You must berak him.と彼は言った。

2017-06-18 | Weblog

私が日本のスポーツをよく言わないのはその独特の雰囲気や考え方に違和感をおぼえるからだ。日本人は往々にしてスポーツは修業だと思っているので何な全体が醸し出す雰囲気が重苦しく、私が競技していたところとではまったく雰囲気が違う。チームの在り方も上意下達で、それしかできないチームではこの競技に命をかけろみたいな常に真剣さが問われるような雰囲気の中で本当に自分らしく自由に振舞えるのだろうかと思う。私が競技したところはすごく自由にできたと思う。何が自由に競技できたかと言うのは雰囲気の問題だが、向こうでは日本のように管理する側と管理される側と言うような関係もなく、はじめから押しつけられた上下関係もない。ピーターがよくお前はLAとかもう少し治安の悪いところだったら終わってるって言っていたが、彼がそう言うのはそれだけ私が自由に振舞えたからだと思っている。向こうでのコーチや監督との関係はフラットだった。しかしフラットと言っても相手は私を尊重し私も相手を尊敬していたのでそれなりの敬意ははらっていた。そう言う中で競技した目線で見たら日本のスポーツは楽しむと言うより修業していると言う感じだ。

名前を出したらダメなのでイニシャルにするが、NBと言う男がいた。ゴールデングラブでベスト4まで行ったらしく、彼と彼のトレーナーそしてジョージと私の4人で食事に行った。食事に行ったのはいいのだが、そのノー○ンと言う男は私と目を合わそうとはしない。なんか変な奴だなあと思っていたが、彼はのちの強盗したらしいが、真相はどうやらホントの話である。当時ボクシングは我々のような学生もいたが、素行のわるい人間もいたようだ、事実よく顔をあわせるギャングの集団みたいな奴らですごくうっとうしい奴らがいた。横ででかい音で音楽を流してシャドウしたり、我々は威圧的な雰囲気に不快感を持っていた。そしてそのうちのリーダー格のひとりと私が対戦することになった。特にバーガーと言う男はこいつらを嫌っていて、でもこわいから直接何も言えない、彼は私に頼むぞと言う、私はおうまかせとけボコボコにしてやるから安心して見とけ見たいなことを言ったと思うが、しかし試合が始まるとみんなさっきの勢いはどこにいったのやらビビッて応援しないのだ。でも試合が進むにつれ私が有利に試合を運ぶやいなやすごい応援が、いつもはばらばらだけどこの時ばかりはチームがひとつになって私を応援、そして最終ラウンドを終えて判定、そこで私の手が上がるとオーッと言う大歓声、私は調子にのって相手のグローブをどうじゃとばかりにポンとたたく、そんなたいした試合でもないのにそこだけすごく盛り上がっていたのだが、たぶんまわりから見たら何をこんなに盛り上がっているんだろうと思ったと思う。今考えたら本当に楽しい思い出であった。日本人のスポーツ経験者のほとんどは先輩にいじめられた話や、自分がどれだけしごかれてしんどいことをしたかと言うことを話しそれで盛り上がるが、その感覚が私にはわからない。スポーツは修業ではない、楽しむものだ、それが管理する側と管理させる側の関係だとわからない。スポーツは目的だけではない、そこまで行く過程があるが、その過程を全国に行けとか優勝しろと煽られて、こうしないと勝てないぞと管理されて競技するのと目的を自分で決めてトレーナーの協力のもとにやっていくのではどちらが楽しくできるかということである。

試合が終わった時よく友達とハンバーガーショップに行ったことを思い出す。シーユーレイターハンバーガーを合言葉に試合が終わるとハンバーガーショップに行く、遠征などにも行くのでその帰りにノースにある有名なクアアイナにもよったことがあるが、特にピーターが運転する車の中で窓を全開にして潮風にあたりながら食べるハンバーガーは本当においしかったことをおぼえている。私はたいした競技者ではなかったが、トップノッチアスリートぐらい楽しく競技できた。それはその場所が平等で自由であったからだと思う。

 

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