みみずの戯言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

中国こそ日本に謝罪すべき9つの理由 - 2

2016-10-15 15:40:10 | 徒然の記

 中国が言う南京問題でも、韓国の慰安婦問題でも、私がずっと違和感を覚えていたものが、「日本軍による三光作戦」という言葉だった。「三光」とは、「殺光」、「焼光」、「搶光(奪光ともいう)」を表し、それぞれ「殺しつくす」「焼きつくす」「奪いつくす」という意味の中国語である。

 中国と韓国が口を合わせたようにこの言葉を使い、日本軍の蛮行を世界へ喧伝するが、私には馴染みのない言葉と、概念だった。朝日新聞の定期購読者だった頃なので、深く考えず、「日本軍は、そんな酷いことをしていたのだ。」とずっと思ってきた。

 今回黄氏の著作を読み、心にわだかまっていた長年の疑問が解けた。大事な話だから、長くなっても、そのまま引用する。

「中国政府が、なぜ執拗なまで南京虐殺と三光作戦を強調したがるかというと、」「それは虐殺が、中国史には欠かせないものであるからだ。」「それを書かなければ、歴史としての説得力がほとんど無くなるほど、虐殺は中国文化の一部となっている。」「中国での一般的な戦争方式は、城を攻め落としたのち、城内の住民に暴行、略奪を行い、全員を殺すというものだった。」

「日本に中国のような殺戮文化が生まれなかったのは、築城様式の異なるところから来ている。」「日本の城は城主だけのものだったが、中国の場合は、一つの城の中に住民の共同体があったからだ。」「城を攻め落とせば日本の戦いは終わったが、中国の戦いは城内の住民すべてを虐殺したのちに終わった。」

「このように中国では、戦争とは住民虐殺が常識なのだ。」「中国では、これを屠殺と呼んでいる。」「中国の戦争文化では、屠殺だけでなく、様々な残虐行為がある。」「例えば秦軍の白起が、敵の投降兵40万人を穴埋めにしたのは歴史上名な話だが、」「数十万の屍体が川を覆って流れをせき止めたとか、」「流れが赤く染まったとかいう記述も、史書にしばしば見られる。」「このような残虐手段による大量殺人の情景が、日本軍の中国侵略の上でも、まことしやかに使われているのである。」

「日本の陸軍士官学校では、中国式の虐殺文化や、虐殺様式というものを教えていなかったから、彼らは中国で虐殺しようにも、その方法すら分からなかった。」

「中国軍の自国民に対する大虐殺や三光作戦については、中国の正史で著しい記述があるだけでなく、ここ二百年でも盛んに行われてきた。」「悪辣な行為は反乱軍が行ったというよりも、政府軍が、みせしめのために住民にやったケースが目立つ。」

「18世紀末以来、立て続けに反乱が起こった中国では、太平天国の乱で人口の5分の1が、回乱では10分の1が虐殺されたと推定されているから、」「中国政府の住民虐殺は実に凄まじい。」「中華人民共和国となってからも、文化大革命で二千五百万人、反革命分子の一掃で二千四百七十万人、大躍進で二千二百五十万人、抗日戦争時代の内部粛清で六百万人等々、」「これらの数字がどこまで正確かはわからないとしても、中国共産党が虐殺文化の継承者であることは間違いない。」

 何ということはない。あのおどろおどろしい日本軍への悪行憎言は、自分たちがやってきたことをなぞってているに過ぎなかった。自分たちが残虐なことをするから、日本軍もするのだと思い込み、世界へ吹聴していたのだ。

 それなのに、「三光作戦」なるものが、わが国では「歴史的事実」として取り扱われていた。終戦50年の節目の年(1995年)に発行された社会党 の「国会決議実現にむけて」 (パンフレット)には、「過去に眼をとざすことはできない」という表題で、「 ドイツは過去を清算したのに、日本はしていなかったので」、「社会党の党首がわが国の総理大臣に就任した時、村山談話(1994/平成6年)として結実した」と書かれた。

その中では、南京虐殺につづく「三光作戦」に関し、次のように書いてある。「日本軍は中国全域で三光(奪い、殺し、焼きつくす)作戦を展開し、大きな被害を与えるとともに、強制連行、強制労働などによっても膨大な犠牲者を出しています。」

 こんな大嘘の片棒を担ぎ、反日宣伝に力を入れるから、国民に愛想をつかされ、社会党は消滅寸前のクズ政党になっている。こんな政党に所属する政治家や党員は、まさに「獅子身中の虫」であり、「駆除すべき害虫」だ。

 松井司令官が率いる中支方面軍の汚名を晴らしたいという気持ちが、自然に湧いてくる。通常の戦闘行為を尽くし、南京を陥落させたにもかかわらず、極悪非道の軍隊と罵られた彼らに、黄氏の著作を捧げたくなる。旅団や師団がどのようなものか、戦後育ちの私に知識はないが、資料によると、兵士たちの出身地は熊本、京都、金沢、宇都宮であるらしい。生き残りの兵やあるいは遺族の方々は、どんなに肩身の狭い思いで暮らしてきたことか。

 ここで私は、本の内扉に記された、叔父の楷書書きを、己の心に重ねて反芻する。

 「日の本の行く末 深くあわれみて 黄文雄氏の文ぞ読むべし。」「日の本の国に生まれて 日の本の 真体知らぬ今の政治家。」

 

 頬を伝う一筋は、無念の涙だ。日本の保守と言われる人々は、なぜこの事実を国民に知らせようとしなかったのか。黄氏に指摘されるままというのなら、日本人としての矜持はどこへおき忘れたのか。

 明日も明後日も、納得するまで、私は黄氏と叔父と、心の対話を続けたい。ネットの世界を知らなかった叔父は、蔵書に記した言葉を私一人に残したが、ブログの世界を知る私は、一人でも多くの人に、叔父の心を伝えたいと思う。
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