ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

八幡炎炎記

2017-02-09 00:11:39 | 徒然の記

 村田喜代子氏著「八幡炎炎記」(平成27年刊 平凡社)を読了。

 氏は昭和20年に北九州(旧八幡)市に生まれ、今年72才です。昭和62年に「鍋の中」で芥川賞を受賞したのち、女流文学賞、紫式部文学賞、川端康成文学賞、野間文芸賞、読売文学賞、さらには、私があまり聞いたことのない芸術選奨文部賞、ついでに紫綬褒章まで受賞しています。

 沢山賞を貰っているから氏を有難がっているのでなく、同郷の作家なので何となく親しみがある、ということで、「鍋の中」以来の読者となっています。

 小学校の四年生の時に越して来た私は、東京の大学に入学するまで、中学・高校と暮らしましたので、八幡は故郷のような土地です。有名になっても彼女は北九州を離れず、地方作家として生きています。直木賞を貰って売れっ子作家となり、東京に住み着いてしまった多岐川恭氏と違い、身近に感じる人物です。

 多岐川氏は私の学んだ高校の教師でしたが、私が入学した時はすでに流行作家として有名で、手の届かない年長者でした。それに比較し、村田氏は私より1才年下で、しかも荒生田とか、春の町とか、帆柱山とか、郷里の町や山をしっかり語ってくれるので、どうしても親しみが湧いてきます。

 さて肝心の作品はどうかと言いますと、残念ながら、藤沢周平氏のような、物語としての楽しさはどこにもありません。特別の筋立てがあるというより、登場人物たちの暮らしぶりが、作者独特の視線を通じて描かれると、そう言えば良いのかもしれません。「八幡炎炎記」に描かれる人物たちは、もらわれた子だったり、夫と別れた女だったり、貧乏や病気と闘っていたり、たいして幸せそうでない人間が出てきます。

 けれどもそこには、薄幸の暗さや恨みがましさがなく、かといって特段の明るさもなく、妙な太々しさがあり、引き込まれてしまいます。終始からりとした文章で、氏もまた、独自の世界を見せてくれますので、一流作家の一人だと思っています。

 登場人物の一人である辰蔵は、製鉄所の独身職工向けの下宿屋を営む傍ら、高利貸しもしています。ある日彼は、期限が過ぎても金を返さない、寺の僧侶を訪ねます。からりとした氏の文章の例を、少しばかり引用してみましょう。

 「辰蔵はこの坊主の正体を知らずに、カネを貸したことをしんから後悔している。」「カタに持って帰る金目のものもない。」「かといってこんな坊主でも、脅したり殴ったりするのは罰があたりそうで手が出ない。」

「「カネはない。」雲円は威張って言う。」「ない者は強い。ある者はあるがゆえに弱い。子のある者は子ゆえに弱く、女のある者は女ゆえに弱い。」「それぞれ持てる者は、それを守るために手が塞がっている。」

 こうして辰蔵は、なんでも持って行けという坊主の言葉どおり、寺の本尊をダットサンに乗せて自宅へ運びます。帰っても置く場所がないから、下宿人たちの食堂のテーブルの隅に置くしかない。辰蔵はもちろん、妻も下宿人も信仰心があるわけでないから、ただ呆れているだけであると、こんな具合です。

  決して、面白い本ではありません。だがその語り口の、何となく惚けた味が心に響きます。処世訓じみたことを述べても、説教を聞かされているような嫌味がありません。これが作者の職人的技巧かと、感心させられたりします。氏独特のからりとした文章を、ついでにもう一つ抜き出してみます。ヒナ子というのは、離婚した母が、両親に預けた少女の名前です。つまり小学校二年生の彼女は、お爺ちゃんとお婆ちゃんに育てられています。

「そろそろ机を買ってやろうと、考えるような大人がヒナ子のそばに一人くらいいてもいいではないか。」「菊二もいて、サトもいて、百合子という母親もいるのに、肝心のそんな人物はいないのだ。」

「所詮、孫にとって祖父母は親の半分しか思慮がなく、再婚して出て行った母親も半分だ。「肉親の頭数は三人分あるのだが、みな半分ばかりの大人だった。」

 近所に住む少女が、養い親から新しい机を買ってもらったのを見せられ、家に戻ったヒナ子が拗ねる場面の叙述です。近所に住む少女とは、辰蔵が貸したカネの代わりに連れてきたのですが、彼女は本当の親より辰蔵夫婦を慕い、居着いてしまったというのですから、複雑きわまる人間模様です。

 凡庸の作家なら、彼女や彼らの境遇を嘆くか、義憤を燃やすか、いずれにしましても感動的な言葉で、社会の矛盾や不合理を訴えるでしょう。しかし氏は感傷的な一切を捨象し、乾いた叙述で読者に迫ります。人物だけでなく、情景の描写も簡潔で、無駄のない言葉が、氏の世界へと読者を誘います。

「バスは市内を縦断する紫川の堤に沿って、小倉の市街地を上へ上へと上がっていく。「八幡の家から遠くに見慣れていた帆柱山頂が、ゆっくりと右回りに遠のいた。」「車窓に田畑が見えてくる。」「さっきまで大きな橋が架かっていた紫川の堤が消え、葦の繁る川の中に河童みたいな裸の子供の泳ぐ姿が見えた。」「暑い。」

 昭和二十七年、八幡製鉄の初代社長の乗った飛行機が、伊豆大島の三原山に墜落するという大事故がありました。当時私はまだ八幡に越していませんでしたが、三鬼社長の墜落事故は、「もく星号事件」という名前で幼な心に残っております。

 洋服の仕立て屋職人である、瀬高克美の日常を通して、氏がこの事件を語る。

「ラジオのニュースが三鬼隆の社葬を報じていた。」「四月二十二日、午前二時から大谷広場で行われるという。当日は一般市民の焼香台も設置されるので、広場から中央町電停の辺りは人で埋まるだろう。」「克美の脳裏に白黒フィルムのような人の波が映る。」

「東京ではそれに先駆けて明日十五日に、個人の本葬が築地の本願寺で催されるという。」「弔辞は時の総理大臣吉田茂で、戦前戦後を通して歴史に残る大葬儀になるだろうと、アナウンサーがうわずった声でしゃべっている。」「戦時下からこの巨大な、東洋一の製鉄所を死守してきた男。敗戦国の焦土に、鉄でもって国体を立て直そうとした男の生涯を、克美はミシンの糸目を見ながら考える。」

「人間とは何と大きくも、小さくも、生きることができるのだろう。」「人それぞれの人生の振幅は、各々の生まれつき持った魂の器というようなものの容量によるものか。」

「克美が起業祭で見た巨大な灼熱の鉄の川も、今このミシンの糸の送り台の流れも、精巧な機械の動きによるものである。」「そこにどれほどの差があるというのか。」

「いや、この彼我の差は激しいと克美は思う。」「人間はこうも異なった魂を持ち、果敢にも、怯懦にも、誇り高くも、卑しくも、生き分けることができる。」「体は一つだが、その内にある魂は千変万化の動きをするのである。」

「自分はこれから、どのように生きて死ぬのだろう。」「ふと克美は思う。」「自分という人間の得体が知れない。」

 克美は親方の妻と駆け落ちし、妻の実家のある八幡で仕立て屋を営んでいます。育ててくれた親方を裏切り、親方は広島の原爆で焼死しましたが、親方の姿がつきまとって離れません。それなのに彼は、妻の目を盗み、大切なお客の細君と浮気をしている。しかも、一人でなく二人です。

 反省と自己嫌悪にかられても、浮気のやめられない彼もまた、薄幸な男です。三鬼社長の葬儀のニュースを聞きながら、そんな彼がする思考には、解決もなく、救いもありませんが、巡幸される天皇陛下のことを含め、忘れてはならない歴史が刻まれています。

 戦前と戦後の日本につき氏がどのように考えているのか、何冊か読みましたが、私には分かりません。慎重なのか、故意に婉曲にしているのか、氏の立ち位置は不明ですが、作品については好感を持っています。同じ八幡育ちなので、家内も村田氏のファンです。というより、家内の方が熱心な読者で、本を薦めてくれます。なかなか思考が一致しない私たちですが、村田氏の作品は例外です。

 もしかするとそれは、氏の主張の曖昧さにあるのかもしれませんが、何であれ夫婦で共有するものがあるというのは、有難いことです。すっかり夜が更けました。シンデレラの魔法が解ける時間です。村田氏に感謝しつつ、ブログを終わります。急いで眠りにつくと致しましょう。

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2 コメント

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とぼけた味 (憂国の士)
2017-02-09 13:17:10
私は、この村田喜代子氏著「八幡炎炎記」を知りませんでした、と云うより作者その人を!
onecat01さんの筆に登る会話でほのかな気持ちにさせられるのは何故でしょう?
まるでよしもと新喜劇のドタバタを見るようで興味が湧きました。

女性作家がそれも芥川賞作家が、男性顔負けの冗舌、不思議な感覚を覚えています。
早速あなたを見習って図書館へ行くとしましょう、とぼけた味、楽しみです。
よしもと新喜劇 (onecat01)
2017-02-09 17:45:42
憂国の士殿

 よしもと新喜劇とは、言い得て妙です。

ちょっと視点を変えてみれば、私たち自身の日常も、政治も、教育も、そんなものに見えますね。

 私も明日は家内と二人で、近所の図書館へ行くつもりです。知らないことばかりの世の中ですから、本が一番手っ取り早いし、金もかかりませんので・・・。

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