようなものなのだけれど)常に背中が痛くてどこにも出かけたくない。ただただ終の棲家で小さくなって残りの日々をやり過ごしている姿が哀れで気の毒で、あんまり邪険にもできない。
 ところで先日、父の後見人になっている司法書士が、父宛に届いた親族関係の年賀状をスキャンしてメールしてくれた(父は喪中ハガキとか、出してないんだろうね)。母方も成人してからも面識のある親戚は母の弟夫婦ぐらいしかないのだが、父方にいたってはこれまで父のきょうだいの安否すら知らなかったところ、年賀状を見て驚いた。ナント! 父(今年82才)の姉2人とも存命だった・・・! ちなみに父の妹も存命。
#それって実は、すっげー長命の家族じゃねぇの・・・???
 父の母は、父が子どもの頃に亡くなっている。父の父は、私が幼児の頃に亡くなっている。そんなことから、何となく私も母も父も、「母方=長命」「父方=短命」という思い込みがあったのだが、全然違うじゃん・・・。
 父が人工透析患者になった時には、やっぱ父は短命の家系なんだなんて思ったのに、奇跡のように20年以上も透析続けて問題なく生きてるし・・・。
 母が亡くなった際は、母の母が106才近くまで生きたことを引き合いに出して「(母は)私(=父)が死んでからも何十年も生きるんだろうと思ってたのに」と驚いていた父。父自身も「母方=長命」「父方=短命」という思い込みに支配されていたようだが、現実を見れば自分のきょうだいもこの年なのにまだ全員揃ってんじゃん・・・。確かに父の親の世代は短命だったようだけど、父の代はきょうだい揃ってすでに十分長命だよ。寝たきりとか植物状態とかの人は誰もいないようだし、少なくとも短命な家系では決してない。
#いやぁ~、思いっきり今さらだけど、驚いた・・・。
 母は・・・、いろいろ背負い込む性格的な問題だったり、運の悪さだったりで周りに寿命吸い取られて、親族の中で母だけが妙に早く逝ってしまったんだねぇ・・・。

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2017年最後のブログ

2017-12-30 23:14:17 | Weblog
 今年最後のブログは、2017年というか、2016年から続く最悪な出来事の深刻化は一体全体なんなのか?!・・・というか、要は今年のまとめでも書こうかと思っていた。しかしなかなか届かぬ日本からの重要書類(EMS)を待っている間は落ち着いてあれこれ考察する気分になれなかったし、今年のラストチャンスである今夜(明日、大晦日の夜は、飲んだくれながら紅白歌合戦を見ている予定なので、ブログなんぞ書いている余裕はない)も、日中起きた不愉快なトラブルのせいで書く気があまり起きない。
 ということで、今年最後のブログは、突っ込みたくて仕方がなかったニュースについて思い切って突っ込んでみようかと思う。

 大阪で視覚障害の89歳女性が電車のホームから転落して死亡したというニュース。転落事故自体はお気の毒としか言いようがないのだが、この女性、薬剤師としてバスや電車を乗り継ぎながら通勤しており、事故に遭ったのも仕事帰りだったという続報に目が点になった。報道によると、彼女は全盲ではないそうだが「5メートルより先は見えない、スーパーに買い物に行っても食材の見分けがつかない」状態だったという。
 いやいやいやいや、例え健康だって89才っていったら普通、隠居生活してますよ! 仕事とは名ばかりの名誉職や役員職ならいざ知らず、一般の薬剤師として普通、89才が仕事に行くか?!
 しかも! 報道によると彼女、3年前にいったん退職したものの、「仕事を継いでくれる若い人がいないので」請われて再び勤めるようになったんだそうだ・・・
 おそらくこの女性、89才という年齢からイメージするよりは頭も体もずっと若くて、有能な方だったんだろうとは思うよ。それにしてもだよ! 89才の「食材の見分けがつかない」レベルの高齢視覚障害者に、無理にお願いして働きに来てもらわなきゃいけないほど、日本ってのは薬剤師が不足してるんですかい????? 駅の安全性がどうとか、ホームドアがなんちゃらとか、そんなことよりずっと気になるんですけど・・・
 ってか、そんなに足りないんなら、リストラされて途方にくれてる中高年も就職難の若者も、みんながんばって薬剤師になったらいいんじゃないの? がんばれば誰でも弁護士になれるとは思わないけど、薬剤師だったらがんばれば半分ぐらいの人はなれるんじゃないのかね・・・?

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やっと・・・

2017-12-26 18:08:19 | Weblog
 ろくろっ首になるかと思うぐらい首を長くして待っていたEMSが、26日になってようやく届いた。到着までに10日以上もかかるEMSって一体全体なんなのか?!とか、普通の航空便のほうがよっぽど早く着いてるんですけど、とか、文句は多々あるが、なんにしても無事に届いて本当に良かった・・・
 税関で開封された様子はないし、本当にまったく何の理由でこんなに長くかかったのか、不思議で仕方がない。
 しかし、心配しまくったせいで、ちゃんと届くのが当たり前なのに、無事に届いたことに感謝すらしたくなるこの気分。なんだかなぁ。
 ようやくこれで安心して年を越せる。本当はもっと早くに今年最後のブログを書こうと思っていたのだが、このEMSのことが気になって落ち着いてあれこれ回想したり書いたりする気分にとてもなれなかった。やっと落ち着いたので、なんとか年内に今年のまとめ(?)を書いてやろうと思います。

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イライライライライライラ・・・

2017-12-23 21:14:51 | Weblog
 おととい書いたEMS、未だに届かない。真剣に、イライラの頂点である。
 すべての郵便物が届かないのなら、クリスマス前の繁忙期だから仕方がないかなとも思うが、おととい書いた他にも、12月12日に神奈川から送られたクリスマスカードが22日に届いたし、今日23日には15日に神奈川から送られたEMSの小包が届いた。1週間以上かかるなんて、EMSのくせに随分と遅いが、それでも待っている新宿発のEMSより後に湘南から発送されたEMSのほうが先に届いている。
 しんっけんにイライラする・・・!!!
 重要な重要な重要な書類である。万が一にも紛失なんてことになったら、真剣に冗談では済まされない。というか、多少遅れても気にならない郵便物は次々に届くのに、一体全体どうしてこれまでの人生で最も重要と言っても過言ではないほどの大切な郵便物に限って、いつまで経っても届かないのか!!!
 明日は日曜日だし、月曜日はクリスマス。昨日金曜日に郵便物捜索依頼フォームも出したけど、どうせ火曜日まで何の対応もなされないだろうし、配達自体もないだろう。
 イライラし過ぎて、何をしていても気になって、クリスマスどころの騒ぎじゃないわ、まったく。なんかもう今年は、大雨続き床上浸水の冬から始まり、母が亡くなり実家が無くなり、最後の最後までこのトラブル、何から何まで最悪だ!!!

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何が「国際スピード郵便」だ?!

2017-12-21 22:18:00 | Weblog
 私は、EMS(日本語では、国際スピード郵便)という国際郵便の種類に関して、非常に悪い印象を持っている。他の国・地域間のことは知らないが、日本からアメリカ向けの郵便物に限って言えば、あり得ないぐらいコストパフォーマンスが悪くて、絶対に使うべきではない郵送方法である。ごくごく普通の航空便のほうが、配達にかかる期間がよほど安定している上に、送料は格段に安い。
 日本からアメリカ向けに送られたEMSは、配達期間がまったく安定していない。3日で届く時もあれば、10日もかかる時もある。何が国際「スピード」郵便だよ! ふざけるな!と言いたい。荷物追跡番号だって、なかなか配達されない時には決まって機能しなくなる。番号を入れても「転送中」というような表示がされるだけで、今荷物がどこにあるのか全く分からない。いったん「どこどこの郵便局に入荷」などと表示された翌日に、再び表示が消えてしまってただ「転送中」となってしまったことも一度や二度では済まない。バカ高い送料だけ取っておいて、ほんっとぉ~~~にふざけている! いやまあ、送料を取っているのは日本の郵便局で、ふざけているのはアメリカに入ってからのことなので、料金に関する文句は微妙に当たらないかもしれない。でも国際条約でそういうこと(発送元の郵便局のみが送料を受け取る)になっていて、逆もしかり(例えばアメリカから日本宛とかね)、お互い様なんだから、発送元で高い料金を払った郵便物は配達先の国でもちゃんとそれなりに扱えよ!!!
 例えば、子どもが日本から受講しているZ会の通信教育。当初は普通の航空便で送られていて何も問題なかったのだが、途中からEMSに変わってしまい、非常に不便になってしまった。EMSだと毎月の到着時期にばらつきが出る上、配達の時にサインが必要なので家に誰もいないと郵便局に持って帰られてしまって、後日、郵便局まで取りに行かなければならない。しばらく我慢していたが、ダメ元で普通の航空便に戻せないか問い合わせたところ、送料の差額の返金ができなくても良ければ・・・ということで、普通の航空便に戻してもらった。以来、何も問題なくちゃんと毎月月末に届いているし、家に誰もいなくても郵便受けに入れていってくれるので非常に助かっている。
 実家宛に届いた郵便物の転送先にしている私設私書箱からのアメリカ宛転送物も、同じEMSでもその時によって発送から到着までにかかる日数が倍も違ってくる。最近、その私設私書箱が普通の航空便での転送にも対応してくれるようになったと知り、心から喜んでいる。
 でもって今現在、司法書士からの超超超重要なEMSを待っているのだが、一向に届かず、毎日イライライライラしまくっている。例によって、荷物の追跡をかけても、ふざけた「転送中」表示である。EMSがロクでもないことが分かっているのだから、普通の航空便で送ってもらえば良かったのかもしれないが、しかし万が一にも普通の航空便が紛失してしまった場合には何も証拠が残らなくなってしまう(私が認知する限り、普通の航空便が紛失したことはないけれど、それでも100%ではないと思うので)。送ってもらう書類の重要性を考えて、念のためEMSにしたのだが、こんなに毎日イライライライラ待たなければならなくなるなんて、本当に大失敗だった。次に私が日本に行くまで保管していてもらうか、私設私書箱(もちろん日本国内)宛てに送ってもらえば良かった。
#後悔、先に立たず・・・
 司法書士は、年末なので・・・と心配していた。郵便物が多くなる時期だから、ということなのだろうが、ことアメリカの郵便局に関してはそんなこと全く関係ない。何しろ、年がら年中いつだろうと、大体EMS3回に1回はまともに届かない。幸い、完全に紛失してしまったことは今のところないが、EMSとうたってバカ高い送料を取っておいて到着までに10日もかかるなんて、「まともに」届いたうちに入らない。
 年末かどうかは関係ない証拠に、12月12日に神奈川のかなり奥地から送られた普通の小包郵便(small packet)が20日に届き、15日に東京の市部から送られた普通のクリスマスカードが21日に届いている。それなのに、一体全体どうして、13日に新宿から発送したEMSが未だに届かないのか!!! まったくもって、年末かどうかなんて関係ない。本当にふざけるのもいい加減にしろ!!!
 だってここ、ロサンゼルス郡内だよ! 航空便が直接入ってくるロサンゼルス国際空港と同じ地域である。海外から届いた郵便物をさらにアメリカ国内で遠くの州まで運ばなければならいわけでも何でもない。何度も書くけど、本当にふざけるな!!!
###あああああぁぁぁぁぁ~~~~~!!!!! イライライライライライライライラ・・・

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デイビッド・キャシディ

2017-11-22 21:43:51 | Weblog
 デイビッド・キャシディが亡くなってしまった。昨日、臓器移植が必要で重篤な状態というニュースをやっていたと思ったら、今日はいきなりの訃報・・・
 日本では弟のショーン・キャシディのほうが圧倒的に有名だったけど、誰がどう見ても兄のデイビッドのほうがずっと男前だ。私はショーンに興味はなかったけれど、デイビッド・キャシディは大好きだった。「潜行刑事ダン」も見てたし、主題歌の「愛はまぼろし」のシングル盤レコードだって持ってた(半年ほど前に、実家と共に手放したけど)。
 誰でもいつかは死ぬわけだけれど、享年67才って結構若いよね。
 どうぞ安らかに眠ってください・・・

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運がいいのか悪いのか

2017-11-16 22:21:27 | Weblog
 予定通り、先週末にアメリカに帰ってきた。離日前夜、原因不明の不眠でほとんど眠れなかったこと、飛行機の中で見たい映画があまりなかったこと(往きも帰りも同じ月なので映画のラインナップは変わらず、元々あまりめぼしい作品のないアメリカン航空、見たい映画は往きに見てしまっていた)から、帰りの飛行機でそこそこ眠れたのが良かったのか、今回は感動的なまでに時差ボケなし。帰ってきた次の瞬間から、まるでずっとアメリカにいたかのように普通に生活できてしまった。
 それはまあ良かったのだが、帰って来た直後にまずiPhoneが不調に。いくら充電しても目に見えてバッテリーが減っていくという、ありがちと言えばありがちなトラブルなのだが、日本にいる間は普通に使えていたのに不思議。いや、日本にいる間にこうならなくて良かったと喜ぶべきなのだろうが・・・。
 さらに続けて、今度はラップトップPCが不調に・・・。本当に唐突に、すべての動きが急激に遅くなり、しまいには反応しなくなり、再起動を試みるといつまでも立ち上がらない。リカバリーだのチェックディスクだの最近使っていないソフトや常駐ソフトの削除だの、思いつく限りのことをあれこれ試して、だましだまし使っている。
 確かにこのラップトップ、古いといえば古い。しかし、今新品を買うと、OSがWindows 10になってしまうのがイヤなのだ。Windows 7を可能な限り使い続けたいから、だましだまし頑張るしかない・・・。
 これまた日本にいる間にこうならなくて、本当に良かった・・・というお話なのだが、これって運がいいのか悪いのか・・・(苦笑)。立て続けにあれこれ壊れて運が悪いとも言えるし、家に戻ってからのトラブルで運がいいとも言えるよね。
(余談だが、ダンナのデスクトップ w/Wondows 7も同様の症状があり、新しいパソコン買わせるためにマイクロソフトがリモートでわざと不調にしてるんじゃないかと疑っている今日この頃・・・爆)

 寝ても覚めても、前回書いた、人生の最期に植物状態になった(それも10~20年も!)友人たちの母親の話が頭から離れない。
 亡くなった本人の無念さに変わりはないというか、本人の「気の毒度」の高さでは私の母もかなりのものだとは思う。しかし、家族の大変さという点では、私なんぞはまだまだまだまだ楽をしているほうなのだな、と、しみじみ思う。
 今回の訪日で相続関係の手続きはおおむね一段落したものの、今度は記憶力も気力もすっかり衰えた父の代理で税理士や司法書士と頻繁にメールをやりとりしたり、時には日本に電話をかけたりする日々である。しかしそれでも、親族にまつわる大変さでは私なんぞは全く苦労なんかしていないも同然だよな、と感じる。
 何よりも、自分の最期が寝たきりになったらと思うと、恐ろしくて仕方がない。日本と違い、欧米では植物状態は言わずもがな、寝たきりにされてしまうことすら滅多にないとは思うけれども、それでも「一切の延命治療を拒否します。特に胃瘻だけは、どんなことがあっても絶対に拒否します。使える臓器は片っ端から遠慮なく移植に使ってください」って遺言状を早めに作っておこうかと、真剣に考えている。

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いろいろあるよね・・・

2017-11-11 08:32:08 | Weblog
 今回日本で、同級生何人かと2回ほど(中学と高校)集まったが、さすがにこの年になると両親ともぴんぴん元気という人のほうが少ない。
 離婚して、半ボケの母親の面倒を見ながらもちろん仕事もしながら母と2人暮らしをしているという、頭が下がるような生活をしている同級生(男)もいた。
 自宅で朝になったら亡くなっていたという、私の祖父のような大往生の話もあるにはあったが、衝撃的だったのは母親が62才から20年間寝たきり(というか、はっきり言って植物状態)で、80過ぎてようやく死ねたという話。さらに、その場に同席していた別の同級生の母親が現在進行形で同じ状態で老人ホームに入って10数年だと言う。
 ちょっと、言葉がなかった。
 私の母も、自分がまさかあんな形で亡くなることになるとは夢にも思っていなかったとは思うが、その友人の母親は、まさか自分の人生の最後4分の1が植物状態になろうとは、もっと思っていなかっただろう。
 ちなみに、その同級生の母親には何度か会ったことがある。大学受験の前には、小さなコアラのマスコットを(いわゆる抱っこちゃんタイプで、両手両足で壁などにつかまって「落ちない」ことから)お守りとして頂いたこともある。そのコアラは、今もアメリカの我が家の居間の棚に両手でしがみついている。うまく言葉に出来ないが、胸にぐっとささって頭から離れない。何の因果であのお母様がそんなことになってしまったのか・・・
 同席していた同級生の中に現在進行形で同じ状態のケースがあったぐらいだから、世間一般にそういう最悪の最期を過ごしている人はものすごく大勢いるはずだ。
 そういうのって、本当にどうにかならないのか、とか、親族の同意のもと安楽死でどうしてだめなのか?!とか、思うことはいろいろあるのだが、一番感じたのが、私の母は最悪のタイミングの最悪の死に方ではあったけれども、長患いしなかっただけマシだったなということだった。
 一方、有料老人ホームにいる父はといえば、やる気がすっかりまったく失せていた。たまには外で何か食べたいものがあるかと聞いても「何もない」、紅葉でも見に行くかと誘っても「いやいや」。体が痛いから動きたくない、家(ホーム)にいればとりあえず快適だから、どこにも行きたくない。まあ、ある意味、それほど快適な施設で(高いだけのことはある)人生の最期を(今のところ)おだやかに過ごせて幸せといえば幸せかもしれない。本当は2年前、バリバリ頭が元気なうちにぽっくり逝っていたら、一番幸せだったのだろうけれど。
 人生いろいろ、死に方いろいろ、感じたこともいろいろ。

 今回の東京滞在中も、傘をささなければならないような雨に遭うことはなかった。今年の東京、8月雨ばっかり、10月雨ばっかり、など、全体に雨が多かったようなのに、何故か私の滞在中は、5月半ばから合計4回の訪日中すべて、日中の外出に傘が必要なことは見事になかった。きっと私は運がいい、きっと(家族はともかく)私自身は運が強いと、とりあえず思っておくことにしよう。

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