ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

後藤田正晴 - 2

2017-06-15 09:19:09 | 徒然の記

 嘘か誠か、驚くような叙述に出会いました。後藤田氏が、警察予備隊を作っていた時期の話です。そのまま引用します。

「後藤田はこの期間に、吉田茂という首相の硬骨漢ぶりを、眼のあたりにした。」「吉田こそは、アメリカという支配者に対して、巧妙な手を用いて、」「自らの信念や理念を崩さず、日本の主体を守り抜くことに成功した首相だ、と思った。」

「後藤田は、あの当時、吉田のような政治家がいなかったら、」「日本は際限なく、原則を崩してしまったのでないか、という。」「その吉田が、後藤田や外務省、旧内務省など各省からの官僚が、」「警察予備隊に関し、シビリアン・コントロールを模索しているとき、」「突然、顔を出したことがあった。」

「吉田は講堂に、これらのスタッフを集め、」「新聞記者の入室を拒んだ後、こう訓示した。」「私は、表向き、警察予備隊は軍隊でないと言い続けている。」「だがはっきり言って、これは軍隊である。」「諸君も軍隊という認識をもって、しっかりと、国土を防衛するつもりで努力してほしい。」

 吉田氏がこうした明確な意思を持っていたと、初めて知りましたが、戦後日本の不幸は、吉田氏と後藤田氏が、ともに軍人の横暴さと危険性を忌避する経験しか有していなかったというところにあったと思います。提灯記事を書く著者はもちろん、吉田氏と後藤田氏を賞賛しますが、牙を抜いた軍隊を作ることの過ちの大きさを、七十余年後の国民が知らされることになりました。

 大切なところなので、長くなっても転記します。「警察予備隊について、具体的にどのような編成を進めたのか。」「後藤田は、この面の実務責任者であった。」「武器などは、初めはアメリか軍から譲ってもらった、軽装備であった。」「いってみれば、アメリカ軍の余剰の武器を、押し付けられた格好であった。」

「後方部門、つまり兵站、補給を拡充すれば、オーバーシーが可能になってしまう、」「と後藤田は考えたのである。」「こうした後藤田の考えに、米軍の将校たちも、別段異論を唱えなかった。」

 アジア諸国に広く展開し、無残に敗北した軍を、吉田氏も後藤田氏も嫌悪していました。特に戦争を遂行した軍人指導者対して、怒りと憎しみすら抱いていました。それについては、敗戦後に台湾から帰還した後藤田氏が、郷里の徳島の実家に帰るとき、どんな気持ちだったかという描写の中で、語られています。

「後藤田が、帰郷の途中で見た光景は、まさに国敗れて山河ありだった。」「いたるところに戦禍の跡があり、浮浪者や孤児があふれていた。」「そのような光景を見て、敗戦の惨めさを感じた。」「人々は食べることのみに必死で、そこには、」「国を盛り立てていこうという気概は、感じられなかった。」

「馬鹿な戦争をしたものだ。」「軍人などに国を任せると、このざまだ。」「二度と彼らに、国を任せることはできない、と痛感した。」

優秀で聡明だと保坂氏は、後藤田氏を描きますが、戦争の原因を単純化して理解し、何もかも軍人に転化する人物だとすれば、私には疑問でしかありません。いずれにしても、後藤田氏は、警察予備隊について、次のように語っています。

「これは重要なことですが、いかなることがあっても、」「オーバーシー用の武器は持たない、装備はしない、」「というのが主眼だったのです。」「足の長い、つまり外国へ出ていけるような装備は、しないということでした。」「部隊そのものが、外国に出ていけない、」「隊員にも、そのような教育はしない、という方針でやっていたわけだ。」

「長距離爆撃機など、決して持たないわけです。」「兵站や補給にしても、国土防衛が中心ですから、それほど大がかりなものでなくていい。」「だから僕は、アメリカから命令された後方部門は、削ってしまった。」

 日本の軍隊だけを悪とする思想は、ここからも出発していました。後藤田氏は、戦争の実態を知らない高級官僚でしかなかったと、私はそう考えざるを得ません。国益をむき出しにした戦いをするのが国際社会であり、それが歴史の一面だと、こんな常識さえなかったということです。いわば氏が作った軍隊は、専守防衛の軍であり、実際には日本の防衛すらできないお粗末さでした。七十年が経過し、北朝鮮や、中国が核兵器で攻撃すると、無謀な脅しで迫ってくる現在、敵基地攻撃なしで、日本の防衛ができないことが明らかになりました。

 攻撃される前に、敵基地を破壊しなければ、日本は消滅します。国が瞬時に破壊されるという、危険な核戦争が生じたとき、遠く離れた米国が自国の危機を招くような、日本防衛をするはずがありません。核戦争において、日本は自力で防衛するしかないのです。それが国際社会の現実であり、非情さですから、保坂氏がいくら後藤田氏を褒めても、うなづく気になりましょうか。

 占領軍の統治下にあった、当時の日本なら、軍人を責め、軍隊を呪っても、異を唱える者はなかったでしょうが、そもそも国の安全保障はどうあるべきか、軍隊の役割が何なのかと、優れた指導者なら、百年の大計で考えるはずと、そう思えてなりません。

 それでも後藤田氏を無下に出来ないのは、次のような記述があるからです。

「昭和46年、後藤田は警察庁長官として、全国警備局長会議などで、」「共産党に対し、強い警鐘を鳴らした。」「日本共産党は、巧妙な戦術を用いて、国民を欺いている。」「微笑戦術を取りながら、国民の持っている警戒心を解き、支持の拡大を進めている。」「少なくとも幹部たる諸君は、微笑の陰に隠された、革命勢力としての共産党の本質は、」「少しも変化のないことを、心に銘記しておかねばならない。」

「共産主義勢力や、新左翼のイデオローグたちに対する、後藤田の見方は、」「常に厳しく、ことあるごとに批判を行った。」「例えば学生が暴徒化し、騒乱状態になっても、」「警察はそれに耐える装備と、訓練を行っている。」「警戒すべきは、共産党だ。」「彼らは、本質的に、武装革命に転換する可能性があると、漏らした。」

 こうして氏は、昭和40年代初期の学生運動に向き合い、安保騒動に対峙したのです。むやみに力を行使せず、しかし断固として学生の活動は抑え込む、こうした理性的処理をしたのが、後藤田氏であったと知りますと、氏に対する批評が簡単にできなくなります。

共産党についての意見が一致していますし、 安保騒動のあの頃、このような人物がトップにいたのかと、賞賛せずにおれなくなります。これでは、三文文士の保坂氏と同類になりますし、私は困ってしまいます。

 警察予備隊、つまり今日の自衛隊を骨抜きにした元凶でもありますが、共産党対策では見事な指揮をとった後藤田氏です。いわば私は、ブログで語る口舌の徒でしかありませんから、命がけで仕事をした後藤田氏を、簡単に批評する訳にいかなくなりました。

 ということで、本日はここまでとし、本の残りを読むことといたしましょう。最後まで目を通せば、いい知恵が得られるのかもしれません。

さて、現在の時間は、午前9時。そろそろのら猫タビーが、餌をもらいに来る時間です。

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6 コメント

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官僚の特性 (憂国の士)
2017-06-15 14:01:09
onecat01さん、
私にとっても興味のある後藤田正晴氏、しかし彼は東大出のエスタブリッシュメント官僚出身です、
我々庶民と違って軍部に抗えなかった官僚機構の一員、反抗心、敵愾心の旺盛な反軍隊ではなかったか?

そんなところから自衛隊に対しても忸怩たるものを持っていたような気がします、現在の文化省前川元事務次官、
政治には反撥、岩盤規制にやすやす応じなかった傲慢と自惚れ、豪腕後藤田氏とて、胸の内はどうだったか!

後藤田氏全盛の頃、東京にいる知人が彼の裏話をした事がある、国士と呼ぶのか権勢欲と指したらいいのか?
複雑な裏表を語ってくれた、それ以来、評論家の言を信じなくなった私がいます、真実の後藤田氏は果たして?
国士か、権勢欲者か (onecat01)
2017-06-15 15:59:27
憂国の士殿。

 四国の著名な政治家である、後藤田氏について、あなたと語るのは、気が重くなりますが、同時に氏は、日本の政治家でもあります。

後藤田氏に限らず、政治家には誰にも、裏話がついてまいります。そうした裏話で、氏を語る気はありません。私が政治家を判断する基準は、「日本の歴史への理解」と「日本への愛」です。

 確かに後藤田氏は、軍の上司に逆らっていますし、こびへつらいをしませんでした。勇気のいる行為だと思います。しかしそれで、氏を国士であるとは思いません。国士なら、国を守る軍隊を、欠陥のまま作ることは致しません。

 かといって氏は、権勢欲にかられた政治家でもありません。正しいと信じる政策を、果敢に遂行するため、持っている権力を存分に行使しただけです。

 次のブログで述べたいと思っていますが、氏は有能な、素晴らしい官僚でないかということです。清濁合わせ呑みつつ、国のために殉ずるという、国士ではありません。私が知る国士は、吉田松陰と坂本龍馬、西郷隆盛、勝海舟です。

 貴方への答えに、なっていますかどうか。・・。

 
複線思考で捉えるべき、後藤田元長官 (HAKASE (jnkt32))
2017-06-15 22:01:15
今晩は。前回の、民進党についての拙見解は、些か反省を要する事となりそうです。
ご存じの、テロ等準備罪処罰法成立に際しての同党の出方と、党代表問題は貴見解通りで、
この辺りは、もっと観察を強めなければと心得ます。

今回の貴記事、後藤田元警察庁長官の事も、警察予備隊時代の事共は、
拙者、殆ど無知なだけに、その後の自衛隊の、課題を残すあり方と共に、
これからも見識を深めなければと思います。

その一方で、日共についての、後藤田元長官の見方は
とても有意義でした。
「微笑戦術」これは、大事な事を忘れかけていました。
先の東日本、熊本の両震災にあっても、日共は早くに
現場に乗り込み、救援を装って、組織活動オルグを
していた話を聞いた事がありまして。

その危険性を、早くから認識されていた所は留意すべきと心得ます。
作家 保阪正康さんは、著書を何作か拝読していますが、
正直捉え所のない方の印象があり、ここでは賛否を差し控えさせて頂く次第。
又、機会がありなしたら、言及させて頂こうと思います。

今回最後に拙鉄道画像、過日も申したかもですが、
余りリキを入れて撮っている訳ではないのが正直な所です。
勿論、現状より良くしたい向上心みたいなのも、あるにはありますが、
なるべく外の対象にも目を向けられれば、とも思う所です。
後藤田五訓 (憂国の士)
2017-06-15 23:00:41
onecat01さん、
まだ続編がありましたのに途中でコメントを入れまして申し訳有りませんでした、

元初代内閣安全保障室長佐々淳行氏は、後藤田正晴氏たっての指名で任命されました。

私は浅間山荘事件に係わった佐々さんを尊敬しています、二人の関係でご理解願います。

失礼致しました。
複線思考 (onecat01)
2017-06-15 23:16:46
HAKASEさん。

 後藤田氏のような政治家は、複線思考が見る必要がありますね。かと言って保坂氏のように、なんでも誉めてはなるまいと思います。

 知ることは、やはり大切ですね。今回もおつき合いいただき、感謝します。

 鉄道写真への心構えを教えて頂き、有難うございます。そうですか、あまりリキまないことが大切なんですね。この分野も、踏み入れますと、奥深いものがありそうですね。
これからも、楽しみにしております。
Unknown (onecat01)
2017-06-15 23:23:04
憂国の士殿。

 いつか、後藤田五訓を教えてください。
佐々淳行氏につきましては、テレビの対談などでお目にかかる程度なので、詳しく知りません。

 でも、この方も、信念を持った警察官僚であると、敬意は抱いております。テロ防止法やスパイ防止法について、大いに期待していましたが、すっかり年をとられましたね。

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