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軍証拠焼却命令 ⇔書類保管『翻弄された命の証し』赤紙配達重い記憶にしむらにへい西邑仁平:有意義認識天晴

2017年03月20日 | 尊敬される御先祖様と成るの
にしむら にへい 西邑仁平 1905 - 2010年09月05日 滋賀県内最高齢

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昭和の庶民史を語る会 : 赤紙配達重い記憶 『翻弄された命の証し』保管 ...
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2010年08月14日08:36
カテゴリ昭和の庶民史を語る会
赤紙配達重い記憶 『翻弄された命の証し』保管
 滋賀県知事殿、長浜市長殿、文化庁殿

 突然失礼します。ご面倒をおかけしますが御検討をお願いします。


 赤紙配達重い記憶 『翻弄された命の証し』保管、第2次世界大戦中、男たちは「赤紙」と呼ばれた召集令状1枚で戦地に送られた。その赤紙を家庭に届けたのが役場の兵事係職員。これらの資料を、後世に悔いを残さないためにも貴重な昭和史の生き証人として文化財指定について要望します。昭和の庶民史を語る会。


 赤紙配達重い記憶 『翻弄された命の証し』保管
  中日新聞2010年8月13日 夕刊

戦時中に配られた赤紙=滋賀県長浜市の浅井歴史民俗資料館で(一部画像処理)


 第2次世界大戦中、男たちは「赤紙」と呼ばれた召集令状1枚で戦地に送られた。その赤紙を家庭に届けたのが役場の兵事係職員。1945(昭和20)年8月15日の終戦まで「死地への招待状」の配達係を務めた元職員たちは、戦後65年を経てもなお、胸に重荷を抱え込んだままだ。

◆西邑 仁平さん(105)滋賀・長浜
 1930~45年まで、滋賀県大郷村(現長浜市)役場で兵事係として勤務した西邑(にしむら)仁平さん(105歳)=同市新居町=は、破棄を命じられた赤紙などをひそかに保管し続けていた。なぜ、父は露見すれば失職しかねない行為に走ったのか。長男で元県職員の紘(ひろし)さん(68)が講演などで父の思いを伝えている。

 戦後間もなく、進駐軍の目に触れないよう関係書類の焼却処分命令が下った。だが、仁平さんは命令に従わず、深夜、赤紙や戦死記録などを役場から持ち帰り、押し入れに隠した。仁平さんは戦時中のことには寡黙で、書類のことは25年前に亡くなった母の小菊さんも知らなかった。

 年を重ねるにつれ、語り残さねばならない義務感が仁平さんの中で高まっていたのだろう。3年前、同市の浅井歴史民俗資料館で、仁平さんは保管書類約1000点を初公開した。

 その後、仁平さんは、ぽつりぽつりと話し始めた。母1人子1人の家に戦死公報を届けた話、自転車で村を走ると、自分の家に来るのではないかと、おびえる村民の視線に身が縮んだ話…。そして書類を持ち帰った夜のこと。「戦争に翻弄(ほんろう)された村人の生きた証しを捨てられなかった」

 仁平さんは、赤紙配達の夢でうなされてきた。昨年末から寝たきりとなった父に代わり、紘さんは県内で講演する。「2度と戦争はあってはならない。戦争を今している国に対して、日本はやめろと言える立場でいてほしい」と、父の平和の願いを届け続ける。 (長浜通信局・浅井弘美)

◆吉田 啓一さん(93)岐阜・関ケ原
 岐阜県関ケ原町玉の吉田啓一さん(93)は終戦までの1年2カ月、同町役場で赤紙を配った。「仕事だからやらなあかんという責任感が強かったが良い気持ちはしなかった」と、当時の複雑な心境を語る。

 吉田さんは病弱で、20歳の徴兵検査で兵役を免れた。1944年6月、同町の兵事係の前任者が軍に召集され、定職がなかった吉田さんに声がかかった。召集令状は、警察を経由して兵事係に渡された。駐在からの連絡はたいてい午後7時すぎ。その日のうちに届けるのが決まりだったから夜道を自転車で走った。

 「召集令状を持ってきました」と、戸をたたく。突然の訪問に、夏はふんどし姿の人もいた。赤紙を見つめたまま、口を固く結び黙り込む人。「そうですか。せいぜい頑張ります」と話す人。

 反応はさまざまだったが、「わしの顔を見た人は皆、悲愴(ひそう)な顔つきだった」と吉田さん。一方で、「自分が兵隊になれんかった悔しさもあり、召集令状を渡すときはなんともいえん気持ちだった」と語る。

 終戦後、関係書類は廃棄され、正式な記録は残っていない。吉田さんの記憶では、1年2カ月で約20人に赤紙を届けたという。

 軍国教育を受け、「日本が負けるはずはない」と、信じて疑わなかった吉田さんは今、右足が不自由となり、車いす生活。「日本は神国だという思いこみで突き進んだ結果、大きな犠牲を出して負けた。あの戦争は大きな失敗だった」と、しっかりとした口調で話した。 (大垣支局・川田篤志)

  召集令状と兵事係  軍の召集は、参謀本部の動員計画に基づき都道府県の連隊区司令部が個人を選定。召集令状は、警察を経由して役場の兵事係に渡された。令状は淡い赤色だったため、赤紙と俗称された。兵事係は、出征兵士の見送り、徴兵検査の世話役なども務めた。








 県内男性最高齢105歳、軍事資料1千点を寄託 長浜
 朝日新聞2010年9月3日

未使用の召集令状(手前中央)など、西邑さんが浅井歴史民俗資料館に寄託した戦時関連資料の数々=長浜市大依町

 今月20日の敬老の日を前に、長浜市の藤井勇治市長が2日、同市新居町に住む県内の男性最高齢者、西邑仁平(にしむら・にへい)さん(105)を訪ね記念品を贈った。西邑さんは戦時中に旧大郷村(おおざとむら)役場で兵事係を務め、終戦時に焼却を命じられた召集令状(赤紙)など1千点にのぼる軍事関連資料をひそかに保管し、浅井歴史民俗資料館に寄託した。まとまった膨大な資料は全国でも珍しく、藤井市長は「極めて貴重。全国の人に見てもらいたい」と話した。

 西邑さんは昨年12月に脳梗塞(こうそく)を患い、約2カ月間入院した。今は自宅でベッドに寝た切りで言葉は話せないが、意識ははっきりしているという。

 大郷村役場の兵事係を務めたのは1930(昭和5)年から終戦までの15年間。長男の紘(ひろし)さん(68)によると、村の若者あての召集令状を配ったり、徴兵検査をしたり、戦死者の死亡通知を届けたりする仕事をおおむね1人で担当し、相当の重圧を感じていた。召集令状を持って行くときは「すまん、すまん」と泣きながら渡したという。

 終戦となり、大本営から軍事関連の書類の焼却命令が出たが、「村のみんなが生活や命をなげうって戦ってきたのに、これを処分したら戦争に行った人々の苦労が無駄になる」と、大半をリヤカーで自宅に持ち帰りひそかに保管していた。2006年夏、浅井歴史民俗資料館で開かれていた終戦記念展を訪れた際に打ち明け、翌年夏に「村に来た赤紙~今明かされる兵事係の記録」のタイトルで一部が展示された。貴重な資料と悲惨な体験は反響を呼び、テレビでもドラマ化された。

 昨年末に病気になるまで、戦時中のことを思いだしながらいつも「戦争は絶対にあかん」と口にしていた。「自分がこんなに長生きできるのは、戦争で亡くなった方々の命をもらっているからやろう」とも話していたという。

 紘さんの話を聴いた藤井市長は「相当つらい思いをなさったでしょう」と語り、西邑さんのベッドの枕元で「こんにちは」「どうですか」などと話しかけた。浅井歴史民俗資料館に寄託された資料については「平和の尊さの証しとして、活用の仕方を検討したい」と話した。

 西邑さんは今月27日、満106歳の誕生日を迎える。(堀川敬部)





 西邑さん 105年の生涯を閉じる
  朝日新聞2010年09月06日


生前の西邑仁平さん=浅井歴史民俗資料館提供

【軍事資料保管し寄託/長浜市長「遺志引き継ぐ」】 


 戦時中の軍事に関する大量の行政資料を保管し、長浜市に寄託していた県内男性最高齢者の西邑仁平(にしむら・にへい)さんが、5日午前9時40分、脳梗塞(こう・そく)後遺症のため同市新居町102の自宅で死去した。105歳だった。通夜は6日午後7時から、葬儀は7日午前9時から、いずれも自宅で行われる。喪主は長男紘さん(68)。


 1922(大正11)年に旧大郷村役場に入り、30(昭和5)年から終戦までの15年間にわたって兵事係を務めた。召集令状(赤紙)の配達や徴兵検査、出征兵士の見送り、戦死した兵士の死亡報告などの業務をほぼ1人で担当。終戦時、大本営から焼却処分を命じられた軍事関連資料をひそかに持ち帰り、自宅で大事に保管していた。


 生前、「戦争はあかん」が口癖だった。軍事関係資料を市に寄託したのも、そんな思いからだ。その数は赤紙や名簿など約1千点に及ぶ。


 昨年12月初めに脳梗塞を患ってからは、ベッドで暮らしていた。2日に長寿のお祝いで訪問したばかりの藤井勇治市長は「大変残念。預かった貴重な資料を受け継ぎ、戦争の悲惨さと平和の大切さを市民に伝えていきたい」と述べた。紘さんは「全国の人々に公開し、活用してもらえれば父も喜んでくれる」と話した。
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