時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

失業率統計の重み

2005年09月26日 | 回想のアメリカ

失業率統計の重み
  アメリカの経済界で、失業率の変動は大きな注目を集める。株式市場でも投資家はその動向に絶えず着目している。経済指標として失業率、そして雇用統計への注目度は、日本よりはるかに大きいといえる。

  しかし、失業率はどの程度正確に労働市場の需給を反映しているのだろうか。注目度が高い割には、不完全な指標ではないかという疑問が高まっている。

アバウトな指標では
  アメリカの労働市場は、実際どのくらいの需給度なのか。大統領選挙の前は、ワシントンで、かなりの話題となったが、ブッシュ再選決定後、注目されなくなってしまった。 2005年6月の失業率は5%に低下し、2001年9月以来の水準となった。アラン・グリーンスパンは、下院での最後の出席となると思われる報告で、労働市場のスラック(「逼迫度」)について言及した。アメリカの単位労働コストが最近上昇に転じたからである。
  アメリカの失業率に関する分析は数限りなくあるが、どういうわけか、視野から脱落している部分がある。The Economistがとりあげた最近のK.Bradburyの論文は、その点を指摘している。
 
  ブラッドベリーは、失業率は労働市場のスラックを示すについて、プアーな尺度かもしれないという。彼女の基準では、510万人くらいの失業者が統計上、表に出ていない。かれらは仕事の機会が生まれそうならば、また求職者の列に戻るかもしれない人たちである。もしそうであれば「真の」失業率は8%以上であった。
  そうなると、失業者の数も750万人ではなく、1260万人となる。 求職をあきらめる人たち仕事を求める活動にはかなり時間をとられる。多くの求職者はあきらめて途中でやめてしまう。苦労して探すことをしない。こうしたいわゆる「求職意欲喪失労働者」discouraged workersのある者は、パートナーとか配偶者の所得に依存して生活する。学校へ戻る者もいる。政府の給付をあてにして、その条件を探す者もいる。こうした人たちは定義上、労働力ではないので失業者でもなくなる。
  そして、統計上は労働力率の下降の要因のひとつとなる。この下降は2001年の不況時からはっきりしてきた。2001年の3月、経済がピークであった時は16歳以上のアメリカ人で仕事についているか、探している者の比率は67.2%だった。しかし、過去18ヶ月近くこの数値は大体66%にはりついていた。生産活動が上昇しても反転しなかった。この違いは小さなものに見えるかもしれないが。100人のアメリカ人について1.2人、270万人以上である。

元気な高齢者
  過去の回復時には、「就業意欲喪失者」は仕事の機会の拡大や賃金の上昇とともに市場へ戻った。今回との違いはどこにあるのか。ブラッドベリーはこの点を精査した。景気上昇期には若年者や中年者は、特に仕事を求めるわけでもなかったが、高齢者は驚くほど働きたがった。もし、このパターンならば、55歳以下のさらに510万人が労働力に加わっていよう。若者、中年者の不足は高齢者の増加で相殺された。
  となると、ふたつの質問が生まれる。55歳以下の不明な数百万人は労働力化するのか。55歳以上はどうか。
  後者の質問に、ブラッドベリーは肯定的である。高齢者の勤勉さは仕事の拡大やベビーブームに関係しない。過去数年の間に、戦後最初のベビーブーマーは55歳になった。55歳以上の層は肉体的にも精神的にも予想以上に若い。次の数年に大きく変化することはありそうにない。
  最初の質問への回答はやや難しい。2001年の不況は、戦後の景気として最長記録となることを妨げた。当時は学生は勉強を途中でやめたり、中年者は退職時を延ばしたりした。ピークはもう戻らないだろうと、ブラッドベリーは指摘する。そうなれば、510万人のアメリカ人労働者は戻ってこない。

働く女性の行方
   もうひとつのミステリーは女性である。1960年代以降の40年間にアメリカの女性の労働力化は進んだ。不況で労働力率が変動したことはあっても傾向は変わらなかった。さらに上昇が続くだろう。 ブラッドベリーの計算でも、女性は大きな役割を果たしている。実は510万人の不明な人口のうち430万人は女性だ。この大きなギャップは、女性労働力が2001年3月よりも220万人近く増加したことを意味する。 しかし、ブラッドベリーはこの考えはあてはまらないとあっさり譲歩している。
  労働市場に参加している女性の60%とともに、彼女たちの労働市場参加への長い旅は終わろうとしている。これからは女性労働者は男子と同様に景気の変動とともに、上下してゆくだろう。このシナリオだと、おそらく不明な410万人の女性のうち、130万くらいだけが、経済回復とともに市場へ戻ることになろう。これは労働者全体として510万人ではなく、230万人の不足ということになる。
   もしブラッドベリーの推測が正しいとすると、アメリカの完全雇用は現在見えている水準よりもずっと遠い目標となる。彼女の計算では、アメリカ経済は連邦準備委員会が労働力不足、賃金上昇、インフレ圧力を憂慮するまでには、かなり成長余地を残していることを意味している。 ブラッドベリーの指摘は、別に目新しいものではない。discouraged worker 仮説が提示された後、たびたび論議の俎上にあがってきた。

 
  それよりも、これだけ複雑化した現代の労働市場の需給度を測定し、判断指標として公表するについて、失業率が示す理論と現実のギャップは、次第に大きくなっているように思える。乱気流の多い現代経済を、単純な気圧計を頼りに飛行しているような感じさえする。といって、すぐに補完的な指標が見つかるわけではないことは、十分承知の上ではある。
  実は、私が学生として最初にアメリカ・労働経済学のセミナーに出席した時、提示されたテーマがこれであった。当時は、「失業率4.6%は危険水域か」という議論であったのを思い出した。日本の完全失業率は1.1%の時代であった。 なにが変わって、なにが変わらないのだろうか。届けられたばかりの「国勢調査」の調査票の説明を読みながら、よけいなことを考えてしまった。

Reference
Katharine Bradbury,  Additional slack in the economy: the poor recovery in labour force participation during this business cycles,” Federal Reserve Bank of Boston

It’s the taking part that counts, The Economist, July 30th, 2005

キーワード
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