【思いつ記】

かって大空で生きてきた若鷲も
老いた今は民間機と客船で地球の裏側も訪ね
見識を広める旅を元気に続けています

004:提言-04 「痛風の予防」

2016年07月16日 | 健康


痛風にならないため予防するためには血中の尿酸値を上げない(下げる)ことです
血中の尿酸値が高くなると「痛風」になり、風が吹くと関節などが痛んだりします
血中の尿酸値を高くする原因はプリン体です
プリン体が多い食べ物(あんきも、レバーなど)を食べても尿酸値を高める影響は約2割程度だそうで、
原因の多くは体内細胞の新陳代謝による古い細胞の死骸が体外に排泄されずに血中に堆積して循環するからです
この排泄物を体外にうまく排泄すれば良いのですがその機能の低い人は肥満度や体質によります
血中の尿酸値を下げるためには牛乳(低脂肪がよい)やヨーグルトなど乳製品でも効果があることが判っています(豆乳は効果なし)
アルコール摂取は悪影響があります  水は排尿が増えるので少し効果があります
毎日300ccくらいの牛乳を飲みましょう

 参考ページ:
  http://www9.nhk.or.jp/gatten/articles/20170104/index.html
  http://www.nhk.or.jp/kenko/kenkotoday/qa/160506.html
  http://www.nhk.or.jp/kenko/kenkotoday/archives/2014/09/0901.html



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003:提言-03 「アキレス腱のストレッチ」

2016年06月05日 | 健康


[症状]:
  腰が曲がると重く、痛くて真っすぐに伸ばせない
  曲がったままに固まってしまう
  伸ばそうとすれば痛いのでそのまま曲げたままの姿勢を続ける
  腰は曲げたままの格好で固まり、再び伸ばす事は無理になる
  腰が曲がってくるのは身体が老齢化した結果ですがストレッチで予防できます
   それを軽減する手段はストレッチでアキレス腱を延ばして柔軟性を向上することです
  私など80年以上には酷使を続けてきた者には疲労が蓄積しており、加齢と共に解消が困難になります
  腰を曲げてする農作業は腰への負担が大きく曲がッたままになり疲労が残る
   戦闘機も4年に1度はオーバーホールして必要な修理をします
   生身の人間でも長く安全に使い続けるためには整備が必要です
  腰の曲がり、痛みが大きくなる前に回復させる
  少しの痛みは休養と柔軟ストレッチで回復できます
  痛みに慣れてしまうとそれに耐えられるようになる
  腰が曲がると上半身の荷重を支えるために腰骨に重荷重がかかる

[対策]:
  先ず第一にアキレス腱を延ばし、臀部を前方に保つ
  アキレス腱が縮むと臀部が後方に下がり、
   重心を保つため前屈みになり腰が曲がってしまう
  アキレス腱を延ばすストレッチは
   壁に手をついて踵の曲がり角を鋭角にして保持する
   両足を揃えてしゃがみ、踵の曲がり角を鋭角にする
  アキレス腱の柔軟は健康維持に重要な部位です
   健康体の要です



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002:提言-02 「小牧市青年都市宣言」 を提案

2016年04月03日 | 高齢化

「背景」:
  私は小牧市の老人福祉センター [野口の郷] に車で訪問するようになってから10年以上が経過しました
  この施設で、私が毎回利用するのは浴場です  自宅の風呂に入浴するより大きな施設は気持ちよく入れます
  そこには老人と類別できない青年部に区分されそうな風貌の人が多く来ています

  勿論杖の助けを借りて歩く人もいます  年齢を証明する免許証などを見せて最初に「施設利用証」を
  作って貰えば無料で利用できます
  この施設は市の焼却場に隣接して建ち風呂の湯は余熱で造られているのです
  風呂の湯を造る全ての資源は現役市民が働いて支払う税金で成り立っているのです
  そしてこの施設は何時も混み合う状態で運用されており、将来は資格者がもっと増え
  施設の増設拡充が必要になります

  去る2016年4月3日、梅田さん(ドーヴィル小牧理事長)の招待で小牧山公園で開かれたお花見に参加しました
  その場で小牧市会議員の高野さんと同席し、継続する議員活動と小牧市の革新・活性化のために
  「小牧市青年都市宣言」を提唱し議員活動を持続して欲しいと秘書同席の場でお願いしたのです

  人間の老人化、老齢化は自身の意識・気持ちに負うところが大です
  国の対策を待っていても進捗は期待できません
  小牧市が他の都市に先んじて老人移行の境界年齢を引き上げる決議案を提案を試みて下さいと。
  高野さんは今年の選挙で最下位で初当選を果たした新人議員で次回選挙のためにも
  何か市民の大きな関心を呼ぶ活動を勧めた訳です
  勿論75歳以下の人でも多くの人が病気などで公的支援を必要とする人も多いのでその人たちには
  適切な対応が必要です

「提案」:
  「2015年の日本人の平均寿命は男性:80.79歳、女性:87.05歳になりました
  年々延びる傾向が続いております
  このデータから老人移行年齢を今の65歳から75歳くらいに引き上げるげるのが適切ではないかと
  私は考えています

[追記]:
  今朝(2017/01/07)の中日新聞朝刊記事に
  老年学会などが 「高齢者」は75歳以上とし、65歳から75歳は「準高齢者」として社会の支え手として捉えなおす提言を発表
  平均寿命を超える90歳以上は「超高齢者」として位置づけています
  極めて適切な提言であり、遅きに失する感が否めません

   高齢者にとっては受け止め方が十色でしょうが
   * 働く意欲が増してくる
   * まだ第一線で働けるよ
   * でも年金が早く欲しいな
   * [敬老パス]は使えるの?

  多くの国民の賛同が必要です

  ⇒随分以前から提言していた私にとっては悦の至りです
   政府、厚労省は実現に向けて検討を急いで下さい




[高齢者は75歳から] (中日新聞朝刊 2017,01,06)


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001:提言-01 「爺の愛社精神」

2008年12月20日 | 信念

平成20年12月12日に名航に在籍した元自衛官(顧問、嘱託)の会合[オールドウイング]の忘年会があり、出席しました。
その席で現在、南工場で嘱託として働いている後輩の1人が挨拶で
 「最近 私は 三菱名航が本当に嫌になりました。」
と発言したのです。
こいつはなんと云うことを言うんだ。 
自衛隊を定年退職して三菱に再就職し、今お世話になっている者からこんな発言を耳にしたのです。 これには驚きました。
私は予てより[愛社精神]について一文を書き始め、推敲を重ねているうちに書き続ける次の文句に行き詰まり、また続けて書こうと云う意気込みも揺らいできて行き詰まっていたのです。
これを聞いて帰ったら思い切ってもう一度、続きを書きたいという気持ちになったのです。 
いろいろ想いを巡らし、やっと今日拙文を書き終えることができました。 
然し、このまま会社に向かって発表することには躊躇しております。 許されるならば貴方様に事前にご笑覧いただき、忌憚のないご意見を頂けましたらと思っております。 
関係する他の方にも見ていただき適切なご忠告、ご所見を頂くことができましたらこの上ない幸いです。

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『私たちOBは名航を愛したいのです』  (H20,12,19)

高校野球の放送を聴いて故郷を懐かしみ、オリンピックで揚がる日の丸を観て感動しない日本人はいません。

三菱名航出身の私たちOBは新聞紙上に[MRJ]や[H2B]の記事が載ると関心をもって真っ先に目を通します。
そして将来の大成を願う気持ちは愛しい我が子を思う気持ち同じです。

そして先日の[F-2事故]を知った時は胸を痛め、計り知れない苦痛を感じました。
事故を起こしたパイロットの回復状況はどうだろうか、混乱した職場で後輩たちは耐えて頑張っているだろうか、何か自分ができるアドバイスや手助けはないだろうか。
などいろいろと心配をしました。

私は1969年、33歳で自衛隊から名航に割愛入社し、以来 丸30年 国のため、会社のため、そして家族のために働き、それなりに貢献もし、成果も揚げることができたと思います。
そして10年前に無事に退職うることができました。
その間充分な給料をいただき、お陰で3人の家族を養い、家も建てることができました。
退職した後も三菱名航に対する感謝の気持ちをもって日々健康の維持に努め、
車はギャラン、エアコンはビーバー、保険は東京海上、ビールはキリンそして家電は三菱電機を買いもとめるように
旧三菱コンチェルンの製品を愛用は当然と決めこみ、自衛隊出身であると同時に三菱出身者であることを何時も誇りに思い、両者に少しでも恩返ができればと家族にも話して聞かせ、今日を過ごしております。

飛行管理課の年1度のOB会行事として故巣の小牧南工場の見学を実現したいと思い、OB会長として事前に飛行管理課にお願いの電話をしてみました。
会員の多くが最近の工場を見学していないので是非実現して欲しいと云う多くの希望があったのです。
処が返ってきた返事は、

 「工場見学は特別な方や団体(議員や子供会など)以外は現在全てお断わりしております。
  OB会も例外ではありません。 資料館だけの見学でしたら可能です。」

との全く予想もしていなかったそっけない返事が返ってきたのです。

今年のOB会行事は南工場の最新の様子を見学させてもらった後で昔懐かしいあの美味しかった工場食のカレーうどんを食べさせて貰いたいと腹案をもって臨んだのですが、残念ながら最初の入り口でぴたりと扉が閉ざされてしまったのです。

永い間、訪問の機会を持てなかったOBたちにとっては随分と様変わりしているだろう今の小牧南工場をかって一緒に飛んだこともある後輩に案内してもらって見学できることはどんなに大きな喜びだったことでしょうか。
然しこの願いはかなわず、今年のOB会は従来と変わらず名古屋市内での観劇と懇親会で終わってしまいました。

私たち名航OBは誰も

 三菱名航が大好きなのです。 いつまでも大好きのままでいたいのです。
 三菱名航を愛したいのです。 いつまでも愛し続けていたいのです。
 私たち名航のOBはいつまでもこのような気持ちを持ち続けていたいのです。

私が入社した40年前にはスリーダイヤの社員バッチを着用していなければ入門させてもらえませんでした。
当時、金バッチを着用した方に出合うと赤バッチの自分には羨ましい気持ちになったのを憶えております。
然し昭和60年頃だったと記憶しますが何故かバッチの佩用が禁止され、今日に至っております。
先日、電気自動車 [ミツビシ Miev] のTVCMを観ていると開発責任者と思われる説明者の襟には懐かしいあの金バッチがついていたのです。
何故、重工、名航は社員バッチの佩用を禁止されたままなのでしょうか。
自分が三菱社員である事をいつも自覚していることは大切なことであり、この気持ちが愛社精神の高揚にもつながり、真面目に働いて少しでも社業に貢献したいと云う気持ちにしてくれるのではないでしょうか。
今も佩用の禁止を続けなければならないほどこのバッチに不利な点を見いだすことができません。

昭和40年頃、F-104の領収飛行操縦士として南工場を訪問していた頃、領収官室には正面に2枚の額が掲げてありました。それは

 三綱領:「所期奉公、処事光明、立業貿易」 と

 社是: 顧客第一の信念に徹し、社業を通じて社会の進歩に貢献する
     誠実を旨とし、和を重んじて公私の別を明らかにする
     世界的視野に立ち、経営の革新と技術の開発に努める

の二つが額入りで掲示されておりました。
勿論、全ての部長室や会議室にも同じ2枚の額が正面に掲げてありました。
しかしその額はいつ頃からか取り外され今に至っております。

当時自衛隊員だった私にとって 「さすがは天下の三菱だ。」 と関心し、気持ちを引き締めて領収飛行に飛び上がった事を憶えております。

前者は創業者岩崎弥太郎氏の遺訓を酌んで後に制定されたもので、後者は戦後この綱領の主旨に沿って新しい文言で定められたと聞いております。

今の三菱名航にはこの様な精神的な支柱が疎かにされているのではないでしょうか。
それとも今の会社にはもう不要なことだと判断されているのでしょうか。
若い管理者の中にはこのような過去さえも知らない方が多くおられるのではないでしょうか。
三菱の歴史を軽視して社員の精神的な支柱が揺らぐ事はあってはならないと思います。
社員一人ひとりが自己の職務に全力で精励する心の支えとなるものは今でもこの [三菱精神] を守っていくことではないでしょうか。
世間の風潮に遠慮せず本来あるべき三菱名航の姿に復帰して欲しいとお願いします。

現在、[菱光会]に属しておりますが、残念ながらこの会に所属させてもらっていることに特別なプライドを感じていないのは私だけでしょうか。 これで本当に良いのでしょうか。
[菱光会]に入会できることは退職するOBにとってこの上ない誇りに感じました。
私は三菱名航の出身者ですと誇りをもって云えるようになりたいのです。
そして世間の人からは尊敬されるようになりたいのです。
[菱光会]に所属していることはOBの中でも、社員の中でもプライドを抱き、喜びを感じるものであって欲しいと思います。

[菱光会]会員は皆それぞれに三綱領、社是に従って勤務し、社業の発展にそれぞれの分野で貢献してきたと云う自負があります。

現職の時にはOBの方に教えを請うて多くの伝統や技術を学び取りたいとお願いして工場に来ていただいたこともあります。 また、こちらから訪ねたりもしました。
然し今では工場に押しかけるデモ隊の輩と同じように扱われ、工場見学さえも許されないのでは如何なる事由があるにしてもOBにとっては悲しい限りです。

社業の発展のために日夜汗を流し、命をかけて頑張っている現役の方々もいずれ年月を経ればOBになり、我々の仲間になるのです。
名航のOBは三菱名航にとって決して世間一般の人ではないと思います。
職場を共にして汗を流した先輩達なのです。
ましてや選ばれて入会した[菱光会]の会員は区別のある扱いがされて当然ではないかと思います。

[菱光会]のバッチは年1回の総会に出席するときに佩用する以外に使う機会がありません。
名航・名誘の月刊誌が毎月送られ、年1回の懇親会に出席して名航、名誘の所長から現況を直に聞かせてもらうだけの[菱光会]では魅力不足ではないでしょうか。
[菱光会]に所属することに誇りを感じ、名航への愛社精神が育まれるものであって欲しいと思います。

[菱光会]の本部の方やお世話をして下さる役員の方々には心からお礼を申しあげますが、工場見学さえも許可されない三菱名航の今のシステムについては何か改善の途が残されているのではないかと思います。

然らば如何にあって欲しいかをここで申しあげるだけの能力がありませんが、[菱光会]に対してこうあって欲しいと思うことの一部を記述してみます。 

 (1)、菱光会バッチの有効な活用。
 (2)、写真付きの身分証を菱光会の会員に発行 ⇒社員に準じた待遇。
 (3)、従業員販売制度の適用 ⇒三菱製品の愛用、愛社精神の高揚、販売促進。
 (4)、航空事故、トラブル等の解決に各分野のOBの経験、技能の活用。
 (5)、内示後の人事情報を通知。
 (6)、春祭り、夏祭りへの招待。
 (7)、名航、名誘カレンダーを所報新聞と同封で配布 ⇒社員との一体感を醸成。
 (8)、社員との[E-mail]交信制限を緩和。

OBに対する処遇を少しでも温い方向へ改善する事は現職の社員にとっても将来に希望が生まれ、日々の職務に邁進することにつながると思います。
従業員の方はその家族から
 「お父さんが三菱の社員で良かった。」
と思ってもらえるような彼らの未来にしてあげて欲しいのです。
OBの中には堂々とトヨタの車に乗り、パナソニックのエアコンを使って、かっての恩義を忘れ去っている人もおられるのではないでしょうか。 

これらの改善によって三菱名航、ひいては三菱系列全体で得られる有形無形の利益は多大で、かっての社会も夢ではないと思います。

先般の田母神空幕長の問題に対する国の対応をみても、本筋を極めないまま彼を退職させることで全てを封じ込めて一切が片付けられてしまったことを残念に思います。
彼が主張したかった本意を現職のままでもっと聞いてあげ、国のこれから往くべき道を検討することは許されてもよかったのではないでしょうか。
「好きでない国を守ることはできません」という一言が彼の主張だと私は理解し、賛同しております。

私たちOBは巣立った故郷、三菱名航を本心から好きであり、熱く愛しているのです。
名航が明日に向かって一層の発展を遂げられることを願い、その姿を見守りたいのです。
現職の皆さんにこの願いが届くものでしたら、どうかOBの願いを聴いて頂き、片想いにさせないで欲しいのです。
        - 以上 -


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