片道きゃっちぼーる

平凡な生活ですけど。

川越 つづき。

2012-11-27 15:52:17 | Weblog
先日、ネットの麻雀で初めて役満あがってしまいました。
大三元。
しかも親。
48000点。

野球で、アベレージヒッターが何かの拍子にホームランを打ってしまうと
それからしばらくの間は無意識のうちにホームランを求めてしまうため
バッティングフォームを崩してしまう…という話を聞いた事があるのですが、
大三元あがってしまったことで、
今のワタシは三元牌…というか字牌を捨てられない病を患っています。
お陰で連戦連敗です。
困ったもんだ。


川越の続き。

川越八幡宮を後にし、向かったのは中院(なかいん)。

正式には『天台宗別格本山 中院』。
記録によると、830年(天長7年)に建立されたという非常に歴史のある寺院です。
かつてはこの中院を中心に、北院(現在の喜多院)と南院(現在は廃寺)の
三支院で構成されていたそうです。

また中院は、明治から昭和にかけて活躍した詩人・島崎藤村の義母の墓があり
藤村が頻繁に訪れた寺としても有名です。

手前にある石碑は、『不染の碑』。
その奥にある小さな小屋は
茶道の師匠であった義母に藤村が送った茶室『不染亭』。

その脇には、大正天皇御手植の松が立っています。

また、この中院は川越茶・狭山茶の発祥の地だそうで。
川越になぜ狭山茶発祥の地が?と思ったのですが
石碑のお隣に立っていた説明板を読むと、

平安時代初期に中国より京都へ伝わった茶の栽培が
円仁(慈覚大師)によってこの地に伝えられたと云う。
当初は河越茶と呼ばれ、鎌倉時代には山城・大和・伊勢・駿河と並んで
全国名園五場の一とされた。
そして、生産地が狭山丘陵一帯に広まったからか
いつしか狭山茶と呼ばれるようになった。
現在では、入間市、所沢市、狭山市を中心に茶畑が広がる。

だそうですよ。
まあ、ワタシは緑茶あんまし好きじゃないからどうでもいいっす。


とここまで書いて気付いた事が。
本堂の写真撮ってないや。
というか本堂自体ちゃんと見てないぞ。



まだつづける。


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