自分が機械でモノを書き始めた頃というのは、コンピューターなんて全く一般的ではなく、タイプはワープロでした。
しかもそれは、文字が映し出されるディスプレイが緑色がかったデジタル時計の表示部分みたいで、もちろんモノクロで、行数も四行くらいしか表示されない代物でした。
自分は親が使わなくなったそれを中古でもらって、誰かに使い方を習うことなく自己流で使い始め、かなり長い間それで遊んでいた記憶があるのですが、いまのパソコン全盛の時代からすると、重いし、デカいし、ほとんどタイプ専用だし、隔世の感があります。
自分が使っていたのはシャープの「書院」というワープロでしたが、ちょっと前に家へ帰ったとき、押し入れの奥深くに仕舞い込まれていたものを引っ張り出して久しぶりに触ってみました。
そうしたら、もうとっくに壊れているかと思っていたのですが、キーの文字はだいぶ薄れ、そのうちのいくつかはツルピカに剥げていたものの、アタプターを繋いでスイッチを入れ、適当に文字を打ってみると、全くふつうに動いてちょっと驚きました。
しかし、印字する感熱紙はないし、カセットテープみたいな形状のインクリボンも切れていたので、実用にはもう耐えられません。
それでも、筐体の上部に紙を差し込んでクルクルとレバーを回してセットする感覚は、昔のタイプライターみたいで、コンピューターとはまた一味違った雰囲気がありそうでした。
ちなみに、二台目のワープロは自分で買ったNECの「文豪」で、出版社に原稿を送って雑誌に掲載された初期の頃のものは、このワープロで書かれたものです。
この「文豪」は、いまのノートパソコンみたいにディスプレイ部分がカパっと開くもので、表示エリアはそこそこ広く、その使い勝手はかなり気に入っていました。
でも、それを買った時期がワープロ時代の末期に近かったので、その後、たいして使わないうちにパソコンに移行してしまいました。
それでもこの二台目のワープロは、自分の手を離れた後、ジジ・ババの家で今でも年賀状製造機として現役で、年に一度だけ稼働しています。
それにしても、今思うと、「書院」だの「文豪」だの、なんとも大袈裟な名称で、冷静に考えるとちょっと気恥ずかしさを覚えてしまいます。
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