時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

東と西は分かり合えるか:オルハン・パムク『白い城』を読む

2005年06月07日 | 書棚の片隅から
  表紙を見て、初夏の昼下がりに気軽に読んでみたいと思った。しかし、その予想は見事に外れ、なにかと考えさせられる作品だった。   

  17世紀のある時、若いイタリアの学生がナポリからヴェニスへの航海途上で海賊にとらわれの身となり、コンスタンティノープル(現在のイスタンブール)の奴隷市場に出される。幸い西欧の科学や知的状況に興味を抱くホージャ(主人)という名で知られる下級の宮廷人に引き取られる。

  ホージャは若いスルタンに使えている下級の従者である。ホージャと奴隷の若者の間には、次第に不思議な関係が生まれる。最初は主人と奴隷の関係であった二人だが、ホージャは西洋の科学や技術を知りたがり、奴隷は医学や天文学を教えてゆく。ホージャも幼いスルタンの覚えめでたく信頼を得る。お互いに自分の秘密を打ち明け、話が進むにつれてどちらがどちらか分からなくなってゆく。アイデンティティまで交じり合ってしまうようだ。

  二人は東と西の文明を象徴しているかのごとくでもある。ホージャはヨーロッパの最新技術を習得し、オットーマン帝国の栄光を取り戻したいという思いにとりつかれている。そして、その行く末は、思いもかけない結末へとつながってゆく。

  この作品で著者パムクはなにを語ろうとしているのか。歴史小説とも、文明論とも考えられないこともない。話の舞台はイスタンブールだが、実はこの好奇心をそそる歴史的な都市をしのばせるような情景はほとんどなにも出てこない。パムクはそれを別の著作のために残したのだろうか。ペーパーバックでわすか145ページの作品、背景、詳細を一切捨象したような感じもある。それだけに行間に潜ませた作者の思いも深いのだろう。著者を知るに、もう一冊読んでみたいと思わせる作品である。


* Orhan Pamuk. The White Castle. Manchester: Faber and Faber, 1991. Translated by Victoria Holbrook.
Paper Back 版には、サイコロジックなものから、ここに掲示したものまでいくつかの表紙があるようだ。この表紙が内容に最もふさわしいような気がする。
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