みみずの戯言

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中国こそ日本に謝罪すべき9つの理由

2016-10-14 23:40:27 | 徒然の記

 黄文雄氏著「中国こそ日本に謝罪すべき9つの理由」(平成16年刊 青春出版社)を読み終えた。今から12年前の本だ。

 叔父の遺品として貰った本が、残り五冊となった。どんな思いで叔父が書を読んでいたのかと、ずっと考えながらきたが、この本の中に答えがあった。書物を大切にする叔父は、書き込みをしたり汚したりしないのに、この本にだけ無数の書き込みと、何本もの線引きをしていた。

 しかも表紙の内扉に、キチンとした楷書で、力を込め書かれた文字がある。

「日の本の行く末 深くあわれみて 黄文雄氏の文ぞ読むべし。」「日の本の国に生まれて 日の本の 真体知らぬ今の政治家。」

 私はこの八月に、「韓国は日本が作った」「近代中国は日本が作った」という表題の、氏の著作を既に二冊読んでいる。これらには書き込みがされていなかったのに、今回は、至る所に叔父の書き込みがあった。どれほど真剣に熟読したかという印だろうが、その一部を目につくまま、書き写してみたい。

「戦後の日本だけが平和で、中国、朝鮮、ベトナムが内戦となったのはなぜか。」「中国は反日日本人と組み、日本国家の打倒を目標とする。」「日本人の中の、売国心理者は、断固糾弾すべし。」「中国の日本に対する詐欺行為。」「謝罪と降参。戦後日本人の愚言と無知。」「中国の独善と日本の馬鹿正直。」

 ならず者国家が、日本を悪しざまに言う新聞記事を、歯ぎしりしながら読んだ日々が昨日のように蘇ってくる。叔父もまた同じ頃、農作業の傍ら、怒りとともに氏の本を手にしていた。世代が違い、育った環境も違い、互いに何を考えていたのかも知らず別れてしまったが、内にあるものは同じだった。「自分の国を愛する心」と、「祖国を損なう者への怒り」だと・・・・、今はもう遠慮なく言える。

 いったい何がこれほど叔父の心を奪ったのか。ブログが長くなっても、くどくなっても、本の感想を述べたい。と言うより、述べずにおれない。私と叔父の違いが、一つだけあることを発見した。叔父は氏の意見に共鳴し、怒りの書き込みをしたが、私は日本の保守と呼ばれる人々にこそ怒りを覚えた。

 台湾人である氏がここまで分析しているのに、保守と言われる言論人が、どうしてこれまで中国への真っ当な批判をしなかったのか。以前氏の著作を読んだ時の無念の思いが、今回もこみ上げてきた。「氏は、単に中国への批判をしているのではない。」「氏が叱責し覚醒を促しているのは、敗戦後の日本人だ。」「日本人としての魂を失い、卑屈に妥協するしかできなくなった国民への警鐘だ。」・・・、ここが叔父と私の相違点だった。

 いよいよこれから、氏の著作の引用に入る。文章をコピーするだけで心が波立ち、中国への怒りが怒涛のように押し寄せてくる。

 「中国史上最大の反日指導者江沢民の下で、反日の詩詞、音楽、教材が流布され、情報統制の強化も行われている。」「中国では、日本が明治以来ずっと、中国を侵略し続けたと教えられ、それを鵜呑みにしている者がほとんどである。」「歴史知識をある程度持つ人間にしても、知っていることといえば、倭冦、倭ブタ、小日本、東洋鬼という言葉だ。」

「つまり日本人は、生まれつき侵略性を持つ野蛮な種族であり、有史以来中国侵略の陰謀、野心を抱いてきたと思い込んでいる者が少なくない。」「日本でも戦後は、戦前の日本人が中国を侵略し続け、中国人を多数殺した、多大な迷惑をかけて来たなどと懺悔するのが一般的だ。」

「実際に迷惑をかけたのは日本でなく、中国こそが日本に謝罪すべきだと考える日本人は、絶無に近い。」「日本人の国民性なのだろうが、常に自責の強迫観念に囚われ、たとえ自分が被害者であっても、すみません、ごめんなさいを連発する。」「相手からいつも恩恵を受けているかのように、お陰様で、お世話になりましたと、しきりに頭をさげる生活習慣だ。」

「たしかに日本の社会ではいつでも頭をさげることが、礼儀を知る人間の証となり、相手に好感を与え、」「実害がほとんどない。それどころか、社会の潤滑油にもなっている。」「しかしそれは日本以外の国で通用せず、国際社会では潤滑油どころでなく、」「相手にいらぬ誤解をもたらすなど、混乱を引き起こすだけだ。」「まして謝罪を、降参、服従の意思表示とみなす中国人には、日本人の麗しき情緒など理解できないし、そうする気もない。」

「しかし、多くの日本人はそのようなことを知らない。」「日本人の多くは、中国に土足で踏み入った以上は謝るべきだ、中国人を殺したのは事実だから、謝罪しなくてはならないと考えている。」「日本の過去の犯罪に時効はない。日本人は永遠にこのことを反省しなくてはならないと、ここまでいう人も少数ではない。」

「過去について正しい歴史認識を持たなければ、未来は語れない。」「そう言ったのは江沢民だが、これがいかに無原則のご都合主義の発言であるかは、江沢民がカンボジア訪問時に言い放った言葉が、証明している。」「それはカンボジア側から、ポルポト時代の国民大虐殺につき、中国の関与責任を追及された時のものだ。」「彼は、大事なのは将来のことであり、過去のことはどうでも良い。前向きに未来のことを語らなくてはならないと言って、開き直った。」

「まして、いったい何人の中国人が、正しい歴史認識について再考してきたというのか。」「明治維新以降、中国はずっと、直接的にも間接的にも、日本の官民から激励、声援、指導、支援といった恩恵を受けてきた。」「もし日本という存在がなかったら、中国の近代化は遥かに遅れたか、あるいは西欧列強によって分割される運命にあったものと思われる。」「少なくとも、今日の中国が存在していないことだけは間違いない。」

「中国人はよく、井戸を掘った人の恩を忘れないと言って、いかに恩義を忘れない民族であるかを強調し、自慢しているが、それはまったくのウソである。」「もし中国に理性があるのなら、中国近代史上の日本の貢献に再評価を与え、従来の悪意に満ちた、日本への非難、中傷といった忘恩の行為について、心から反省し謝罪するべきだろう。」「日本人は何も遠慮することはない。」「もしアジアの近代史に悪玉がいるとすれば、それは日本でなく中国だ。」「日本は歴史問題に関し、堂々と中国に謝罪を要求していいのだ。」

  私が残念でならないのは、こうした率直な意見を、日本の保守と呼ばれる人々が語らなかったことだ。これは偏った意見というより、別の視点からの眺めた一つの考え方だ。氏の意見が観念的空論や、日本への迎合などでなく、自らの体験に基づいて語られているところが重要だ。

「私は小学校二年生で終戦を迎えた。」「国共内戦に敗れた蒋介石の軍隊や、難民二百万人が台湾になだれ込み、学校へも次から次へと兵隊が入ってきた。」「私はいわば中国兵と共同生活をしていたわけだが、彼らのほとんどは文字が読めず、」「また不衛生極まりなく、しばしば盗みや婦女暴行を働いていた。」

「このように台湾人が見た中国人とは、無知蒙昧の野党集団だった。」「イナゴの大群のようにやってきた中国人の恐ろしさは、文明摩擦ともいうべき大ショックだった。」「日本統治下の法治社会で安心して暮らしていた台湾人は、原爆以上の悲惨な被害を受け、立ち直れなくなったということだ。」「中国社会で生きることとなった台湾人は、かって日本人に学んだ誠や、正直を、座右の銘にしていたことが仇になった。」

「80年代後半に、人類史上最長と言われた戒厳令が解除されるまで、無数の台湾人が、身に覚えのない罪を押し付けられ、政治犯として投獄され、拷問にかけられ、あるいは処刑されたのだ。」「政治犯にされた人数は、台湾文献協会の記録によると、10万人以上に上っている。もちろん、その家族も犠牲者である。」

  氏は蛇蝎のごとく中国を嫌い、遠慮なく批判する。敗戦後の日本人の卑屈さも遠慮せず指摘し、私を戸惑わせる。しかしその意見には、無視できない事実があり、私が感じていた思いとの共鳴がある。だから、暫く氏の意見に耳を傾け、亡き叔父の心を偲びたい。

 今晩はこのくらいにして、続きは明日にしよう。明日は市の健康診断が、近くの小学校で行われる。6年前、この健診のおかげで大腸癌が早期発見でき、術後の経過も順調で今に至っている。だから、市にはいつも感謝しているし、こうした制度を全国に展開させている政府にも感謝している。日本の国は、私にとって命の恩人であり、中国なんぞに貶められるままなんて、とても許せるものでない。

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