ひらつか日記

1999年に漫画家おかざき真里ホームページの連載コーナーとしてスタートした身辺雑記×音楽紹介日記です。

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菓子折り

2013年01月23日 | 映画音楽(サントラ)
戦場のメリー・クリスマス


大島渚が亡くなった。私はほとんど全く映画を観ないので、この人について書くのはよそうと思ったのだけれど、随分前にテレビで見たときの様子で忘れられないことがあって、他にあまり書く人もないだろうから少しだけ。番組はこの人がかつてよく出演していた「朝まで生テレビ」、オウム真理教信者代表と、上九一色村の村長らが並んだ回。施設を置く権利を主張する教団側と、抗議する住民側、番組冒頭から紛糾が続いてそろそろ番組も終わろうという頃、黙ってきいていた大島渚が大声で割って入った。曰く、引越しをするときは、近所に菓子折り持って挨拶にいくもんだ、そういうことをこの若者たちは知らないんだ、我々大人が教えてやらなきゃいけないんだよ、と。力入ってた。これを笑い話ととるかどうかは考えどころ。朝生はともかくとして、大島渚、私の世代にとっては、何と言っても「戦場のメリー・クリスマス」。映画館の無い田舎にいた私はこのサウンドトラックを先に聴いた。

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マーケティング立国ニッポンへ

2013年01月22日 | 非音楽
マーケティング立国ニッポンへ ~デジタル時代、再生のカギはCMO機能~マーケティング立国ニッポンへ ~デジタル時代、再生のカギはCMO機能~
価格:¥ 2,100(税込)
発売日:2013-01-24


一橋大神岡教授+博報堂エンゲージメントビジネスユニットの本。本づくりのお手伝いの機会を頂戴し、奥付にクレジットをいれていただきました。今週末から書店に並ぶのではないかと思います。見つけたらぜひ手に取ってみてください。

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積雪

2013年01月15日 | クラシック
Mahler:Symphony No.4 / Abbado, VPO


連休最終日の東京は、一日中雪が降った。天気予報では積りはしないだろう、と言っていたから起きて窓の外をみて仰天、テレビをつけると電車が止まっていた。自分が外へ出なくてよい日の積雪は非日常の感じがして楽しいもの。雪の日には、私の聴く音楽は決まっている。以前(2000.01.11の日記参照)にも書いたマーラーの交響曲第4番。その記事ではバーンスタインの新旧両盤を推薦盤としているが、あれから13年、さらにいろんな指揮者の演奏を聴いて、最近は クラウディオ・アバド指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団盤が贔屓になった。ウィーンフィルのまろやかな音色がたいそう美しくて、バーンスタインのような激しさは無いが、じっと聴いていると陶然となる。この曲が雪にあう、と感じるのは、曲の出だしの鈴の音。シャンシャンシャンシャン…と雪国を行く橇が目に浮かぶ。それをあたたかい部屋で聴く幸福感…そういう連想は私だけではないらしく、昨年亡くなった吉田秀和もそんな文章を書いている(ちくま文庫・吉田秀和セレクション「世界の指揮者」収録)。曰く「クリスマスに最も近い響き」がする、と。面白いのはその文章の続きで、クリスマスにヨーロッパ人の友人夫妻を家に招いた時に、この曲のレコードをかけたくだり。すると「これが彼らの気持ちをずいぶん損なったらしい。五分もたたないうちに、口にこそ出さないが、いかにも困ったように顔を見合わせだしたので、急いで音楽を消した」のだそうだ。どうもヨーロッパ人にはこの音楽、禍々しいものに聴こえるのであるらしい。吉田秀和もそのあたりがよく理解できず「マーラーのこの曲は、一体宗教的な音楽なのかどうか。もう一歩踏みこんでいえば、これはキリスト教的な匂いのする音楽なのか?それともユダヤの何かの足跡を残しているものなのか?といまだに気になっている」と戸惑っている。この曲について書かれた文章を読むたびに、「ほとんど誰も、そんなことには一言半句ふれないでいるのをみると、何となく、この人はどういう思いでこの曲をきくのだろうか?と、考えるともなく考えてしまう」とも書いている。西洋音楽のローカルな根っこに触れるところで、これはどうしたって日本人にはわからないことだわね。文化のおもしろいところ。

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総子化

2013年01月13日 | 非音楽
Soshika

博報堂生活総合研究所の生活トレンド予報レポートの2013年版。毎年のレポートづくりのお手伝いはこれで5冊目、タイトルは「総子化」。日本のこれからを論ずる時に必ず登場するのが「少子化」という言葉で、これは全くその通りなのだけれど、その同じ事象を違う角度から見てみたら、違う未来を構想するヒントになりはしまいか、というのがその着想。いわゆる未成人の「子ども」は減っているが、親が健在で「子」の属性を持つ人の総数は増えている。30歳でも、40歳でも、50歳でも、60歳でも、親が健在なら「子」だとカウントしちゃえ、と。そうすると、日本の「子」の総数はなんと8,700万人。「少子化」ならぬ「総子化」という風景が見えてくる。ポジティブに解釈してみると、いろいろ可能性があるんじゃないの、という提言だ。へえ、と思った方はこちらの特設サイト(WEBマガジン生活動力)へ。

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2012年の夏

2012年10月09日 | クラシック
ブルックナー:交響曲第7番


この夏は忙しかった。休むのが下手で、休むくらいなら仕事してたほうが気がラクだ、という性分だけれど、今年の夏は仕事がたてこんで音をあげそうになった。年をとって仕事のスピードが落ちただけなのかもしれないが(苦笑)。仕事以外の時間がほとんど取れず、無趣味な暮らしがさらに殺風景に。そういえば本もまともに読めなかった。10月に入って徐々に状況が沈静化しつつあって一安心。あの状態がもう少し続いたらマズかったろう。まだまだ気は抜けないものの、こうしてブログでも久々にいじってみるかという時間の余裕がうれしい。今日の推薦盤は、この夏に私を支えてくれた一枚。ほとんど毎日こればかり聴いていた。「ブルックナー:交響曲第7番」 ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 。白状すると15年以上前に買った時はこの演奏、全くピンとこなかった。第一楽章の冒頭、せっかく美しい旋律線をスイスイと軽く流してしまうような指揮がどうも浅薄に感じられて、たぶん最後まで聴かずに棚に放り込んでそのまんま…。それをどうしてこの夏に引っぱり出したのかはよく覚えていない。本盤はカラヤンの死の三か月前のラストレコーディング、バテて弱った私のココロが〈呼ばれた〉のだということにしておこう。ということにしておきたい。沁みたんです。沁みました。これ、とってもいい演奏です。全ての音に心がこもっている。一生聴くだろうな…というレコードのリストに入りました。なぜ15年前にはこの演奏がわからなかったのだろう。まァ所詮素人の鑑賞眼なんてそんなもの。カラヤンのブルックナーなんてダメでしょ、なんてわかった風なこと言うのも楽しいんだけどね。

ここから先は蛇足、というかマニア向け。カラヤンのブルックナー交響曲第7番は他に、70年代のドイツグラモフォンへの交響曲全集録音と、それに先立つEMI録音(第4番とのカップリング)が知られている。いずれもベルリンフィル。どちらもカラヤンらしい美麗な演奏だけど、上記のウィーンフィル盤は何というか次元が違うんだな。聴き比べるのも一興。

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