Friends come in and out of your life like busboys in a restaurant.

2017-06-13 | Weblog

私の好きな映画でスタンドバイミーと言う有名な映画がある。物語はある日、バーンは不良グループである兄たちの会話を盗み聞きしてしまう。3日前から行方不明になっている少年が、森の奥で列車に跳ねられ死体のまま野ざらしになっている噂。死体を見つければ有名になる。英雄になれるとそう考えた彼は仲のいい友達を誘って死体探しの旅に4人で出かける。彼らは途中、喧嘩もするが、お互い助け合いながら、鉄道の線路に沿って、冒険のような旅を続ける。鉄橋で危うく列車に轢かれそうになったり、沼ではヒルにかまれながら、その夜は森で野宿をする。物語を書く才能があるゴーディは、親に嫌われていることが傷になり、将来ものを書く希望も持てない悩みを打ち明けるが、クリスから物書きの才能を守るから必ず伸ばすように言われる。一方でクリスは家庭環境の悪さから自分の将来に希望が無い上、自分が教師の私利私欲に利用されたということを打ち明ける。しかしゴーディはクリスに進学することを勧め、励ますのだった。翌日、4人はついに死体を発見する。そこに不良グループが現れ、死体を渡せとせまるが持ってきた銃でおどし退散させる。そしてひと夏の冒険が終わり4人はいつものように町外れで別れた。その後は進路もバラバラになり、お互い疎遠になっていく。大人になったゴーディは作家となり、クリスは猛勉強して弁護士になる。そのクリスとも最近は10年以上会っていなかったが、クリスの刺殺事件を切っ掛けに「複雑な家庭環境のなかで仲間との友情を感じた12歳の頃のような友達は二度とできることはない」とゴーディは少年時代を静かに思い返す。その映画のシーンで私の好きなセリフがある。それは冒険を終えてそれぞれが帰って行く中でながれたセリフ「Friends come in and out of your life like busboys in a restaurant(友達というのは、レストランの後片付け係りみたいに、人の人生に入ってきては出て行くものだ。)」であるが、これはスタンドバイミーの名言である。

このセリフを聞くと少年時代を思い出すのだが、誰でも子供の頃の思い出はある。この物語でもそれぞれ複雑な家庭環境を持った子供たちを描いているが、私が子供の頃も家庭環境が複雑な子がまわりにたくさんいた。中でも親が酒乱で虐待されてたチングは時々親父の暴力から逃れるために家に避難してきたものだ。ある時そいつにその殴られた日におやじを殺すのを手伝ってくれと頼まれた。何を言ってるんじゃと一蹴したがどうやら本人は本気であったようだ。当時は迷惑をかけたりかけられたり、そういう人間関係が我々のその住む世界では当たり前だったような気がするが今思えば我々も我々なりに一生懸命生きてきたんだなあと思う。

そして私が一番心に残っているのは学生時代の友人たちだ。彼ら彼女らとは励ましあったりなぐさめあったりそして時にはすごい激論さえしたものだ。最近の若い人はラインの返事が来ることか来ないとかでごちゃごちゃ言っているが、しかしそんなことを気にするようではもはやそれを友とは呼べないのではないか。親や教師には勇ましいことを言って迷惑をかけるが、しかし友達にはすごく気をつかって生きる、一体何のための友達かはわからないが、若いうちは多少友達に迷惑をかけてもいいと思うし、考え方が違えば時にはぶつかり合うことも必要である。私自身よくチングたちとはすごい激論をした。特に日本と韓国の問題はもうこれで関係は終わるんじゃないかと思うぐらい激論した。時にはお互い傷つけあうこともあったが、そういうことを議論でき、そして葛藤して受け入れることができるのは若さゆえの特権だと思っているが、我々はそういう激しい言い合いをすることでお互いの友情を深めていったと思う。私の学生時代はすごく楽しくて有意義なものであったと思う。しかし学生時代友達だった人間たちとはもうあっていない。ジョージ、アレン、ピーター、韓国人の女の子、たぶんもう会うことはないだろうが、でももし彼ら彼女らと明日会っても昨日あったように話せると思う。

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