【独楽の旅】

元気で山野を歩き、心を癒してくれたものは立ちどまって気ままに写し、ブログに載せ、自分で存分に楽しむのが無上の喜びです。

1002- [ようこそ爺のブログ兇]

2016年05月11日 | [案内]










爺が日本で初飛行したF-15Jの同型機(1981,08)

  ブログ 【独楽の旅】 と共に

爺のホームページ 【爺の雑記帳】 も観てください  


 20年後には [爺] は満百歳になる訳ですが、
 その時になっても呆けずに、何よりも毎度の食事を美味しく頂けることを願って
 日々の歩みを折にふれて書き残すこのブログはそのまま
 [タイムカプセル] であり [自分史] なのです
 日々気ままに、そして熱意をもって、
 私が[独りで楽しんだ旅]で観た世界をそのまま書き残していきます
 どこまで充実した内容にできるか判りませんが
 熱意だけは失わずに毎日を活き、その足跡を記していきます
 独り旅で観てくる世界は全て私に新鮮な知識と活きる力を与えてくれます

 爺がブログを立ち上げて10年余りが経過しました  過日、
 妻が逝き『爺のブログ』から名称を『独楽の旅』に変更し
 日々の活き方も変えてゆく決心をしました  そのひとつの区切りとして
 中身を見易くするために最初から順次連番付けをして整理してみました

 その中で目立つ [旅] をピックアップして下に列挙しました
 余分な一刻がありましたら訪ねて観てください


            どうぞ!! 
  (2012,12,27) *415- 『山陰山陽2日間の旅(津和野・萩・錦帯橋・厳島) (阪急)』
  (2013,03,04) *424- 『カンボジア3日間の旅(アンコールワット) (クラツリ)』
  (2013,04,10) *430- 『宮古島3日間の旅(八重干瀬(やびじ) (阪急)』
  (2013,07,26) *447- 『カナダ8日間の旅(ナイヤガラ・カルガリ・ロッキー・バンクーバ) (阪急)』
  (2013,10,31) *455- 『秋の京都見学の旅(延暦寺・東寺・京都御所) (クラツリ)』
  (2013,11,29) *458- 『石州の旅(世界遺産石見銀山) (自家用車)』
  (2013,12,30) *462- 『平成25年から26年へ北海道4日間の旅(クラツリ)』
  (2014,01,07) *463- 『平成26年高蔵十ヵケ寺巡り (とうてつ)』
  (2014,04,09) *477- 『元善光寺の旅(舞台桜) (名鉄)』
  (2014,05,20) *485- 『南米10日間の旅(マチュペチュ、イグアス、クスコ、ナスカ) (阪急)』
  (2015,04,26) *514- 『南九州3日間の旅(屋久島・鹿児島) (阪急)』
  (2015,05,06) *515- 『熊野三山・勝浦の旅 (名鉄)』
  (2015,05,11) *516- 『欧州10日間の旅(ドイツ・スイス・フランス・英国) (阪急)』
  (2015,08,01) *518- 『貴船の川床料理 (名鉄)』
  (2015,08,26) *521- 『中国西部10日間の旅(九寨溝・黄龍・楽山・成都) (阪急)』
  (2016,02,02) *539- 『クルーズ10日間の旅(カリブ海、キューバ) (クルプラ)』
  (2016,03,16) *540- 『モロッコ10日間の旅 (阪急)』


  (2016,05,13) 出発準備中 『クルーズ10日間の旅(西地中海) (テルミ)』

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542- [西地中海クルーズの旅11日間 (てるみ)]

2016年05月02日 | [クルーズ]

[てるみの募集広告]
近日中に出発





 

    
      [MSC大型クルーズ客船プレチオーサ号]
       [シップ・データ]:
        建 造       :   2013年
        総トン数      :  139,072トン  
        全長 /幅 /高さ  :  333,3m /37.9m /67,69m
        デッキ数     :   18階(お客様デッキ数:14デッキ)
        キャビン数    :  1,071室 (身体の不自由なお客様用キャビン45室を含む)
        乗客定員     :   3,502名
        乗務員数     :  約1,388名
        最高巡航速力  :  24,21ノット
        平均巡航速力  :  18  ノット



********************(3/10:完)**



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541- [春まっ盛りです]

2016年05月02日 | [日記]


[マンション庭に咲くヒラトツツジ]

先月14日の夜9時のニュースの最中に発生した [熊本大地震] はその後も余震が今も続き、
合計1,000回を越えても収斂の兆しを見せずに続いています
「熊本城」の損壊の様子をテレビで観て何とも痛ましい限りです
今も自宅に帰れず避難所で過ごしておられるみなさんに心よりお悔やみ申し上げます

季節は日々夏に向かって進み、燐りの多治見市では今日からクールビズ勤務を始めたそうです
小牧市でも夏日になって暑さを感じて独楽の生活を送っております

先のモロッコへの旅でカメラを破損し代替品を購入して初めて試し撮りをしてきました
既に些か見頃を過ぎた感はありますが、自宅の庭に植えられている 「ヒラトツツジ」 と
隣接する小牧東部市民センターの庭の 「ヒトツバタゴ (なんじゃもんじゃ)」 が咲き誇っていましたので
撮してきました


[小牧東部市民センターの庭に咲くなんじゃもんじゃの真っ白い花]


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540- [モロッコ10日間の旅 (阪急)]

2016年03月16日 | [[外国旅行]]



[阪急の募集広告]

幻想的でエキゾチックな国 [モロッコ] への 10日間の旅 を予定通り終わって
3月25日(金)深夜、名古屋に無事帰ってきました
大阪トラピックスが企画した今回の旅行は2つのグループ(1班20名、2班17名)で構成され、
全行程を相前後して行動をし、10日間の旅を仲良く過ごしてきました


日々の予定と行動の概要は次の通りです
簡単な所見と写真のスライドを付けて紹介します


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 出発移動日 (3月16日 水) 好天




[搭乗予定のエミュレート航空 B-777]


  今朝はいつもの [ウオーキング] を止めて忘れ物がないように朝から旅の最終準備を済ませ
   [桃花台センター](12:45発) から名駅行き特急バスに乗って出発しました (13:55着)
  エミュレート航空連結の [関西空港] 往き直通バスへの乗車手続きを終えて高速バス(EK7031)に
  乗車約20人の乗客を乗せて 定刻(15:00) に名駅西口を [関西空港] に向けて出発しました
  乗客は [関西空港] でエミュレート航空便に搭乗する人だけが乗っており、
  同行の8名の仲間も乗ってる筈ですが勿論誰がそうなのか
  判らないままバスは出発しました
  途中 [亀山SA] で1回小休止して予定の18時過ぎに
  関空第一ターミナル前に到着しました

  関空での集合時に(21:05)、添乗員(片岡さん)と会い [e-チケット] などを貰い
  搭乗手続に向かい、エミュレート航空でモロッコに向かいました

   エミレーツ航空(EK0317)  関西空港  23:35 出発  (機内泊)


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 2日目 (3月17日 木)  好天




[ハッサン2世モスク]


    ドバイ空港  05:50 着陸  (飛行時間 約11時間15分)
                      (日本との時差は ー5時間)

    ドバイでは約2時間の乗り継ぎ時間でカサブランカ行き航空機(EK0751)に搭乗

   エミレーツ航空(EK0751)
    ドバイ空港     07:45 離陸
    カサブランカ空港  12:30 着陸 (飛行時間 約8時間45分)
                         (ドバイとの時差は -4時間)
                         (日本との時差は  -9時間)

    ▲ドバイ空港でシャトルバスによる移動時に空港案内人の判断ミスで5名の行方が
     一時不明になり添乗員が慌てる事態が生じたが暫くして
     全員が集まり、カサブランカ行き便に無事搭乗

    ▲カサブランカ空港到着前、機体が乱気流中の飛行になり、シートベルトサインが
     中々消えずトイレに行けない時間が続いたが、朝食と昼食の2回の機内食を済ませ
     全員が昼過ぎ、サブランカ空港に無事に到着した

    ▲モロッコにはカサブランカの他にマラケシュなどに9つの飛行場があるが
     それらは主に近距離飛行に運用され、遠方の国への長距離飛行には
     カサブランカ空港が主用されているらしい

   カサブランカ空港でモロッコ通貨(デルハイム DH)に両替
    (モロッコで使用予定額を円からDHに交換)
    (ドル札を携行すると便利とのこと)

   カサブランカ到着後 [入国手続き]、[スーツケースの受領] などを済ませ

   1班(20名)、2班(17名) は2台の観光バスに分乗して先ずカサブランカ市内の見学へ(約1時間)
      ⇒ [ハッサン2世のモスク] の見学 ・・・ (下車観光)
        [国連広場] の見学         ・・・ (下車観光)
   その後、約90km北東の [ラバト] に向かう  約1時間半後の
   明るい日差しのもと海岸沿いの高速道をドライブして 宿泊予定のホテル(ベレーレ) に
   17:30頃到着  部屋に荷物を置いて早速ホテルでの夕食  そして 宿泊
    [ラバト] はモロッコの首都で大西洋に面した人口約65万人の大きな街で、
    ラバト とは [城壁都市] を意味するそうです

  [所見]:
   * モロッコは1999年即位のムハンマド6世国王統治の立憲君主王国です
   * 先ず、空の色が濃い青なのに驚きました
    往時に試験飛行で通常以上の高高度に上ったときコックピットから見た
    濃紺の青い空とすごく似ているのです
    風上の西方が大西洋の広大な海で空気を汚す国がないことと
    空気が乾燥していて水蒸気分がないので透き通って見えるためだそうです

 
[Click!! して下さい]
 =[初日のカサブランカ市内見学のスライドです] 



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 3日目(3月18日 金) 好天



[シャウエンのメディナ・青い街]


   07:45 観光バスでホテルを出発、
       世界遺産 をラバト市内の見学] 
       * ハッサン2世の塔(ハッサンの塔)  ・・・ (入場観光)
       * モハメッド5世霊廟           ・・・ (入場観光)

     見学後 約250km北東の [シャウエン] へ
      シャウエン到着予定時刻  13:30 頃
      ケバブ料理(説明が欲しい)で昼食?  美味しかった記憶がないまま

    昼食後 「青い街 シャウエン」 の [メディナ] を見学

     [メディナとは]
      現在のモロッコの町に残る昔ながらの古い町並み旧市街は、
      7世紀に侵入してきたイスラム(アラブ人)によって建てられた。彼らはその地を
      イスラムの預言者(ムハンマド)の地、メディナとした。
      旧市街を今でもメディナと呼ぶのは、モロッコ独特である。
      メディナは、外敵からの進入を防ぐために周りを頑丈な石の外壁で囲まれている。
      また、一歩メディナの中に入ると細い、狭い道がまるで迷路のように複雑に通っている。
      この迷路のように複雑な狭い道もまた、もし外敵が進入しても容易に目的の場所へ
      たどり着けないようにするためである。
      メディナの中心部には、マドラサと呼ばれるイスラムの神学校、モスク、
      キャラバンサライ(隊商宿)、ハンマンム(公衆浴場)がある。
      モロッコでは現在でも地方では自宅にお風呂が無く、
      ハンマンムと呼ばれる公衆浴場へ行って体を洗う人達も多い。
      モロッコでは、市場(マーケット)のことをスークと呼ぶ。
      メディナにはスークもあり、スークはその売られている商品の内容により
      衣料品のスーク、野菜・肉等食品のスーク、金・銀のスーク、香辛料のスークなど
      しっかり区画分けされている。
      このような商店、人々の居住空間(住宅)がメディナにはぎっしりとつまっている。
      メディナの中を歩くと人々の喧騒と鼻をつくに強烈な臭いがする。
      そしてロバがその背いっぱいに荷物を背負わされて行き交う。
      はじめてメディに入ると目的地までたどりつくことは容易ではない。
      しかし、迷いながらメディナの中を歩くと本当のモロッコに出会えるような・・・


 
[Click!! して下さい]
 =[世界遺産フェズの観光 (ハッサン2世の塔、モハメッド5世の霊廟)] 



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 4日目(3月19日 土) 好天




[フェズの街の皮なめし工場]


   09:00 ホテルを出発 世界遺産のフェズの街の観光に  (約7時間)
    * カラウインモスク          ・・・ (下車観光)
    * ブ・イナニア・メドレセ       ・・・ (入場観光)
    * 皮なめし場             ・・・ (下車観光)
    * ザウイア・ムーレイイドリス廟  ・・・ (下車観光)
    * ブージュルード門         ・・・ (下車観光)
    * 陶器工房(約30分)           (ショッピング)
    * 南の砦からフェズ旧市街を一望 ・・・ (下車観光)
   モロッコ一般家庭を訪ねて 「ミントティ」を頂きました

   12:30頃 リアドレストランで昼食
      (リアドとは 個人の邸宅を改修してレストラン営業するもので、フェズにはリアドが多い)

   リアドでの昼食後ホテルに帰り、夕食はホテルで早い時間に(ホテルは昨夜と同じホテルで連泊)

   夕食後、近くのスーパーを訪ねて見学とショッピング

    * 訪ねたスーパーは日本でも見られないような高級感を感じる店で、
     例えば棚に並ぶヨーグルトでも品数が非常に多様で驚きました
     王国の一端を伺わせるように庶民生活の中に歴然とした大きな格差に
     あるように感じられました
     買い物中の婦人の身なりも上等な人たちと見受けました

    * 皮なめし工場は見るからに不衛生的でしたが、国王の忠告で
     観光上の改善が行われるとのことです

    * モロッコには至る処で風に舞うビニール袋を見かけました
     これも国王の指示で改善が実施されつつあるそうです

 
[Click!! して下さい]
 =[世界遺産フェズの観光 (カラウインモスク、ブ・イナニアメドレセ、
皮なめし工場、ザウィア・ムーレイイドリス廟、ブージュルード門、
陶器工場、ハッサン2世の塔、モハメッド5世の霊廟)]



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 5日目(3月20日 日) 好天




[特徴あるモロッコ地形のズイズ渓谷]


   08:00 バスでホテルを出発 エルフードへ
    途中、65km先の イフレン(15分) と ズイズ渓谷(約20分) に立ち寄って見学
    約135km先の [ミデルト] 昼食は:美味しい鱒料理

    約210km先の [エルフード] へ

       [エルフード] で5台の 4輪駆動車 に分乗して [メルズーガ] に移動し
       明日のサワラ砂漠歩きに備えます
       * 各人のスーツケースはばすのトランクに

      19:00頃 ホテル(オーベルジュ・トンブクツ)到着
        夕食はホテルで

      夕食後砂漠の星空をエンジョイします

 
[Click!! して下さい]
 =[イフレン、ズイス渓谷に立ち寄り 鱒料理を賞味し
  4駆に分乗して砂漠への入口[メルズーガ]へ移動] 



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 6日目(3月21日 月) 好天




[サワラ砂漠の黎明]


   04:00 5台の4輪駆動車に分乗して メルズーガのホテルを出発
   既に砂漠の端の暗闇の中で 11頭の駱駝が御者の持つ手綱につながれて大人しく待っていました

   いつでも出発できる態勢です
   今朝の日の出時間は 6時26分 だと教えてくれました
   駱駝乗りを予約していた人は全員無事に騎乗しました
   駱駝の隊列は御者のたずな従って縦列になって南の方角に歩きだしました
   駱駝に乗らない者は隊列の近くを一緒になって砂漠の大平原に向かって歩き始めました

   * 砂漠歩きについての感想
    私にとって初めての砂漠歩きだったので所見を記します
    天候、砂漠の状態など申し分のない好条件だったのですが
    その時に感じたことを記します

    砂の上を歩くのは普通に歩けば無理なく歩けます
    傾斜の大きい場所では低地にむかって滑り始めると
     滑りを止められないのではないかと怖くなろました
     駱駝はいつも勾配の頂点、頂部に脚をついて歩いていました
     本能でしょうか さすがです
    今回の砂漠歩きはそれほど困難を感じなかったが距離が短いからか
     何キロも、何時間も歩くのだったら論外です

    初めての砂漠歩きの体験は兎に角楽しい想い出になりました

 
[Click!! して下さい]
 =[サワラ砂漠を自分の足で確りと歩いてきました 
そして午後はバスで[ワルザザード]への移動] 



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 7日目(3月22日 火) 好天




[世界遺産 アイト・ベン・ハッドウ]


   08:00 バスでホテルを出発して [世界遺産 アイト・ベン・ハッドウ] の観光に行きました
   以前は橋がなく川の浅瀬を歩いて渡河していたそうです立派な橋ができて
   容易に村に近づくことができます
   それでも赤土を固めた構造物で険しい坂道を登っていくのは骨が折れました
   全員が頂上まで上っていきました
   帰り道の途中で普通の家庭にお邪魔してそこでの生活の一端を垣間見せてもらいました
   親切な人たちでした
   帰りの下りの頂上近くで川の眺めや、先ほど渡ってきた橋もきれいに極近くのような眺めでした

   他の観光グループが歩いて浅瀬を渡っているのも下り道の途中で遠望できました
   空気がきれいで見透しがよいので気持ちよく見えます

   今日の宿泊は [マラケシュ市街] の[モガドールバレスアグダルホテル]に泊まります
   モロッコ最後の明日の晩も同じホテルに連泊です

 
[Click!! して下さい]
 =[世界遺産 [アイト・ベン・ハッドウ] の集落を訪ね、
アルガンオイル店も見学] 



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 8日目(3月23日 水) 好天




[世界遺産 バヒア宮殿の美しい天上]


   09:00 バスに分乗して世界遺産の [マラケシュの旧市街] の見学に出かけました

    バヒア宮殿               ・・・(入場観光)
    メナラ庭園               ・・・(入場観光)
    サラディーン廟(サアド朝の墳墓群) ・・・(入場観光)
    クトゥビア・モスク            ・・・(下車観光)

 
[Click!! して下さい]
 =[(世界遺産マラケシュの旧市街)を見学] 



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 9日目(3月24日木) ⇒ 10日目 好天


   昨日で モロッコ10日間の旅は主要な行事は終わりました
  、今日は 07:30 マラケシュのホテルをバスで発ち高速道を走って
   約240km北方の [カサブランカ空港] に向かいます

   空港で13:55発 のエミュレート航空ドバイ行き(EK-0752便)に搭乗して日本への帰途につきます

      ▲サブランカ空港 → (エミュレート航空 EK-0752) → ドバイ空港 (飛行時間 約7時間25分)
        (13:55 離陸)                         (01:30 着陸)
                                         (ドバイとの時差は -4時間)

     ◆▲疋丱ざ港   → (エミュレート航空 EK-0316) →  関西空港  (飛行時間 約9時間50分)
        (03:00 離陸)                        (16:50 着陸)
                                        (日本との時差は -5時間)

     、 関西空港    → (高速バス EK 7032) →   名古屋駅  (走行時間 約3時間30分)
        (19:00 発車)                       (22:30 到着)

     ぁ◆〔掌轍葦悄 、 (名鉄桃花台東行高速) →  桃花台センター (走行時間 約1時間10分)
        (22:10 発車)                      (23:20 到着)

   帰宅後、早々に片付けを済ませて床に就きました


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 [旅の所見]  :旅で感じたことを取り上げて[所見]とします


[モロッコ旅行経路の概要図]


[サワラ砂漠 (メルズーカ)]:
今回の旅で一番の印象に残ると思うものは何と云っても
メルズーカでのサワラ砂漠を歩いたことです
ひとこぶラクダの行列に後ろについて(300mくらいは歩いたのでしょうか、
或いは1,000mくらいもあったのでしょうか
(全くわかりません)サワラ砂漠の中を一緒に歩いて高台までのぼり、
そのはるか彼方遠くから登ってきた乾ききって
見えた太陽を自分で観られたことです
 これまで幾度も耳にしたり、学校でも学んだことのある [サワラ砂漠] ですが、
自分のこの目で直に観て、手にとり、自分の足でのしのしと踏みしめながら
歩いて来られたことです
拾数頭のひとこぶラクダの隊列の後について彼らの足跡を踏みしめながら一緒に歩いて、
太陽が登るらしい東の空に向かって何処までも波打って続く
砂の波をゆっくりと歩いていきました
仲間の乗ったラクダは素直に行列を組んで歩き、その後には
砂漠を歩きたいと希望した約30名がラクダの後をついて歩いて行きました
砂漠を歩くのは参加者の誰にも初めての体験だったことでしょう
私も今後2度と体験できないだろう
この体験を貴重なこととして本物のサワラ砂漠を自分の足で歩けいている
今のこの機会を存分に体験したいと大きな希望を秘めて後をついて歩いていきました
砂漠の砂を手に取るように真近に見られるのも勿論これが初めてです
そして私にはもう2度と訪れることのないだろうこの今の貴重な体験は
自分には最後になるだろうと思いました

 勾配がきつい場所の砂丘では低地に向かって足が滑り始めるとずるずると滑り出し、
ブレーキが効かなくなりに平衡も失って低地に向かって滑り落ちて行きそうになってしまうのです
ゆっくりと滑り落ちて止められない有様は 「蟻地獄」 の恐しさを感じさせられた体験でした
ここはモロッコの南方の端の方で、地図上では広大なサワラ砂漠の北の端に位置する処だと
想像しながら歩いてきました
砂は一様に微細で、その砂には暗闇の中でも目につくウズラの卵大の黒い塊が散らばっているのです
ラクダの糞が乾燥して散らばったいるのだと教えられ頷ける現物でした
それらはカリカリに乾いており、汚い感じは全くなく、途中踏んでも気にせず踏みしめて歩き、
その上に腰を下ろして休んだりもしました
 途中、女性の一人が暗闇の中、やさしく澄んだ声で 「月の砂漠」 を歌い始めてくれたのです
その場の雰囲気にぴったりでした
他の数人が声を併せて一緒に歌い、異国の星空に向かって流れていきました
王子様に続いてラクダに乗って砂漠を行くお姫様の歌に自分はその王子様なのだろうかと想像しながら
その場の気分に陶酔してしまう雰囲気でした
そんなことが日本から遠く離れ地球の裏側の砂漠で起っていたのです
人生に素晴らしいひとときでした

[モロッコの地層、地形について]:
モロッコで一番高い山は
アフリカ北西部のアトラス山脈西部にある [ツブカル山](4,167m) です
民家は巨岩が今にも落ちてきそうな危険な崖の下に建てられているが、
住民たちは平気で生活しているのです
地震が起きない土地で安心できるのでしょうが地震国日本人にはとても
安住できる土地とは思えない感じです
地層は遥か昔は海底にあって隆起した地層であることは素人の自分でも想像できます
地中から[アンモナイト]が掘り出されることからも判ります
また、そんな岩石地層の上での生活は生産性が乏しいことは想像できます

また、各地でロバや羊などの放牧を車窓から見たのですがそこには餌となる
草らしい物が見当たらない荒地で何かを食べているらしいように見えるだけの
可哀そうな環境でした
そんな旅の途中で見られた緑のオアシスは原住民や牧畜にもすばらしい存在でしょう

[空がきれい 青黒い]:
かって試験飛行で2万メートルを超える高度まで上昇した時に観た空の色と
同じ色だったことを思い出しました
モロッコは地理的に風上にあたる西方は巨大な大西洋があり空気清浄の働きをして何処かの国のように
西方に(黄砂)や(pm2.5)を吹き上げる国土がない事も原因であり、また空気が乾燥し水蒸気の含有が少ないので
見透しが良く、かった見た超高空の空の色に似ているのが頷けます
こんな所で観る夜空は格別です  出来たら将来、衛星に乗って宇宙空間から地球の空を見たら
どんな色なのだろうかと疑問に思います

[モロッコ人には相当の生活格差?]:
モロッコ内陸部の[フェズ]でスーパーを訪ねて見学する機会がありました
店の一部を巡って驚いたのは商品棚に並ぶ品物が一般的に高級品が多く、品数も多く、
多種多様だったことです
私の大好きなヨーグルトが棚に陳列してあるのを観て驚いたのです
何をかと云うと自宅近くのスーパーと比較してその種類と数が一見しただけで
5倍近くはあるのでないかと思わせるくらい賑やかに配列展示してあったのです
そこで買い物をしている人を見ると自分らとは少し生活レベルが違う家の人らしい印象でした
そのスーパーに入って買い物をする人は必ずや限られた範囲の人たちだろうと想像される状況でした
短い時間の見学で勝手な私見は云えませんが、そこには大きな生活格差の存在を感じました

若く穏健なムハンマド6世を国王に頂くモロッコでは各家庭にも国王やその家族の写真を
掲示して敬愛の念を表わしている様子です
皮のなめし工場の悪臭や衛生化対策に、そして国内各地に飛散しているビニール袋対策なども
国王の意見が素直に受け入れられ、改善対策をすることは微笑ましい国柄だと思います

[車窓から観たカサブランカ市内の現状]:
市内の各道路の両端、公共施設らしい建物の
敷地には乗用車がぎっしりと駐車されているのが目につきました
ガイドの話では駐車場が少なく現在、市内中心部に地下駐車場の建設を急いでいるが
(現に工事中の側を通過)解決は難しいと云っていました

住民が居住する建物には無数のパラボラアンテナが林立している(八木アンテナは見当たらない)
地中海を挟んだ周囲の近隣諸国からの衛星映像を受信し活用しているのだろうかと想像する

[迷路の旧市街(フェズと]:
モロッコには一度足を踏み入れて入り込んだら、
抜け出せない入り組んだ迷路の街のメディナ(旧市街)がある
その中で大きなメディナが[フェズ]だと云う
私には絶対に抜け出ることができない細い途の迷路として続く旧市街を訪ねて歩きました
そこに建つ家は殆どが二階家で狭い入り口の奥には住人の姿も垣間見れました
現地のガイドさんと体験豊富な添乗員さんの後ろ姿を見失わないように付いて行くのが
精一杯で、ゆっくりの見学して歩く余裕は全くなく、二人の姿を見失わないように急いで
付いて行くことに夢中でした
GPSのついた[スマホ]を携行していれば迷路でも迷うことはなかったと後で知りました

[猫があちこちに寝そべっている国モロッコ]:
モロッコは街の何処に行っても猫に
出遭うのです  迷路となっている路地のあの狭い道の端にも、混みあう曲がり角にも、
足元を見ないで歩く観光客に踏まれそうになっても、相手が避けてくれると思っているのか
安心した様子で平然としているのです
猫はイスラム教と何か関係がありそうですが兎に角街中には多くの猫が飼われているのです

[日本とドバイ、そして ドバイとモロッコ の距離と時間]:
日本とドバイとカサブランカの飛行距離の関係は
直感的に後者は前者の三分の一位かなと考えて旅に出たのですが大違いで
7〜8割位の関係だったことを帰国後知りました
モロッコは地中海の南の端を、アフリカの北の端をドバイから西に向かって
直線的に飛ぶコースなので直感的に短いと思われたのですが間違いでした
その差に大きな違いはなく、地図を観なおしてその認識を新たにし、
上空を飛び越えて行ったアフリカ大陸の大きさを実感しました

[添乗員にお礼と改善の要望]:
旅の期間中2つのグループが全く同じ行動をするので参加者の混同や迷いが
生じ易い環境だったと思いますが、
経験したことのないモロッコの迷路でも一人の不明者も出さずに旅を終えられたことは
彼女らの心遣いに依るものと思います
現地通訳のタキさんや支援者のハッサンさん、運転手らを上手く動かしていたと感心しました
彼女の長い経歴のなせる業だろうと思います  頑張ってください
旅の終わりに近づくと旅の行程を振り返り思い返すことが難しくなり、帰宅後の整理は至難のことです
同じコースを重ねて訪ねている添乗員には容易なことでも初めて訪ねる者には記憶に残りませんん
 同じ阪急さん企画の欧州旅行に添乗された若いMさんの積極的な活動は参加者を最後に喜ばせて
くれました  下記を参考にして頂ければ幸いです  それは、小生のブログ
 516-【ヨーロッパ絶景ハイライト9日間の旅 (阪急)】
の末尾 (所見 項) に詳細を記述して残しております

[阪急旅行社(トラピクス)への要望]:
(1)、今回の旅は参加者全員が単独限定の参加(夫婦やグループでの参加不可)だったので
  [独楽の旅] を楽しむ私には好都合で、多数の希望者て再募集した好評の企画だったのです
 今後もこのような企画を盛り込んで下さい
(2)、モロッコ見学の中で割愛できる部分を削ってでもモロッコとスペインとの間に跨る
  ジブラルタル海峡の見学を少しの時間でも組み込んで欲しいです
  折角近くまで行ったのですからぜひとも
(3)、また、往復とも素通りしたドバイ空港で半日くらい時間を組んで[バスによる市内見学]を
  組み入れて頂くと旅が充実します
(4)、[e-チケット]が全人に手渡されたのは関空で添乗員からです
 通常、他社では数日前に郵送または電送で各人に送られます  留守家族にも必須な情報です
 名古屋支社ではプライバシイの漏洩云々と云っていましたが愚見です
(4)、旅の中で、説明にインフォメーションを活用している社は阪急のみです
 大変効率的でよい対策と思いますが電池の消耗に慎重で殆ど使用されないままでした また
 終わった後の器材の回収についてですが
  * 本体とストラップ、イアホーーンの全てを回収する添乗員
  * 本体とイヤホーンを回収して(再使用)ストラップを使用者に渡す添乗員
  * 本体とストラップを回収して(再使用)イヤホーンを使用者に渡す添乗員
  * 本体のみを回収して(再使用)ストラップとイヤホーンは使用者に渡す添乗員
 の4様の添乗員に会いました
 不思議に思うなは会社からそのように云われた(指示された)との事です
 イヤホンの回収、再使用は衛生上頷けないことです  統一した対応を望みます

☆、[最後に同行のK氏に深甚の謝意]:
 極めて恥ずかしいことですが
[関西空港]出発時、これから期待のモロッコ旅に出発と云う時に
搭乗口から機内に足を一歩踏み入れた瞬間に躓いて[デジカメ]を床に落としてしまい
機能不良になってしまったのです
楽しかるべきモロッコ旅行の10日間は手ぶらで歩くだけのさみしい旅になりました
旅の期間中1枚の写真も撮れずに楽しむ他人様の様子をただ眺めて過ごした10日間でした
窮しているときに私に支援の手を差し延べてくれたのが同行のK氏でした
お陰で本当に助かりました  
帰宅後多くの写真を提供して下さり、今日上稿することができたのです
重々の謝意を申し上げます  有難うございました。

           -- 以上 --


********************(4/24:完)**


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539-『クルーズ (カリブ海、キューバ) (クルブラ)』

2016年02月02日 | [クルーズ]



[CruisePlanetの募集広告]

今年(2016年)2月、生まれて初めて大きな客船に乗ってキューバを訪ね、
カリブ海クルージングの旅に参加してきました
豪華な客船で大海原を旅している人に旅先で出遭った時、彼らと話をしてみて、彼らは
「人生に成功して、生活に余裕ができた人達だけができることだ」 とただ羨やましく思っておりました
処が今回、幸いにもその一端に接する機会が私にもやってきたのです

今回、HISの旅行会社 [クルーズプラネット(CruisePlanet)] が企画する
 『世界遺産ハバナに停泊、カリブ海の真珠 キューバクルーズ 10日間の旅』
に夢いっぱいで参加してきました

 
[Click!! して下さい]
 =[カリブ海クルーズ10日間の旅のスライドです] 


 [クルーズの概要] は下記の通りです
-------------------
★出発前日(2/1-月)
  夕方 [東横インホテル(中部空港)] に投宿

-------------------                                                                                          
★初日(2/2-火)

 ☆[今日の予定]:
   07:55:ANA86便でセントレア発 ⇒ 羽田空港着(08:55)
       国際線新ターミナルへ移動(シャトルバス)
   16:50:羽田空港新ターミナルビル3階団体受付カウンタ(Z-14)
       添乗員、参加者(14名)と会合 総勢16名に
   18:50-J:エアカナダ006便でトロントへ ⇒トロント着(16:45-C)
       * 日本とカナダ、キューバとの時差はマイナス14時間です
   18:15-C:エアカナダ1598便でハバナへ ⇒ハバナ着(21:45-K)
   21:45:送迎車で[MSCオペラ号]へ移動 ⇒乗船手続き ⇒乗船

 [行動]
  東横インホテルで朝食を食べ歩いて空港搭乗口へ
  07:55 セントレア発の ANA(086便 16A)に搭乗 羽田空港へ向かう
  08:55 羽田空港到着 (独楽の旅)
     羽田新ターミナルの広い待合室は混雑しており、そこを行ったり来たり
     観るもの全てが初めての珍しさ 時間は軽快に過ぎていく
     9時から17時までは独楽にも長過ぎる時間
     食べたくなくても食堂に入ったり、喫茶店でコーヒーを注文したりして過ごす
  16:30 少し時間まえに指定の場所に行く
      添乗員のT氏と参加者(7組の夫婦と小生)と初顔合わせ
      唯今から10日間の旅が始まります
  18:50-J エアーカナダ機(AC006-42G)で羽田空港を出発
       ⇒(飛行中に時差を修正)⇒
     * カナダへ向かう途中機内で時差修正(-14時間、日付は前日に変更)
      カナダとキューバには時差がない

  18:15-C トロントでエアーカナダ機(AC1598-15D)に乗り替えてハバナに向かう
  16:45-H ハバナ(ホセマルティ空港)に到着(ATE:約3時間)
     空港で入国審査を受けてキューバに入国
      :パスポート、Eチケット、税関申告書、ツーリストカード、保険証(キューバ独自に英文)
       (ツーリストカードの半券を受けとり保管 (出国時に提出)
     セントレアで預けたスーツケースを受領、
     迎えのバスで [オペラ号] が停泊するハバナ港に移動(約40分)
     [乗船手続き] :
       乗船券、パスポート、ツーリストカード、健康質問票(事前に署名)、クレジットカード、
       を提出し、その場で [クルーズカード] を作成してもらい受領する
        * この [クルーズカード] は [オペラ号]を離船するまで船への出入り時に
         [パスポート] として
         身分証明、自室のキー、飲食等の支払いなどで使用され、
         キューバ出国後は [パスポート] は使用しない
          [クルーズカード] は首にかけて常時携帯する
        * キューバでは兌換ペソ(CUC、1クックは約125円)が使用されています


   [乗船手続き] が終わるとその場で [クルーズカード] が手渡される


[クルーズカード表(修正済)]

   自分の部屋(部屋番号(9299号)記載)に行き、[クルーズカード]で開錠して入室
   広く快適な部屋でした   時間が遅いので早々と就寝
  いよいよキューバからクルーズの旅が始まります:
-------------------
[キューバ危機についてインターネットからの引用文を紹介]
1962年10月16日から28日までの13日間。ソ連によるキューバでのミサイル基地建設計画が発覚し、アメリカとソ連との間
にて核戦争にまでなりかけた緊張した時期のことをいいます。 では、なぜアメリカとソ連はキューバ危機にまでなり
かけたのか、その原因を探ってみます。
まずは、当時のキューバの状態から。 
その頃のキューバは事実上アメリカに牛耳られているような状態でした。
キューバはサトウキビなどが有名ですが農民の多くが地主に利益を吸いとられ、地主はアメリカに利益を吸いとられ・・・と
キューバ国内では不満が募っていたのです。
そこにカストロという人物が革命を起こします。このカストロの右腕といわれたゲバラという人物も有名です。
男前でTシャツにプリントされたり映画にもなっています。
この革命がキューバ革命です。1959年のことです。カストロらはアメリカと仲の良かったバティスタ政権を倒し革命を成功させます。
そして、土地改革やアメリカ系企業の国有化を進めるのです。しかし、これには当然アメリカから反発がでます。
その後、アメリカとキューバは国交断絶。ピリピリムードが漂ってくるのです。
結果、キューバはソ連との関係を深めることになり、カストロは1961年に社会主義宣言を行います。
そこに1962年10月、アメリカのU2型偵察機がキューバの空撮を行ったところ、ソ連の建設中のミサイル基地を発見。
このことにアメリカは非常に危機感を抱くのです。
ちなみに当時のアメリカの大統領はケネディ大統領です。この時、ケネディは45歳という若さ ケネディは、この危険性を
取り除く為にキューバ海域を軍事的に封鎖することを決意します。 
艦艇200隻に航空機1,200機を動員したというから本気ですね。
しかし、もしこの状態でアメリカがキューバに空爆でも仕掛けたら、ソ連はベルリンに侵攻し、第三次世界大戦にもなりかねない。
これは、もはや核戦争となるだろうと考えられるわけです。
アメリカのケネディもソ連のフルシチョフも核戦争という最悪のシナリオに恐怖し「トルコにあるアメリカのミサイル基地を撤去すれば、
キューバのミサイル基地も撤去しようじゃないか」というソ連側の申し出をケネディは承諾し最悪のシナリオは避けることができました。
ちなみにホワイトハウスとクレムリンを直接結ぶホットライン協定や部分的核実験停止条約の締結などはこの時の産物です。
しかし、1963年11月にケネディが暗殺されると2人の密約時代も終わりを告げることになったのです。
しかし、1963年11月にケネディが暗殺されると2人の密約時代も終わりを告げることになったのです。


 * キューバ・クライシス発生当時、:
   私は航空自衛隊宮城県松島基地で1等空尉の戦闘機(F86F)パイロットとして
   対領空侵犯措置の実任務に就いておりました
   その時、空自では初めて DEFCON-1(防空態勢-1) が発令され、
   日本唯一装備の戦闘機の F-86F 全機に実弾(Cal20の機銃砲)を積み込み
   大急ぎで、[アラート待機] に就いたことを震える気持ちで懐かしく回想します
   あの時、大事に至らずに済んだ事は当時の両巨頭の優れた決断に感謝します


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★2日目(2/3-水)

 ☆[今日の予定]:
  ・世界遺産のハバナ旧市街を半日観光
   *モロ要塞の見学(入場)
   *カピトリオ(旧国会議事堂)の見学(外観)
   *ガルシア・ロルカ劇場の見学(外観)
   *支倉常長の像の見学(下車)
   *旧市街の見学(カテドラル広場、アルマス広場、サンフランシスコ広場)(下車)
   *マレコン通りの見学(車窓)
   *革命広場の見学(車窓)

 [行動]
  起床すると初めての
    [クルーズプラネット通信-1] (添乗員のTさんの手造り作業) と
   [MSC OPERA DAILY program 3thFeb.]  (MSC社の公式ニューズ)
   が部屋に配布されていました
    その後、毎日配布された [クルーズプラネット通信] 続号は
    日々の行動指針として必須の案内手引きでした  (感謝です)


  08:30 朝食後 デッキ5中央に集合
    [クルーズカード]、[パスポート]、[クルーズプラネット通信]、財布、飲み水など携行
  09:00 現地人(日本語堪能)の案内同行のバスで市内観光に出発
  13:00過ぎに帰船 → [ビュッフェ] (デッキ11) で遅い昼食
  18:55 [夕食] [レストラン](デッキ5またはデッキ6) または [ビュッフェ]で食事
  21:00〜24:30
   ・(OP-1) [トロピカーナショウ] の観劇に参加 (\29,600 )


[トロピカーナショウの派手な場面]

     事前に申し込みをしだ 中村氏(日航A787機長)と同夫人の両親と小生の4名
     昼間同行のバスガイドが要領よく先導・案内してくれた
     観劇中は [ラム酒やコーラなど] の飲み放題だったが明日があるので飲めない
     撮影は有料(15ドル)で高すぎるので断念
     [Showの内容] は学生時代 有楽町で観たラインダンスに近似


  帰船時は、添乗員がギャングウエイ まで出迎えに来てくれていた
    * [ギャングウエイ] とは:本船と桟橋を結ぶ可動式連絡橋のこと
  今夜も帰室が遅くなったので早々に就寝

      [MSCオペラ号] opera.jpg
  
     [シップ・データ]:
        建 造      :   2004年
        改 造      :  2015年
        総トン数     :  65,591トン  
        全長 /幅 /高さ : 274,9m /32m /54m
        デッキ数     : 13階(お客様デッキ数:9デッキ)
        キャビン数    : 1,071室 (身体の不自由なお客様用キャビン5室を含む)
        乗客定員     : 2,150名(1室2名利用時)
        乗務員数      :約728名
        最高巡航速力  :20,1ノット
        平均巡航速力  :18  ノット

-------------------
★3日目(2/4-木)
  [オペラ号] は夕方 18:00:[ハバナ] を出港 ⇒ [ジャマイカ] に向けて夜通し航行

 ☆[今日の予定]:
  ・チェ・ゲバラゆかりの地を半日観光
   *チェ・ゲバラの邸宅を見学(入場)
   *カバーニャ要塞を見学(外観)
   *ホセ・マルティ記念像を見学見学(下車)

 [行動]
  今日はキューバ革命の勇士 [チェ・ゲバラ] の遺産などを訪ねる日です

  09:00 [チェ・ゲバラ] ゆかりの地の見学にバスで 出発  そのときは
      [クルーズカード]、[パスポート]、[クルーズプラネット通信]、財布、水、その他を必要品を携行
  13:00 見学を終えて帰船
      帰船後、 [ビュッフェ] で遅い昼食
     ・現地で購入したアルコール類は船内に持ち込めず船に預けて、離船時に受け取る
  17:00 △[避難訓練]  乗船者全員が参加する(義務です)避難訓練がありました
      訓練場所は デッキ [6]
      訓練開始の[警報]が鳴ると各部屋に備えられた [救命ジャケット] を携行して急行する、
      デッキ [6]:集合場所は [クルーズカード] に記載場所(Y)に駆けつけ
      カードを読み取って参加を確認
      若い指導員が救命胴衣の取り扱いについてのブリーフィング
      説明が終わり訓練終了 →解散
  18:00 [オペラ号] がハバナ港を出港
      薄暗くなった夕暮れ時に [オペラ号] が轟音を響かせ、船体を微震させてエンジンを始動
      部屋の直ぐ左(5mくらい)に [デッキ9] 船尾出口があり、
      出てみると船尾は夕日を左後方から受けながら大きなウエーキを残して進んでいたのです
      待ちわびていた大型客船[オペラ号]でのクルーズが始まったのです
      夢の舞台の始まりです



[巨大なウエーキを残してハバナ港を出港]

      浮き浮きした気分になり後方に広がるカリブ海に吸い込まれそうな錯覚さえも感じました
      時間が過ぎ後方に残したウエーキが暗闇の向こう続いて延び見えなくなっていきました
      隣で立ってみていた外人夫婦も同じように興味深そうに見つめていました
      [ジャマイカ] に向けてこのこの巨大な船は明日に向かって終日航海を続けます

      出港時に残す巨大なウエーキを後方に見送りながら 11階の [ビュッフェ] に階段で登り、
      軽く夕食を食べ、短パン、スニーカー姿の軽装で船首12階にある [Gym] を訪ねました
      利用法など手順を聞いて少しだけトレイニングしてみました
      今後、暇な時には気楽にここを訪ねてくると楽しめそうな期待がしました



[オペラ号のカリブ海航の地図]


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★4日目(2/5-金)
  [オペラ号] は夕方まで [カリブ海] をジャマイカに向けて 終日航行

  ☆[今日の予定]:
  ・ 終日[ジャマイカ]に向かって航行する [オペラ号] の中で静かに過ごします

 [行動]
   昨夜、[ハバナ] を出航した [オペラ号] は取り舵して航路を北に向け、カリブ海に入り、
   キューバの南西に位置する [ジャマイカのモンテゴベイ] に舳先を向けて一路進みます
       (ハバナ ⇒ モンテゴベリ)
    内海と云っても [カリブ海] は大海です  穏やかな海といっても波高いはずですが
    昨夜、後ろに残すウエーキの外側は波静かな海面でした
    船の揺れもなく静かに穏やかに進んでいきました


   今日は参加者全員がそれぞれに気ままに船内で過ごすのですが、先日 体験した [Gym] で
   体を動かし、発散することができたので、部屋で支度して [ジム] に急ぎ、
   同行の外人とはまともに通じない手まねの会話をしながら話?をして過ごし、
   お陰で私は退屈せずに暇な時間を過ごすことができたのです
   これがこれからもクルーズの旅に参加してみたいと思わせる誘惑の源になったのです

  18:00 [クルーズプラネット主催のプライベート・パーティ)]
    デッキ5中央の [ピアッツァデスパーニャ] の広場で
    添乗員のTさんが蝶ネクタイの盛装で参加者に飲み物などを
    振舞ってサービスしながら、今回のクルーズに関連したクイズを配り、
    全問を正解した2人に[オペラ号のリュック]が賞品として手渡され
    和やかな雰囲気の中で楽しい一刻を過ごしました、
    このような企画はこれまでの旅行では経験がなく親睦に有意義な企画でした
  20:00 [ビュッフェ] で軽く食べて、再度12階の [Gym] に出向き
    器具を使ってのウエイトを体験しました


[Gimの内部]

    久しぶりにダンベルも持ってみると見た目以上に重さを感じる有様でした
    事前に考えていたようにはいかず、歳の精でしょうか  日々衰えるばかりです
    自分に [無理してはいかんでよ] と言い聴かせながら
    [上腕の筋トレ] と [股間節のストレッチ]
    を体験し、少しの時間だったが楽しく充実した一刻を過しました
    大海をゆく [クルーズ] では長い時間このような環境に放置されるので
    この時間を上手につかい、退屈せずに、楽しく充実した時間を過ごせる手段を
    自分なりに先行して考え、準備しておく事が必要だと思います

     このクルーズでの [Gym] の体験は、今後も大いに
     [クルーズ旅] に参加したいと云う興味を抱かせてくれるものであったと思います
     * 帰宅したら早速 [地中海のクルーズ] を探して申し込みます
       (参考):[14万トン大型客船の地中海クルーズ]を申し込みました
     * [独楽の旅] では孤独を感じない、退屈しないで過ごせることが大切です
      この途を見つけられたことでこれからの余生が楽しみです
      その根源は心身の健康だと云うことは勿論です
      過去に励んだ [スポーツジム] と日々の[ウオーキング]は今後も続行します


-------------------
★5日目(2/6-土)  [オペラ号] は 09:00:[モンテゴベイ] 入港  ⇒ 20:00:[モンテゴベイ] 出港
 ☆[今日の予定]:
  ・(OP-2) オーチョリオスとダンスリバーの滝登り
    (75.9ユーロ  ジャマイカ風ビュッフェの昼食を含む)

 [行動]
  09:00 オペラ号は [モンテゴベイ]に入港


[モンテゴベイの港]

     ・キューバ出港後の寄港地(モンテゴベイ、ケイソン、メキシコ) では
       [パスポート] は不要でした
     ・モンテゴベイの殆どの店でアメリカドルが利用できるが、現地のジャマイカドルと混在し、
      価値に格段の差がある1(1:100)ので買い物の時には注意が必要です


  09:00 滝登り参加者は濡れても良い服装(水着、ゴム靴など)でビーチタオル携行で集合
     * カメラは濡れるので注意が必要です

 ⇒ [参考]:    『ダンスリバー滝登りの写真集(Webから)』  (2016/03/12)

   ▲今日の最終の乗船時間 19:30 の時間を厳守  ⇒船は出港を待ってくれません

-------------------
★6日目(2/7-日)
  [オペラ号] は 09:00:[グランドケイマン] 入港  ⇒15:00:[グランドケイマン] 出港

 ☆[今日の予定]:
  ▲OP-2 [グラスボトムボートで島巡り] のオプション企画:
    透明度が高い ケイマン諸島の [グランドケイマン・ジョウジタウン] 近海で
    サンゴ礁を船底がグラス面のボートでクルージングする企画でしたが
    定員がオーバーでわれわれは参加できなくなったのです

 [行動]
   ケイマンの沖合いに停留した [オペラ号] から島への輸送は
   本船から降ろされた4隻の [テンダーボート] で本船との間を往復します (片道約7分)
   島に渡り、同行の青野夫妻について歩き街を見て回り、記念にT-シャツ 2枚を買い 
   乗船時間(12:45)に遅れないよう早めに本船に帰ってきました



[テンダーボート]

   帰りのボートは少し風が出て、荒れ始めて船頭さんが本船への接船に苦労していました
   一回目の接船では失敗し、やり直して2度目に上手く接船できて帰ることができました
   これ以上荒れてきてと遅くなった人は時間までに帰船できるだろうかと心配しました
   帰船時の [ギャングウエイ] での通過手続きもうまくいき、船に帰ってこれました
   早速、[短パン] に着替え、 [ビュッフェ] で軽く食べて早速 [Gym] にでかけて
   [筋トレとストレッチ] で楽しく過ごしました
   15:00  [オペラ号] はぴったりの時間に [グランドケイマン] のきれいな海に
   白いウエーキの波を残して静かに出港していきました

    * [テンダーボート]とは:大型船に搭載された小さな補助船のこと
      ダイバーの輸送や島への上陸艇として使用される
      船種はゾディアックからアルミ船まで千差万別


-------------------
★7日目(2/8-月)
  [オペラ号] は 10:00:[コズメル(メキシコ)] 入港 ⇒ 18:00:[コズメル] 出港

 ☆[今日の予定]:
  ・ オペラ号は 10:00 に [コズメル(メキシコ)] に寄港

 [行動]
   透明度が高い海を泳いでみたいと海水パンツに着替えて出たのですが波が高く
   泳いではいけないと知らされ対岸の個人ビーチで楽しむ家族らを眺めながら
   その近くの海岸を散策してみました

     * 途中、船を降りて街に入る時、入り口の関税・防疫チェックで小袋に入れていた
      ミカンを検査の犬が嗅ぎあて係員に没収される失敗をしました
   コズメルの海岸を暫く街の方に歩いて行きましたが風が強まってきたので
   同行の体調不調の奥さんといっしょに船に帰ることにしました
   部屋に帰り [スーツケース] の整理をしたりしてのんびり過ごし、18:00に
   デッキ後部に出て出港する [オペラ号] のウエーキを眺めながら [カリブ海の夕暮れ]
   のひとときを楽しみました
   部屋に帰り、[Gym] に行ける支度をして [ビュッフェ] 経由で軽い夕食をして
   船首12階の [Gym] に行ってストレッチを中心にトレイニングをしました
   いよいよ [オペラ号] は明日の夕方、ハバナ港に帰り長期のクルーズを終わります
   バスで空港近くのホテルに移動し1泊して早朝にホテルを出発し 空港に向かいます

-------------------
★8日目(2/9-火)
  [オペラ号] は 15:00:[ハバナ] 入港 ⇒ 送迎バスデホテルへ移動

 ☆[今日の予定]:
   15:00 [オペラ号] はハバナ港に入港
   キューバへの入国手続き
   ホテルへ移動し、1泊

 [行動]
   夕方、[オペラ号] は [ハバナ港] に入港  ⇒長く楽しんだクルーズの旅は終わり
   明日は空路で帰途につきます
   港で [オペラ号] を降りると キューバ への [入国審査] を受けます
     [入国審査] は:
       [パスポート]、[ツーリストカード]、[税関申告書]、[クルーズカード] を提示して
       審査を受けます
       [ツーリストカード] の半券を受け取ります
         ⇒この半券は明日、[ハバナ空港] から出国する時に提出します

   入国審査が終わると昨日麻に船で預けた [スーツケース] を受け取り、
    バスで [ハバナ空港] に近い [ホテル](703号室) に移動します  →夕食なし
   ホテルに 1泊して 明朝(MC:03:30) は ホテルをバスで出発し(04:00) 空港に向かいます
    [パスポート]、[ツーリストカード]、[税関申告書]、[クルーズカード] を提示し
      入国審査を受けます  *ツーリストカードの半券を受け取ります
      ⇒この半券は明日ハバナ空港から出国する時に提出します

-------------------
★9日目(2/10-水) と 10日目(2/11-木)

 ☆[両日の予定]:
    03:30 モーニングコール で起床 フロントに集合 →コーヒーショップでスナックの朝食 
    04:00 バスでホテルを出発し、ハバナ空港へ移動します (約40分)
    出国検査 ⇒ [パスポート]、[ツーリストカード](半券)、[税関申告書]、の提示
           [スーツケース] を預ける
           出国検査 後搭乗待合室へ

    搭乗手続き
     07:30 AC1599-31C  ハバナ(キューバ)発 07:30 ⇒ トロント(カナダ)着 11:05着

     13:45 AC005-42H  トロント(カナダ)発 13:45 ⇒  羽田(東京)着   17:05着
         (途中時差修正 +14時間)⇒ (2/11 03:45h)
   17:05 AC005  羽田空港に定刻着陸   ⇒解散
   18:00 [スーツケース] 0を受け取り(受領に予想外の時間を要した)
   18:30 [京急線] で品川駅に向かい、[新幹線](ひかり) で名古屋駅に向かう
        途中、居眠りして乗り越すところだった
   21:00 中央線で [春日井駅] に向かう
   22:30 [春日井駅] で名鉄バスに間に合い 自宅に向かう
   22:10 自宅に無事帰着  クルーズの旅は無事に終了できました  ⇒ありがとう!!


*******************
 [所見]:

  米国とキューバの両国は 1961年の『キューバ危機』以来
  2015年7月まで国交を断絶して来ましたが、54年ぶりに国交を回復して、間もなく相互に大使館を
  開設し、これを機会にキューバ訪問の旅が多く企画されました
  私は [クルーズプラネット(CruisePlanet)]社 が企画したカリブ海クルーズとキューバ訪問を申し込み
  [独楽の旅] に行ってきました  結論として思い出に残る10日間の旅でした
  帰国直後の2月15日に オバマ米大統領が 2016,03,25 から2日間の日程でキューバ(ハバナ)を
  訪問する計画をが発表されました
  両国の関係改善は双方にとっては勿論のですが、世界平和への貢献が大きいと期待されます



  豪華客船 [オペラ号] でのクルーズは私にとって初めての体験でありこれまで想像の世界でした
  平成28(2016)年02月02日にセントレアを発ち、トロントを経由してキューバ・ハバナに飛び、
  MSCクルーズ船 [オペラ号] でカリブ海を豪遊する航海を体験して帰ってきました

  (1)、 カナダへの入国カード、税関申告書、など必要書類の準備を添乗員が全員分を
     実施してくれたがこんなサービスは初めてです
     添乗員高橋さんの好意と進取な発想に拠るものか いずれにしても嬉しかった
  (2)、 乗船時に発行された [クルーズカード] の運用は有意義な手段と感心した
     このカードは次回のMSCボート乗船時も活用されると聞きます
  (3)、 キューバでは世界遺産になった 「旧市街」 の建物の多くは現在、改装工事が進んでおり
      住民がその住居で生活しているらしい情景はあまり見受けなかった
    ⇒ 反対に、昨年訪れた中国ではマンションの新しい建設工事が各地で散見されたがその多くは
      その多くは工事が中断されたまま放置されているように見受けられた
     経済の停滞を直に感じられた
  (4)、 [キューバ革命の英雄チェ・ゲバラ] の旧宅を見学した時、現地案内人の話には心から
     彼を信奉し、その信念の崇高さを論じ、共産主義の良さを論じていたことに感心した
    * 他の先行の共産国のように途中から一部の者の独裁になって民衆と遊離することの
     ないように願っている
  (5)、 案内人の説明に依ると[キューバ産業の主体] は [観光事業] だと説明していたが
     その他の産業として精糖、葉巻、ラム酒などが国の経済を支えている
     今後近隣の大国米国との復交でどのように変化していくか興味を感じる
     オバマ大統領が3月末に訪問予定だが明るい未来の訪れを期待する
  (6)、 [旅の期間中の天候] は好天に恵まれればその旅は全て成功だと云えるが今回の
     旅行中は、気温は平均23℃くらいで雨降りに出遭って悩むこともなく順調に経過した
     朝、客室から出て後方のデッキに立つと水溜りや濡れて滑りやすいくらいで
     雨に悩まされることはなかった
     旅の行事進行には何の影響もなく過ごしやすい環境でした
  (7)、 キューバ市内には50年以上に亘る長期の国交断絶が続いてきたがそのなかで米国の
      [古い大型乗用車] が今も街中を走り回って大事に愛用いる現状はキューバ人の
     明るさと繋がるものだと認識された
     戦後の日本の銀座などの目抜き通りを走っていて、今は見ることができない
     派手な塗装とスタイルの[大型乗用車] がキュウバの中心街を賑やかにクラクションを
     鳴りたてながら走り回ってわれわれ観光客にサービスを注いでくれる姿は彼らには
     陽気さしかないように感じられました
     また、ハバナ中心部の [カピトリオ(旧国会議事堂)] 前などで観光客を乗せる観光バスは
     全て中国製だそうで、同一に塗装されており、大型アメ車も大事に乗り回されておりました
     われわれのグループもこれらの大型アメ車6台に分乗して賑やかにクラクションを
     鳴らしながら世界遺産の旧市街を走り回ってくれ楽しませてくれました
  (8)、 キューバを始め、カリブ海諸島の住民はみんな特に感じる特徴はなくみな陽気で親しみ
     やすい国民性(海洋性的)の民だと思いました
  (9)、 街中で特徴のある姿や長々い葉巻を吸って人に見せびらかす人はカメラを向けると手を
     出して金銭を要求してくるのです
  (10) 街の中では不容易に捨てられた塵は余り散見することはなかったとおもいます
  (11) ヨーロッパではトイレ使用料を徴収する制度が一般に普及しており、
     日本人には違和感のある風習でしたが、今回のカリブ海の旅では余り体験しませんでした
  (12) クルーズ船[オペラ号]について感ずることは、船内の施設、待遇、食事内容などの
     レベルは贅沢な日本人の私らにも違和感なく打ち解けられる内容であり、満足しました
     今後、あらためてクルーズの旅に参加したい気持ちが高まりました
     レストラン、ビュッフェ、ジム などでサービスを提供してくれる人たちも真面目で
     親切に接してくれました
     今後、大型船に乗船してのクルーズ旅が楽しみです
  (13)、私は今回、クルーズ旅に初めて参加したのですが、資料入手から予約、出発までの段階で
     クルーズプラネット名古屋支店の担当者、そして今回の旅に羽田を発って10日間の
     カリブ海旅行の期間中、担当添乗員の方の緻密の計画と準備、指導で事故もなく全員無事に
     帰国できたことに感謝致します   添乗員のTさんの日夜休みないご労作に感謝します
  (14)、キューバ(ハバナ市内)の各地には城壁などスペイン植民地時代の遺跡が多く保存されており、
     特にその中で巨大な砲筒とその丸い砲弾が観光展示品の目玉として役立っていました
  (15)、ハバナは[北回帰線]の上にあり台湾と同じ位の緯度上にあり、温暖な気候でした
  (16)、観光を主たる国の産業としおり、製糖や葉巻、ラム酒などの製造は米との復交後の
     将来の発展が楽しみです
  (17)、世界遺産の旧市街建造物を修復・補修工事が各所で着実に進んでいることは
     将来に楽しみがあります
     特に自分たちの過去の遺産を大切に保存しようとする国民の意思の強さを感じました

 
[Click!! して下さい]
 =[カリブ海クルーズ10日間の旅のスライドです]


********************(3/10:完)**

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538- [京都・龍安寺の石庭 について] (Mag2)

2016年02月01日 | [日記]
「15個の石が意味するものは?
京都・龍安寺の石庭に隠されたメッセージ」



龍安寺の石庭

華やかな金閣寺や清水寺もいいけれど、たまには禅の心を感じられる龍安寺の石庭で、日頃の雑念を取り払ってみてはいかがでしょうか?
『おもしろい京都案内』によると、この石庭は立って見るのが正しいスタイルのようです。
そして庭を眺める際に注目したいのが、立ち並ぶ15個の石の意味。
今回はこの石に秘められた謎について詳しく解説していただきました。

[龍安寺石庭に隠されたメッセージ]
龍安寺(りょうあんじ)は室町時代、細川勝元によって創建されたお寺です。
有名な枯山水庭園は簡素な造りで禅文化が盛んだった当時の時代背景を色濃く残しています。
イギリスのエリザベス女王が1975年に来日した時に龍安寺を訪れ石庭を絶賛しました。
そのニュースを英国放送協会(BBC)が大々的に取り上げたことで「Rock Garden」として世界中にその名前が知れ渡りました。
以来龍安寺は世界的に有名な庭園となり1994年には世界文化遺産に指定されました。
そこで、今回は龍安寺石庭の見どころをご紹介します。訪れる前に事前に知っておかなければわからない魅力が沢山あります。
知らずに行くのと知ってから行くのとでは雲泥の差です。
今回は世界文化遺産にまでなった素晴らしい龍安寺の石庭の魅力をたっぷりとお伝え致します。
龍安寺最大の見どころはなんといっても日本を代表する枯山水の庭園です。
枯山水とは水を使わず石や砂などにより山水の風景を表現する庭園のことをいいます。
石庭は幅25m、奥行き10m(小学校などにある25mプールと同じ大きさ)の75坪ほどの敷地に白砂を敷き詰めたものです。
その中に15個の石を五、二(七)、三、二(五)、三(三)に点在させたシンプルな庭園です。
禅宗文化が発達していた時代の禅の境地が込められた庭園といえます。

[石庭は誰がつくったのか?]
庭石には「小太郎・口二郎」という刻印が刻まれています。しかしこれは作者を断定する材料にはならないようです。
枯山水の作者は諸説ありますが、現在でも不明となっています。

[石の数(七五三)にこめられた思いとは?]
龍安寺に訪れた際は是非庭に立ち並ぶ石の数を数えてみて下さい。
石の数は全部で15個なのですがどの角度から眺めても必ず1個の石は他の石に隠れて見えないように造られています。
とても不思議ですよね!
なぜそのような配置にしたのか? 諸説あるようですが、有力なふたつをご紹介しましょう!(七五三説と虎の子渡し説)

[七五三説]
東洋の世界では「15」という数字は「完全」を表す数字です。
どの角度から眺めても必ず1個の石は隠れて見えないように作られている庭は「不完全」な庭ということになります。
東洋では「陽数字」は縁起のいい数字とされてきました。
陽数字とは奇数の数字のことです。石庭にある15個の石は東から(五、二)、(三、二)、(三)と並べられています。
このうち最初の「五・二」を足して「七」、次の「三・二」を足して「五」、最後はそのまま「三」と3つに分かれて置かれています。
この陽数字が「七五三」となります。15は七五三を全て足した数で縁起のいい数の総数ということになります。
足りないものを見つめ、今の自分が存在することを心から感謝することを忘れてはならないという想いが込められているのです。
ちなみに「9」は陽数字の最大の数字で主に朝廷で重んじられてきた数字です。
朝廷を9が重なる「九重(ここのえ)」というのはそのためです。
また朝廷の儀式で菊の節句(重陽の儀)が行われるのは9月9日という最高に縁起のいい日なのです。
庶民はさすがに恐れ多くて「9」を使うことを遠慮したのかも知れません。
東洋では十五夜(満月)にあたり、15という数字は「完全」を表すものとしてとらえる思想があります。
月は15日かけて満ち欠けを繰り返します。
15は月が満ちる最も完成された姿を見せる日の日数です。
15に1つ足りない14はその意味でも「不完全さ」を表すのです。
 「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」
かつて藤原氏が栄華を極めていた時に藤原道長が詠んだ有名な歌です。
この世の中は全て自分の思い通りで満月には欠けるところがないように自分も何一つ不満に思うことがないと例えられています。
どれほど栄華を極めていたかは、息子・藤原頼通が宇治平等院鳳凰堂を建てたことを考えると想像がつきますね。
あの場所はかつて源氏物語の主人公・光源氏のモデルとなった源融(みなもとのとおる)の別荘跡です。
そんな誰もが羨む場所を買い取って人々の極楽浄土を願って鳳凰堂を建てたのです。
日本には「物事は完成した時点から崩壊が始まる」との思想があります。
日光東照宮などもそうですが、建造物をわざと不完全なままにしておくことがあります。
龍安寺の石庭も恐らくそのような造りをしたのではないかと伝えられています。
龍安寺に行くと部屋の廊下に座って石庭を眺める人が沢山います。
しかし実はこの庭は部屋から立って見るために作られたといわれています。
なぜなら部屋の内部から立って見ると、15個全ての石を見ることができる地点があるといわれているからです。

[虎の子渡し説]
南禅寺の大方丈などに「虎の子渡しの庭」と呼ばれるものがあります。
配置された複数の石が川を渡る数匹の虎の姿に似ていることから名づけられたものです。
この様子は昔の中国の説話に基づいたものです。
虎が子を産むとその中には必ずヒョウが1匹混じっているというものです。
ヒョウは一緒に生まれた虎を食べようとしてしまいます。
例えば3匹の子供を産んだら、2匹が虎で1匹がヒョウが産まれます。
母親の虎が川を渡る時は子供の虎を子供のヒョウと2匹だけにしないようにしなければなりません。
母親は子供のヒョウを背負って1匹ずつ子供の虎に付き添って川を渡るのです。
母親は2匹の子供の虎を川の向こう岸に渡すまでヒョウを背負い2往復するのです。
どのような子供も平等に愛情を注ぐ母の子供を想う気持ちがよく表れた故事です。
子供は多めに生んで育てられなければ殺すか捨てるというのが一般的でした。
そんな貧しい世相を反映し込められたメッセージだったのかもしれません。
ヒョウも虎もどちらも自分が同時に生んだ子供です。
虎の母親はとてもたくましくて優しいお母さんなのです。
昔はこのように庭や建築様式、絵画などに逸話の内容や仏教の教えなどを連想させるものを取り込んでいたのでしょう。
このような先人が後世に伝えたい教えは数限りなくあるのでしょう。
でも残念ながら現代はあまりに現実的な日常でしか生活をしていない人が多いように思います。

[遠近法の謎]
実は知らない人がほとんどですが、石庭の平面は平らではありません。
見てわかるほど傾いてはいませんが左奥が低くなっています(言われてもあまり気づきませんよね)。
これは排水を考慮した工夫です。
また、西側の壁は手前から奥に向かって50センチほど低く造られています。
これは視覚的に奥行を感じさせるための工夫です。
遠近法を利用し狭い庭を広く見せる高度な設計手法が使われているのです。
高さ180センチの土塀は油土塀です。長い年月を耐えるために堅牢な作りになっています。
龍安寺が創建されたのは戦国時代です。
それまでに造られた日本の庭園や絵画を見る限り遠近法の技法は使われていません。
遠近法はヨーロッパのルネサンス期に主に採用されはじめた技法です。
日本にキリスト教が伝わったばかりの時期でもあるので、キリシタン大名経由で当時の作庭家に伝わったのかもしれません。
ちなみに江戸時代初期に造営された二条城、桂離宮、修学院離宮、曼殊院門跡などを拝観してみて下さい。
その随所に遠近法が使われているのが分かります。
これらの庭に直接的、間接的に関わっていたのは茶人で作庭家でもあった小堀遠州です。
彼は利休七哲の1人・古田織部に師事した茶人で「綺麗さび」を確立させた人物としても有名です。
現在の京都の美意識は江戸寛永期に花開いたこの「綺麗さび」の価値観に基づいたものが多いように思います。
龍安寺の石庭の設計にはもしかしたら小堀遠州が関わっていたのではという推測も出来るかも知れません。
枯山水庭園以外の龍安寺の魅力を簡単に2つご案内します。

[侘助椿(わびすけつばき)]
方丈の東庭の横には、豊臣秀吉が絶賛したといわれる日本最古の侘助椿があります。
2月上旬から3月末が見ごろです。
桃山時代に「侘助」という人が朝鮮から持ち帰ったのでこの名がついたと言われています。
以後侘助椿は利休も好んで茶道の挿し花として用いられるようになりました。

[手水鉢(ちょうずばち)つくばい]
龍安寺には銭形をした知足のつくばいがあることでも有名です。
中央の水穴を口の字に見立て上下左右に「五・隹・疋・矢」の四文字が刻まれています。
「吾(わ)れ、唯(た)だ、足ることを知る」と読むことができます。
これは釈迦が説いた「知足の心」を図案化したもので、徳川光圀が寄進したものといわれています。
つくばいは茶室などに入る前手や口を清めるための手水を張っておく石です。
「吾唯足るを知る」という意味は石庭の石を一度に14個しか見ることが出来ない事を不満に思わず満足する心を持つことの教えです。
今ある命や健康、五体満足な身体など与えられているもの、すでに持っているものに感謝しなさいということです。
完璧は目指さなければならない究極の目標であっても、それを求めてはいけないということなのかも知れません。

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537-[クリスマスローズ色ずく}

2016年01月30日 | [日記]

 [ピンクに咲いたクリスマスローズ] 

今朝の中日新聞に 「クリスマスローズ」 が咲いたという記事が出ていたのです
早速、竹尾さんに電話して見学させて下さいとお願いし快諾を得たので昨日からの雨もやっと止んだので訪ねました
これまでも竹尾さん宅を訪ねて珍しい花を見せてもらったことがあるのです(下記を参照)
奥さんに案内してもらって数百坪はありそうな広い庭の各所に可憐な花を咲かせたクリスマスローズを案内して貰いました
クリスマスの時期に開花する花だそうですが今年は遅れて1月中旬になって咲きはじめたそうです
  2007-10-17 [Blog-077 (イエローマジェスティ)]
  2013-06-13 [Blog-442 (ティーツリー)]
  2015-06-10 [Blog-517 (ティーツリー)]
2日続いた雨も午後に西から上がり早速訪問して見学させてもらいました
庭の各所に咲くクリスマスローズを奥さんの案内で見せてもらいました
咲く花は色とりどりで、どれも下向きなので奥さんが手を添えで写し易いようにしてもらったのもあります
















広い庭のあちこちを案内してもらったあと勧められて奥さん手造りの美味しいリンゴのケーキと北欧のお茶をご馳走になってから帰途につきました


花を観て回る途中、庭に生えていた「芹」を少し頂いたのですがケーキを頂きながら雑談している間にすっかり忘れてしまい、玄関先に置き忘れて帰ってきてしまいました  残念です

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536-[外宮と内宮・お伊勢さん初詣(中日)}

2016年01月20日 | [バス旅行]
[中日ツアーズの募集広告]

深夜からの雪は今朝も降り続いており5cmを超える積雪になっており
濃尾平野では珍しいことです  周囲は一面の真っ白の雪景色です


[センター前の路面(車内から)]

今日は中日新聞企画の[バス旅]で、二見浦で [夫婦岩] を見学し、
[伊勢神宮・外宮] と [伊勢神宮・内宮] に参拝し、
[おかげ横丁] で昼食と自由行動の予定だったのですが
この大雪で今日の行動は変動的です
年末年始は異常気象で暖かい日が続いていましたが
今朝は珍しく大雪の朝を迎えたのです
こんな大雪ではバスは運行されないだろうと自己判断して、
中止の連絡がくるだろうと待っていたのですが何事も起こらないまま
集合時間の8時が近づいてきたのです
集合場所(東部市民センター)は自宅に隣接した至近場所です
湿った深い雪を用心して歩いて行くとバスには7-8名の人が来ており、
[バス旅]は何事もなく実施される様子です
センター前は通勤の車などが大雪の中を滑りながら不器用に動いています

今は、IT技術が進歩し[スマホ]にセットされたソフトから
最新の渋滞や交通止めなどの交通情報を入手できることを知りました
出発を危ぶみながら案じていた自分を無視したように、21人の乗客を乗せたバスは
大雪の中を逆方向の [小牧東IC](08:20) から高速道をに乗り、
[小牧JCT](08:30) から [名古屋IC](08:40) を経て [名古屋環状2] に乗り、
伊勢神宮に向かって走りだしました
途中、最初の休憩場所までは雪の影響をうけることなく順調に走っていきました
遠回りの経路だったのですが目的地に行くことができる最善の道順だったのです
情報化社会のお陰です

最初に小休止をとった [大山田PA](09:30) までバスは順調に走ってきました
PAで降車するとき添乗員から
 「御在所あたりから100分くらいの渋滞が予測されるので食べ物を買っておいて欲しい。
  そしてトイレは必ず済ませておいてくれ。」
とのアドバイスがあり、わたしは小さな弁当を買って戻ってきました
[大山田PA](09:45)を出発して間もなく案の定[御在所IC](09:40)を過ぎる頃から
渋滞が始まり、案内の100分を大きく超えて [亀山JCT](13:35) を通過する時には
既に3時間を超えていたのです

バスの運行が大渋滞で大きく遅れたので [二見浦見学] と [外宮の参拝] を
取り止めて、[伊勢神宮内宮の参拝] と [おかげ横丁での自由行動] のみを
実施することになったのです
大雪による大渋滞は非常事態の発生ですから誰も納得の対処と理解したのです

21人を乗せたバスは [内宮]前(14:30) に着くと直ぐに[内宮の参拝]に向かいました


[宇治橋の右端を歩いて神宮域内へ入ります(中央は神様が通られる途です)]

宇治橋を渡って右手両側に形の立派な松樹が植えられています


[右手の神苑には形良く植栽された数本の松樹があります]

その先の [手水舎] で手や口を清め、
その先の五十鈴川の川辺に下りて冷たい流水に手をつけ、
一昔前のかっての事を回想していました


[五十鈴川の川辺]

巡拝経路の案内に従って 「正殿」 にお参りし、
先ず賽銭を奉じ 「二拝 二拍手 一拝」 してお参りし今の健康に感謝しました


[3年前に式年遷宮されたばかりの真新しい正殿]

正殿から帰る途中、「荒祭宮」、「子安神社」 にお参りして宇治橋を渡り
振り返って内宮に礼拝しおいとましてきました

集合時間の (16:30) まで商店街と 「おかげ横丁」 を観て歩き、昼食に松阪牛のステーキ丼を食べ、
「捨豚」 でコロッケと串焼きを食べ、そしてお土産に地酒と赤福を買ってきました


[ここから奥がおかげ横丁です]

16:30 全員が内宮とおかげ横丁の参拝と見学、食事を終えてバスに乗車し、帰途につきました
このような天気だったので [内宮] も [おかげ横丁] も人出が少なく
割と閑散とした状態で楽な見学でした

内宮を(16:30) に出発したバス は [伊勢IC](14:00) から高速道に上がり、
[亀山JCT](17:15) を経由して往路と同じ[大山田PA](17:50)で一休みして
一路小牧に向かい、市民センター前に18:30に無事に帰着しました

往路は3時間の渋滞で [市民センター] から [内宮] まで6時間半要したのですが、
帰路は一度も渋滞がなく 1/3 の約2時間で帰ってこられたのです
 (亀山ICから甲賀土山IC間の雪による閉鎖は21日10時に解除されました)

今日の[バス旅]の想い出は[最悪の渋滞ドライブ]と[最高の快速ドライブ]を体験できたことです
運転手さん(柿木氏)と添乗員さん(加藤氏)ご苦労様でした

**********************

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535-[今年の初雪]

2016年01月20日 | [日記]
[今朝は雪景色 (07:15)]

昨夜の天気予報通り、今朝の濃尾平野は久しぶりに大雪になり
今朝大雪警報も発令され今も降り続いています
雪は夜半から降りだしたらしく曇ったガラスを拭いて外を見ると
雪煙のなか深深と降り続いており外は既に5cm以上の積雪になっております
昨年の3月11日以来の大雪です (Blog#509 参照)

今日は中日新聞企画の[バス旅]で、お伊勢さんに初詣に行く予定です
こんな積雪の中で、濃尾平野には[大雪警報]が発令されたことをTVで報じていたのです
また、先日の軽井沢でのスキーバス転落大事故の直後なので、
安全を重く視て今日の[バス旅]は取り止めになるだろうと勝手に予想していたのです
連絡も来ないまま集合時間(08時)が近づいたので隣の[東部市民センター]に向かいました
50mくらいの近所なのでべとべとの雪を踏みながら歩いて行きました
バスは既にセンターの前に来ており、添乗員の加藤氏が
 「名古屋市内を避けたコースを選べば行けるので予定通り8時に出発する予定です」
と知らせてくれたのです
無事を祈って21人の参加者と共に伊勢に向かって定刻に出発しました

**********************
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534-[西浦温泉でお正月(名鉄)]

2016年01月09日 | [バス旅行]
[名鉄の募集広告]

今日も好天に恵まれ、予定の時間に[春日井車庫]を出発(07:25)
途中、MVと小牧駅で集客し総勢34名を乗せて[小牧IC]から東名高速道にのり(08:15)、
途中 [上郷SA](08:40)で小休止し、[音羽蒲郡IC]で高速道を下り(09:10)、
[オレンジロード]を経由して [竹島の見学] に向かいました(09:40〜10:45)
竹島は[蒲郡クラシックホテル](旧称蒲郡プリンスホテル)の南にあり、
竹島へは約400mの竹島橋を渡ります
竹島橋の袂には平安時代に蒲郡を世に知らせた[歌人藤原俊成の像]が
南の竹島を見つめて立っています


(藤原俊成の銅像)


(竹島橋は歩き易いが今日は冷たい海風が吹きあご紐を締めて渡りました)

橋の下では冷たい海に腰まで浸かって[あさり採り]をする漁師がみえました
竹島は弁天さんを祭る[八百富神社]など5つの神社が祭られており
事前に参拝用のお賽銭を5つを準備する必要があります
島は周囲約1kmの小さな島で神社のある山頂から南に下り、
[竜神岬]から島の西側海沿いを回れる[遊歩道]が整備されております


(遊歩道に向かって海辺まで下りていきます)

竹島町を発ち西へ走り今日のメイン行事の [西浦温泉] に向かいました
 ⇒蒲郡には三谷温泉、片原温泉、蒲郡温泉、西浦温泉の4つの温泉があり
  三谷温泉の歴史が古く、西浦温泉は一番若く、東海の熱海と云われております
  西浦温泉の湯質はアルカリ単純泉で皮膚病やリュウマチに効能があるそうです
[ホテルたつき] は西浦半島の最南端の絶壁の上に位置し、最高の眺望でした
夕日が素晴らしいだろうと想像します
料理は海の幸満載の美味しい会席料理でWebを観ると1人\8,980と載っていました
瓶ビール(\820)をお供に頂き満腹でした
食事を終わってホテル自慢の大浴場に向かいました
土曜日なので混むだろうと予想されましたが平穏に入浴できました
ビールお供での満腹と入浴のリラックスで出発までの1時間は
読書をしながら居眠りしていました

ホテルを 14:30 に出発して 「ラグーナテンボス」 に向かいました
途中 右側に[蒲郡競艇場]を、左に東洋最大の[子安弘法大師像](18.7m)を
眺めながら30分ほど東に走ると遠方に大きな展望車(高さ65m)が見えてきました
間もなく広い敷地に建つラグーナに入場しました


(寒風に吹かれるソテツと観覧車)

食べ物主体の小店が賑やかに軒を連ねて並び、多くの家族連れなどが店で買ってきたもので食事を楽しんでいました
私は鯵の干物を独り生活のおかずに買っていきました
1時間余り過ごし(15:10〜16:25)、[音羽蒲郡IC](16:45)から
高速道にのり帰途につきました
途中 [守山PA] で小休止して [小牧IC](17:55) で高速道を下り
MVと小牧駅を経由して出発地の[春日井車庫](18:30)に
無事に到着できました
自宅には19:00に到着し、シャワーをかぶり、簡単に片づけを済ませ、
仏壇にお参りし、明朝の目覚ましをセットして床に就きました
今日も無事に過ごせたことに感謝します

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533-[申年の元日に思う事]

2016年01月01日 | [日記]
  [明けましておめでとうございます]  

  『却下照顧』   と云う言葉があります  

この四文字は、これからの自分にとって大切な忠告の言葉と認識しながら越年しました
世界の各地では、そして国内でもいろんな事が今も生起しながら時間は経過して新年を迎えました

昨年末、傘寿を迎え、そのわりには大した病もなく順調に時間が過ぎていきました
そして再び七十台に戻ってその場に立つことは不可能な事を杯を傾けながら実感しました
昨日までの自分は、明日を見つめそして翌日を如何に迎えるべきかを考えて歩いてきました
パイロットの世界で教官からよく言われてきたことは「Thinking-Ahead 」と云うことです
絶えず 「事態が発生する前に考えろ 起きてしまってからでは遅すぎる。」 と云われて育ったのです
そのお陰でただの一度も航空事故を起こすことなく今日が迎えられたのです
先人は正しい事を私に教えてくれたのです  然しです
これからの自分は今立っているその足元をしっかりと
自分の目で先ず観て確認しながら歩いて進むことが必要なのです
今年(申年)の[初夢]は雲一つない快晴の空の彼方から昇る
[初日の出] を背景に見えた物があったのです


今を過ぎ去ること43年前に遭遇し、
無事にその場から脱出できたからこそ今日こうして八十歳の年越しの祝いを
両親や亡き妻と息子を祭る仏壇の前でお節料理を広げてお神酒を戴けるのです



佛間で広げたお節の重箱 ぼちぼちやります


年末に主用のPCが不調になり予備のPCへのデータ移送に動転中の様子

私に沢山の貴重な体験をさせてくれた母社では
昨年末におめでたいことがありました
明けて今年は東海地区を希望に満ちた年にしてくたのです
「MRJの初飛行成功」です
でも度重なる延期、延期には少なからず嫌気がしました
これは私だけではないと思います

民間機の世界ではそれほどの異常な事ではないのかも知れませんが
日本の国土を守り、国民の生命を守ることを任務に背負っている自衛官には、
特に第一線でアラート任務に就いているORの戦闘機パイロットたちは
今も厳しく緊迫した気持ちで実任務に就いておるのです
大事な家族のことも忘れて常に一歩先を観こして今も任務に就いて呉れておるのです
この道のプロとして自分の生命を賭して任務に就いている彼らには
軽々しい「延期」などありえないし、認められないのです
全ての日本国民の生命を背中に背負ってアラート任務に就いておるからです
あまりにも責任感の乏しい認識の管理者だと思いませんか

[安保関連法] の成立には本来ならば一線に立って国防の任務に就くべき若い人から
憲法学者と称する人たちまで旗を振って声高に反対を叫んでいました
この日本を守るのはわれわれ日本人全員なのです
自分で守らなくて誰が守ってくれるのでしょうか

職場を去って私は20年近くが経ちました
跡を継いでくれた若い管理者たちはあまりにも怖気ついてしまい
その同じ場所で連日仕事をしてきた者たちでさえも
工場見学を拒む姿勢には寂しさを感じてしまいます

防衛産業は日本を守る崇高な基盤産業なのです
そこで汗を流す貴方たちはもっと誇らしくあって欲しいのです
業務に大きな支障のない限り、子供から大人まで遍く
現場に案内して観て貰い理解してもらう気概を持って欲しいのです


そこで初日の出を背景にして
  『喝』
を大きく叫びたいのです


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532-[飯田で年越しの蕎麦打ち体験(名鉄)]

2015年12月28日 | [バス旅行]
[名鉄観光の募集広告]

今年一番の強い寒気団が下りてくる予報でしたが北方にずれて
北海道方面に行き好天の暖かい[バス旅]の日和になってくれました
春日井車庫を定刻の 08時に出発し途中小牧駅とMVで参加者を乗せ、
総員27名で小牧IC(08:45)から高速道に乗り飯田に向かいました
途中、[恵那峡SA]で小休止し、[飯田山本IC](10:10)で高速道を下り、
天竜峡を通過して飯田の農産物直売所「アザレア」に到着(10:20〜10:55)


農産物直売所「アザレア」

ここで先ず完熟りんごを渡された小さなビニール袋に詰めた分だけ持ち帰れるのです
毎朝作るスムージーの主要材料なので頑張って8個詰めて貰ってきました
次は今日のメイン行事の「蕎麦打ち体験」です
[蕎麦の城](下条村)に到着(11:05〜12:05)
ここには去年来たことがあり、2度目の訪問です
うまく年越し蕎麦2食ぶんを自作できました ⇒おかげで正月に美味しく頂きました


蕎麦打ち講習の様子 -1


蕎麦打ち講習の様子 -2

次は[ドライブイン酒倉]で肉シャブ食べ放題の[昼食]です
この[酒蔵]も何度目かの訪問です
正月が近いので野菜主体にしてビールを伴に十分頂きました

[飯田山本IC]から[中津川IC]まで高速道を走り、
中津川の 「元起](14:35〜15:05) と 「銀の森」(15:30〜16:25) に立寄りました
「元起] は2度目ですが 「銀の森」 は初めての訪問でした
こじんまりした散策ができる公園施設で家族連れには楽しめる処です
[恵那峡IC]から再度高速道に乗り、帰途につきました
[小牧IC](17:25)を下り、MV、小牧駅を経由して[春日井車庫]に18:00に到着し
無事に自宅に帰りつきました

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531-[紅葉の名所湖東三山(東鉄)]

2015年11月23日 | [バス旅行]
[東鉄の募集広告]

雨降りの予報が外れ無風の曇り空で [バス旅] の山歩きには好都合の天気でした
今日は [湖東三山の古刹でモミジ狩り] を楽しむ旅です
バスは定刻の08時に小牧車庫を出発、小牧駅、MV、岩倉駅を経由して総勢38名の参加者を乗せ
[一宮IC](09:10) から名神高速道で湖東に向かいました
バスは [湖東三山スマートIC](10:15) で下り、先ず北の端に位置する
「西明寺」 から順に南に向かって [金剛輪寺]、[百済寺] を見学してきました

先ず湖東三山について
1、龍応山西明寺 (09:35〜11:00)
   (衆人の 病む身と心 癒やすらん 閼伽池に立つ お薬師さあま)
  (天台宗 滋賀県甲良町) 本尊:[薬師如来(重文)] 西国薬師四十九霊場第三十二番札所


西明寺の鐘楼

  紅葉と不断桜を同時に楽しめる古刹
  平安時代初め834年(承和元年)に三修上人が琵琶湖の東に紫の光をみて訪ねた場所に
  薬師如来が現れ勅命によりここに西明寺が建立されたそうです
  西明寺には本堂(瑠璃殿)と三重塔が国宝に指定され、他にも多くの重文があります
  観光バスを駐車場で下りると道路を挟んで向かいに西明寺の惣門があり、
  その先に本堂に向かって真っ直ぐに長い石段が延びております
  途中、この参道の下を[名神高速道]が走っております
  参道の途中、左側にある名勝庭園「蓬莱庭」があり、疲れを癒してくれる美しい景観です
  参道を登り切る山門の手前に夫婦杉(2本の杉)があり、そして[二天門(重文)]へと続きます
  そして門を潜ると真っ赤な紅葉の中に国宝の本堂(瑠璃殿)があります
  そして右手に[三重塔(国宝)]があります  塔の内部は参観は出来ませんでした
  二つの国宝建造物は共に飛騨の匠が1本の釘も使わずに建てた
  総檜造りで桧皮葺きで造られた素晴らしい遺産です
  本堂内部は上がって参拝できるが三重塔は内部を見学することはできない
  このお寺を見学には上り下りに体力が必要です
  境内には樹齢250年と云われる[不断桜]の源木があり、寺内に7本が分植されている
  花の数は少ないがどの樹も薄い色の花を付けていた
  山道入口には竹の杖が準備されており使って上ると楽です
  石段を真っ直ぐ上る参道の左側(上り専用の一方通行)と右側(下り専用)になだらかな道があり
  この経路を歩くと距離は延びるが楽に上り下りができる
  三山共に境内の紅葉は手入れが行き届いた素晴らしい景観でした

*昼食は西明寺門前の[一休庵](11:00〜12:30)でビール(\700)を添えて頂きました

2,松峯山金剛輪寺 (12:40〜13:35)
   (わけいりて 仏の恵み 松の峰 嵐も法の 声かとぞ聞く
  (天台宗 滋賀県愛知郡) 本尊:[聖観音] 西国薬師四十九霊場第三十二番札所


金剛輪寺の鐘楼

  秘仏本尊は「生身の観音様」、「血染めのモミジ」で有名な古刹です
  本堂の右上方に[三重塔]が建ちその下方に深紅に色づくモミジは
  [血染めのモミジ]と呼ばれるほど真っ赤でした
  本堂(大悲閣)は国宝に指定され、三重塔など数多くの重文がある
  本尊は聖観世音菩薩
  参道の両側と参道傍に造られた広場などに多くの[千体地蔵]が祀られており、
  赤い風車を持ち赤、白、緑のよだれかけを着けています

3、釈迦山百済寺 (14:10〜15:00)
   (この山は わけてぞ仰ぐ 後の世を たのむ仏の 御名と おもへば)


百済寺の鐘楼

  推古14年(606)聖徳太子がが創建された近江で最も古い寺院で、
  ご本尊は高さ2.6mの大きな十一面観音像です
  このお寺も長い石段の参道が続きますがバスは途中のバス停車場まで連れて行ってくれるので
  楽に本堂の参拝が可能です  下りは長い石段を歩きます

三寺の見学を終えて往路と同じ経路で帰途につきました  自宅には18:15に帰着しました
-1 
[Click!! して下さい]
 =[湖東三山の紹介スライドです] 



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530-[救急救命法の講習]

2015年11月22日 | [日記]

[救急救命法の解説ビデオ]

自宅マンションにレンタルの [AED] が設置されたのを機会に小牧消防署の協力で
[救急救命法] 、[AEDの使用法] の緊急救助法の講習会が催されました
講習会には約40名の住民が参加、消防署員4人がビデヲを活用し、
マネキン4体を使っての講義・指導をしてくれました
心肺蘇生法 →胸骨圧迫 →人口呼吸(マウストウマウス) →AIDの使用法
倒れている人を発見した時から、協力者の呼び寄せ、AEDを取り寄せ、119番への電話通報、
患者の自発呼吸などの有無を確認して胸骨圧迫に移行します、
救命手順についてビデオを使い、講師が自から実演して見せながら講習は進めて行きました
そして講師の説明を体験するためにマネキンを使って
胸骨圧迫の蘇生とマウストウマウス人工呼吸を体験しました



[胸骨圧迫の蘇生]


[マウスツウマウス人工呼吸]

心臓の活動が復活出来ない場合は準備した [AED] を使って患者の心臓細動から
正常な呼吸を回復させる手順を実施しました
ビデオの放映と講師の説明・指導を参考にしながらマネキン人形を使って
参加者全員が全コースを実際に体験しました
AED の実際の使用体験はこれまでの不安を払拭してくれ、実際に直面した時に
必要な救命措置を正しく実施できる自信がつきました
講習を終えて 「普通救命講習修了証」 のカードが授与されました
僅か4時間の訓練でしたが今日の体験を終えた時は大きな自信を得て帰ることができました
これから実際にこんな場面に遭遇して落ち着いて対応できます


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529-[傘寿に布草履を作りました] 

2015年11月16日 | [日記]
[布草履と傘]

終戦直前の 昭和20年7月から3年間、石州井原村の叔母の家
(母の生家で屋号は新出屋) に疎開をしておりました
深い山奥の村で、その間 叔父から習って藁草履を編むことを憶え、自分の履く草履は作っておりました
勿論、初めはいびつな草履になっていましたが次第に恰好よくできるようになり、
それを履いて学校にも行けるようなったのです
あれから70年近くが経過し今、あの頃の記憶を呼び覚まして藁は入手できないので
布で草履を作ってみたいと思うようになったのです
古くなったT-シャツなどぼろ布を捨てずにとっておくようにしたのです

パソコン作業が一段落したので奮起して昨夜からインターネットを検索して関連資料を入手し
その資料と記憶を頼りに草履を作り始めてみました
夕方になってやっと草履の形を成してきてやっと完成に漕ぎ着けました
そして、今日は奇しくも私の誕生日満八十歳傘寿の祝い日だったのです

これを人生の節目にしてこれからの人生を充実したものにできるよう
心身の健康を持続したいと念じております


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