時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

この女性は?:興味深い事実へ

2017年07月15日 | 絵のある部屋

 

 


 この画面全体を圧倒するような女性は誰でしょうか。17世紀美術に多少なりと立ち入った人は、その神に祈るような姿態、頭蓋骨などのアトリビュートなどから直ちに分かるでしょう。しかし、画家を特定することはかなり難しい。

描いた画家は、今日ではル・ナン兄弟とりわけ3男のマティユーと推定されています。すでにパリに工房があったので、その支援もあったかもしれません。しかし、この作品は、これまでル・ナン兄弟の作品を取り上げた企画展などにはほとんど出展されたことがありませんでした。その意味で、今回のキンベル美術館、サンフランシスコ美術館の巡回展に本作品が出展されたことは、大きな注目を集めました。ル・ナン兄弟の代表的な作品とされてきた『農民の家族』のような独特な沈んだようなやや単調に感じられる色彩で描かれた作品に慣れた人々には別人の作品のように見えるかもしれません。しかし、制作した画家はかなりの力量の持ち主であり、傑作であることは間違いありません。

この画面を女性がほぼ一人占めしたような、斬新な構図と姿態は、動的で衝撃的な印象を与えます。主題の関係もあって、色彩も暗色系に抑えられているが、作品が高いレヴェルの質を維持していることは、直ちに伝わってきます。最近、他にもル・ナン兄弟の手になると考えられる作品が発見され、それらとの比較研究も進み、本作がル・ナン兄弟の作品であることは、今日ほぼ確定しています。それにもかかわらず、この作品がル・ナン兄弟の多数の作品の中では、やや異色の位置にあることが、暗黙裡にも認められていることが注目点といえる。その点は、ル・ナン兄弟の現存する作品全体を展望してみないと、分からないかもしれない。

カタログ・レゾネを読みながら、驚いたこともあった(p.144)。ル・ナン兄弟がそれぞれどこで徒弟あるいは画業の修業をしたかは、未だに判然としないが、この作品、一時は、ユトレヒト・カラヴァジェスキの影響を受けた作品と考えられてきた。
しかし、最近では17世紀フランスの大家、そしてあのロレーヌの画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの作品からインスピレーションを得たのではないかとの説が有力になっている。改めて、ラ・トゥールの作品群と対比して見る。マグダラのマリアを描いたジョルジュ・ド・ラ・トゥールの作品は数多いが、概してきわめて静的であり、闇に沈んだような中で悔悛し、ひたすら神に祈る女性のイメージが伝わってくる。全体像が描かれていても、一本のろうそくの光に映し出される女性の容貌もしばしば確認できない。

他方、このル・ナン作では、女性の容貌はほぼ前面からはっきりと描き出されている。彼女の精神的あるいは信仰の状態が、いかなる次元にあるか、定かではない。しかし、ラ・トゥールのような段階的区分をしてみれば、おそらく世俗の官能の世界に身を置いていた次元から、悔悛と信仰の過程へと移りゆく変化の姿が想定されているのではないかと思われる。作品右側に上から釣り下げられた燭台が小さな光を発しているが、全体を映し出す光の源がなんであるかはわからない。女性の足元の木材は、十字架の一部のようだ。

この作品が制作されたのは、1930年とされる。ラ・トゥールがルイ13世の求めに応じてパリに旅したのは、1929年であった。両者の間になんらかの直接的関係があったかは今の時点では不明である。しかし、当時すでに著名な画家として知られていたラ・トゥールのことを、ル・ナン兄弟、あるいはパリの工房が知らなかったとは考えられない。今後の研究が進むにつれて、さらに興味深い事実が見いだされるかもしれない。




上掲作品:
ル・ナン『悔悛するマグダラのマリア』 

Le Nain, The Penitent Magdalene
ca.1640
143 x 121cm
Private collection, Courtesy of Galerie Canesso, Paris 


 


 

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