呆老冷水録-Don't be silly Grand'pa!

近頃若い衆はあまりジイサンに寄り付かなくなったナァ〜。仕方ないからこっちからblogで出前しようか!

再び中馬のお雛様

2008年03月02日 | 遠近旅録-国内/近郊
久しぶりに寒さが和らいだ先日、再び足助町(今は豊田市)の中馬のお雛様見物に行ってみました。
最近は、観光人気が出て来たせいか、お雛様だけでなく民家の中庭を開放して、おでんやそば粉のクレープとも言うべきネギ巻き、五平餅、シシ鍋、甘酒などを食べさせるところが増えたのが目立ったが、それだけに民家の中にまで入り易くなったこともあって古くからの山村の生活の名残りを肌で感じる楽しさが増えましたね〜。しもた屋風の家でも中に入ってみると残された看板で昔の商売が分かったり(下写真)

表は看板やガラス戸で飾られていても中はさすがに築100〜200年の建物が多いため、たたきの土間、吹き抜けの梁天井や階段たんす、中には村民一揆の標的にされ床柱に鉈で切り傷をつけられた家なども見ることが出来ます。
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そんな町並みの途中に小柄なお婆さんが一人で店番をしていた小さなセトモノ屋があったのを思い出し行って見たところ、店はスッカリ改装され観光客向けの小物アクセサリの店に変わっていたので「アノお婆さん まだお元気?」と聞いたところ娘さんに引き取られ他所へ引っ越して行ったという。
親戚でもなさそうな今の女店主の話で、我々のように彼女を懐かしんで消息を訊ねる観光客が何人も訪れ中には前回撮った写真を置いて行く人もいると聞き、アノお婆さんの人気の程を察するとともに無常な時の流れを感じて店を見回すと、手付かずの入り口の鴨居のところに3年前には気づかなかった表札が残されているのを見つけました!!・・・・


戦死したのはアノお婆さんのご亭主に違いありません・・・
前回来たときは、たった座布団1枚分ほどのスペースに山のように積まれたセトモノに埋ずもれるように座っていた姿だけが妙に印象的だったが、先の戦争に夫も青春も奪われスッカリ人生を狂わされたあとも、お国に命を捧げた亡夫を誇りに健気に娘を育て、ひとりで頑張って生きて居たんですね〜 彼女は!・・・・
おそらく改装を請け負った大工もその事情をよく承知していたから、アノ「勇士の家」の表札と鴨居に手をつけることなどとても出来なかったのでしょう!!

素朴なお雛様や人情に心休まる町の雰囲気は以前と変わらなかったが、今回はなんとも切なくやりきれないものも感じた味わい深い小旅行でした。(2008年3月記)



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