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聴いたCD プレイズ・J.S.バッハ+リゲティ+アームストロング(キット・アームストロング)

2017年08月08日 | 古楽・バロック
プレイズ・J.S.バッハ+リゲティ+アームストロング
キット・アームストロング
SMJ

〔曲目〕
・J.S.バッハ: コラール前奏曲集(計12曲)
・キット・アームストロング: B-A-C-Hの名による幻想曲(2011)
・J.S.バッハ: パルティータ第1番変ロ長調 BWV825
・リゲティ: ムジカ・リチェルカータより(計6曲)

 

 これは図書館から借りていたCD。

 このキット・アームストロング、最近かなり話題の若手ピアニストらしいけど、自分は普段クラシック界の動向を追っていたりしているわけではないので、こういう旬のものにはどうしても遅れてしまう。このCDも、録音が2013年で恐らく日本での発売が2015年。てことは今が2017年なので、世間的にも2年くらい経っているということになる。まあ、しかたないけど。

 しかし、冒頭の「コラール前奏曲集」はちょっとビックリした。「コラール前奏曲」というと、思い出すのは昔ながらのケンプとかブゾーニとかの、どちらかというとバッハの敬虔な面を味わうためのピアノ編曲という感じだったけど、このキット・アームストロングは、まるで新しいバッハのピアノ曲が、突如目の前に現れたようにも思ってしまった。

 いやあ、少なくともピアノ曲ではバッハなんてとっくに知った気になってしまっていたけど、まだこんな世界が残っていたなんて。

 しれもこれ、既存の曲はどれも先人の手垢がついているから何か目新しいものを、みたいな目先だけのノリではなくて、彼は最初にまずバッハのカンタータに魅了されて、そこからコラール前奏曲に行き着いたというのだから、ちょっとスゴい。しかも、それから160曲くらいの曲を実際に自分で当たっていって、いろんな要素を考えながらこういうピアノ演奏用に仕立てて演奏してしまうって(しかもそこまでを20歳ちょっとでやるって)、たしかにとんでもないすごい才能じゃないだろうか。

 実は最初、このCDタイトルを見た時に、あれっ、例えば数年前にダヴィッド・フレイが「バッハ&ブーレーズ」でデビューしてたけど、まあ似たようなことかな、なんて思ってしまっていたのだが、それとは全然違ったみたい。大変お見それしました。

 しかもこの編曲、当然もともとの曲調が宗教的な性格だとはいえ、いたずらにピアニスティックになっていないところがまたスゴイ。ふつう、20歳くらいなら、もっとカッコよくやりたくならないのだろうか。もうかなり繰り返し聴いたけど、何度聴いても全くほころびを感じないし、非常に知性的で思慮深さみたいなものさえ感じる。実際、これまでのバッハ作品のピアノへのトランスクリプションと比べても完成度が高いんじゃないだろうか。いやあ、ホントに参りました。

 ただ、・・・ 少しだけいうと、参ったのだけど、少なくとも面白くはなかったかな。芸術家として、いろんなタイプがあるのだと思うが、自分の弱点をある程度さらけだして人間味を見せることで共感を呼ぶタイプの人たちがいて、そういう人たちは完成度としてはやや劣るのだけれど、意外に活躍が長続きすることが多いような気がする。

 一方で、早熟・知性的・ストイック・敬虔・ジェントル・・・みたいな人たちは、学僧・聖人タイプといえばいいのか、どうにも先が続かなくなることが多いような気がする。そして、このキット・アームストロングにも、なんとなくそんな風な雰囲気が漂っているような気がしてしまった。

 実際、このように若くして大きな話題をまいた彼が、今のところ他にはリストのCDがあるだけみたいな様子で、リサイタルでもバッハとリストが中心になっている感じ。最初なのだから、もっとドンときても良さそうなものなのに、ちょっとヴァラエティーが少ないというか、これからどうするの?

 知性的⇔野性的ってことでいうなら、この野性味というかヴァイタリティーというか、そういうものがないと演奏家ってものは末永く演奏を続けることは難しいじゃないか、なんてことを今自分は考えていて、そういう意味では、あまり知性的(というか意識的)な面が見えすぎること自体、よくないことなのではとも思ってしまう。例えば往年の名演奏家たちはプロの演奏家としてある意味何も考えずにやっていたので、結局それが一番強かったような気も。まあ、それが通用しない時代になってきているのかもしれないけど。

 しかし要は、作曲家も演奏家も一番大事なのは「魂」の部分であって、作曲家の「魂」をどう捉えて、演奏家として自分の「魂」でどう取り組み、表現していくかということではないかと。禁欲的・知性的な人って、修道士みたいというか、ある意味神へのバイパスとなりうるけど自分の魂の部分が見えにくくなりがちというか、自分の魂で人を惹きつけるという面で弱いような気がするんだよなあ。

 んっ・・・、何だか知らないうちにちょっと飛躍しすぎちゃったかな。

 ともあれ、このキット・アームストロング、次にやはりバッハが来るのか、それとも古典派やロマン派の別の作曲家がきて、それをどう演奏するのか。そこらへんが、今のところの興味です。

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