【独楽の旅】

元気で山野を歩き、心を癒してくれたものは立ちどまって気ままに写し、ブログに載せ、自分で存分に楽しむのが無上の喜びです。

1002-【 ようこそブログ[独楽の旅]へ 】

2016年11月26日 | [案内]










爺が日本で初飛行した F-15J (同型機 1981,08)

    ブログ 【 爺のブログ-Ⅰ】 と共に
    ホームページ 【爺の雑記帳】
 も観てください
[E-mail:hdktom@gmail.com]


 最新データに依ると日本人男子の平均寿命は 80.79歳 になったそうです
 爺は今日この頃がちょうどその年齢に達していることに気付きました
 そして、20年後には満百歳を迎えることになります、
 その時になっても呆けずに、毎度の食事が美味しいと頂けることを願いながら
 日々の歩みを折にふれて書き残すこのブログはそのまま私の
 [タイムカプセル] であり [自分史の一ページ] になります
 日々気ままに、そして熱意をもって、
 私が[独り旅で楽めた内容]をそのまま書き残していきます
 どこまで充実した内容にできるか判りませんが
 熱意だけは失わずに毎日を活き、その足跡を記していきます
 独り旅で観てくる世界は全て私に新鮮な知識と活きる力を与えてくれます

 爺がブログを立ち上げて10年余りが経過しました  過日、
 妻が逝き『爺のブログ』から名称を『独楽の旅』に変更し
 日々の活き方も変えてゆく決心をしました  そのひとつの区切りとして
 中身を見易くするために最初から順次連番付けをして整理してみました

 その中で目立つ [旅] をピックアップして下に列挙しました
 余分な一刻がありましたら訪ねて観てください


            どうぞ!! 

  (2012,12,27) *415- 『山陰山陽2日間の旅(津和野・萩・錦帯橋・厳島) (阪急)』
  (2013,03,04) *424- 『カンボジア3日間の旅(アンコールワット) (クラツリ)』
  (2013,04,10) *430- 『宮古島3日間の旅(八重干瀬(やびじ) (阪急)』
  (2013,07,26) *447- 『カナダ8日間の旅(ナイヤガラ・カルガリ・ロッキー・バンクーバ) (阪急)』
  (2013,10,31) *455- 『秋の京都見学の旅(延暦寺・東寺・京都御所) (クラツリ)』
  (2013,11,29) *458- 『石州の旅(世界遺産石見銀山) (自家用車)』
  (2014,01,07) *462- 『平成25年末から26年始へ北海道4日間の旅(クラツリ)』
  (2014,01,07) *463- 『平成26年高蔵十ヵケ寺巡り (とうてつ)』
  (2014,04,09) *477- 『元善光寺の旅(舞台桜) (名鉄)』
  (2014,05,19) *485- 『南米10日間の旅(マチュペチュ、イグアス、クスコ、ナスカ) (阪急)』
  (2015,04,26) *514- 『南九州3日間の旅(屋久島・鹿児島) (阪急)』
  (2015,05,06) *515- 『熊野三山・勝浦の旅 (名鉄)』
  (2015,05,11) *516- 『欧州10日間の旅(ドイツ・スイス・フランス・英国) (阪急)』
  (2015,08,01) *518- 『貴船の川床料理 (名鉄)』
  (2015,08,26) *521- 『中国西部10日間の旅(九寨溝・黄龍・楽山・成都) (阪急)』
  (2016,02,02) *539- 『クルーズ10日間の旅(カリブ海、キューバ) (クルプラ)』
  (2016,03,16) *540- 『モロッコ10日間の旅 (阪急)』
  (2016,05,13) *542- 『クルーズ10日間の旅(西地中海) (テルミ)』
  (2016,10,15) *546- 『スペイン10日間の旅 (トラピクス) 』
              


**********************

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

546-[スペイン10日間の旅 (トラピクス)]

2016年10月25日 | [[外国旅行]]



[サクラダファミリア大聖堂]
 (煌めきのスペインハイライト10日間:阪急)

スペイン10日間の旅を終えて10月24日の夕方、セントレアに帰ってきました
期間中いろいろな事がありましたが人身事故もなく、今回は外国負けする事もなく帰国できました
先ず、旅の募集計画で予定された行動を記述し、
旅の終わりに添乗員(高橋ましこさん)が書き残してくれた日々の旅日記と
自分が記して残したメモを参考に日々の観光行動を回想し、旅の経過の概略を記述します
続いて旅行日毎の映像をスライドで回想します
最後に総合所見を記して纏めます


--------------------------------------------
スペインへの移動の旅 (15日 土~16日 日 晴れ) :

「行動予定」
 10/15 夕方、参加者19名はキャシーパシフィック機(以後CP機)で
 香港経由でマドリッドへ出発
 10/24 予定の全日程を終えCP機で香港経由セントレアへ

参加者19名がセントレア(中部国際空港)に集合
10日間のスペインへの旅が今から始まります
セントレアと香港の両空港ではビジネスクラスラウンジで軽食と休憩で過します
香港空港ではマドリード行きの便への乗り継ぎの待ち時間に何者かに掏られてしまい、、
ビジネスラウンジで旅に携行してきたウオークマン(NW-505)を充電中、盗られたのです
この旅はウオークマンのない淋しい旅から始まってしまったのです
キャセイパシフィック航空 (CX-0539便 B7-200) で香港に到着
 (日本と香港の時差:マイナス1時間、飛行時間約4時間10分)
香港からマドリッドまでは同じキャャセイパシフィック航空(CPと略す) (CX-0315 B7-300) に乗り換えて飛行
 (香港と日本との時差:マイナス8時間、飛行時間約13時間55分)

スペインへの往復空の旅(香港経由日本マドリッド間往路)のスライドで観て下さい   

13時間のフライトはウオークマンの紛失で飛行中に退屈し余計な疲労感を感じる旅になりました   


--------------------------------------------
スペインの旅 1日目 (16日 月) :

「行動予定」
 マドリッド到着後 [サラゴザ] へ移動
 [アラゴン王国] の
  市街見学
  ピラール聖母教会観光
 見学後バルセロナのホテルへ(宿泊)


「添乗員の日記などから」
09時 ホテルに着くと各自は荷物をホテルに残して、
待機していた観光バスに乗り替え、早速
[サラゴザ](アラゴン王国の古都) に向いました
好天の元、気持ちの良い早朝のマドリッドのドライブでした
 (約310km、約4時間30分)
先ず、レストランでスペイン風のオムレツの昼食に食べ、
世界で初めて聖母マリアに捧げられたと云われる 「ピラール聖母教会」 を観光しました
幸運にも今日はこの地方で盛大に行われる花祭り 「ピラール祭り」 の最終日に出会えました
献花で盛り上げられたの豪華な花の塔は1年に一回、この時期にしか見られないのだそうです

スペイン 10日間の旅は好天のもと賑やかな花祭りの見物から始まりました
見学を終わって[バルセロナ]のホテルまでバスで移動しました
 (約310㎞、約4時間30分)
ホテルに帰り、パスタと白身魚の夕食を頂いて、スペイン初日の夜の床に就きました
今日は名古屋から香港、マドリッド、サラゴザ往復 と長距離・長時間の移動と観光の忙しく長い1日でした

  宿泊:機内泊 と バルセロナのホテル [バルセロナゲート] 


[16日の中日新聞記事]:
 天皇陛下 6年前に譲位意向
 拉致被害者松本さん平壌で入院か
 江戸の「コンビニ」
 ボート2会場 問題点は
 ルヴァン杯 浦和が優勝
 浜岡協力金 40億円超す
 カープ 日本S進出


スペインの旅初日(サラゴザ市内の観光)の様子をスライドで観て下さい   


--------------------------------------------
スペインの2日目 (17日 月) :

「行動予定」
 マドリッド到着後 [サラゴザ] へ移動
 [アラゴン王国] の
  市街見学
  ピラール聖母教会観光
 見学後バルセロナのホテルへ(宿泊)

「添乗員の日記などから」
 ボンディア!!
 ガイドのトモコさんと共にバルセロナ市内の観光に行きました
 バルセロナ市民から”ラ・セウ”と呼ばれている 「カテラルド」 を観光し、
 写真の撮影、スペインで1番の人気スポット、「サグラダ・ファミリア」へ!! 
 完成まで何年掛かるか判らないと云われていましたが、
 ガウディ没後100年の2026年(今年から10年後)に完成を予定、
 既に世界遺産に登録されております
 「サンパウ病院」を訪問し写真撮影
 昼食は名物レストランにてシーフード [ミックスペエリア]を美味しく頂きました
 「ラスファレラス水道橋」 を観光し写真撮影
 悪魔の橋とも云われる程あっと云う間にこの施設は完成したそうです
 そして、[バレンシアの街] を車窓から観光
 今日はエルサレムのパラドールに宿泊です
 ホテルで優雅に楽しい食事を頂きました

  宿泊:エルサレレールのホテル [パラドール・エルサレ-ル] 


[17日の中日新聞記事]:
 新潟知事に再稼働反対派
 乳児液体ミルク解禁へ
 北朝鮮ムスダン発射失敗(直後空中爆発)
 視覚障碍者また悲劇
 弘前シードル楽しんで
 日本OPゴルフ 松山V
 阿蘇 祖父引継ぎ農業の道
 大谷が国内最高の165キロ


スペインの旅2日目(サグラダ・ファミリアの観光)の様子をスライドで観て下さい   


--------------------------------------------
スペインの3日目 (18日 火) :

「行動予定」
 バルセロナ市内を観光
  * サクラダファミリア
  * カサ・ミラ
  * 大聖堂
  * 世界遺産のサンパウロ病院
  * カサバトリョ
  * 世界遺産のラスファレラス水道橋

「添乗員の日記などから」
 ブエノス ディアス! 
 スペイン第7位の都市 ムルシアまでバスで移動 (237km 約3時間30分)
 昼食はメルルーサのフライを頂く
 食後、バスは [グラナダ] まで移動 (278km 約4時間)
 ホテルに荷物を置いて、ガイドのベルナルトさんと共に [グラナダ] 市内の観光へ
 「アルハンブラ宮殿」 への入場・観光です
 そして一年を通じて250種類ほどの草花が観られる [ヘネラリーフェ離宮の庭園] を散策・観光
 観光後ホテルに帰り、バイキングの夕食
 食後、「フラメンコショウ」 の見学に出かけました
 洞窟フラメンコを目の前で踊る洞窟フラメンコの迫力は際立ち一見する価値があります
 小型バスに乗って深夜のグラナダの細い道を駆け抜けてホテル到着・就寝(深夜の24時)
 今日は長く疲れの大きい1日でした   足も頭脳もクタクタ ヘトヘトに

  宿泊:グラナダのホテル [アリサレス] 


[18日の中日新聞記事]:
 生前退位 8論点提示(有識者初会合)
 名古屋城天守閣 本当に閉鎖?
 展示鳥は「譲渡禁止」
 [iPS細胞]で大量卵子
 支援の連鎖が力くれた
 介護報酬詐取疑い逮捕


スペインの旅3日目(アルハンブラ宮殿の観光)の様子をスライドで観て下さい   


--------------------------------------------
スペインの3日目 (19日 水 晴れ) :

「行動予定」
 白い村 フリヒリアナ村 を見学
 白い村 ネルハ村 を見学
 白い村 ミハス村 を見学

「添乗員の日記などから」
 ボンディア
 1982年スペインで最も美しい村に選ばれたアンダルシアの3つの白い村を散策・観光しました
 [フリヒリアナ村](ホテルから約106km 約1時間45分) から
  [ネルハ村](約9km 約15分)、[ミハス村](約93km 約1時間30分) の3つの白い村を散策観光してきました
 昼食は見晴らしの良い高台のレストランで食べ、食後、スーパーマケットにも買い物を兼ねて訪ねました
 村のおじいちゃんも風土に合ってのんびりしたスタイルでした
 「コスタ・デル・ソル(太陽海岸)」 の名前に相応しい[ネルハ村]に。 
 海の色とのコントラストが素敵でした。
 好天の青空を背景にした美しい景色 白い建物に青い空 どこを写真に収めても素晴らしい絵になります
 そして3つ目の小さなかわいい白い村 「ミハス村」 に今夜は宿泊します

  宿泊:ミハスのホテル [TRHミハス] 


[19日の中日新聞記事]:
 松坂屋 日タイ交流80年
 三菱重工が大型客船 撤退
 広島・黒田 今期で引退
 一票の格差 合憲2件目
 三菱重工がMRJで[クラスター]設立へ
 IOC交え費用協議へ:五輪会場月内に結論
 政府 北方領土帰属こだわらず


スペインの旅4日目(3つの白い村を観光)の様子をスライドで観て下さい   


--------------------------------------------
スペインの4日目 (20日) :

「行動予定」
 フスカル散策
 ロンダ市内散策
 闘牛博物館

「添乗員の日記などから」
 08時にバスでホテルを出発し、
 バスは山間部を走り抜けて [フスカル] へ向かいます
 美しいガイドのマリアさんと一緒に87km先(約1.5時間)の [フスカルの村] へ向かい、
 散策観光しました。 街中の至る処に[スマーフ]だらけでの村です  
 人口は僅か220人で、スーパーも病院もないこじんまりとした可愛い村でした
 この村から約24㎞の [ロンダ] へ移動して [タホ渓谷] の断崖絶壁の町 [ホセガイド] を観光 
 そして、闘牛の町へ
 闘牛の第一人者 [ペドロ・ロメーロ]は、8歳で闘牛を始め、6,000頭の牛と闘い、
 一度もケガをすることなく72歳まで現役で過した闘牛士だったそうです
 彼はまさに闘牛士になるために生まれてきた人で、
 ここの[闘牛博物館]では彼を中心に展示してあり、興味深く見学できました

 昼食はスペイン名物の 「ガスパッチョと烏賊墨ライス」 でした
 美味しかったです
 今日は朝、着いてからのびっしり詰まった観光スケジュールで疲労の1日になりました
 そして 「セビリア」 へ移動 (約128㎞ 約2時間)
 ガイド(ホワンセさん)と一緒に先ずはスペインで一番美しい広場と云われている 「スペイン広場」 からスタートです
 大きなカテドラルに立派な [ヒラルダの塔]を見学してホテルへ
 明日も楽しい1日でありたいものです

  宿泊:コルドバのホテル [マシア・アルファロス] 


[20日の中日新聞記事]:
 高浜原発審査で過労自殺
 原発費用 総額30兆円:国民負担増
 自殺中2写真一転受賞へ
 リニア認可2年 課題は?
 コラボ線香 いとおかし
 「ワンダーコアに欠陥」


スペインの旅5日目(フスカルの村、闘牛の町を観光)の様子をスライドで観て下さい   


--------------------------------------------
スペインの5日目 (21日) :

「行動予定」
 コルトバ歴史地区の観光
  * 花の小径
  * ローマ橋
  * メスキータ
 昼食後コンスエグラへ移動 (約281㎞ 約4時間15分)
  * ラ・マンチャ地方の風車群を見学
 見学後マドリッドへ移動 (約131㎞ 約2時間)
 途中のレストランで夕食後ホテルへ移動 (到着予定 20:30)

「添乗員の日記などから」
 ガイドのアンジャラさんと共に09時にバスで
 [コルトバ] の歴史地区の観光へ向かいました
 観光名所として有名な [緑の花の小径] へ向かいました
  (残念ながらこの時期は名前に相応しい[花の小径]に花は見られず、
  「ここがその小路なのか」
 と疑うくらい全く花は見られない状態でした
 これは却って旅の懐かしい想い出になってしまいました
 続いて[ユダヤ人街]を通り抜けながら民家、商店を見学していきました
 [ローマ橋] も素晴らしい遺跡でした パティオがなんと素敵なんでしょう!!
 イスラム部分が大きな面積を占める中にある
 カトリック部分メスキータの中へ!!  
 8世紀から10世紀にかけて拡張された854本の柱の森
 昼食後、バスで [コンスエグラ] へ移動
  (約281㎞ 約4時間15分)
 ラマンチャの高台に建つ5台余りの風車群の見学です
 ドンキホーテ作品の舞台を忍ばせる風景で、
 バスを降りて風車の足元まで歩いて小高い山頂まで登り、
 見学者に解放されていた風車の一つに入って内部を見学させてもらいました
 風力で回転する風車で駆動する杵と臼でトウモロコシの粒を潰して粉にする
 仕組みをまじかで見学させてもらいました
 風景に溶け込んだドンキホーテ色豊かな見学体験でした
 見学を終わってバスで マドリッド に向かいます
  (約131㎞ 約2時間)
 夕食は中華料理店で中華の食事でした

   宿泊:マドリッドのホテル [ミゲルアンヘルバイブルーベイ] 


[21日の中日新聞記事]:
 トヨタ 電池自社開発
 米大統領選 最後の討論会も中小合戦
 伊調選手に「国民栄誉賞」
 平尾誠二さん死去(53)
 三菱自 益子社長が留任
 電通3年前にも過労死


スペインの旅6日目(コルトバ の歴史地区、緑の花の小径、ラマンチャの風車など)の   
様子をスライドで観て下さい   


--------------------------------------------
スペインの6日目 (22日) :

「行動予定」
 マドリッド市内の観光
  ブラド美術館
  マヨール広場
  王宮
  ゴヤの礼拝場
  グランピア
  土産店でショッピング
 昼食後午後は自由行動 (一部の人はOP-2の行事に参加)

「添乗員の日記などから」
 今日はスペインの滞在最後の日です
 雨の中をマドリッド市内をの観光して回りました
  [ゴヤの礼拝堂]、
  [スペイン広場の王宮]、
  [プラド美術館]、
  [マヨール広場]、
  [グランピア]
 を見学して回りました
 歴代スペイン王家のコレクションを集めた 「プラド美術館」 の見学では
 ガイドの赤池さんの深い知識を駆使しての丁寧な解説・説明で
 充実した時間を過ごすことができました

 見学を終って、味の良い生ハムと白身魚の料理を食べさせて
 くれると云うレストランで昼食を頂きました

 今日は[旅の最終日]です
 生憎く朝から強い雨に悩された1日でした
 昼食から夕方までの自由行動はマドリッド市内の地図を頼りに
 街の中を歩いて散策する計画でしたが降り続く生憎の強い雨の中
 知らない土地で車で混雑する中を傘を差しての散策は危険ですので
 早々と散策をするのを諦め、タクシーを探して乗り込み
 今夜も宿泊予定のホテルに向かいました (11ユーロ)

   宿泊:マドリッドのホテル [ミゲルアンヘルバイブルーベイ] 


[22日の中日新聞記事]:
 鳥取中部で震度6弱(M6,6 揺れ瞬間「熊本」並み)
 人工知能で保育支援(名古屋)
 架橋贈収賄4人起訴
 無年金者救済法成立へ
 自動運転に地方熱視線
 将棋ソフト問題を調査


スペインの旅7日目(プラド美術館などマドリッド市内の観光)の様子をスライドで観て下さい   


--------------------------------------------
帰路の旅 (23日~24日) :

「行動予定」
 23日09時にホテルを発ち、マドリッド空港へ 
 出発時間(12:30)までラウンジで待機
 23日12時30分 マドリッド発のCP機(CX0320)で香港に向かう
 24日07時05分 香港に到着
  (飛行時間約12時間35分 マドリッドと香港の時差:プラス8時間)
 24日10時10分 香港発のCP機(CX0536)でセントレア(名古屋)に向かう
  (飛行時間約3時間50分 香港と日本の時差:プラス1時間)
 24日15時00分 セントレアに到着
  空港で所要の手続きを済まして解散し、名鉄と高速バスで自宅に向かう

「添乗員の日記などから」
 スペイン10日間の旅は昨日以外は好天に恵まれ全ての計画を終了し、今日は帰国の途に就きます
 スペインには現在世界遺産が44件あり、世界で3位だそうです (今回の旅ではそのうち5か所を見学)

 09時にバスで宿泊ホテルを出発、空港へ向かう
 セキュリティ検査時に列の前後にいた中国婦人の荷物にクレイムがあり手間取る間に
 自分の帽子、上着とPPを入れた3つ目の籠の行方が何時の間にか行方不明になり、
 添乗員も一緒になってレーダー門の周囲を観て回るが見つからず、
 ポリスに状況を申告して調べて貰う
 PPがないと帰国できないので意気消沈の状況に
 約1時間して(この間トイレに)検査場に戻ってきて係官に尋ねると
  「これか?」
 と云って不明の3品入りのパンを出してくる
 何と不思議な出来事だったのだろうか
 この近隣国では全ての人が信用できない事を改めて認識させられる出来事だった
 荷物の個数を減らし、注視の目を離さないことが緊要と知りました
 幸い再発見でき無事に帰国できた事を感謝し努力してくれた添乗員に感謝したい
 無事、出国手続きを終えて予定通りにマドリッド空港から
 CP航空(CX-0320 B7-300)で香港に向かい到着
  (時差+2時間、飛行時間約12時間35分)
 香港からは同じCP航空(CX-0356 B7-300)に乗り継いでセントレアに向かい、
 15:00無事に到着しました
  (時差+1時間、飛行時間約3時間50分)
 スーツケースを受け取り、16:30発の名鉄電車で名駅に向かい、
 名駅から特急バスで桃花台に向かい自宅に19時帰着できました
 いろいろありましたが無事に自宅に帰って来られた事に感謝します 


[23日の中日新聞記事]:
 補助犬 なお入店拒否も
 田部井淳子さん死去(77腹膜がん)
 遭難13日ぶり救助
 岐阜市議、自社に政活費
 税逃れ市民が監視を
 オプジーボの効果判別
 害虫で松茸SOS

[24日の中日新聞記事]:
 衆院2補選 自民系勝利
 安保法新任務を明言
 平幹二郎さん死去(82)
 AT&Tが8,9兆円買収
 オプジーボの効果判別
 害虫で松茸SOS


スペインへの往復空の旅(香港経由して日本への復路)のスライドで観て下さい   


****************************

[総合所見]

⇒ スペインとジブラルタル海峡を挟んだ隣国モロッコの類似点相違点

1、スペインにはアンダルシア地方に小さな白い村が3つ
   ('16,10,19訪問のフリヒリアナ村、ネルハ村、ミハス村)
  あります
  一方、南の隣国のモロッコにはシャウエンのメディナ・青い街 ('16,03,18訪問)があります
  その生い立ちなどの詳細を私は知り得ませんが両者の大きな違いは白色か、
  青色かの差で、街の構造などよく似ておりそこに住む住民達が各自で
  ペイント缶と刷毛を手に自宅の外壁を塗り直して
  新鮮な色に改善しているのです
  世界の人々に知られ、世界各地から訪れる観光客も増え、
  その効果を有効に利用しているのです

2、スペインの白い街もモロッコの青い街もキリスト教徒とイスラム教徒が混在して
  生活する中では宗教的対立も起こります
  侵入してきた異教徒など外部の者が侵入したら容易に脱出する事ができないように
  迷路造りになっているのだそうです
  歩いてみて双方の街には多くの点で共通している事に驚かされました

3、もう一つの両国の類似点は王宮の造りです
  愛妾をはべらす部屋の配置や造りも実によく似ております
  比較するとモロッコの方に豪華さなど資金の投入額などで
  軍配が上がるのではないかと思いました

4、現在のスペインに至るまでにはローマやアメリカなどとの
  長い闘争の歴史があり現在に至っているのです
  日本と違って昔、世界史の受験勉強で悩まされたように難しい込み入った
  長い闘争(侵略・占領)の歴史があったのです


⇒ 盗難に注意

1、海外旅行では常時要注意
  5月の地中海クルーズでは携行した買ったばかりのカメラを一瞬目を離した隙に
  船内で盗まれました('16,05,16)
  そして今回は香港で、ウオークマンの置き引きに遭遇しました
  不運の一言では済まされません
  外国に出かけたら自分の物は肌身離さない事が基本でしょうが
  周囲の人は皆善人に見えるのですが
  日本の人は(特に私には)直ぐに隣の人は悪人ではなく気を許してしまうのです
  信じて気を許してはいけないのです
  戦後の日本で 「他人をみたら泥棒と思え」 と云われた一時期がありました

2、先日('16,07,18) 日帰りバス旅行で静岡県の久能山東照宮を参拝した時、
  境内の売店でソフトクリ-ムを買って食べたのです
  バスに帰って財布の紛失に気づいたのですが戻ってくる可能性はないと
  諦めて帰宅しました  すると
  翌日午前、東照宮社務所から電話があり、財布が届いているとの朗報です
  「さすがに日本だ。」 と日本国民の正直に感心し満足し誇りに感じました

3、今回のスペイン旅行から帰るとき、マドリードの空港での税関検査で
  パスポートとカードを入れた携帯袋の行方が不明になり
  言葉の通じる添乗員も一緒になって探してくれたり、警官に聞いてくれたり
  したのですが彼ら誰も知らないと云って本気で対応してくれないのです
  1時間以上粘っていると
   『若しかしたらこれじゃあないか?』
  と探し求めていたパスポート、帽子、コート、現金入りの財布などを
  入れたケースを持ち出してきたのです
  どう見ても何処かに隠していたとしか思えない様子だったのです
  添乗員も私もそれまでの彼らの対応を見ていて納得できない不思議さを
  感じ抗議を始めたのですが自分の大切な物が手元に無事に戻ってきたので
  それ以上に抗議はやめて早々にラウンジに急いだのです
  これからは警官でも信用してしまうのは危ない事である事を
  肝に銘ずべきと認識したのです


⇒ トラピクスについて

1、スペインツアーの募集広告に「人気添乗員同行」の特記が
  あったのでできたらこの日にと思い申し込みました
  参加してみると特記されたようなの内容はなく
  問題点の多い方でした

2、添乗員が配る日々のメモ紙(A5)の記述について
  往路、復路共 時差修正の記述が無い
  毎日、添乗員の氏名を中央に大きく印刷 (不要)
  添乗員の携帯電話の番号を毎日中央に大きく印刷 (不要)
  参加者は初めてのコースで記憶に残り難いのです
   添乗員のコース訪問は再々の筈ですから
   判り易い解説のテンププレートを作っておいて利用して欲しい

3、観光で外食する時はその場所は事前に設定されている筈なので
   レストランの
    名称・住所・電話番号等
   の記載は必須です

4、混雑する観光地の見学引率が適切でない
   独りでどんどん進んでいく(確認の振り返りが少ない) 
   添乗員の位置標示(シグナル旗)が見難く見失いやすい

5、参加者は高い料金を支払っての参加しているので何か不満な事があっても
  添乗員はその時の感情を直に表す事は遠慮して欲しいと思います



▲**********************▲


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

545-[三重で松茸大盤振る舞い(名鉄)]

2016年09月07日 | [バス旅行]


[名鉄日帰りバスツアー募集広告]


 台風13号が太平洋上を北上してくる予報で 和歌山、三重 は時々雷雨に襲われそうです
 バスは春日井車庫を定刻の 07:45 に出発し、小牧駅とMVを経由して
 8割くらいの参加者を乗せて[小牧南1C]から名古屋高速に乗り三重に向かいました
 御在所[EXPASA]でトイレ休憩(09:05)
 [芸濃IC] で高速道を降り、最近オープンしたばかりの(7月2日) [朝津味] に立ち寄りました
 バスツアーを呼び込むのはこうした高速道沿いに開店した店舗には好策です
  (9/9朝の民放でここを放映していました)
  広い店舗で朝どれの農産物などが売られており、ツアーのお客(ご婦人たち)には好評のようでした


  ジェラード(ミルクアイス\320)を賞味してきました
 高速道を下りて東海道53次の47番目の関所[関宿]にある [関ドライブイン] で食べ放題の「松茸料理」の昼食に向かいました
 松茸昼食は今日のメインの呼び込みだったのですが内容は騙された感がのこりました もう騙されない覚悟です
 

 松茸料理の昼食を食べた関ドライブイン

   *関の山(山車)の言葉は此処の八坂神社の山車に由来します
   *店の入り口に「右いせどう 左じんぐう*」(漢字*が不明)
 [甲賀土山IC] から高速道に乗り[信楽IC]で高速道を下りて




 信楽(シガラキ)の街に向かい、各所に散在するたぬきの焼き物を見て回りました







信楽町[新宮神社]に参拝

[甲賀土山IC]で高速道に乗り(12:50) 途中買い物に [澤善] と [関ドライブイン] に立ち寄り帰途につきました


[澤善]

[名古屋西IC] で名阪道を下り [小牧南IC] からMV、小牧駅を経由して[春日井車庫]に帰着
自分の車(SUV)に乗り継いで自宅に向かい、18:20 に無事帰着しました
三重から和歌山は台風13号で雷雨の襲来が見込まれたのですが好天で過ごせた事に感謝です
右いせどう 左じんぐう*」
15:25 御在所[EXPASA]で鯖寿司購入 [夕食]に
16:40 [名古屋西IC]で高速道を降りて名古屋高速道に
16:55 小牧南ICで高速道を降り、小牧駅、MV経由して
17:40 [春日井車庫]へ帰着 ⇒帰宅(18:00)

********************(4/24:完)**

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

544-[久能山東照宮参詣]

2016年07月18日 | [バス旅行]


[名鉄日帰りバスツアー募集広告]

かねてから一度は訪ねてみたいと思っていた [久能山東照宮]参拝のバス旅に参加してきました
梅雨末期で天気に不安がありましたが当日は朝から好天に恵まれ、久能山のロープウエイも清水港のミニクルーズも快晴の天気でした
中国からの観光客も多く港には白い巨体のクルーズ船が停泊していました
今朝はバスの出発が早く、06:40に名鉄春日井車庫を出発し、総員29名のお客を乗せて小牧IC(07:45)から高速道に乗り、新東名を東に向かって前方から強い陽ざしを受けながら静岡に向かって走りました
途中、岡崎SAと静岡SAで小休止しましたが特に[岡崎SA]は斬新な設計で設備、施設とも整って素晴らしいSAでした
[新清水JCT]から[清水JCT]を経由して東名の[清水IC](10:20)で高速道を下り、日本平に向かう

10時半にバスは[日本平]に到着  
暫く並んで待ってロープウエイに搭乗(10:50)  約10分で[久能山東照宮駅]に到着
ロープウエイの全長は約1,065mで、通常は片道約5分の所要時間で15分間隔で運行されている


長さ約1000mの日本平ロープウエイ

駅を降りて宮殿へ向かう参道は大きな石を積み上げた長い急勾配の石段が約1000段続きやっと国宝の本殿に着きます


(東照宮の一の門)


(東照宮の楼門)


(国宝の東照宮本殿)

本殿の右奥の東方眼下には太平洋、駿河湾、清水港が望め疲れも癒やされます


(家康公の遺骸が埋葬されている神廟)

約1時間で見学を終わりロープウエイ下山口で待ってる時の暑さは最高で疲れました
拝観の途中社務所売店でソフトクリームを買って食べたのです
バスに帰って財布の紛失に気付き多分あの時に落としたのだろうと帰ってくることはないだろうと諦め、最近の自分の不注意起因の事故が続くことを案じながら帰ってきました  次の日(19日)に社務所から財布の拾得・届け出があったとの電話を頂いたのです  驚愕してお礼を申し、日本人の正直さに驚いたのです  2日後の21日に親切にも郵送で送り届けて頂きました  早速、改善策として長めの紐を付けてベルトに通すことにしました
時不注意で財布を落として紛失してしまったのです
久能山を下り、バスで清水港に向かい、[マリンパーク]の中のレストラン「ジョーズ」で
遅い昼食をバイキング方式で食べました
食事内容は中華風で一寸変わっていたのはソフトクリームを自由にお手盛りできたことです

今日、7月18日は[海の日]の休日でした  観光バスは清水港の岸壁に着き、小型遊覧船に乗って快晴のもと[三保の松原]まで約25分間のクルーズを楽しみました  雨を心配して来た今日は快晴の暑いクルーズ日和になりました


(清水港から三保の松原までクルーズしました)

帰宅して翌朝の新聞を観ると南は鹿児島から東は東海地方まで一気に全てが梅雨明けしたことを知りました
待機していたバスに乗り[新清水駅]に向かいました
少し待って 15:36発 の[ちびまる子ちゃん] の絵模様がラッピングされた電車に乗って[新静岡駅]に向かいました

ちびまるこちゃん列車

この路線の途中駅(忘却)のホームには最急勾配の場所 [33.3パーミル] を表示してあり停車時間に降りて見学出来ます
秋には落葉で滑って登れないのを防ぐために蒔く [砂] が受験生たちの滑り止め祈願に人気があるそうです
終点の [新静岡駅] で降り(15:30)、静岡茶の売店 「駿府匠宿」 に寄って(16:00~16:40)お茶梳くいをして帰途に付きました
[浜松IC] から高速道に乗り、春日井に向かいました
[守山PA] で小休止し、[小牧IC](19:30)で高速道を降り春日井車庫を経由して無事に自宅まで帰着しました(20:10)

**********************

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

543- [ 岐阜銀の森、明智鉄道、付知峡 (名鉄) ]

2016年06月29日 | [バス旅行]


[名鉄ミステリバスツアーの募集広告]


久し振りの日帰りバス旅に参加してきました  [バス旅]は本当に久し振りです
梅雨末期の豪雨が鹿児島、宮崎では連日のように大雨が降り各地で被害が発生して
おり、東海も午前は☆曇りで経過するが午後には雨になる予報でした
行き先を伏せてのミステリ旅は定刻の08:30、春日井車庫を出発 途中小牧駅で2人を乗せ、都合18名の参加者でした
小牧ICから高速道に乗り、小牧JCTから中央道に入り岐阜方面へ走り、途中[屏風山PA](09:35)で小休止して恵那峡IC(10:00)で高速道を降り、右前方に「紅岩」が見えるのをガイドさんが教えてくれました  昔から中山道を旅する人達が目印にしていた大きな赤い色の岩が山肌にむき出しているのが見えます
間もなく最初の訪問地「恵那銀の森」に着きました
 ここは昨年末のバス旅の[飯田で年越しの蕎麦打ち体験(名鉄)]で来た場所です
園内を散歩してフィットンチットをいっぱい吸ってきました

[恵那銀の森入口]

次にバスで恵那駅に行き明知鉄道恵那駅(11:34発)から急勾配の山登り列車(1両)に乗って極楽駅まで山の中を走りました
途中の阿木駅にはその場所の勾配が22ミル(22/1000)ある事を示す表示がありました
木々が落葉する秋には車両の滑り止めに使われる砂が受験生に評判なのだそうです


[阿木駅の急勾配を示す表示(22/1000)]

極楽駅で降りてバスに乗り昼食場所の[山菜園]にいきました  ここは来慣れた処で食事後に耳かきをくれるのです
我が家にはここで貰った耳かきが数本あり便利しています


[食事処 山菜園]

食後、バスに乗って走ってる途中、雨が降り出してきました  朝の予報がピタリです
着いた処は付知峡不動滝入口前で、そこの売店「ひろづき」から傘を差して滑らないよう気遣って18人と添乗員は不動滝に向かって歩いていきました


[付知峡の略地図]



[雨降る付知峡の滝]

参加者はみなコースを省略しながら歩いて早々に帰ってきましたが添乗員は大雨の中を二つの吊り橋も歩いて一番遠くまで歩いたと話していました  若い女性が雨の中で脚の指間を蛭が噛みついたと云って店で処置して貰っていました
付知峡の散策は秋の好天だったら素敵な行事だったのですが滑って転ばない事ばかりに気遣いして疲れる散策でした
でもみんな無事に店まで帰ってこれたのは良かったです(14:15~15:45)

ミステリ旅の予定コースは全て終わり帰路はビデオ「釣りバカ日誌5」を観ながら無事に帰ってきました
内津峠近辺で事故が起きて渋滞しているとの情報が入り、バスは多治見で高速道を下り(15:20)、R-19を経由して帰ってきました  春日井車庫に18:15帰着し、車(SUV)で家路につきました
地中海の旅から帰ってからはカメラ紛失や体調不良などで不快でしたが今日の旅を無事に終えられうれしい事です

▲**********************▲


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

542- [西地中海クルーズの旅]

2016年05月13日 | [クルーズ]


[西地中海クルーズの旅11日間 (てるみ)]



[てるみの募集広告]


 イタリヤの西地中海クルーズの旅11日間 (参加者は総勢37人) を終わって
 5月23日(月)深夜、名古屋に無事に帰ってきました

 この章は永劫完結することはできない未完のまま続く旅日記です
 私の不注意と他人様の出来心で胸膨らませていた旅がその途中全半で腰砕けになり
 実入りのないしいらの旅になってしまったのです
 記述を続けることは不可能なのです
 でも旅に出かけた足跡だけは残しておきたいので標題は記録しておきます
 残念ですが本章はただ、それだけの章になってしまいました

 各日毎に旅の経過と簡単な所見を付して残します



 --------------------------------------

 離日の前日 (5月12日 木) 好天


 [本日の行動予定]:
  夕方、事前に予約した セントレアの [東横インホテル] に投宿
  明朝の早い出発の準備

 [本日の行動]:
 明朝のセントレアチェックインの時間が早く(07:25)、自宅から直入では間に合わないので
 web (Bookingcom)で予約した空港内の [東横インホテル] に投宿
 14時過ぎに自宅を出て、桃花台センターから特急バスで名駅に向かう


 --------------------------------------

 日本出発日 (5月13日 金) 好天


 [ 本日の予定 ]:
  07:25までに国際線搭乗口の [ てるみ窓口 ] でチェックイン
  必要書類を入手して大韓航空窓口で搭乗手続き
  インチョン行き大韓航空でセントレアを出発 ( 09:25 )
  セントレア(09:25)→(11:25)インチョン空港 ( 15:05 ) → ( 22:00 )ミラノ空港へ移動 ( 約17時間 )
  ミラノのホテル(カバリエリ デラ コロナ)に宿泊

 [本日の行動]:
  セントレア3階の [ 国際線出発ロビー19番カウンタ ] で係員 ( てるみ以外の係員 ) から書類を受領
  「大韓航空」カウンター:往路ミラノ迄の2便の航空券入手 (座席指定)
   私は座席指定の申し込みでは
    「 Aisle and Foward seat please 」
   を希望します  そして今回は
     セントレア発 ( 09:25 )→インチョン着 ( 11:25 ) ( 大韓航空 KE-752便 A330-300(2-4-2 列 ) 32C 席
     インチョン発 ( 15:05 ) →ミラノ着 ( 20:00 )   ( 大韓航空 KE-927便 B777-300(3-3-3 列 ) 31C 席
      両便とも希望通りの座席を入手でき、計画された時刻と大差なく無事運行された

  セントレアを予定時刻 ( 09:45 ) に離陸 順調な飛行の後インチョンに定刻 ( 11:15 ) に着陸

  乗り継ぎのため案内に沿って [ ゲート22 ] に急ぐ
  ゲートに至る経路が予想以上に長く判り難くかったが、
  乗り継ぎ時間(約3時間)に余裕があったので不安はなかった
   * 出発前に、添乗員からもらったレターは
     『 出発ゲートの前で待っている 』
    と云う知らせだけで、事前の電話連絡はなくてるみ社男性社員の代役で要領を得なかった

    処が名古屋からの到着した我々は彼女ら ( 成田便は2時間以上遅い到着 ) より早く
    インチョンに着陸 3時間余の待ち時間があった

    添乗員が成田からの飛行機で来る事も、何時に到着するかも知らされないままだった

    先に着いて待っていた同行者は遅れて着いた添乗員からは初めて会合で
     苦言を云われたりしていささか不満でした

  インチョン空港は [WiFi] のパワーが強く、安定して受信でき長い待ち時間も、
  添乗員と会合ができない時間を強い不安を抱いていたが
   [ウオークマン] や [タブレット] の活用やその充電などで過ごしたので
  退屈も少し癒されて過ごせた

   [てるみ] には参加者着用の識別用 [バッジ] がないので、近くにいる日本人が同じグループのツアー客
   なのか否かの判別ができず話しかけもできず孤独を感じる時間でした
    * バッジは早急に準備して欲しいです  
     準備されていないのは私の知る限り [てるみ] のみです

  『 成田からの到着は遅いので着くまで待っていて欲しい 』 と
  伝えておればこんな問題は生じなかったのです  添乗員から
  『 ゲートで待っているように 』と云う伝言ではなく
  『 「自分が到着するまでゲート近くで待っていて欲しい 』 と伝えて欲しかったのです

  連絡に問題はあったものの、インチョンでの乗り継ぎは何事もなく終わり、
  全員を乗せて略満員の大韓航空機はミラノに向かって定刻の 15:15 に離陸した

  離陸して間もなく腕時計をマイナス5時間の時差修正をして
  地中海地域の時間に合わせ旅の準備が整ったのです
  時計の時間(日本時間):午後の15:50 ⇒ 時差修正後(イタリヤ時間):午前の08:50
  今回は時差修正が簡単にできるように [100円ショップ]で買って行った時計が便利でした
  こんな時は使い易い見やすい時計が一番です

  ミラノ空港には定刻に(20:15)に着陸
  待機のバスでミラノ市内のホテル(カバリエリ デラ コロナ ホテル)に直行(105号室)
  22:00 床に入るもなかなか寝付かれないまま、イタリヤの初夜を過ごしたのです

 [本日付日本の新聞の主要記事]:(帰国後収集)
  三菱自、日産から会長
   日産2,373億円出資受け再建
   ゴーン氏「ブランド守る」
  蜷川幸雄氏さん(80)多臓器不全で死去
  ブラジル大統領:停職
  舛添知事:会議費用で家族旅行
  熊本城の惨状明らかに 全建造物が損壊

 [所見]:3,500歩
 ・インチョン空港での乗り継ぎ待ち時間の不安は避けられることです
  [てるみ] の深い配慮が必用です
  ゲートでのチェックインまで添乗員との初面会も同行者の誰とも面識しないまま長時間が不安のまま
  経過したのです
 ・大韓航空の運航も支援も満足でした



 --------------------------------------

 2日目 (5月14日 金) 曇天


 [本日の予定]:
  ホテル(ミラノのカバリエリ デラ コロナ ホテル)からジェノバ港にバスで移動
  停泊中の [大型客船:MSCプレチオーサ号] の乗船手続きをして乗船
  自室に入室 (12035号室)、
  17:00 から予定の船上救難訓練に参加(乗船者全員)
  訓練終了後(18:00)、客船はジェノバ港(イタリア) を出港
  船内泊り

 [本日の行動]:
 今朝は睡眠不足で眠たい朝でした  そんな不眠の朝は余計に早く目覚めた
 シャワーを使って目を覚ます
 愛知からの女性2人連れと同じテーブルでバイキングの朝食を食べる(07:30)
 09時、観光バスに乗って ミラノ(ボンバルデ洲)のホテルを出発して
 ジェノバ港(ビブリア洲)に向かう
 ミラノの北方約30kmにはスイスが在り、アルプスが近い距離に在る
 途中、1回の休憩をとり、ジェノバ港まで高速道を一気に走る
 今日から大型客船で待望の地中海クルーズが始まるのです

 07:30 レストランでバイキングの朝食で愛知から来た女性二人と同席 「ボンジョルモ」

 09時 バスでミラノ(ロンバルデ洲)を発ち、大型客船が停泊するジェノバ港(ビブリア洲)に向かう

 ミラノからジェノバへは 高速道が整備され、好天のもと快調に走りました
 途中1回トイレ休憩をとってジェノバ港へ急いだのです

 11:20 バスはジェノバ港に到着
 目の前に停泊する大型クルーズ船「MSCプレチオーサ号」への乗船手続きが早速始まりました

 3ヶ月前カリブ海で初めて乗った同じMSC社のオペラ号より一回りも二回りも大きい客船で
 乗船する自分らにも誇りさえ抱かせてくれる爽快な気分でした



[西地中海クルーズの全航程図]



[MSC大型クルーズ客船プレチオーサ号]

      [シップ・データ]:
        建 造      :   2013年
        総トン数     :  139,072トン  
        全長 /幅 /高さ  :  333,3m /37.9m /67,69m
        デッキ数     :   18階(お客様デッキ数:14デッキ)
        キャビン数    :  1,071室 (身体の不自由なお客様用キャビン45室を含む)
        乗客定員     :   3,502名
        乗務員数      :  約1,388名
        最高巡航速力  :  24,21ノット
        平均巡航速力  :  18  ノット



[受領したクルージングカード]


  乗船に際して先ず最初に [クルージングカード] を作って貰います
  顔写真、部屋番号(12035室)や、支払いに使う日本のクレジットカードのデータ
  USC VISA)をインプットして今後はこのカード一枚で船内の行動、や食事、施設の
  利用など完結できる便利なシステムで今後はこれを携行すれば全て自由にできる
  のです
  そのためにカードを首に架けて携行し、表示しておく必用があります
  このシステムは今年の2月にカリブ海クルーズの時も同じで便利なシステムです

 アサインされた [12035室] のドアの前には既にスーツケースが届いており、
 部屋担当のボーイさんは気さくな人で自己紹介をし合って、
 直ぐに仲良しになれました

  彼は小柄な体躯のインドネシア出身の男性で
   「ANAM くん」 と自己紹介してくれました  24歳の若く小柄な男性でした
  長い廊下の向こうから部屋を探しながら帰ってくると、
   「ハーイ Mr ヒダカ」
  と大きな声で気さくに呼びかけてくれ
   「ここがミスター ヒダカ の部屋だ」 と教えてくれるのです
  彼のインドネシア人らしい素直な性格に感謝して日々を過ごすことができました
  この旅に
    「F-15にピンを持ってきて彼にあげれば良かった」
  と残念に思ったのです

 前回の [MSCオペラ号] では使用しなかった部屋の金庫を
 今回は [パスポート] の保管に使用してみようと思いたち
  (前回の[オペラ号]ではスーツケースの底に仕舞っていたがちょっと不安だった)
  今回は先ず何も入れずに試しに開閉操作をして、作動確認をしてみようと閉めたら
  案の定、私の手順間違いで開かなくなり、フロントに電話して
  解錠操作してもらう羽目になってしまったのです (失敗談)
  診に来てくれた係の黒人男性は途中で色んな数字を紙にメモして帰って行き
  その日の午後夕方にはみてみると正常に作動できるように復帰していました
           →有り難う

 その後は[パスポート]を入れて保管し、
 離船の前の日まで[パスポート]と紙幣の保管に有効に使いました
 今回の失敗は今後の旅に役立つ失敗体験でした (これも人生勉強です)

 クルーズの最初の食事を [ビュッフェ] で食べながら、横に座った外人(中年の男性)が
 スマホでインターネットに繋いでる様子だったので無遠慮にも話しかけてみて(勿論英語で)
 私の [Blog] のアドレスを告げ、日本語ソフトで造ったブログがどんな表示をするのか
 見せて欲しいと告げ、ブログのURLを教えて打ち込んでもらったが、
 表示しないと告げられどうしてなのか判らないまま残念にも諦めたのです
 後から気付いたことは私が慌てて自分のブログのアドレスを間違って教えていたのが
 原因だったのです  思い返すと恥ずかしいことです
 残念にも仕方ないと諦めて別の話題に話を代えて会話を続けて過ごしたのです
 後でその時教えたアドレスは自分のミスで間違って告げていたので開けなかったのです
 もし、正しいアドレスを教えていて開いて貰っていたら【独楽の旅】の表示を知る事が
 できたのにと残念な失敗の経験でした  恥ずかしい旅の想い出話の一つです

 「緊急訓練」:17:00~
  事前に知らされていた時刻に船内に警報音がなり、緊急訓練が始まった
  前回の体験があったので指示通りに行動して[ボーデングカード]で参加確認を取って
  指定の"D"区に集合し、ライフジャケットの操作法などの訓練して終わる
   ⇒この訓練を終わると船は出港可能になるのです

 [プレチオーサ号] はゆっくりとジェノバの港を出港:18:00 

 14階の [ビュッフェ] に行って夕食

 食事を終えて自室への帰る途中、自室の真上にある15階の [Gym] を訪ねてみる
 オペラ号で知ってる要領に倣って準備されているA-4の紙に署名して
 クルージングカードにGymの印紙を貼ってもらう
  (このシールは貼ってなくてもGymの利用はできが体験記念に貼付してもらう)

 部屋に帰って荷物の整理をしていると自分の身体が前後左右に大きくゆれて平衡感覚が
 おかしくなり直立できない酔っ払ったような感覚になってきたのです
 健康が不安になり早々に仕舞ってベッドに入る  もう何も感じない

 次の日にこの事を話題にしてみると添乗員の彼女も同じ経験をしたと話し、
 海のうねりで船が大きくローリングしていたのだろうと云うことに落ち着いた
 同じような体験は一日おいて次の夜にもあったが初日に比べると軽かったようです
  カリブ海クルーズでは一度も体験しなかった体験でした
  カリブ海より昨日の地中海の方が波高くうねっていたのでしょう

 [本日付日本の新聞の主要記事]:
  熊本地震1ヶ月:避難なお1万人
  舛添知事:政治資金で謝罪
   辞職否定 私的宿泊、飲食計上
  三菱自本社が改ざん指示か

 [所見]:3,000歩
  世界の巨大客船「プ5チオーサ号」に乗船しての手続きを終わり、西地中海での初日の航海を無事に終わり
  巨大客船の雰囲気を少し味わうことができ、明日からのクルーズが益々楽しみになってきました



--------------------------------------

 3日目 (5月15日 土) 快晴


 [本日の予定]:
  チビタベッキア(イタリア) に入港:07:00 (滞在10時間)
  オプション-1(有料):チビタ・ディ・バニョーレッジョ の観光
  チビタベッキア(イタリア) を出港:17:00
  船内泊り

05時に起きだしてD-15をウオーキング
05:51の日の出を歩きながらデッキの上で観賞
今朝は「インカマヤバイキングレストラン」で朝食  快調な食欲
昼食用にパンとジャムを頂いて行く

08:15の集合時間めがけてOP-1の支度・準備をしてD-07(グリーンサックジャズバー)の前に習合
参加者は 8/37名 のみです  他は家族などでの行動らしい  
独楽の旅はやはり寂しい  今日は停泊時間は僅か10時間で16時前には帰り着かなければならない忙しい見学です

今日訪ねる処は 「死にゆく町」、「滅びゆく町」の別名をもつ小さくも有名な町「チビタ・ディ・バニョレッジョ」です
バスが走る途中の道の両側には新緑の草原が広がり、その緑の中にオリーブ畑が広がっております
その緑地の中に所々に牛やひつじが放牧されていました

 
04
[ひつじが放牧されている新緑のオリ-ブ畑]


そしてバスが行き着いて停まった先には長さが300mくらいの一本の狭い石造りの橋があり、
その先には浸食されて切り立った崖山の上に山城のように密集した住居の町があります

 
05
[渓谷を挟んで約300mの石造りの橋を渡ると
 その先に滅び行く町と云われる小さな町が崖の上にあります]


 この町は別名「死に行く町」「滅び行く町」と云わておるそうで、
 狭い崖の山の上に建つこの町は2500年くらい前に造られたと云われているそうで
 人口は僅か20名くらいだとか、滅び行く町と云われても頷ける状景でした

 
06
[石造りの橋を渡るとチビタ・ディ・バニョーレッジョの小さな町です]


見学を時間刻みで終わり、船への帰途に着きました
好天の見学で助かりました
バスは約1時間、高速道を走って14時前に船に帰着し、
部屋に荷物を置いてD-14の [ビュッヘ] に急ぎました

食事を済ませ部屋に着いてベッドに寝転ぶとちょうど船は出港のためエンジンの轟音が響きだしたころでした
今夜のレストランでの夕食はパスです

夜の時間があるので短パンとスニーカーに着替えて14階の [Gym] に行ってみました
舳先の高い処からの眺めは最高です  暫くストレッチをして身体をほぐして過ごしました


 [本日付日本の新聞の主要記事]:
  構造スリット有無でマンション損傷に明暗
   施行不良も発覚
  木造名古屋城に賛否両論
  物価上昇でエンゲル係数上昇
  三菱自本社が改ざん指示か

 [所見]:6,000歩
  客船の停泊時間が短いので観光の時間が限られた忙しい見学でしたが
  見学場所とのマッチがよく十分満足な見学ができました

  船の構造、配置も大分理解出来あまり迷わずに行動できそうです



--------------------------------------

 4日目 (5月16日 日) 曇天


 [本日の予定]:

  パレルモ(シチリア島) に入港:09:00 (滞在6時間)
  OP-2(有料):パレルモのチェファール の観光
  バレルモ(シチリア島) を出港:15:00
  船内泊り

早く目を覚しベッドを出て、15階デッキでウオーキングを実施
 →今朝はD-15のデッキを吹き抜ける風が強烈で身体ごと舞挙げ吹き飛ばされそうになるので服装をしっかりと固縛して整え、上にウインドブレーカで絞めて安全を確めながらつづけました
 →14階のデッキには船側に壁があり吹き抜ける風を防いでくれるので
  下の階に降りて用心しながらウオーキングを続けました
今朝は吹き抜ける風が特に強く、ウオーキングする人も少なく、
日の出の撮影に起きてきて待機している人も見当たらない

船は入港予定時刻の08時にシチリア島バレルモに入港
シチリア島はオリーブとワインの島で有名です
バレルモはイタリアでナポリに次ぐ大都市だそうです
また、シチリアにはヨーロッパで一番高い活火山の[エトナ山(3,350m)]があります
カセィドラル、パラティーナ礼拝堂が観光名所です
今日の市内見学を終わり、バスに乗って14時に船(港)に帰り、乗船検査を受けて乗船
予定通り15時に発動機の排煙を風に吹かれながら低く警笛を鳴らして港を離れ
次の寄港地マルタ島に向けて出港しました

 

  [パレルモのチェファールの景観-1]  


 

 [パレルモのチェファールの景観-2]


 

  [パレルモのチェファールの景観-3]


今夜の夕食のドレスコードはガラ(フォーマル)と云う連絡が今日の[デーリープログラム]で知らされていたので指定の5階の521テーブルに服装を整えて向かいました
持参した白色系の明るい色のスーツで正装(?)して早々に5階の指定の席に向かいました
食卓に座ってからの手順などはカリブ海の時に [MSCオペラ号] で経験済みなので焦らず落ち着いて食事を楽しめました
 処が食卓に出てくる皿はどれも塩辛くて残念ながら私の口には美味しいとは思えないのです
早々と食事が終え、部屋に帰ってスーツを脱いで略衣に着替え、14階のビュッフェに食べ直しに出向きました
ビュッフェで食べる食事が雰囲気的にも自由で、私の嗜好に合わせて何倍も美味しくそして気楽に品数も豊富に食べられるのです
期待いっぱいで食べ直しにテーブルに空いた席を見つけ料理を運んできて食べ直しを始めました

背負っていたナップサックをテーブルに置いてコーヒーを取りに席を立って近くのコーヒースタンドに出かけたのです  そこは 5m くらいも離れていない場所だったのです  手を伸ばせば届きそうなテーブルだったのです
コーヒーカップとミルクを持って振り返り席に近づいてみるとそこに置いていた筈のナップサック(黒色)が見当たらないのです  席を間違えたのかと見回してもそこにらには何もないのです
胸が冷め切ってしまいました  チーフらしいボーイに急いでその状況を告げて近辺を一緒に探したのですがどこにも発見できず、盗られた事に気付いたのです  引き出しも開けて探してくれたのですが見当たらないのです  あの短い時間に同じ船のお客から盗まれてしまったのです  盗った犯人はこの船のどこかに居るのです  何とも恐ろしい社会です  これが地中海で起こって現実なのです  
注意を欠いだ私が確かに間抜けで、馬鹿者だったのです  これから最も必用な大事なカメラが亡くなってしまったのです  これからの旅を予想しても想像できない味気ないものにしか見えないのです
カメラはナップサックの中に今日使ったレ-バンのサングラスと少額のユーロ紙幣を一緒に入れていたのです
買ったばかりの新品のカメラ(高価でした)を入れてテーブルの上に置いて行った [ナップサック] がテーブルの上にも付近にも見当たらないのです  やはり盗られてしまったのです
何度も辺りを見回し、テーブルの下などを探しても見付からないのです  近くにいたボーイのチーフらしい人に状況を話して探してもらったが自分の眼にも皆目見当たらないのです

チーフが教えてくれた手順で、早速5階にある船のレセプションに行って盗難の状況を話し、盗難届けの書類に記録して貰い、届け出を済ませたのです  終わっても落ち着けないのです

結局、カメラの入ったナップサックは離船するまで(いや帰国するまで)見つからないままでした
その日の夜は気分不快なままでベッドに入たのです


 [本日付日本の新聞の主要記事]:
  三菱自、日産から会長
   日産2,373億円出資受け再建
   ゴーン氏「ブランド守る」
  蜷川幸雄氏さん(80)多臓器不全で死去
  ブラジル大統領:停職
  舛添知事:会議費用で家族旅行
  熊本城の惨状明らかに 全建造物が損壊


 [所見]:16,000歩
  今日は「他人を見たらヌストと思え」の諺を思い知らされた日でした
  自分のうかつさを恥じて、深く反省する午後でした
  今後生きていく人生の教訓にしなければと銘記しました



--------------------------------------

 5日目 (5月17日 月) 曇天



 [本日の予定]:

  マルタ島 (マルタ共和国) に入港:07:00 (滞在6時間)
  オプション-3(有料):バレッタ(マルタワインのティスティング)の観光
  マルタ島 (マルタ共和国) を出港:13:00
  船内泊り


停泊時間が短い(6時間)のでワイナリーを見学して蔵のワインのティステングが今日の見学行事です

 

  [マルタワインのティスティング工場]



 [本日付の日本の新聞の主要記事]:
  三菱自、日産から会長
   日産2,373億円出資受け再建
   ゴーン氏「ブランド守る」
  蜷川幸雄氏さん(80)多臓器不全で死去
  ブラジル大統領:停職
  舛添知事:会議費用で家族旅行
  熊本城の惨状明らかに 全建造物が損壊


 [所見]:15,000歩
  今日から必携のカメラを失ったので観光、見学の旅も面白くないのです
  みんなの後をついて歩くのも念頭にいつもカメラがあり見ても頭に刻まれない状況で過ごしたのです
  後から知ったのですが(その念頭に浮かばなかったのです)スーツケースに入れて
  持参していた[タブレット]を使って写真を撮ればよかったのです
  でも当時は[タブレット]購入間もない時期で使いこなせなかったのです



--------------------------------------

 6日目 (5月18日 火) 曇天



 [本日の予定]:
  パルマ・デ・マヨルカ に入港:20:00 (滞在夜の4時間半)
  パルマ・デ・マヨルカ を出港:24:30
  船内泊り


今日はマヨルカ入港が夜の20時と遅く、外は暗くなっており出港まで4時間半しかなく、
オプションが計画されていないので全員が船内で自由に過ごしたのです
船主側企画のOPはあったのですが希望者はなかったようです
今夜の停泊は船の航行中と同じに対応し、[Daily Program]に載っている各処の行事に参加して過ごしたのです
D-14で催行されている各種の娯楽行事を覗いてビールを飲みながら、
隣の外人と他愛もない会話を交わして過ごし[Gym]で過ごす時間も結構楽しい


 [本日付の日本の新聞の主要記事]:
  超高額がん薬投与急増
  西洋美術館世界遺産へ
  北京五輪31選手薬物陽性 IOC再検査 リオ出場困難か
  清原被告フアンに謝罪
  蔡氏揺さぶる習政権ブラジル大統領:停職
  舛添知事:会議費用で家族旅行
  熊本城の惨状明らかに 全建造物が損壊


 [所見]:27,000歩
  [Gym]などを上手に活用すれば(活用できれば)余暇を楽しく退屈せずに過ごせます
  私は今日のような時はかえって趣味を活かして過ごすことが可能です



--------------------------------------

 7日目 (5月19日 水) 曇天



 [本日の予定]:
  バレンシア (スペイン) に入港:09:00 (滞在7時間)
  オプション-4(有料):バレンシア市内の観光
  バレンシア (スペイン) を出港:16:00
  船内泊り


 

  [ロス・サントス・ファーネス教会]


 

  [カテドラル内のステンドグラス-1]  


 

  [カテドラル内のステンドグラス-2] 


 [本日付日本の新聞の主要記事]:
  首相、消費増税を再延期
  スズキ燃費不正210万台超
   27車種 200年頃から
  三菱自社長来月辞任へ
  小泉氏、米で「脱原発論」


 [所見]:17,000歩
  手許にカメラがないと知らない土地を見学しても余り興味がわかない
  昨夜は多汗で体調不良だったが既に快方へ  帰着までは要注意

  バレンシア市内見学から帰船後、着替えて[Gym]に行き夕食前のストレッチと
  ウオーキングをして、帰りに[ビュッヘ]で夕食



--------------------------------------

 8日目 (5月20日 木) 曇天



 [本日の予定]:

  マルセイユ (フランス) に入港:13:00 (滞在7時間)
  オプション-5(有料):マルセイユ市内の観光
  マルセイユ (フランス) を出港:20:00
  船内泊り

 

  [ノートルダム寺院見学(マルセーユ)]



 [本日付日本の新聞の主要記事]:
  沖縄女性失踪 元米兵逮捕
  両陛下「お大事に」 地震続く熊本の被災者お見舞い
  エジプト機 墜落確認 航空相「テロの可能性も」
  「命のビザ」:記憶遺産申請
  日本人 長寿世界一守る
  ドローンで活断層調査


 [所見]:8,400歩
  旅の主役がカメラなのにその主役が盗まれて手許にない見学旅行は何とも味気ない
  自然と口数も減り他人が羨ましそうな振る舞いになってしまうのが自分でも判る



--------------------------------------

 9日目 (5月21日 金) 曇天



 [本日の予定]:

  ジェノバ (イタリア) に入港:09:00 (離船日)
    (船内チップ各人 63ユーロ負担支払い)
  下船時に私物の果物ナイフを返却される
   (5/16外出時、昼食で使用したナイフを待ちだして見つかり没収・保管されていた)

  10時 バスで高速道経由してジェノバからミラノへ移動
  午後ミラノ市内の[ドウオモ大聖堂]を時間をかけて見学
  その後、中央駅に隣接のウナ センチュリー ホテルに歩いて帰り投宿

    

    
       [ミラノ・ドウオモの大聖堂-1]


    
       [ミラノ・ドウオモの大聖堂-2]


    
       [ミラノ・ドウオモの大聖堂-3]


    
       [ミラノ・ドウオモの大聖堂-4]


     
       [ミラノ・ドウオモの大聖堂-5]    


  大聖堂の見学を終わり、歩いてホテルは帰りながら途中の街並みを見学
  ホテル(ウナ センチュリー)で部屋(No:86)をアサインされ最後の夜を過ごす


 [本日付日本の新聞の主要記事]:
  もんじゅ受け皿明示せず
  桝添知事:外部調査を依頼
  日産と三菱自が拠点共有
  元米兵「わいせつ目的」
   日本人 長寿世界一守る
  名空港にオスプレイ →熊本地震救済活動に


 [所見]:15,900歩
  ミラノ市内のドウオモ大聖堂は実に繊細な美術品で時間の経過を忘れて
  何時までも見とれて仕舞う聖堂でした



--------------------------------------

 10日目 (5月22日土→23日日) 曇天



 [本日の予定]:

  ホテル(ウナ センチュリー ホテル)で朝食
  各自で6ユーロの宿泊税支払い
  これから
   ミラノ空路 → インチョン空港 → セントレア空港
  経由して帰国します


 [本日の行動]:
  11時までにホテル自室前廊下に各自スーツケースを出して搬送を依頼
  ホテル出発まで、十分な時間があり、多くの人が昨日の続きでミラノ市内の見学に
  行く人が多いが(独楽の旅は小生のみ)近所を迷子にならないように留意してウオーキングする
  然し私にはミラノの行動はこれで十分だとして満足しよう
  私は遠出は止めて近所を迷い子にならないように気遣いしながらウオーキングして過ごしたのです
  これは独り者の領分だと決めて諦めています
  できれば早くおさらばしたい境遇ですが今の自分にはどうしようもない現実です

  予定のホテル出発時間にバスは ミラノマルベンサ空港に向かって出発しました

  ミラノの空港では往路のセントレアと同じように
    「Aisle and Foward seat please」
  と云ってチケットを購入したのですが英語でしゃべって然も私の下手な英語でしたが
  通じたのでしょか希望した通りの座席を割り当ててくれました

   ミラノ・マルベンサ空港発(22:00)→インチョン着(5/23 16:30)
     (大韓航空 KE-928便 B777-300(2-4-2 列) 43C 席

   インチョン発(5/23 19:05)→セントレア着(名古屋)(5/23 20:55) ゲート27
     (大韓航空 KE-751便 B777-300(3-3-3 列) 44C 席
   両便とも希望通りの座席を入手でき、計画された時刻と大差なく無事運行された

  セントレアにETA通りに到着
  スーツケースも遅れずに出て来て急いで名鉄特急に乗り自宅に向かいました

  夜半の12:00に自宅に到着
  疲れも感じず急いで荷物を整理し、洗濯器を作動させて床に入りました

  旅行記の整理にこれから1ヶ月以上はかかるだろう思います
  今回はカメラの盗難事故に遭い、余計なパワーが必用になるのです

  早期に体調の回復に努め完結したい


 [本日付日本の新聞の主要記事]:
  ペイリー元国防長官:「米政府は家族に謝罪を」
  アイドル刺され重体
  白鵬最多の37度目の優勝
  賢島封鎖始まる
  田島 27試合0 新記録
  女子バレーリオへ


 [所見]:6,000歩
  期待し大きな夢を抱いて出発した地中海のクルーズの旅も最も大切なキーポイント物品
  カメラ(購入したばかりの高価な物)を盗られてしまい旅自体の骨幹を失ってしまう
  旅行になったのです

  でも添乗員や同行者の手助けを得て無事に旅を終えて帰って来ることができました
  もう歳です  自分での自覚が今回の失敗ほど(過去にも失敗は沢山ありましたが)
  身に染みて感じた事はありません
  改めて自覚を深めこれからの人生を大過なく過ごしたいと念じています
  本当に自覚でき、改心できたら今回の失敗は私の人生の肥やしになってくれると
  思います   盗られたカメラは人生の授業料と考えています



--------------------------------------

 11日目 (5月23日 日) 曇天



 [本日の予定)]:

     ミラノ発(22:00)   →インチョン着(16:30) (大韓航空 KE-928便 B777-300(3-3-3 列) 43C 席
     インチョン発(19:05) →セントレア着(20:55) (大韓航空 KE-751便 A330-300(2-4-2 列) 44C 席
      両便とも希望した座席が入手でき、計画時刻と大差なく無事に運行された


 [本日付日本の新聞の主要記事]:
  被爆者78%謝罪求めず
  うつ自殺労災提訴
  タリバン指導者死亡
  「キセノウミ」綱取りの夢繋ぐ
  サミット取材拠点完成
  笑点新司会は桂歌丸さん(79)から春風亭昇太さん(56)へ


 [所見]:8,000歩
  色々ありましたので疲れた旅になりました
  後始末に余計な労力を要し、時間的にもスタミナ的にも無駄が多かったです



--------------------------------------

 「総合所見」

  * [e-チケット]を当人へ事前に送達しないシステムが旅行社の中にあります
   理由は個人プライバシーを挙げますが間違いです
   今回の旅行中、地中海でエジプトエアー機の墜落事故が起きました
   留守家族はこのニュースを聴いて無用な心配をしないように
   個人の[e-チケット](通常一週間前に発行される)は留守宅に残しておけるように
   本人宛てに送付して([E-mail]添付または郵送)欲しい
   通常、空港で添乗員から初めて手渡されるが改善が必要と思う

  * 不注意に依る失敗がありましたので疲れた旅になりました
   後始末に余計な労力を要し、時間的にもスタミナ的にも無駄が多かったです

  * ブログの起案に以前にも増して多くの心労を要し、時日を使い遅れた

  * 主要な旅道具を失い気の入らない旅期間になってしまった
   盗られたカメラやサングラスは旅の七つ道具である事を再認識しました

  * 不備な纏めに終わりますが、今回の不始末は銘記すべき一つとして、
   [他山の石] ではなく 裏庭の小石として回顧の一助にしたいと思います

  * 地中海の5月の気候は穏やかでした
   地理的には北緯38度から北緯44度位に位置し、日本で云えば佐渡から網走辺りです
   気温は15℃から23℃くらいの乾燥した地中海気候で過ごしやすい毎日でした
   旅の期間は連日、好天が続き太陽の日射しが強く日焼け対策が必用な毎日でした

  * ドレスコードが(フォーマル)の夜、一日だけ準備してきた服装を着用して
   出席しました  料理の味付けが塩辛く閉口したのです
   ビュッフェで気ままに選んで好きな量だけ食べるのが健康的に夕食ができると
   思い以後は遠慮させて貰いました

   クルーズ旅行に二の足を踏まれる方が多いのは「ドレスコード」だと思います
   夫婦、連れで参加される方は何も怖れるに足らずで参加されたら良いでしょう
   もう一つの不安はダンスですが 「ノウ シンパイデス」
   海が好きな方は私のような老齢者でも元気なら勇んで参加して下さい
   更に若返ること請け合いです

  * 私のように単独の旅人は置物を見守って貰えないので
   食事中でも常時身に着けて携行する事が必要で一刻も目を離すと掏られてしまうのが
   世の常識だと再認識しました  この大失敗を肝に銘じて重々反省しています

  * 盗難にあったカメラは買い直したばかりで使い慣れていないので不安はあったのですが
   なんとかなるだろうと今回のクルーズ旅行に携行してしっかりときれいな写真を
   撮ってきてブログを賑やかしたいと意気込んできたのですが3日目に盗まれてしまいました
   生来の注意不足(正確には他人を盗人と疑わない)でまんまと盗まれてしまったのです
   私の旅行にはブログが付きもので、今後も旅を続ける以上、カメラは必須の装具です
   仕方なく次の旅の準備のために早速デジカメを購入して待機しています
   カメラと共に、たすき掛けのバッグ、サングラスを購入し次回の旅に備えました


  [てるみくらぶ]について

  * カードで費用の決済ができるのは有り難い
  * [e-チケット] を事前に自宅に送付して欲しい
  * 個人用の識別バッチ、ステッカー、グループ識別の旗の準備をして欲しい


********************(3/19)**


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

541- [春まっ盛りです]

2016年05月02日 | [日記]


[マンション庭に咲くヒラトツツジ]

先月14日の夜9時のニュースの最中に発生した [熊本大地震] はその後も余震が今も続き、
合計1,000回を越えても収斂の兆しを見せずに続いています
「熊本城」の損壊の様子をテレビで観て何とも痛ましい限りです
今も自宅に帰れず避難所で過ごしておられるみなさんに心よりお悔やみ申し上げます

季節は日々夏に向かって進み、燐りの多治見市では今日からクールビズ勤務を始めたそうです
小牧市でも夏日になって暑さを感じて独楽の生活を送っております

先のモロッコへの旅でカメラを破損し代替品を購入して初めて試し撮りをしてきました
既に些か見頃を過ぎた感はありますが、自宅の庭に植えられている 「ヒラトツツジ」 と
隣接する小牧東部市民センターの庭の 「ヒトツバタゴ (なんじゃもんじゃ)」 が咲き誇っていましたので
撮してきました


[小牧東部市民センターの庭に咲くなんじゃもんじゃの真っ白い花]


**********************

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

540- [モロッコへの10日間の旅 (阪急)]

2016年03月16日 | [[外国旅行]]

[モロッコへの10日間の旅 (阪急)]

[阪急の募集広告]

幻想的でエキゾチックな国 [モロッコ] への 10日間の旅 を予定通り終わって
3月25日(金)深夜、名古屋に無事帰ってきました
大阪トラピックスが企画した今回の旅行は2つのグループ(1班20名、2班17名)で構成され、
全行程を相前後して行動をし、10日間の旅を仲良く過ごしてきました


日々の予定と行動の概要は次の通りです
簡単な所見と写真のスライドを付けて紹介します


--------------------------------------
 出発移動日 (3月16日 水) 好天




[搭乗予定のエミュレート航空 B-777]


  今朝はいつもの [ウオーキング] を止めて忘れ物がないように朝から旅の最終準備を済ませ
   [桃花台センター](12:45発) から名駅行き特急バスに乗って出発しました (13:55着)
  エミュレート航空連結の [関西空港] 往き直通バスへの乗車手続きを終えて高速バス(EK7031)に
  乗車約20人の乗客を乗せて 定刻(15:00) に名駅西口を [関西空港] に向けて出発しました
  乗客は [関西空港] でエミュレート航空便に搭乗する人だけが乗っており、
  同行の8名の仲間も乗ってる筈ですが勿論誰がそうなのか
  判らないままバスは出発しました
  途中 [亀山SA] で1回小休止して予定の18時過ぎに
  関空第一ターミナル前に到着しました

  関空での集合時に(21:05)、添乗員(片岡さん)と会い [e-チケット] などを貰い
  搭乗手続に向かい、エミュレート航空でモロッコに向かいました

   エミレーツ航空(EK0317)  関西空港  23:35 出発  (機内泊)


--------------------------------------
 2日目 (3月17日 木)  好天




[ハッサン2世モスク]


    ドバイ空港  05:50 着陸  (飛行時間 約11時間15分)
                      (日本との時差は ー5時間)

    ドバイでは約2時間の乗り継ぎ時間でカサブランカ行き航空機(EK0751)に搭乗

   エミレーツ航空(EK0751)
    ドバイ空港     07:45 離陸
    カサブランカ空港  12:30 着陸 (飛行時間 約8時間45分)
                         (ドバイとの時差は -4時間)
                         (日本との時差は  -9時間)

    ▲ドバイ空港でシャトルバスによる移動時に空港案内人の判断ミスで5名の行方が
     一時不明になり添乗員が慌てる事態が生じたが暫くして
     全員が集まり、カサブランカ行き便に無事搭乗

    ▲カサブランカ空港到着前、機体が乱気流中の飛行になり、シートベルトサインが
     中々消えずトイレに行けない時間が続いたが、朝食と昼食の2回の機内食を済ませ
     全員が昼過ぎ、サブランカ空港に無事に到着した

    ▲モロッコにはカサブランカの他にマラケシュなどに9つの飛行場があるが
     それらは主に近距離飛行に運用され、遠方の国への長距離飛行には
     カサブランカ空港が主用されているらしい

   カサブランカ空港でモロッコ通貨(デルハイム DH)に両替
    (モロッコで使用予定額を円からDHに交換)
    (ドル札を携行すると便利とのこと)

   カサブランカ到着後 [入国手続き]、[スーツケースの受領] などを済ませ

   1班(20名)、2班(17名) は2台の観光バスに分乗して先ずカサブランカ市内の見学へ(約1時間)
      ⇒ [ハッサン2世のモスク] の見学 ・・・ (下車観光)
        [国連広場] の見学         ・・・ (下車観光)
   その後、約90km北東の [ラバト] に向かう  約1時間半後の
   明るい日差しのもと海岸沿いの高速道をドライブして 宿泊予定のホテル(ベレーレ) に
   17:30頃到着  部屋に荷物を置いて早速ホテルでの夕食  そして 宿泊
    [ラバト] はモロッコの首都で大西洋に面した人口約65万人の大きな街で、
    ラバト とは [城壁都市] を意味するそうです

  [所見]:
   * モロッコは1999年即位のムハンマド6世国王統治の立憲君主王国です
   * 先ず、空の色が濃い青なのに驚きました
    往時に試験飛行で通常以上の高高度に上ったときコックピットから見た
    濃紺の青い空とすごく似ているのです
    風上の西方が大西洋の広大な海で空気を汚す国がないことと
    空気が乾燥していて水蒸気分がないので透き通って見えるためだそうです

 
[Click!! して下さい]
 =[初日のカサブランカ市内見学のスライドです] 



--------------------------------------
 3日目(3月18日 金) 好天



[シャウエンのメディナ・青い街]


   07:45 観光バスでホテルを出発、
       世界遺産 をラバト市内の見学] 
       * ハッサン2世の塔(ハッサンの塔)  ・・・ (入場観光)
       * モハメッド5世霊廟           ・・・ (入場観光)

     見学後 約250km北東の [シャウエン] へ
      シャウエン到着予定時刻  13:30 頃
      ケバブ料理(説明が欲しい)で昼食?  美味しかった記憶がないまま

    昼食後 「青い街 シャウエン」 の [メディナ] を見学

     [メディナとは]
      現在のモロッコの町に残る昔ながらの古い町並み旧市街は、
      7世紀に侵入してきたイスラム(アラブ人)によって建てられた。彼らはその地を
      イスラムの預言者(ムハンマド)の地、メディナとした。
      旧市街を今でもメディナと呼ぶのは、モロッコ独特である。
      メディナは、外敵からの進入を防ぐために周りを頑丈な石の外壁で囲まれている。
      また、一歩メディナの中に入ると細い、狭い道がまるで迷路のように複雑に通っている。
      この迷路のように複雑な狭い道もまた、もし外敵が進入しても容易に目的の場所へ
      たどり着けないようにするためである。
      メディナの中心部には、マドラサと呼ばれるイスラムの神学校、モスク、
      キャラバンサライ(隊商宿)、ハンマンム(公衆浴場)がある。
      モロッコでは現在でも地方では自宅にお風呂が無く、
      ハンマンムと呼ばれる公衆浴場へ行って体を洗う人達も多い。
      モロッコでは、市場(マーケット)のことをスークと呼ぶ。
      メディナにはスークもあり、スークはその売られている商品の内容により
      衣料品のスーク、野菜・肉等食品のスーク、金・銀のスーク、香辛料のスークなど
      しっかり区画分けされている。
      このような商店、人々の居住空間(住宅)がメディナにはぎっしりとつまっている。
      メディナの中を歩くと人々の喧騒と鼻をつくに強烈な臭いがする。
      そしてロバがその背いっぱいに荷物を背負わされて行き交う。
      はじめてメディに入ると目的地までたどりつくことは容易ではない。
      しかし、迷いながらメディナの中を歩くと本当のモロッコに出会えるような・・・


 
[Click!! して下さい]
 =[世界遺産フェズの観光 (ハッサン2世の塔、モハメッド5世の霊廟)] 



--------------------------------------
 4日目(3月19日 土) 好天




[フェズの街の皮なめし工場]


   09:00 ホテルを出発 世界遺産のフェズの街の観光に  (約7時間)
    * カラウインモスク          ・・・ (下車観光)
    * ブ・イナニア・メドレセ       ・・・ (入場観光)
    * 皮なめし場             ・・・ (下車観光)
    * ザウイア・ムーレイイドリス廟  ・・・ (下車観光)
    * ブージュルード門         ・・・ (下車観光)
    * 陶器工房(約30分)           (ショッピング)
    * 南の砦からフェズ旧市街を一望 ・・・ (下車観光)
   モロッコ一般家庭を訪ねて 「ミントティ」を頂きました

   12:30頃 リアドレストランで昼食
      (リアドとは 個人の邸宅を改修してレストラン営業するもので、フェズにはリアドが多い)

   リアドでの昼食後ホテルに帰り、夕食はホテルで早い時間に(ホテルは昨夜と同じホテルで連泊)

   夕食後、近くのスーパーを訪ねて見学とショッピング

    * 訪ねたスーパーは日本でも見られないような高級感を感じる店で、
     例えば棚に並ぶヨーグルトでも品数が非常に多様で驚きました
     王国の一端を伺わせるように庶民生活の中に歴然とした大きな格差に
     あるように感じられました
     買い物中の婦人の身なりも上等な人たちと見受けました

    * 皮なめし工場は見るからに不衛生的でしたが、国王の忠告で
     観光上の改善が行われるとのことです

    * モロッコには至る処で風に舞うビニール袋を見かけました
     これも国王の指示で改善が実施されつつあるそうです

 
[Click!! して下さい]
 =[世界遺産フェズの観光 (カラウインモスク、ブ・イナニアメドレセ、
皮なめし工場、ザウィア・ムーレイイドリス廟、ブージュルード門、
陶器工場、ハッサン2世の塔、モハメッド5世の霊廟)]



-------------------------------------
 5日目(3月20日 日) 好天




[特徴あるモロッコ地形のズイズ渓谷]


   08:00 バスでホテルを出発 エルフードへ
    途中、65km先の イフレン(15分) と ズイズ渓谷(約20分) に立ち寄って見学
    約135km先の [ミデルト] 昼食は:美味しい鱒料理

    約210km先の [エルフード] へ

       [エルフード] で5台の 4輪駆動車 に分乗して [メルズーガ] に移動し
       明日のサワラ砂漠歩きに備えます
       * 各人のスーツケースはばすのトランクに

      19:00頃 ホテル(オーベルジュ・トンブクツ)到着
        夕食はホテルで

      夕食後砂漠の星空をエンジョイします

 
[Click!! して下さい]
 =[イフレン、ズイス渓谷に立ち寄り 鱒料理を賞味し
  4駆に分乗して砂漠への入口[メルズーガ]へ移動] 



--------------------------------------
 6日目(3月21日 月) 好天




[サワラ砂漠の黎明]


   04:00 5台の4輪駆動車に分乗して メルズーガのホテルを出発
   既に砂漠の端の暗闇の中で 11頭の駱駝が御者の持つ手綱につながれて大人しく待っていました

   いつでも出発できる態勢です
   今朝の日の出時間は 6時26分 だと教えてくれました
   駱駝乗りを予約していた人は全員無事に騎乗しました
   駱駝の隊列は御者のたずな従って縦列になって南の方角に歩きだしました
   駱駝に乗らない者は隊列の近くを一緒になって砂漠の大平原に向かって歩き始めました

   * 砂漠歩きについての感想
    私にとって初めての砂漠歩きだったので所見を記します
    天候、砂漠の状態など申し分のない好条件だったのですが
    その時に感じたことを記します

    砂の上を歩くのは普通に歩けば無理なく歩けます
    傾斜の大きい場所では低地にむかって滑り始めると
     滑りを止められないのではないかと怖くなろました
     駱駝はいつも勾配の頂点、頂部に脚をついて歩いていました
     本能でしょうか さすがです
    今回の砂漠歩きはそれほど困難を感じなかったが距離が短いからか
     何キロも、何時間も歩くのだったら論外です

    初めての砂漠歩きの体験は兎に角楽しい想い出になりました

 
[Click!! して下さい]
 =[サワラ砂漠を自分の足で確りと歩いてきました 
そして午後はバスで[ワルザザード]への移動] 



--------------------------------------
 7日目(3月22日 火) 好天




[世界遺産 アイト・ベン・ハッドウ]


   08:00 バスでホテルを出発して [世界遺産 アイト・ベン・ハッドウ] の観光に行きました
   以前は橋がなく川の浅瀬を歩いて渡河していたそうです立派な橋ができて
   容易に村に近づくことができます
   それでも赤土を固めた構造物で険しい坂道を登っていくのは骨が折れました
   全員が頂上まで上っていきました
   帰り道の途中で普通の家庭にお邪魔してそこでの生活の一端を垣間見せてもらいました
   親切な人たちでした
   帰りの下りの頂上近くで川の眺めや、先ほど渡ってきた橋もきれいに極近くのような眺めでした

   他の観光グループが歩いて浅瀬を渡っているのも下り道の途中で遠望できました
   空気がきれいで見透しがよいので気持ちよく見えます

   今日の宿泊は [マラケシュ市街] の[モガドールバレスアグダルホテル]に泊まります
   モロッコ最後の明日の晩も同じホテルに連泊です

 
[Click!! して下さい]
 =[世界遺産 [アイト・ベン・ハッドウ] の集落を訪ね、
アルガンオイル店も見学] 



--------------------------------------
 8日目(3月23日 水) 好天




[世界遺産 バヒア宮殿の美しい天上]


   09:00 バスに分乗して世界遺産の [マラケシュの旧市街] の見学に出かけました

    バヒア宮殿                ・・・(入場観光)
    メナラ庭園                 ・・・(入場観光)
    サラディーン廟(サアド朝の墳墓群) ・・・(入場観光)
    クトゥビア・モスク             ・・・(下車観光)

 
[Click!! して下さい]
 =[(世界遺産マラケシュの旧市街)を見学] 



--------------------------------------
 9日目(3月24日木) ⇒ 10日目 好天


  昨日で モロッコ10日間の旅は主要な行事は終わりました
  今日は 07:30 マラケシュのホテルをバスで発ち高速道を走って
  約240km北方の [カサブランカ空港] に向かいます

  空港で13:55発 のエミュレート航空ドバイ行き(EK-0752便)に搭乗し日本への帰途につきます

   ①、カサブランカ(エミュレート航空 EK-0752) → ドバイ空港(飛行時間 約7時間25分)
     (13:55 離陸)                       (01:30 着陸)
                            (ドバイとの時差は -4時間)

   ②、ドバイ空港 (エミュレート航空 EK-0316) → 関西空港(飛行時間 約9時間50分)
     (03:00 離陸)                       (16:50 着陸)
                             (日本との時差は -5時間)

   ③、関西空港  (高速バス EK 7032) → 名古屋駅  (走行時間 約3時間30分)
     (19:00 発車)                      (22:30 到着)

   ④、名古屋駅 (名鉄桃花台東行高速) → 桃花台センター (走行時間 約1時間10分)
     (22:10 発車)                     (23:20 到着)

   帰宅後、早々に片付けを終えて床に就きました


******************************

 [旅の所見]  :旅で感じたことを取り上げて[所見]とします


[モロッコ旅行経路の概要図]


[サワラ砂漠 (メルズーカ)]:
今回の旅で一番の印象に残ると思うものは何と云ってもメルズーカでのサワラ砂漠を歩いたことです
ひとこぶラクダの行列に後ろについて(300mくらいは歩いたのでしょうか、
或いは1,000mくらいもあったのでしょうか
(全くわかりません)サワラ砂漠の中を一緒に歩いて高台までのぼり、
そのはるか彼方遠くから登ってきた乾ききって
見えた太陽を自分で観られたことです
 これまで幾度も耳にしたり、学校でも学んだことのある [サワラ砂漠] ですが、
自分のこの目で直に観て、手にとり、自分の足でのしのしと踏みしめながら
歩いて来られたことです
拾数頭のひとこぶラクダの隊列の後について彼らの足跡を踏みしめながら一緒に歩いて、
太陽が登るらしい東の空に向かって何処までも波打って続く
砂の波をゆっくりと歩いていきました
仲間の乗ったラクダは素直に行列を組んで歩き、その後には
砂漠を歩きたいと希望した約30名がラクダの後をついて歩いて行きました
砂漠を歩くのは参加者の誰にも初めての体験だったことでしょう
私も今後2度と体験できないだろう
この体験を貴重なこととして本物のサワラ砂漠を自分の足で歩けいている
今のこの機会を存分に体験したいと大きな希望を秘めて後をついて歩いていきました
砂漠の砂を手に取るように真近に見られるのも勿論これが初めてです
そして私にはもう2度と訪れることのないだろうこの今の貴重な体験は
自分には最後になるだろうと思いました

 勾配がきつい場所の砂丘では低地に向かって足が滑り始めるとずるずると滑り出し、
ブレーキが効かなくなりに平衡も失って低地に向かって滑り落ちて行きそうになってしまうのです
ゆっくりと滑り落ちて止められない有様は 「蟻地獄」 の恐しさを感じさせられた体験でした
ここはモロッコの南方の端の方で、地図上では広大なサワラ砂漠の北の端に位置する処だと
想像しながら歩いてきました
砂は一様に微細で、その砂には暗闇の中でも目につくウズラの卵大の黒い塊が散らばっているのです
ラクダの糞が乾燥して散らばったいるのだと教えられ頷ける現物でした
それらはカリカリに乾いており、汚い感じは全くなく、途中踏んでも気にせず踏みしめて歩き、
その上に腰を下ろして休んだりもしました
 途中、女性の一人が暗闇の中、やさしく澄んだ声で 「月の砂漠」 を歌い始めてくれたのです
その場の雰囲気にぴったりでした
他の数人が声を併せて一緒に歌い、異国の星空に向かって流れていきました
王子様に続いてラクダに乗って砂漠を行くお姫様の歌に自分はその王子様なのだろうかと想像しながら
その場の気分に陶酔してしまう雰囲気でした
そんなことが日本から遠く離れ地球の裏側の砂漠で起っていたのです
人生に素晴らしいひとときでした

[モロッコの地層、地形について]:
モロッコで一番高い山は
アフリカ北西部のアトラス山脈西部にある [ツブカル山](4,167m) です
民家は巨岩が今にも落ちてきそうな危険な崖の下に建てられているが、
住民たちは平気で生活しているのです
地震が起きない土地で安心できるのでしょうが地震国日本人にはとても
安住できる土地とは思えない感じです
地層は遥か昔は海底にあって隆起した地層であることは素人の自分でも想像できます
地中から[アンモナイト]が掘り出されることからも判ります
また、そんな岩石地層の上での生活は生産性が乏しいことは想像できます

また、各地でロバや羊などの放牧を車窓から見たのですがそこには餌となる
草らしい物が見当たらない荒地で何かを食べているらしいように見えるだけの
可哀そうな環境でした
そんな旅の途中で見られた緑のオアシスは原住民や牧畜にもすばらしい存在でしょう

[空がきれい 青黒い]:
かって試験飛行で2万メートルを超える高度まで上昇した時に観た空の色と
同じ色だったことを思い出しました
モロッコは地理的に風上にあたる西方は巨大な大西洋があり空気清浄の働きをして何処かの国のように
西方に(黄砂)や(pm2.5)を吹き上げる国土がない事も原因であり、また空気が乾燥し水蒸気の含有が少ないので
見透しが良く、かった見た超高空の空の色に似ているのが頷けます
こんな所で観る夜空は格別です  出来たら将来、衛星に乗って宇宙空間から地球の空を見たら
どんな色なのだろうかと疑問に思います

[モロッコ人には相当の生活格差?]:
モロッコ内陸部の[フェズ]でスーパーを訪ねて見学する機会がありました
店の一部を巡って驚いたのは商品棚に並ぶ品物が一般的に高級品が多く、品数も多く、
多種多様だったことです
私の大好きなヨーグルトが棚に陳列してあるのを観て驚いたのです
何をかと云うと自宅近くのスーパーと比較してその種類と数が一見しただけで
5倍近くはあるのでないかと思わせるくらい賑やかに配列展示してあったのです
そこで買い物をしている人を見ると自分らとは少し生活レベルが違う家の人らしい印象でした
そのスーパーに入って買い物をする人は必ずや限られた範囲の人たちだろうと想像される状況でした
短い時間の見学で勝手な私見は云えませんが、そこには大きな生活格差の存在を感じました

若く穏健なムハンマド6世を国王に頂くモロッコでは各家庭にも国王やその家族の写真を
掲示して敬愛の念を表わしている様子です
皮のなめし工場の悪臭や衛生化対策に、そして国内各地に飛散しているビニール袋対策なども
国王の意見が素直に受け入れられ、改善対策をすることは微笑ましい国柄だと思います

[車窓から観たカサブランカ市内の現状]:
市内の各道路の両端、公共施設らしい建物の
敷地には乗用車がぎっしりと駐車されているのが目につきました
ガイドの話では駐車場が少なく現在、市内中心部に地下駐車場の建設を急いでいるが
(現に工事中の側を通過)解決は難しいと云っていました

住民が居住する建物には無数のパラボラアンテナが林立している(八木アンテナは見当たらない)
地中海を挟んだ周囲の近隣諸国からの衛星映像を受信し活用しているのだろうかと想像する

[迷路の旧市街(フェズと]:
モロッコには一度足を踏み入れて入り込んだら、
抜け出せない入り組んだ迷路の街のメディナ(旧市街)がある
その中で大きなメディナが[フェズ]だと云う
私には絶対に抜け出ることができない細い途の迷路として続く旧市街を訪ねて歩きました
そこに建つ家は殆どが二階家で狭い入り口の奥には住人の姿も垣間見れました
現地のガイドさんと体験豊富な添乗員さんの後ろ姿を見失わないように付いて行くのが
精一杯で、ゆっくりの見学して歩く余裕は全くなく、二人の姿を見失わないように急いで
付いて行くことに夢中でした
GPSのついた[スマホ]を携行していれば迷路でも迷うことはなかったと後で知りました

[猫があちこちに寝そべっている国モロッコ]:
モロッコは街の何処に行っても猫に
出遭うのです  迷路となっている路地のあの狭い道の端にも、混みあう曲がり角にも、
足元を見ないで歩く観光客に踏まれそうになっても、相手が避けてくれると思っているのか
安心した様子で平然としているのです
猫はイスラム教と何か関係がありそうですが兎に角街中には多くの猫が飼われているのです

[日本とドバイ、そして ドバイとモロッコ の距離と時間]:
日本とドバイとカサブランカの飛行距離の関係は
直感的に後者は前者の三分の一位かなと考えて旅に出たのですが大違いで
7~8割位の関係だったことを帰国後知りました
モロッコは地中海の南の端を、アフリカの北の端をドバイから西に向かって
直線的に飛ぶコースなので直感的に短いと思われたのですが間違いでした
その差に大きな違いはなく、地図を観なおしてその認識を新たにし、
上空を飛び越えて行ったアフリカ大陸の大きさを実感しました

[添乗員にお礼と改善の要望]:
旅の期間中2つのグループが全く同じ行動をするので参加者の混同や迷いが
生じ易い環境だったと思いますが、
経験したことのないモロッコの迷路でも一人の不明者も出さずに旅を終えられたことは
彼女らの心遣いに依るものと思います
現地通訳のタキさんや支援者のハッサンさん、運転手らを上手く動かしていたと感心しました
彼女の長い経歴のなせる業だろうと思います  頑張ってください
旅の終わりに近づくと旅の行程を振り返り思い返すことが難しくなり、帰宅後の整理は至難のことです
同じコースを重ねて訪ねている添乗員には容易なことでも初めて訪ねる者には記憶に残りませんん
 同じ阪急さん企画の欧州旅行に添乗された若いMさんの積極的な活動は参加者を最後に喜ばせて
くれました  下記を参考にして頂ければ幸いです  それは、小生のブログ
 516-【ヨーロッパ絶景ハイライト9日間の旅 (阪急)】
の末尾 (所見 ⑬項) に詳細を記述して残しております

[阪急旅行社(トラピクス)への要望]:
(1)、今回の旅は参加者全員が単独限定の参加(夫婦やグループでの参加不可)だったので
  [独楽の旅] を楽しむ私には好都合で、多数の希望者て再募集した好評の企画だったのです
 今後もこのような企画を盛り込んで下さい
(2)、モロッコ見学の中で割愛できる部分を削ってでもモロッコとスペインとの間に跨る
  ジブラルタル海峡の見学を少しの時間でも組み込んで欲しいです
  折角近くまで行ったのですからぜひとも
(3)、また、往復とも素通りしたドバイ空港で半日くらい時間を組んで[バスによる市内見学]を
  組み入れて頂くと旅が充実します
(4)、[e-チケット]が全人に手渡されたのは関空で添乗員からです
 通常、他社では数日前に郵送または電送で各人に送られます  留守家族にも必須な情報です
 名古屋支社ではプライバシイの漏洩云々と云っていましたが愚見です
(4)、旅の中で、説明にインフォメーションを活用している社は阪急のみです
 大変効率的でよい対策と思いますが電池の消耗に慎重で殆ど使用されないままでした また
 終わった後の器材の回収についてですが
  * 本体とストラップ、イアホーーンの全てを回収する添乗員
  * 本体とイヤホーンを回収して(再使用)ストラップを使用者に渡す添乗員
  * 本体とストラップを回収して(再使用)イヤホーンを使用者に渡す添乗員
  * 本体のみを回収して(再使用)ストラップとイヤホーンは使用者に渡す添乗員
 の4様の添乗員に会いました
 不思議に思うなは会社からそのように云われた(指示された)との事です
 イヤホンの回収、再使用は衛生上頷けないことです  統一した対応を望みます

☆、[最後に同行のK氏に深甚の謝意]:
 極めて恥ずかしいことですが
[関西空港]出発時、これから期待のモロッコ旅に出発と云う時に
搭乗口から機内に足を一歩踏み入れた瞬間に躓いて[デジカメ]を床に落としてしまい
機能不良になってしまったのです
楽しかるべきモロッコ旅行の10日間は手ぶらで歩くだけのさみしい旅になりました
旅の期間中1枚の写真も撮れずに楽しむ他人様の様子をただ眺めて過ごした10日間でした
窮しているときに私に支援の手を差し延べてくれたのが同行のK氏でした
お陰で本当に助かりました  
帰宅後多くの写真を提供して下さり、今日上稿することができたのです
重々の謝意を申し上げます  有難うございました。

           -- 以上 --


********************(4/24:完)**



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

539-『カリブ海で初めてのクルーズ (クルブラ)』

2016年02月02日 | [クルーズ]




[CruisePlanetの募集広告]

今年(2016年)2月、生まれて初めて大きな客船に乗ってキューバを訪ね、
カリブ海クルージングの旅に参加してきました
豪華な客船で大海原を旅している人に旅先で出遭った時、彼らと話をしてみて、彼らは
「人生に成功して、生活に余裕ができた人達だけができることだ」 とただ羨やましく思っておりました
処が今回、幸いにもその一端に接する機会が私にもやってきたのです

今回、HISの旅行会社 [クルーズプラネット(CruisePlanet)] が企画する
 『世界遺産ハバナに停泊、カリブ海の真珠 キューバクルーズ 10日間の旅』
に夢いっぱいで参加してきました

 
[Click!! して下さい]
 =[カリブ海クルーズ10日間の旅のスライドです] 


 [クルーズの概要] は下記の通りです

-------------------
★出発前日(2/1-月)
  夕方 [東横インホテル(中部空港)] に投宿


-------------------              
★初日(2/2-火)

 ☆[今日の予定]:
   07:55:ANA86便でセントレア発 ⇒ 羽田空港着(08:55)
       国際線新ターミナルへ移動(シャトルバス)
   16:50:羽田空港新ターミナルビル3階団体受付カウンタ(Z-14)
       添乗員、参加者(14名)と会合 総勢16名に
   18:50-J:エアカナダ006便でトロントへ ⇒トロント着(16:45-C)
       * 日本とカナダ、キューバとの時差はマイナス14時間です
   18:15-C:エアカナダ1598便でハバナへ ⇒ハバナ着(21:45-K)
   21:45:送迎車で[MSCオペラ号]へ移動 ⇒乗船手続き ⇒乗船

 [行動]
  東横インホテルで朝食を食べ歩いて空港搭乗口へ
  07:55 セントレア発の ANA(086便 16A)に搭乗 羽田空港へ向かう
  08:55 羽田空港到着 (独楽の旅)
     羽田新ターミナルの広い待合室は混雑しており、そこを行ったり来たり
     観るもの全てが初めての珍しさ 時間は軽快に過ぎていく
     9時から17時までは独楽にも長過ぎる時間
     食べたくなくても食堂に入ったり、喫茶店でコーヒーを注文したりして過ごす
  16:30 少し時間まえに指定の場所に行く
      添乗員のT氏と参加者(7組の夫婦と小生)と初顔合わせ
      唯今から10日間の旅が始まります
  18:50-J エアーカナダ機(AC006-42G)で羽田空港を出発
       ⇒(飛行中に時差を修正)⇒
     * カナダへ向かう途中機内で時差修正(-14時間、日付は前日に変更)
      カナダとキューバには時差がない

  18:15-C トロントでエアーカナダ機(AC1598-15D)に乗り替えてハバナに向かう
  16:45-H ハバナ(ホセマルティ空港)に到着(ATE:約3時間)
     空港で入国審査を受けてキューバに入国
      :パスポート、Eチケット、税関申告書、ツーリストカード、保険証(キューバ独自に英文)
       (ツーリストカードの半券を受けとり保管 (出国時に提出)
     セントレアで預けたスーツケースを受領、
     迎えのバスで [オペラ号] が停泊するハバナ港に移動(約40分)
     [乗船手続き] :
       乗船券、パスポート、ツーリストカード、健康質問票(事前に署名)、クレジットカード、
       を提出し、その場で [クルーズカード] を作成してもらい受領する
        * この [クルーズカード] は [オペラ号]を離船するまで船への出入り時に
         [パスポート] として
         身分証明、自室のキー、飲食等の支払いなどで使用され、
         キューバ出国後は [パスポート] は使用しない
          [クルーズカード] は首にかけて常時携帯する
        * キューバでは兌換ペソ(CUC、1クックは約125円)が使用されています


   [乗船手続き] が終わるとその場で [クルーズカード] が手渡される


[クルーズカード表(修正済)]

   自分の部屋(部屋番号(9299号)記載)に行き、[クルーズカード]で開錠して入室
   広く快適な部屋でした   時間が遅いので早々と就寝
  いよいよキューバからクルーズの旅が始まります:
-------------------
[キューバ危機についてインターネットからの引用文を紹介]
1962年10月16日から28日までの13日間。ソ連によるキューバでのミサイル基地建設計画が発覚し、アメリカとソ連との間
にて核戦争にまでなりかけた緊張した時期のことをいいます。 では、なぜアメリカとソ連はキューバ危機にまでなり
かけたのか、その原因を探ってみます。
まずは、当時のキューバの状態から。 
その頃のキューバは事実上アメリカに牛耳られているような状態でした。
キューバはサトウキビなどが有名ですが農民の多くが地主に利益を吸いとられ、地主はアメリカに利益を吸いとられ・・・と
キューバ国内では不満が募っていたのです。
そこにカストロという人物が革命を起こします。このカストロの右腕といわれたゲバラという人物も有名です。
男前でTシャツにプリントされたり映画にもなっています。
この革命がキューバ革命です。1959年のことです。カストロらはアメリカと仲の良かったバティスタ政権を倒し革命を成功させます。
そして、土地改革やアメリカ系企業の国有化を進めるのです。しかし、これには当然アメリカから反発がでます。
その後、アメリカとキューバは国交断絶。ピリピリムードが漂ってくるのです。
結果、キューバはソ連との関係を深めることになり、カストロは1961年に社会主義宣言を行います。
そこに1962年10月、アメリカのU2型偵察機がキューバの空撮を行ったところ、ソ連の建設中のミサイル基地を発見。
このことにアメリカは非常に危機感を抱くのです。
ちなみに当時のアメリカの大統領はケネディ大統領です。この時、ケネディは45歳という若さ ケネディは、この危険性を
取り除く為にキューバ海域を軍事的に封鎖することを決意します。 
艦艇200隻に航空機1,200機を動員したというから本気ですね。
しかし、もしこの状態でアメリカがキューバに空爆でも仕掛けたら、ソ連はベルリンに侵攻し、第三次世界大戦にもなりかねない。
これは、もはや核戦争となるだろうと考えられるわけです。
アメリカのケネディもソ連のフルシチョフも核戦争という最悪のシナリオに恐怖し「トルコにあるアメリカのミサイル基地を撤去すれば、
キューバのミサイル基地も撤去しようじゃないか」というソ連側の申し出をケネディは承諾し最悪のシナリオは避けることができました。
ちなみにホワイトハウスとクレムリンを直接結ぶホットライン協定や部分的核実験停止条約の締結などはこの時の産物です。
しかし、1963年11月にケネディが暗殺されると2人の密約時代も終わりを告げることになったのです。
しかし、1963年11月にケネディが暗殺されると2人の密約時代も終わりを告げることになったのです。


 * キューバ・クライシス発生当時、:
   私は航空自衛隊宮城県松島基地で1等空尉の戦闘機(F86F)パイロットとして
   対領空侵犯措置の実任務に就いておりました
   その時、空自では初めて DEFCON-1(防空態勢-1) が発令され、
   日本唯一装備の戦闘機の F-86F 全機に実弾(Cal20の機銃砲)を積み込み
   大急ぎで、[アラート待機] に就いたことを震える気持ちで懐かしく回想します
   あの時、大事に至らずに済んだ事は当時の両巨頭の優れた決断に感謝します



-------------------
★2日目(2/3-水)

 ☆[今日の予定]:
  ・世界遺産のハバナ旧市街を半日観光
   *モロ要塞の見学(入場)
   *カピトリオ(旧国会議事堂)の見学(外観)
   *ガルシア・ロルカ劇場の見学(外観)
   *支倉常長の像の見学(下車)
   *旧市街の見学(カテドラル広場、アルマス広場、サンフランシスコ広場)(下車)
   *マレコン通りの見学(車窓)
   *革命広場の見学(車窓)

 [行動]
  起床すると初めての
    [クルーズプラネット通信-1] (添乗員のTさんの手造り作業) と
   [MSC OPERA DAILY program 3thFeb.]  (MSC社の公式ニューズ)
   が部屋に配布されていました
    その後、毎日配布された [クルーズプラネット通信] 続号は
    日々の行動指針として必須の案内手引きでした  (感謝です)


  08:30 朝食後 デッキ5中央に集合
    [クルーズカード]、[パスポート]、[クルーズプラネット通信①]、財布、飲み水など携行
  09:00 現地人(日本語堪能)の案内同行のバスで市内観光に出発
  13:00過ぎに帰船 → [ビュッフェ] (デッキ11) で遅い昼食
  18:55 [夕食] [レストラン](デッキ5またはデッキ6) または [ビュッフェ]で食事
  21:00~24:30
   ・(OP-1) [トロピカーナショウ] の観劇に参加 (\29,600 )


[トロピカーナショウの派手な場面]

     事前に申し込みをしだ 中村氏(日航A787機長)と同夫人の両親と小生の4名
     昼間同行のバスガイドが要領よく先導・案内してくれた
     観劇中は [ラム酒やコーラなど] の飲み放題だったが明日があるので飲めない
     撮影は有料(15ドル)で高すぎるので断念
     [Showの内容] は学生時代 有楽町で観たラインダンスに近似


  帰船時は、添乗員がギャングウエイ まで出迎えに来てくれていた
    * [ギャングウエイ] とは:本船と桟橋を結ぶ可動式連絡橋のこと
  今夜も帰室が遅くなったので早々に就寝

          [MSCオペラ号]
     

     [シップ・データ]:
        建 造       :   2004年
        改 造       :   2015年
        総トン数      :  65,591トン  
        全長 /幅 /高さ  : 274,9m /32m /54m
        デッキ数     :  13階 (お客様デッキ数:9デッキ)
        キャビン数    : 1,071室 (身体の不自由なお客様用キャビン5室を含む)
        乗客定員     :  2,150名 (1室2名利用時)
        乗務員数      : 約728名
        最高巡航速力  : 20,1ノット
        平均巡航速力  : 18 ノット


-------------------
★3日目(2/4-木)
  [オペラ号] は夕方 18:00:[ハバナ] を出港 ⇒ [ジャマイカ] に向けて夜通し航行

 ☆[今日の予定]:
  ・チェ・ゲバラゆかりの地を半日観光
   *チェ・ゲバラの邸宅を見学(入場)
   *カバーニャ要塞を見学(外観)
   *ホセ・マルティ記念像を見学見学(下車)

 [行動]
  今日はキューバ革命の勇士 [チェ・ゲバラ] の遺産などを訪ねる日です

  09:00 [チェ・ゲバラ] ゆかりの地の見学にバスで 出発  そのときは
      [クルーズカード]、[パスポート]、[クルーズプラネット通信]、財布、水、その他を必要品を携行
  13:00 見学を終えて帰船
      帰船後、 [ビュッフェ] で遅い昼食
     ・現地で購入したアルコール類は船内に持ち込めず船に預けて、離船時に受け取る
  17:00 △[避難訓練]  乗船者全員が参加する(義務です)避難訓練がありました
      訓練場所は デッキ [6]
      訓練開始の[警報]が鳴ると各部屋に備えられた [救命ジャケット] を携行して急行する、
      デッキ [6]:集合場所は [クルーズカード] に記載場所(Y)に駆けつけ
      カードを読み取って参加を確認
      若い指導員が救命胴衣の取り扱いについてのブリーフィング
      説明が終わり訓練終了 →解散
  18:00 [オペラ号] がハバナ港を出港
      薄暗くなった夕暮れ時に [オペラ号] が轟音を響かせ、船体を微震させてエンジンを始動
      部屋の直ぐ左(5mくらい)に [デッキ9] 船尾出口があり、
      出てみると船尾は夕日を左後方から受けながら大きなウエーキを残して進んでいたのです
      待ちわびていた大型客船[オペラ号]でのクルーズが始まったのです
      夢の舞台の始まりです



[巨大なウエーキを残してハバナ港を出港]

      浮き浮きした気分になり後方に広がるカリブ海に吸い込まれそうな錯覚さえも感じました
      時間が過ぎ後方に残したウエーキが暗闇の向こう続いて延び見えなくなっていきました
      隣で立ってみていた外人夫婦も同じように興味深そうに見つめていました
      [ジャマイカ] に向けてこのこの巨大な船は明日に向かって終日航海を続けます

      出港時に残す巨大なウエーキを後方に見送りながら 11階の [ビュッフェ] に階段で登り、
      軽く夕食を食べ、短パン、スニーカー姿の軽装で船首12階にある [Gym] を訪ねました
      利用法など手順を聞いて少しだけトレイニングしてみました
      今後、暇な時には気楽にここを訪ねてくると楽しめそうな期待がしました



[オペラ号のカリブ海航海図]


 
[Click!! して下さい]
 =[クルーズ船オペラ号でキューバなどカリブ海諸島を訪ねてきました] 



-------------------
★4日目(2/5-金)
  [オペラ号] は夕方まで [カリブ海] をジャマイカに向けて 終日航行

  ☆[今日の予定]:
  ・ 終日[ジャマイカ]に向かって航行する [オペラ号] の中で静かに過ごします

 [行動]
   昨夜、[ハバナ] を出航した [オペラ号] は取り舵して航路を北に向け、カリブ海に入り、
   キューバの南西に位置する [ジャマイカのモンテゴベイ] に舳先を向けて一路進みます
       (ハバナ ⇒ モンテゴベリ)
    内海と云っても [カリブ海] は大海です  穏やかな海といっても波高いはずですが
    昨夜、後ろに残すウエーキの外側は波静かな海面でした
    船の揺れもなく静かに穏やかに進んでいきました


   今日は参加者全員がそれぞれに気ままに船内で過ごすのですが、先日 体験した [Gym] で
   体を動かし、発散することができたので、部屋で支度して [ジム] に急ぎ、
   同行の外人とはまともに通じない手まねの会話をしながら話?をして過ごし、
   お陰で私は退屈せずに暇な時間を過ごすことができたのです
   これがこれからもクルーズの旅に参加してみたいと思わせる誘惑の源になったのです

  18:00 [クルーズプラネット主催のプライベート・パーティ)]
    デッキ5中央の [ピアッツァデスパーニャ] の広場で
    添乗員のTさんが蝶ネクタイの盛装で参加者に飲み物などを
    振舞ってサービスしながら、今回のクルーズに関連したクイズを配り、
    全問を正解した2人に[オペラ号のリュック]が賞品として手渡され
    和やかな雰囲気の中で楽しい一刻を過ごしました、
    このような企画はこれまでの旅行では経験がなく親睦に有意義な企画でした
  20:00 [ビュッフェ] で軽く食べて、再度12階の [Gym] に出向き
    器具を使ってのウエイトを体験しました


[Gimの内部]

    久しぶりにダンベルも持ってみると見た目以上に重さを感じる有様でした
    事前に考えていたようにはいかず、歳の精でしょうか  日々衰えるばかりです
    自分に [無理してはいかんでよ] と言い聴かせながら
    [上腕の筋トレ] と [股間節のストレッチ]
    を体験し、少しの時間だったが楽しく充実した一刻を過しました
    大海をゆく [クルーズ] では長い時間このような環境に放置されるので
    この時間を上手につかい、退屈せずに、楽しく充実した時間を過ごせる手段を
    自分なりに先行して考え、準備しておく事が必要だと思います

     このクルーズでの [Gym] の体験は、今後も大いに
     [クルーズ旅] に参加したいと云う興味を抱かせてくれるものであったと思います
     * 帰宅したら早速 [地中海のクルーズ] を探して申し込みます
       (参考):[14万トン大型客船の地中海クルーズ]を申し込みました
     * [独楽の旅] では孤独を感じない、退屈しないで過ごせることが大切です
      この途を見つけられたことでこれからの余生が楽しみです
      その根源は心身の健康だと云うことは勿論です
      過去に励んだ [スポーツジム] と日々の[ウオーキング]は今後も続行します


-------------------
★5日目(2/6-土)  [オペラ号] は 09:00:[モンテゴベイ] 入港  ⇒ 20:00:[モンテゴベイ] 出港
 ☆[今日の予定]:
  ・(OP-2) オーチョリオスとダンスリバーの滝登り
    (75.9ユーロ  ジャマイカ風ビュッフェの昼食を含む)

 [行動]
  09:00 オペラ号は [モンテゴベイ]に入港


[モンテゴベイの港]

     ・キューバ出港後の寄港地(モンテゴベイ、ケイソン、メキシコ) では
       [パスポート] は不要でした
     ・モンテゴベイの殆どの店でアメリカドルが利用できるが、現地のジャマイカドルと混在し、
      価値に格段の差がある1(1:100)ので買い物の時には注意が必要です


  09:00 滝登り参加者は濡れても良い服装(水着、ゴム靴など)でビーチタオル携行で集合
     * カメラは濡れるので注意が必要です

 ⇒ [参考]:    『ダンスリバー滝登りの写真集(Webから)』  (2016/03/12)

   ▲今日の最終の乗船時間 19:30 の時間を厳守  ⇒船は出港を待ってくれません

-------------------
★6日目(2/7-日)
  [オペラ号] は 09:00:[グランドケイマン] 入港  ⇒15:00:[グランドケイマン] 出港

 ☆[今日の予定]:
  ▲OP-2 [グラスボトムボートで島巡り] のオプション企画:
    透明度が高い ケイマン諸島の [グランドケイマン・ジョウジタウン] 近海で
    サンゴ礁を船底がグラス面のボートでクルージングする企画でしたが
    定員がオーバーでわれわれは参加できなくなったのです

 [行動]
   ケイマンの沖合いに停留した [オペラ号] から島への輸送は
   本船から降ろされた4隻の [テンダーボート] で本船との間を往復します (片道約7分)
   島に渡り、同行の青野夫妻について歩き街を見て回り、記念にT-シャツ 2枚を買い 
   乗船時間(12:45)に遅れないよう早めに本船に帰ってきました



[テンダーボート]

   帰りのボートは少し風が出て、荒れ始めて船頭さんが本船への接船に苦労していました
   一回目の接船では失敗し、やり直して2度目に上手く接船できて帰ることができました
   これ以上荒れてきてと遅くなった人は時間までに帰船できるだろうかと心配しました
   帰船時の [ギャングウエイ] での通過手続きもうまくいき、船に帰ってこれました
   早速、[短パン] に着替え、 [ビュッフェ] で軽く食べて早速 [Gym] にでかけて
   [筋トレとストレッチ] で楽しく過ごしました
   15:00  [オペラ号] はぴったりの時間に [グランドケイマン] のきれいな海に
   白いウエーキの波を残して静かに出港していきました

    * [テンダーボート]とは:大型船に搭載された小さな補助船のこと
      ダイバーの輸送や島への上陸艇として使用される
      船種はゾディアックからアルミ船まで千差万別


-------------------
★7日目(2/8-月)
  [オペラ号] は 10:00:[コズメル(メキシコ)] 入港 ⇒ 18:00:[コズメル] 出港

 ☆[今日の予定]:
  ・ オペラ号は 10:00 に [コズメル(メキシコ)] に寄港

 [行動]
   透明度が高い海を泳いでみたいと海水パンツに着替えて出たのですが波が高く
   泳いではいけないと知らされ対岸の個人ビーチで楽しむ家族らを眺めながら
   その近くの海岸を散策してみました

     * 途中、船を降りて街に入る時、入り口の関税・防疫チェックで小袋に入れていた
      ミカンを検査の犬が嗅ぎあて係員に没収される失敗をしました
   コズメルの海岸を暫く街の方に歩いて行きましたが風が強まってきたので
   同行の体調不調の奥さんといっしょに船に帰ることにしました
   部屋に帰り [スーツケース] の整理をしたりしてのんびり過ごし、18:00に
   デッキ後部に出て出港する [オペラ号] のウエーキを眺めながら [カリブ海の夕暮れ]
   のひとときを楽しみました
   部屋に帰り、[Gym] に行ける支度をして [ビュッフェ] 経由で軽い夕食をして
   船首12階の [Gym] に行ってストレッチを中心にトレイニングをしました
   いよいよ [オペラ号] は明日の夕方、ハバナ港に帰り長期のクルーズを終わります
   バスで空港近くのホテルに移動し1泊して早朝にホテルを出発し 空港に向かいます

-------------------
★8日目(2/9-火)
  [オペラ号] は 15:00:[ハバナ] 入港 ⇒ 送迎バスデホテルへ移動

 ☆[今日の予定]:
   15:00 [オペラ号] はハバナ港に入港
   キューバへの入国手続き
   ホテルへ移動し、1泊

 [行動]
   夕方、[オペラ号] は [ハバナ港] に入港  ⇒長く楽しんだクルーズの旅は終わり
   明日は空路で帰途につきます
   港で [オペラ号] を降りると キューバ への [入国審査] を受けます
     [入国審査] は:
       [パスポート]、[ツーリストカード]、[税関申告書]、[クルーズカード] を提示して
       審査を受けます
       [ツーリストカード] の半券を受け取ります
         ⇒この半券は明日、[ハバナ空港] から出国する時に提出します

   入国審査が終わると昨日麻に船で預けた [スーツケース] を受け取り、
    バスで [ハバナ空港] に近い [ホテル](703号室) に移動します  →夕食なし
   ホテルに 1泊して 明朝(MC:03:30) は ホテルをバスで出発し(04:00) 空港に向かいます
    [パスポート]、[ツーリストカード]、[税関申告書]、[クルーズカード] を提示し
      入国審査を受けます  *ツーリストカードの半券を受け取ります
      ⇒この半券は明日ハバナ空港から出国する時に提出します

-------------------
★9日目(2/10-水) と 10日目(2/11-木)

 ☆[両日の予定]:
    03:30 モーニングコール で起床 フロントに集合 →コーヒーショップでスナックの朝食 
    04:00 バスでホテルを出発し、ハバナ空港へ移動します (約40分)
    出国検査 ⇒ [パスポート]、[ツーリストカード](半券)、[税関申告書]、の提示
           [スーツケース] を預ける
           出国検査 後搭乗待合室へ

    搭乗手続き
     07:30 AC1599-31C  ハバナ(キューバ)発 07:30 ⇒ トロント(カナダ)着 11:05着

     13:45 AC005-42H  トロント(カナダ)発 13:45 ⇒  羽田(東京)着   17:05着
         (途中時差修正 +14時間)⇒ (2/11 03:45h)
   17:05 AC005  羽田空港に定刻着陸   ⇒解散
   18:00 [スーツケース] 0を受け取り(受領に予想外の時間を要した)
   18:30 [京急線] で品川駅に向かい、[新幹線](ひかり) で名古屋駅に向かう
        途中、居眠りして乗り越すところだった
   21:00 中央線で [春日井駅] に向かう
   22:30 [春日井駅] で名鉄バスに間に合い 自宅に向かう
   22:10 自宅に無事帰着  クルーズの旅は無事に終了できました  ⇒ありがとう!!


*******************
 [所見]:

  米国とキューバの両国は 1961年の『キューバ危機』以来
  2015年7月まで国交を断絶して来ましたが、54年ぶりに国交を回復して、間もなく相互に大使館を
  開設し、これを機会にキューバ訪問の旅が多く企画されました
  私は [クルーズプラネット(CruisePlanet)]社 が企画したカリブ海クルーズとキューバ訪問を申し込み
  [独楽の旅] に行ってきました  結論として思い出に残る10日間の旅でした
  帰国直後の2月15日に オバマ米大統領が 2016,03,25 から2日間の日程でキューバ(ハバナ)を
  訪問する計画をが発表されました
  両国の関係改善は双方にとっては勿論のですが、世界平和への貢献が大きいと期待されます



  豪華客船 [オペラ号] でのクルーズは私にとって初めての体験でありこれまで想像の世界でした
  平成28(2016)年02月02日にセントレアを発ち、トロントを経由してキューバ・ハバナに飛び、
  MSCクルーズ船 [オペラ号] でカリブ海を豪遊する航海を体験して帰ってきました

  (1)、 カナダへの入国カード、税関申告書、など必要書類の準備を添乗員が全員分を
     実施してくれたがこんなサービスは初めてです
     添乗員高橋さんの好意と進取な発想に拠るものか いずれにしても嬉しかった
  (2)、 乗船時に発行された [クルーズカード] の運用は有意義な手段と感心した
     このカードは次回のMSCボート乗船時も活用されると聞きます
  (3)、 キューバでは世界遺産になった 「旧市街」 の建物の多くは現在、改装工事が進んでおり
      住民がその住居で生活しているらしい情景はあまり見受けなかった
    ⇒ 反対に、昨年訪れた中国ではマンションの新しい建設工事が各地で散見されたがその多くは
      その多くは工事が中断されたまま放置されているように見受けられた
     経済の停滞を直に感じられた
  (4)、 [キューバ革命の英雄チェ・ゲバラ] の旧宅を見学した時、現地案内人の話には心から
     彼を信奉し、その信念の崇高さを論じ、共産主義の良さを論じていたことに感心した
    * 他の先行の共産国のように途中から一部の者の独裁になって民衆と遊離することの
     ないように願っている
  (5)、 案内人の説明に依ると[キューバ産業の主体] は [観光事業] だと説明していたが
     その他の産業として精糖、葉巻、ラム酒などが国の経済を支えている
     今後近隣の大国米国との復交でどのように変化していくか興味を感じる
     オバマ大統領が3月末に訪問予定だが明るい未来の訪れを期待する
  (6)、 [旅の期間中の天候] は好天に恵まれればその旅は全て成功だと云えるが今回の
     旅行中は、気温は平均23℃くらいで雨降りに出遭って悩むこともなく順調に経過した
     朝、客室から出て後方のデッキに立つと水溜りや濡れて滑りやすいくらいで
     雨に悩まされることはなかった
     旅の行事進行には何の影響もなく過ごしやすい環境でした
  (7)、 キューバ市内には50年以上に亘る長期の国交断絶が続いてきたがそのなかで米国の
      [古い大型乗用車] が今も街中を走り回って大事に愛用いる現状はキューバ人の
     明るさと繋がるものだと認識された
     戦後の日本の銀座などの目抜き通りを走っていて、今は見ることができない
     派手な塗装とスタイルの[大型乗用車] がキュウバの中心街を賑やかにクラクションを
     鳴りたてながら走り回ってわれわれ観光客にサービスを注いでくれる姿は彼らには
     陽気さしかないように感じられました
     また、ハバナ中心部の [カピトリオ(旧国会議事堂)] 前などで観光客を乗せる観光バスは
     全て中国製だそうで、同一に塗装されており、大型アメ車も大事に乗り回されておりました
     われわれのグループもこれらの大型アメ車6台に分乗して賑やかにクラクションを
     鳴らしながら世界遺産の旧市街を走り回ってくれ楽しませてくれました
  (8)、 キューバを始め、カリブ海諸島の住民はみんな特に感じる特徴はなくみな陽気で親しみ
     やすい国民性(海洋性的)の民だと思いました
  (9)、 街中で特徴のある姿や長々い葉巻を吸って人に見せびらかす人はカメラを向けると手を
     出して金銭を要求してくるのです
  (10) 街の中では不容易に捨てられた塵は余り散見することはなかったとおもいます
  (11) ヨーロッパではトイレ使用料を徴収する制度が一般に普及しており、
     日本人には違和感のある風習でしたが、今回のカリブ海の旅では余り体験しませんでした
  (12) クルーズ船[オペラ号]について感ずることは、船内の施設、待遇、食事内容などの
     レベルは贅沢な日本人の私らにも違和感なく打ち解けられる内容であり、満足しました
     今後、あらためてクルーズの旅に参加したい気持ちが高まりました
     レストラン、ビュッフェ、ジム などでサービスを提供してくれる人たちも真面目で
     親切に接してくれました
     今後、大型船に乗船してのクルーズ旅が楽しみです
  (13)、私は今回、クルーズ旅に初めて参加したのですが、資料入手から予約、出発までの段階で
     クルーズプラネット名古屋支店の担当者、そして今回の旅に羽田を発って10日間の
     カリブ海旅行の期間中、担当添乗員の方の緻密の計画と準備、指導で事故もなく全員無事に
     帰国できたことに感謝致します   添乗員のTさんの日夜休みないご労作に感謝します
  (14)、キューバ(ハバナ市内)の各地には城壁などスペイン植民地時代の遺跡が多く保存されており、
     特にその中で巨大な砲筒とその丸い砲弾が観光展示品の目玉として役立っていました
  (15)、ハバナは[北回帰線]の上にあり台湾と同じ位の緯度上にあり、温暖な気候でした
  (16)、観光を主たる国の産業としおり、製糖や葉巻、ラム酒などの製造は米との復交後の
     将来の発展が楽しみです
  (17)、世界遺産の旧市街建造物を修復・補修工事が各所で着実に進んでいることは
     将来に楽しみがあります
     特に自分たちの過去の遺産を大切に保存しようとする国民の意思の強さを感じました

 
[Click!! して下さい]
 =[カリブ海クルーズ10日間の旅のスライドです]


********************(3/10:完)**


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

538- [京都・龍安寺の石庭 について] (Mag2)

2016年02月01日 | [日記]
「15個の石が意味するものは?
京都・龍安寺の石庭に隠されたメッセージ」



龍安寺の石庭

華やかな金閣寺や清水寺もいいけれど、たまには禅の心を感じられる龍安寺の石庭で、日頃の雑念を取り払ってみてはいかがでしょうか?
『おもしろい京都案内』によると、この石庭は立って見るのが正しいスタイルのようです。
そして庭を眺める際に注目したいのが、立ち並ぶ15個の石の意味。
今回はこの石に秘められた謎について詳しく解説していただきました。

[龍安寺石庭に隠されたメッセージ]
龍安寺(りょうあんじ)は室町時代、細川勝元によって創建されたお寺です。
有名な枯山水庭園は簡素な造りで禅文化が盛んだった当時の時代背景を色濃く残しています。
イギリスのエリザベス女王が1975年に来日した時に龍安寺を訪れ石庭を絶賛しました。
そのニュースを英国放送協会(BBC)が大々的に取り上げたことで「Rock Garden」として世界中にその名前が知れ渡りました。
以来龍安寺は世界的に有名な庭園となり1994年には世界文化遺産に指定されました。
そこで、今回は龍安寺石庭の見どころをご紹介します。訪れる前に事前に知っておかなければわからない魅力が沢山あります。
知らずに行くのと知ってから行くのとでは雲泥の差です。
今回は世界文化遺産にまでなった素晴らしい龍安寺の石庭の魅力をたっぷりとお伝え致します。
龍安寺最大の見どころはなんといっても日本を代表する枯山水の庭園です。
枯山水とは水を使わず石や砂などにより山水の風景を表現する庭園のことをいいます。
石庭は幅25m、奥行き10m(小学校などにある25mプールと同じ大きさ)の75坪ほどの敷地に白砂を敷き詰めたものです。
その中に15個の石を五、二(七)、三、二(五)、三(三)に点在させたシンプルな庭園です。
禅宗文化が発達していた時代の禅の境地が込められた庭園といえます。

[石庭は誰がつくったのか?]
庭石には「小太郎・口二郎」という刻印が刻まれています。しかしこれは作者を断定する材料にはならないようです。
枯山水の作者は諸説ありますが、現在でも不明となっています。

[石の数(七五三)にこめられた思いとは?]
龍安寺に訪れた際は是非庭に立ち並ぶ石の数を数えてみて下さい。
石の数は全部で15個なのですがどの角度から眺めても必ず1個の石は他の石に隠れて見えないように造られています。
とても不思議ですよね!
なぜそのような配置にしたのか? 諸説あるようですが、有力なふたつをご紹介しましょう!(七五三説と虎の子渡し説)

[七五三説]
東洋の世界では「15」という数字は「完全」を表す数字です。
どの角度から眺めても必ず1個の石は隠れて見えないように作られている庭は「不完全」な庭ということになります。
東洋では「陽数字」は縁起のいい数字とされてきました。
陽数字とは奇数の数字のことです。石庭にある15個の石は東から(五、二)、(三、二)、(三)と並べられています。
このうち最初の「五・二」を足して「七」、次の「三・二」を足して「五」、最後はそのまま「三」と3つに分かれて置かれています。
この陽数字が「七五三」となります。15は七五三を全て足した数で縁起のいい数の総数ということになります。
足りないものを見つめ、今の自分が存在することを心から感謝することを忘れてはならないという想いが込められているのです。
ちなみに「9」は陽数字の最大の数字で主に朝廷で重んじられてきた数字です。
朝廷を9が重なる「九重(ここのえ)」というのはそのためです。
また朝廷の儀式で菊の節句(重陽の儀)が行われるのは9月9日という最高に縁起のいい日なのです。
庶民はさすがに恐れ多くて「9」を使うことを遠慮したのかも知れません。
東洋では十五夜(満月)にあたり、15という数字は「完全」を表すものとしてとらえる思想があります。
月は15日かけて満ち欠けを繰り返します。
15は月が満ちる最も完成された姿を見せる日の日数です。
15に1つ足りない14はその意味でも「不完全さ」を表すのです。
 「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」
かつて藤原氏が栄華を極めていた時に藤原道長が詠んだ有名な歌です。
この世の中は全て自分の思い通りで満月には欠けるところがないように自分も何一つ不満に思うことがないと例えられています。
どれほど栄華を極めていたかは、息子・藤原頼通が宇治平等院鳳凰堂を建てたことを考えると想像がつきますね。
あの場所はかつて源氏物語の主人公・光源氏のモデルとなった源融(みなもとのとおる)の別荘跡です。
そんな誰もが羨む場所を買い取って人々の極楽浄土を願って鳳凰堂を建てたのです。
日本には「物事は完成した時点から崩壊が始まる」との思想があります。
日光東照宮などもそうですが、建造物をわざと不完全なままにしておくことがあります。
龍安寺の石庭も恐らくそのような造りをしたのではないかと伝えられています。
龍安寺に行くと部屋の廊下に座って石庭を眺める人が沢山います。
しかし実はこの庭は部屋から立って見るために作られたといわれています。
なぜなら部屋の内部から立って見ると、15個全ての石を見ることができる地点があるといわれているからです。

[虎の子渡し説]
南禅寺の大方丈などに「虎の子渡しの庭」と呼ばれるものがあります。
配置された複数の石が川を渡る数匹の虎の姿に似ていることから名づけられたものです。
この様子は昔の中国の説話に基づいたものです。
虎が子を産むとその中には必ずヒョウが1匹混じっているというものです。
ヒョウは一緒に生まれた虎を食べようとしてしまいます。
例えば3匹の子供を産んだら、2匹が虎で1匹がヒョウが産まれます。
母親の虎が川を渡る時は子供の虎を子供のヒョウと2匹だけにしないようにしなければなりません。
母親は子供のヒョウを背負って1匹ずつ子供の虎に付き添って川を渡るのです。
母親は2匹の子供の虎を川の向こう岸に渡すまでヒョウを背負い2往復するのです。
どのような子供も平等に愛情を注ぐ母の子供を想う気持ちがよく表れた故事です。
子供は多めに生んで育てられなければ殺すか捨てるというのが一般的でした。
そんな貧しい世相を反映し込められたメッセージだったのかもしれません。
ヒョウも虎もどちらも自分が同時に生んだ子供です。
虎の母親はとてもたくましくて優しいお母さんなのです。
昔はこのように庭や建築様式、絵画などに逸話の内容や仏教の教えなどを連想させるものを取り込んでいたのでしょう。
このような先人が後世に伝えたい教えは数限りなくあるのでしょう。
でも残念ながら現代はあまりに現実的な日常でしか生活をしていない人が多いように思います。

[遠近法の謎]
実は知らない人がほとんどですが、石庭の平面は平らではありません。
見てわかるほど傾いてはいませんが左奥が低くなっています(言われてもあまり気づきませんよね)。
これは排水を考慮した工夫です。
また、西側の壁は手前から奥に向かって50センチほど低く造られています。
これは視覚的に奥行を感じさせるための工夫です。
遠近法を利用し狭い庭を広く見せる高度な設計手法が使われているのです。
高さ180センチの土塀は油土塀です。長い年月を耐えるために堅牢な作りになっています。
龍安寺が創建されたのは戦国時代です。
それまでに造られた日本の庭園や絵画を見る限り遠近法の技法は使われていません。
遠近法はヨーロッパのルネサンス期に主に採用されはじめた技法です。
日本にキリスト教が伝わったばかりの時期でもあるので、キリシタン大名経由で当時の作庭家に伝わったのかもしれません。
ちなみに江戸時代初期に造営された二条城、桂離宮、修学院離宮、曼殊院門跡などを拝観してみて下さい。
その随所に遠近法が使われているのが分かります。
これらの庭に直接的、間接的に関わっていたのは茶人で作庭家でもあった小堀遠州です。
彼は利休七哲の1人・古田織部に師事した茶人で「綺麗さび」を確立させた人物としても有名です。
現在の京都の美意識は江戸寛永期に花開いたこの「綺麗さび」の価値観に基づいたものが多いように思います。
龍安寺の石庭の設計にはもしかしたら小堀遠州が関わっていたのではという推測も出来るかも知れません。
枯山水庭園以外の龍安寺の魅力を簡単に2つご案内します。

[侘助椿(わびすけつばき)]
方丈の東庭の横には、豊臣秀吉が絶賛したといわれる日本最古の侘助椿があります。
2月上旬から3月末が見ごろです。
桃山時代に「侘助」という人が朝鮮から持ち帰ったのでこの名がついたと言われています。
以後侘助椿は利休も好んで茶道の挿し花として用いられるようになりました。

[手水鉢(ちょうずばち)つくばい]
龍安寺には銭形をした知足のつくばいがあることでも有名です。
中央の水穴を口の字に見立て上下左右に「五・隹・疋・矢」の四文字が刻まれています。
「吾(わ)れ、唯(た)だ、足ることを知る」と読むことができます。
これは釈迦が説いた「知足の心」を図案化したもので、徳川光圀が寄進したものといわれています。
つくばいは茶室などに入る前手や口を清めるための手水を張っておく石です。
「吾唯足るを知る」という意味は石庭の石を一度に14個しか見ることが出来ない事を不満に思わず満足する心を持つことの教えです。
今ある命や健康、五体満足な身体など与えられているもの、すでに持っているものに感謝しなさいということです。
完璧は目指さなければならない究極の目標であっても、それを求めてはいけないということなのかも知れません。

**********************

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

537-[クリスマスローズ色ずく}

2016年01月30日 | [日記]

 [ピンクに咲いたクリスマスローズ] 

今朝の中日新聞に 「クリスマスローズ」 が咲いたという記事が出ていたのです
早速、竹尾さんに電話して見学させて下さいとお願いし快諾を得たので昨日からの雨もやっと止んだので訪ねました
これまでも竹尾さん宅を訪ねて珍しい花を見せてもらったことがあるのです(下記を参照)
奥さんに案内してもらって数百坪はありそうな広い庭の各所に可憐な花を咲かせたクリスマスローズを案内して貰いました
クリスマスの時期に開花する花だそうですが今年は遅れて1月中旬になって咲きはじめたそうです
  2007-10-17 [Blog-077 (イエローマジェスティ)]
  2013-06-13 [Blog-442 (ティーツリー)]
  2015-06-10 [Blog-517 (ティーツリー)]
2日続いた雨も午後に西から上がり早速訪問して見学させてもらいました
庭の各所に咲くクリスマスローズを奥さんの案内で見せてもらいました
咲く花は色とりどりで、どれも下向きなので奥さんが手を添えで写し易いようにしてもらったのもあります
















広い庭のあちこちを案内してもらったあと勧められて奥さん手造りの美味しいリンゴのケーキと北欧のお茶をご馳走になってから帰途につきました


花を観て回る途中、庭に生えていた「芹」を少し頂いたのですがケーキを頂きながら雑談している間にすっかり忘れてしまい、玄関先に置き忘れて帰ってきてしまいました  残念です

**********************

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

536-[外宮と内宮・お伊勢さん初詣(中日)}

2016年01月20日 | [バス旅行]
[中日ツアーズの募集広告]

深夜からの雪は今朝も降り続いており5cmを超える積雪になっており
濃尾平野では珍しいことです  周囲は一面の真っ白の雪景色です


[センター前の路面(車内から)]

今日は中日新聞企画の[バス旅]で、二見浦で [夫婦岩] を見学し、
[伊勢神宮・外宮] と [伊勢神宮・内宮] に参拝し、
[おかげ横丁] で昼食と自由行動の予定だったのですが
この大雪で今日の行動は変動的です
年末年始は異常気象で暖かい日が続いていましたが
今朝は珍しく大雪の朝を迎えたのです
こんな大雪ではバスは運行されないだろうと自己判断して、
中止の連絡がくるだろうと待っていたのですが何事も起こらないまま
集合時間の8時が近づいてきたのです
集合場所(東部市民センター)は自宅に隣接した至近場所です
湿った深い雪を用心して歩いて行くとバスには7-8名の人が来ており、
[バス旅]は何事もなく実施される様子です
センター前は通勤の車などが大雪の中を滑りながら不器用に動いています

今は、IT技術が進歩し[スマホ]にセットされたソフトから
最新の渋滞や交通止めなどの交通情報を入手できることを知りました
出発を危ぶみながら案じていた自分を無視したように、21人の乗客を乗せたバスは
大雪の中を逆方向の [小牧東IC](08:20) から高速道をに乗り、
[小牧JCT](08:30) から [名古屋IC](08:40) を経て [名古屋環状2] に乗り、
伊勢神宮に向かって走りだしました
途中、最初の休憩場所までは雪の影響をうけることなく順調に走っていきました
遠回りの経路だったのですが目的地に行くことができる最善の道順だったのです
情報化社会のお陰です

最初に小休止をとった [大山田PA](09:30) までバスは順調に走ってきました
PAで降車するとき添乗員から
 「御在所あたりから100分くらいの渋滞が予測されるので食べ物を買っておいて欲しい。
  そしてトイレは必ず済ませておいてくれ。」
とのアドバイスがあり、わたしは小さな弁当を買って戻ってきました
[大山田PA](09:45)を出発して間もなく案の定[御在所IC](09:40)を過ぎる頃から
渋滞が始まり、案内の100分を大きく超えて [亀山JCT](13:35) を通過する時には
既に3時間を超えていたのです

バスの運行が大渋滞で大きく遅れたので [二見浦見学] と [外宮の参拝] を
取り止めて、[伊勢神宮内宮の参拝] と [おかげ横丁での自由行動] のみを
実施することになったのです
大雪による大渋滞は非常事態の発生ですから誰も納得の対処と理解したのです

21人を乗せたバスは [内宮]前(14:30) に着くと直ぐに[内宮の参拝]に向かいました


[宇治橋の右端を歩いて神宮域内へ入ります(中央は神様が通られる途です)]

宇治橋を渡って右手両側に形の立派な松樹が植えられています


[右手の神苑には形良く植栽された数本の松樹があります]

その先の [手水舎] で手や口を清め、
その先の五十鈴川の川辺に下りて冷たい流水に手をつけ、
一昔前のかっての事を回想していました


[五十鈴川の川辺]

巡拝経路の案内に従って 「正殿」 にお参りし、
先ず賽銭を奉じ 「二拝 二拍手 一拝」 してお参りし今の健康に感謝しました


[3年前に式年遷宮されたばかりの真新しい正殿]

正殿から帰る途中、「荒祭宮」、「子安神社」 にお参りして宇治橋を渡り
振り返って内宮に礼拝しおいとましてきました

集合時間の (16:30) まで商店街と 「おかげ横丁」 を観て歩き、昼食に松阪牛のステーキ丼を食べ、
「捨豚」 でコロッケと串焼きを食べ、そしてお土産に地酒と赤福を買ってきました


[ここから奥がおかげ横丁です]

16:30 全員が内宮とおかげ横丁の参拝と見学、食事を終えてバスに乗車し、帰途につきました
このような天気だったので [内宮] も [おかげ横丁] も人出が少なく
割と閑散とした状態で楽な見学でした

内宮を(16:30) に出発したバス は [伊勢IC](14:00) から高速道に上がり、
[亀山JCT](17:15) を経由して往路と同じ[大山田PA](17:50)で一休みして
一路小牧に向かい、市民センター前に18:30に無事に帰着しました

往路は3時間の渋滞で [市民センター] から [内宮] まで6時間半要したのですが、
帰路は一度も渋滞がなく 1/3 の約2時間で帰ってこられたのです
 (亀山ICから甲賀土山IC間の雪による閉鎖は21日10時に解除されました)

今日の[バス旅]の想い出は[最悪の渋滞ドライブ]と[最高の快速ドライブ]を体験できたことです
運転手さん(柿木氏)と添乗員さん(加藤氏)ご苦労様でした

**********************

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

535-[今年の初雪]

2016年01月20日 | [日記]
[今朝は雪景色 (07:15)]

昨夜の天気予報通り、今朝の濃尾平野は久しぶりに大雪になり
今朝大雪警報も発令され今も降り続いています
雪は夜半から降りだしたらしく曇ったガラスを拭いて外を見ると
雪煙のなか深深と降り続いており外は既に5cm以上の積雪になっております
昨年の3月11日以来の大雪です (Blog#509 参照)

今日は中日新聞企画の[バス旅]で、お伊勢さんに初詣に行く予定です
こんな積雪の中で、濃尾平野には[大雪警報]が発令されたことをTVで報じていたのです
また、先日の軽井沢でのスキーバス転落大事故の直後なので、
安全を重く視て今日の[バス旅]は取り止めになるだろうと勝手に予想していたのです
連絡も来ないまま集合時間(08時)が近づいたので隣の[東部市民センター]に向かいました
50mくらいの近所なのでべとべとの雪を踏みながら歩いて行きました
バスは既にセンターの前に来ており、添乗員の加藤氏が
 「名古屋市内を避けたコースを選べば行けるので予定通り8時に出発する予定です」
と知らせてくれたのです
無事を祈って21人の参加者と共に伊勢に向かって定刻に出発しました

**********************
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

534-[西浦温泉でお正月(名鉄)]

2016年01月09日 | [バス旅行]
[名鉄の募集広告]

今日も好天に恵まれ、予定の時間に[春日井車庫]を出発(07:25)
途中、MVと小牧駅で集客し総勢34名を乗せて[小牧IC]から東名高速道にのり(08:15)、
途中 [上郷SA](08:40)で小休止し、[音羽蒲郡IC]で高速道を下り(09:10)、
[オレンジロード]を経由して [竹島の見学] に向かいました(09:40~10:45)
竹島は[蒲郡クラシックホテル](旧称蒲郡プリンスホテル)の南にあり、
竹島へは約400mの竹島橋を渡ります
竹島橋の袂には平安時代に蒲郡を世に知らせた[歌人藤原俊成の像]が
南の竹島を見つめて立っています


(藤原俊成の銅像)


(竹島橋は歩き易いが今日は冷たい海風が吹きあご紐を締めて渡りました)

橋の下では冷たい海に腰まで浸かって[あさり採り]をする漁師がみえました
竹島は弁天さんを祭る[八百富神社]など5つの神社が祭られており
事前に参拝用のお賽銭を5つを準備する必要があります
島は周囲約1kmの小さな島で神社のある山頂から南に下り、
[竜神岬]から島の西側海沿いを回れる[遊歩道]が整備されております


(遊歩道に向かって海辺まで下りていきます)

竹島町を発ち西へ走り今日のメイン行事の [西浦温泉] に向かいました
 ⇒蒲郡には三谷温泉、片原温泉、蒲郡温泉、西浦温泉の4つの温泉があり
  三谷温泉の歴史が古く、西浦温泉は一番若く、東海の熱海と云われております
  西浦温泉の湯質はアルカリ単純泉で皮膚病やリュウマチに効能があるそうです
[ホテルたつき] は西浦半島の最南端の絶壁の上に位置し、最高の眺望でした
夕日が素晴らしいだろうと想像します
料理は海の幸満載の美味しい会席料理でWebを観ると1人\8,980と載っていました
瓶ビール(\820)をお供に頂き満腹でした
食事を終わってホテル自慢の大浴場に向かいました
土曜日なので混むだろうと予想されましたが平穏に入浴できました
ビールお供での満腹と入浴のリラックスで出発までの1時間は
読書をしながら居眠りしていました

ホテルを 14:30 に出発して 「ラグーナテンボス」 に向かいました
途中 右側に[蒲郡競艇場]を、左に東洋最大の[子安弘法大師像](18.7m)を
眺めながら30分ほど東に走ると遠方に大きな展望車(高さ65m)が見えてきました
間もなく広い敷地に建つラグーナに入場しました


(寒風に吹かれるソテツと観覧車)

食べ物主体の小店が賑やかに軒を連ねて並び、多くの家族連れなどが店で買ってきたもので食事を楽しんでいました
私は鯵の干物を独り生活のおかずに買っていきました
1時間余り過ごし(15:10~16:25)、[音羽蒲郡IC](16:45)から
高速道にのり帰途につきました
途中 [守山PA] で小休止して [小牧IC](17:55) で高速道を下り
MVと小牧駅を経由して出発地の[春日井車庫](18:30)に
無事に到着できました
自宅には19:00に到着し、シャワーをかぶり、簡単に片づけを済ませ、
仏壇にお参りし、明朝の目覚ましをセットして床に就きました
今日も無事に過ごせたことに感謝します

**********************
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

533-[申年の元日に思う事]

2016年01月01日 | [日記]
  [明けましておめでとうございます]  

  『却下照顧』   と云う言葉があります  

この四文字は、これからの自分にとって大切な忠告の言葉と認識しながら越年しました
世界の各地では、そして国内でもいろんな事が今も生起しながら時間は経過して新年を迎えました

昨年末、傘寿を迎え、そのわりには大した病もなく順調に時間が過ぎていきました
そして再び七十台に戻ってその場に立つことは不可能な事を杯を傾けながら実感しました
昨日までの自分は、明日を見つめそして翌日を如何に迎えるべきかを考えて歩いてきました
パイロットの世界で教官からよく言われてきたことは「Thinking-Ahead 」と云うことです
絶えず 「事態が発生する前に考えろ 起きてしまってからでは遅すぎる。」 と云われて育ったのです
そのお陰でただの一度も航空事故を起こすことなく今日が迎えられたのです
先人は正しい事を私に教えてくれたのです  然しです
これからの自分は今立っているその足元をしっかりと
自分の目で先ず観て確認しながら歩いて進むことが必要なのです
今年(申年)の[初夢]は雲一つない快晴の空の彼方から昇る
[初日の出] を背景に見えた物があったのです


今を過ぎ去ること43年前に遭遇し、
無事にその場から脱出できたからこそ今日こうして八十歳の年越しの祝いを
両親や亡き妻と息子を祭る仏壇の前でお節料理を広げてお神酒を戴けるのです



佛間で広げたお節の重箱 ぼちぼちやります


年末に主用のPCが不調になり予備のPCへのデータ移送に動転中の様子

私に沢山の貴重な体験をさせてくれた母社では
昨年末におめでたいことがありました
明けて今年は東海地区を希望に満ちた年にしてくたのです
「MRJの初飛行成功」です
でも度重なる延期、延期には少なからず嫌気がしました
これは私だけではないと思います

民間機の世界ではそれほどの異常な事ではないのかも知れませんが
日本の国土を守り、国民の生命を守ることを任務に背負っている自衛官には、
特に第一線でアラート任務に就いているORの戦闘機パイロットたちは
今も厳しく緊迫した気持ちで実任務に就いておるのです
大事な家族のことも忘れて常に一歩先を観こして今も任務に就いて呉れておるのです
この道のプロとして自分の生命を賭して任務に就いている彼らには
軽々しい「延期」などありえないし、認められないのです
全ての日本国民の生命を背中に背負ってアラート任務に就いておるからです
あまりにも責任感の乏しい認識の管理者だと思いませんか

[安保関連法] の成立には本来ならば一線に立って国防の任務に就くべき若い人から
憲法学者と称する人たちまで旗を振って声高に反対を叫んでいました
この日本を守るのはわれわれ日本人全員なのです
自分で守らなくて誰が守ってくれるのでしょうか

職場を去って私は20年近くが経ちました
跡を継いでくれた若い管理者たちはあまりにも怖気ついてしまい
その同じ場所で連日仕事をしてきた者たちでさえも
工場見学を拒む姿勢には寂しさを感じてしまいます

防衛産業は日本を守る崇高な基盤産業なのです
そこで汗を流す貴方たちはもっと誇らしくあって欲しいのです
業務に大きな支障のない限り、子供から大人まで遍く
現場に案内して観て貰い理解してもらう気概を持って欲しいのです


そこで初日の出を背景にして
  『喝』
を大きく叫びたいのです


**********************             
コメント
この記事をはてなブックマークに追加