ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

大東亜戦争肯定論 - 2 (吉田松陰)

2016-11-05 13:05:04 | 徒然の記

  長州藩士吉田松陰が、アメリカへ密航しようとして捕らえられたのは、安政元年、ペルリ二度目の来航時であった。松陰は長州萩の獄舎に幽閉されたが、獄中で「幽囚録」を書き、師にして同志である、佐久間象山に送った。これは、当時として知りうる限りの世界大勢論であり、日本が西よりポルトガル、イスパニア、イギリス、フランス、東よりアメリカ、北よりロシアに狙われていること。シナ大陸とアフリカ大陸がすでに英夷の侵寇を受けていることを述べ、今後日本のやるべきことを、次のように主張している。

 「今回は、出だしから林氏の叙述を引用し、いつもとは逆に、私の意見を「」内で述べることとする。」「無断で氏の著作から沢山引用するので、気が咎めるけれど、悪用するわけでないから、きっと許してくれるはずと一人合点している。」「さて、そこで、吉田松陰の幽囚録の中身だ。言葉が古めかしいが、そのまま引用する。」

 " 艦ほぼ備わり、砲ほぼ足らば、則ち蝦夷を開墾し、諸侯を封建し、・・(中略)・・・間に乗じてカムチャッカ、オーツカを奪い、琉球を諭し、・・(中略)・・・朝鮮を責め、質を入れ貢を奉ること古の盛時のごとくならしめ、北は満州の地を割き、南は台湾呂栄諸島を収め、漸く進取の勢いを示すべし。然るのち、民を愛し士を養い、かたく辺囲を守らば、則ち善く国を保つというべし。"

 「満州国の設立は、陸軍が独自に考え、時の政治家の思いを無視した独走だと、これまで思ってきたが、その構想は幕末の頃、既に吉田松陰が主張していたと、知る驚きがあった。」「当時の日本人は、長い鎖国のため、世界を知らない井の中の蛙とばかり思っていたが、実際は欧米列強の動きを詳しく知っていた、という驚き。」「幕府の高い地位にある役職者は分かっていても、下級武士クラスの松陰までが世界を把握し、日本の守りに心を砕いていたとは、全く知らなかった。」「これこそ、まさに目から鱗の事実だった。」

「同時期に、獄中から、門下生の久坂玄瑞へ宛てた松陰の手紙がある。攘夷即時断行論を戒めたもので、林氏がその大意を次のように訳している。」

 足下は軽鋭で、深く考えることはしない。今日、蒙古襲来時の時宗の行き方を学ぼうとしても、それは無理だ。神功皇后や豊臣秀吉の行き方も、昔だからできたので、今はできない。できないことをやろうとして、大志を捨て雄略を忘れてはいけない。

 幕府はすでに、外夷と和親条約を結んでいる。これを日本人が破ったら、信義にそむくことになる。だから現在の策としては、条約を立派に守って、その限度で外夷をくいとめておき、その隙に乗じて蝦夷を開き、琉球を収め、朝鮮を取り、満州を拉し、支那を圧え、インドに臨み、もって進取の勢を張り、もって太守の基を固めたら、神功皇后や豊臣秀吉が果たせなかったことを果たすことができる。そうなれば、外夷はこっちの思うままに駆使することができるのだから、何ぞ、時宗が蒙古の使者を斬って快としたような、子供っぽい真似をする必要があろうか。

「林氏の著作で教えられたことは、一人松陰だけが考えていたのでなく、同時代の学者、政治家、志士たちに共有されていた思考という事実だ。" 宇内混合秘策 " を著した佐藤深淵や、 " 日露同盟論  " を書いた橋本左内は勿論のこと、藤田東湖、高杉晋作、中岡慎太郎、坂本龍馬、佐久間象山など多くの名前が挙げられている。」

「 " 西域物語 " を著した幕臣本田利明も、その一人だったという。要するに、刻々として迫る外国列強への警戒と反撃は、幕府の武士ばかりでなく、在野の志士や学者など、" 国の行く末を考える " すべての日本人の中に生まれていた。こうして氏に語られると、私にもやっと幕末の日本の姿が見えてきた。」

「 橋本左内の " 日露同盟論 " にしても、受験のため、著者と書名の丸暗記でしかなかったが、氏のお陰で、初めて内容の一端を知った。松陰にしても左内にしても、現在の学者諸氏と異なり、生殺与奪の権を持つ幕府に対峙しつつ意見を述べるのだから、命がけの行為だ。とてもおろそかに聞けない、切迫感がある。」「幸いにも林氏が、大意を訳してくれているから、そのまま引用したい。こんな機会がなかったら、目にすることも出来ない歴史書だと思う。」

 日本は東海の一小島。現在のままでは、四辺に迫る外来の圧力に抗して、独立を維持することは難しい。すみやかに海外へ押し出し、朝鮮、山丹、満州はもちろん、遠く南洋、インド、更にアメリカ大陸まで属領を持って、初めて独立国としての実力を備えることができる。そのためには、ロシアと同盟を組んで、イギリスを抑えるのが最善の道である。

 近き将来に、世界を舞台として覇を争うのは、英と露であろう。この両国の気質国柄を察するに、英は剽悍貪欲、露は沈摯厳正、世界の人望は露に集まるのではないか。加うるに露はわが直接の隣邦、まさに唇歯の国というべく、これと同盟して英国と戦えば、たとえ破れても滅亡だけはまぬがれる。

 しかも対英のこの一戦たるや、必ずわが国を覚醒せしめ、わが弱を強に転じ、これより日本も真の強国になるであろう。正面の敵は英国であるが、今すぐに戦えというのではない。日本の現状では、それは不可能だ。英国と一戦を交える前に、国内の大改革を行い、露国と米国から人を雇い、産業を興し、海軍と陸軍の大拡張を行わなければならない。

 「ロシアとの同盟、近隣諸国への進出等、その考えが正かったのかどうか。私が注目するのは、そこではない。鎖国を国是としていたあの時代に、ここまで世界の状況を把握し、ここまで考えを推し進めていたという、わが先祖の英明さと勇気の発見である。」

「それに比較し、現在の(私はもちろんだが、)政治家や学者、在野の教育者たちは、いったい何をしているのだろう。戦後70年が経っても、米国の属国である日本をそのままにし、この事実を正面から語る勇気さえ持っていない。」「昭和30年代に、林氏が大東亜戦争肯定論を世に出していても、一顧だにしなかった日本の指導者たちの不甲斐なさを、改めて教えられる。」

 「269ページある本の、25ページのところでの書評だ。国民として知っておくべき、大切な事柄が、まだ沢山残っている。このブログの続きがどのくらいになるのか、分からなくなったが、林氏の遺言だと思えば、何ほどのことがあろう。」「もしわが息子や孫たちが読まなかったとしたら、それもまた人生。愚かな息子と孫だったかと・・・・、死んでしまえば、そんな後悔もしない。」

 「自己満足と笑われようと、どうせ長くもない老い先なら、思い通りにやるだけだ。」「林氏と共に、ご先祖様を訪ねる旅を続けよう。」

ジャンル:
ウェブログ
コメント (2)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 大東亜戦争肯定論 1 (東亜... | トップ | 大東亜戦争肯定論 - 3 (左翼... »

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
国運を左右したのは幕末の志士たち (しゃちくん)
2016-11-05 13:58:35
日本の歴史の中でもっともワクワクするのが幕末です。

徳川側と外様側にそれぞれイギリスとフランスが融資と武器を渡して日本人同士を戦わせていとも簡単に植民地にしてしまう欧米列強国のやり方はアジア諸国で実証済み。勝海舟から教えを受けた坂本龍馬の奔走でやがて大政奉還~無血開城~明治維新へと繋がり日本が一つにまとまり植民地の危機から逃れ近代兵器を整えて欧米列強と肩を並べる唯一の有色人国家となりました。
大東亜戦争は避けて通れない歴史的な通過点だと私は考えてます。
戦争反対を訴えて欧米の植民地となる選択をするなんてありえない!
外国の支援 (onecat01)
2016-11-05 19:09:03
しゃちさん。

 私が一番感銘を受けましたのは、勤王・佐幕と、国内で激しい対立をしていながら、いずれもが外国の支援を得たら植民地にされると、知っていたことです。

 清であれ、何であれたのアジア諸国の指導者たちは、己の私腹を肥やすため、国を売りました。幕末のご先祖様たちの愛国心の尊さを、改めてこの本で確認いたしました。
これにつきましては、次回に述べたいと思っております。コメントを感謝いたします。

コメントを投稿

徒然の記」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。