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   桑原靖夫のブログ

トランプ大統領選出の明暗(2): 壊れたシステム

2017年01月25日 | 特別トピックス

 


大統領就任後もトランプ氏のツイッター発言は「威嚇効果」ともいうべき影響力を発揮しているかに見える。自分に不利なことは一切無視し、禁じ手に近い策を単純な大衆迎合的手法で発信する。自国さえ利益があれば、手段は問わないという徹底した自国優先主義と言える。ポピュリズムの典型手法だが、伝染力が強いことが恐ろしい。歴史が1世紀単位で逆転したような感じだ。最近ではロシアへの過度とも思われる肩入れと、移民への人道無視とも聞こえる発言が様々な物議を醸している。

 今回はトランプ新大統領の主張する移民制度改革の一面について簡単に記すことにしたい。

強制送還:どれだけ本気?
 トランプ氏はすでに大統領選の過程で、ブッシュ、オバマ両大統領が任期中に成し得なかった移民制度改革について、国内に在住する不法移民およそ1100万人を強制送還すると発言、大きな衝撃をもたらした。大統領就任後はその困難さを多少認識したのか、最初は犯罪歴がある者を対象にすると言い直している。この数は2-300万人になるとしている(シンクタンクのMigration Policy Instituteはその数は82万人くらいと推定している)。送還の理由は異なるが、オバマ大統領が在任中に実施した送還実績とあまり変わらない。

複雑きわまる実態
 実は不法移民 illegal immigrants といっても千差万別だ。不法移民  illegals という用語は、undocumented(入国に必要な書類を保持せず、越境している), irregulars (通常の入国手続きなどを経ていない) などの用語とほぼ互換的に使われてきた。何をもって「不法」というのかという点については、かなり立ち入った議論が必要だ。アメリカの移民擁護者の中には、「不法」といっても、旅券を持たないで国境を越えただけではないかといった、開き直った言説まである。「不規則移民」などの用法が現れたのはそうした背景を反映している。移民の実態は複雑なのだが、いくつかの実例を紹介してみよう:

事例1: (Carens 2013、要約): ミゲル・サンチェスはメキシコの町で生計を立てるのが難しかった。そのため、アメリ カ入国のヴィザ申請を数回行ったが却下された。不法越境を考え、2000年ブローカーをの手を借りて、 徒歩でアメリカへ不法入国した。その後、親戚・友人のいるシカゴの建設労働者として働き、 母国の父親へ送金してき。週末も働き、夜は英語学校へ通学した。2002年 アメリカ生まれの女性市民と結婚、6歳の子供がいる。しかし、常に本国送還されることにおびえている。アメリカでは持っていないと不便な自動車免許も、旅券も申請、取得 ができない。アメリカで働いた結果、自分の家を保有し、税金も支払っている。しかし、現段階では彼と家族の存在を合法化する道はない。 

事例2
 グレイス・マルチネスは、メキシコのヒダルゴからアメリカのダラスへ7歳の時、両親に連れられて、国境を不法に越えて入国した。その後移民保護団体 United We Dreamで働いてきた。新政権になって不法滞在者に強制送還などの措置が強化された時に、
いかに対応するかなどの知識を提供している。彼女はオバマ大統領がようやく任期終了間近の2012年に行政命令で導入した子供の時に入国した者への送還延期措置 Deferred Action for Childhood Arrivals(DACA)の対象となっている。対象者は約74万人と推定されている。トランプ候補は大統領就任後100日の間にオバマ大統領のこうした措置の全てを撤回すると述べている。DACAも就任最初の日に撤廃することもできるが、さすがにそこまでは口にしなかった。しかし、これまでの経緯から程なくなんらかの措置を発表するだろう。あるいは2年毎の更改を拒否して緩やかに終了させてしまうこともできる。

 DACAの申請者は犯罪歴がないなど、いくつかの条件を満たしていなければならない。トランプ大統領は不法滞在者はいずれすべて国外送還するとしているが、彼らの多くは2004年以前にアメリカへ入国していて、経済、社会などの領域でアメリカへの貢献もしていることが多い。

 アメリカは出生地主義を採用しているため、両親が不法移民でもアメリカ国内で生まれた子供はアメリカ国籍が与えられる。しかし、上記の例のように、子供の時に入国した場合は強制送還の対象となってしまう。不法移民が green card (労働許可証)を得て、さらに市民権を取得するまでの道はとてつもなく遠い。

 トランプ大統領は選挙選の間、絶えず口にしていたメキシコとの国境に壁を築くという考えも、実現させるようだ。大統領命令に署名し、直ちに着手させる手はずをとった。ブッシュ大統領政権当時から、国境の壁建造を含む国境管理体制は強化されてきた。現在でも国境のかなりの地域には壁 (fence といったひょう方が適当かもしれない)が設置されている。トランプ大統領は恒久的な壁(wall)で両国を隔絶し、移民・難民の越境を阻止するつもりのようだ🌟。さらに、最近時では、ヒラリー・クリントン候補の得票がトランプ大統領の得票を数百万票上回ったのは、不法移民が不法に彼女に投票したからだとの不穏当な発言をして、大きな社会的議論となっている。こうした言動はどれだけの意味を持つだろうか。この問題については、ブログの域を超えるが、改めて論じる機会を得たい。

壊れてしまった社会システム
 トランプ大統領には「移民」はすべて同じに見えるらしい。もしかすると彼は「アメリカン・ドリーム」の最後の成功者なのかもしれない。貧しくとも、努力すれば大統領にもなれるという成功神話はすでにほとんど壊れている。狭い道でも教育と機会に恵まれれば、上層への道が開かれるという話は、アメリカの建国以来、かなり長い間信じられてきた。実際、そうした事例はかなりあげることができた。しかし、今回トランプ大統領を実現させた「貧乏な白人」poor whites には、その道は当初からほとんど閉ざされてしまっていた。アメリカのダイナミズムを支えてきたシステム自体が壊れてしまったのだ。


⭐️1月25日、トランプ大統領は国土安全保障省において、選挙選中の公約としていたアメリカ・メキシコ国境に物理的な壁 wall を建設するとの大統領令に署名した。およそ3200kmのうち1000kmに建設する。建設は数ヶ月後に着工する。費用負担は当初アメリカが負担するが、いずれメキシコ側に負担させる(メキシコ大統領は容認できないとし、壁の費用も負担しないとの声明を発している)。国境警備に当たる職員5000人の増員。さらにサンクチュアリー地域と言われる不法移民に寛容な都市や地域への連邦資金交付の停止、シリア、イラクなど中東7カ国からの移民・難民の受け入れを中止するとの決定も行った。

 

 ⭐️あめりかの移民制度改革の概略については、「終わりなき旅:混迷のアメリカ移民制度改革」(戦略策定フォーラム)、桑原靖夫編『グローバル時代の外国人労働者』(東洋経済新報社、2001年)などを参照されたい。

 

 







ジャンル:
経済
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