時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

夏の日のテラス:花と海を眺めて

2014年06月09日 | 書棚の片隅から

 

クロード・モネ『サンタドレスのテラス』

Claude Monet(Paris, 1840-Giverny, 1926)

Garden at Sainte-Adrresse、Oil on Canvas, 98.1 x 129.9cm
1867
New York, The Metropolitan Museum of Art
Source:http://jenl.pagesperso-orange.fr/frame.html

 

  6月に入ったばかりというのに、真夏のような暑さの日が続いて、この夏は厳しいかとおもったが、梅雨入りして、少し気温は下がったようだ。呼吸器が強くない管理人は、冬よりは夏の方が好きだ。汗をかくことで、新陳代謝が促され、夏の方が過ごしやすい。それでも、この蒸し暑さには異常さを感じる。子供の頃も暑かったけれど、真夏は7-8月頃であり、5月や6月ではなかった気がする。

暑気忘れの読書
 この数年、いつとはなく、ある暑さ対策を始めた。酷暑の日であっても、気軽に手にとれ、読み始めたらしばし暑さなど忘れて、ページを繰っているような書籍を近くに積んでおく。これはいつの間にか習慣のようにになってしまった。海外に滞在していた時は、夏休みのお勧め本のようなリストが、書店などから多数送られてきたが、大体読みたい本は含まれていないので、自分で選び積み上げておく。多くは大きな書店へ出かけた時に選んでおく。最近の例では、ブログに記した「HHhH」などはその一冊だ。このところ、フランス語のレッスンの関係で、フランスものが多くなっている。

 その中の一冊を取り上げてしてみたい。ブノワ・デュトゥルトル(西永良成訳)『フランス紀行』(早川書房、2014年)なる小説だ。実は、この作品、フランス語版の刊行時に書店で見ているのだが、今日まで手にとって読むことはしなかった。この小説に気づいたのは、平積みにされていた書籍の表紙(クロード・モネの作品)に惹かれたことにある。最近の書籍の場合、表紙と内容が必ずしも直接的な関係がないことも多いのだが、これはもしかすると面白いかもしれないと直感した。



ガリマール社文庫版表紙



印象派好きの日本人
 
 日本人は印象派の絵画が好きな人が多いが、
印象派の巨匠のひとりクロード・モネについては、フランス人以上にファンがいるのではないかとさえ思う。オルセー美術館、オランジェリー美術館、マルモッタン・モネ美術館、シカゴ美術館など、モネの作品がある所には、必ず日本人がいるといってもよい。とりわけ、あの睡蓮が描かれた作品は多くの日本人を惹きつけてやまない。

 モネの真作が何点あるのか数えたことはないので知らないが、おびただしい数になる。世界中に分散しており、日本にもかなりの点数が所蔵されている。モネの作品の大多数はフランスにあると思い込んでおられるとしたら、大きな思い違いだ。そのこともあって、モネ好きを自称される方でも、
フランス以外の美術館に所蔵されているモネの作品をご存じない場合も多い。

 この小説の表紙になっている作品も、モネの手になるものであることを知る人は案外少ない。作品がアメリカにあることも影響しているかもしれない。モネの初期の代表的作品『サンタドレスのテラス』である。ひと目見るだけで、心が開かれるような風景だ。輝くような日の光に照らされて、足下には美しい花々が咲き乱れ、さらに前方の視界には美しい青色の海が飛び込んでくる。爽やかな海の風が感じられるほどだ。実際にはこの日の空は曇天であることを気づかせないほど、光が満ちている。画面をよく見ると、はるか地平線の彼方にはセーヌ川左岸河口に位置するオンフルール Honfleur と思われる町が望まれる。今はル・アーブルとノルマンディー橋で結ばれている。

家族のための作品 
 
作品の色彩がモネ独特の印象主義的なものというよりは、きわめて現実に近い鮮やかな色彩である。モネは自らのこの作品を『旗の翻る中国画』と呼んでいたらしい。たまたま、前回のブログに掲載した浮世絵「横浜名所之内渡せん場」の光景にもフランス国旗と日の丸が描かれていることに気づいた。画面は花の溢れる庭園、海、そして空と水平にほぼ3分割されており、モネは制作当時、かなり冒険的な構図と言っていたようだ。多彩な色、画面を縦に切るような旗、そして水平線上の多くの舟のマスト、煙を上げる煙突など、細部にもこだわりが感じられる。

 
この作品は、フランス、ノルマンディ地方のル・アーヴルに近い港町サンタドレスに住むモネの父親アドルフ(白いパナマ帽を被っている)と伯母ソフィー・ルカドルの一家の人々を描いたとみられる。椅子に座っているのは、モネの父親アドルフとルカドルの他の従姉妹ソフィー(白い日傘で顔は見えない)、海辺に近い垣根の近くに立っているのは、モネの従姉妹ジャンヌ=マルグリット・ルカドルと彼女の父親アドルフと推定されている。

 特にモネをごひいきにしているわけではないのだが、この絵画作品については、最初アメリカでお披露目があった時の印象が強く、好きな作品である。たまたまニューヨークに滞在していた1967年に、メトロポリタン美術館が美術館友の会の募金と基金で購入した。またフランス絵画のアメリカ流出と、当時かなり話題となった。画面の両側にフランス国旗とサン・タドレスの旗だろうか(カタログなどにも説明はない)が翻っている。モネの作品としては、初期の珍しいもので、フランス美術関係者としては大変残念に思ったのだろう。

「パリのアメリカ人」新ヴァージョン?
 モネの作品についての前置きが長くなってしまったが、このブノワ・デュトゥルトルの『フランス紀行』は、フランスに憧れるニューヨークに暮らすアメリカ人青年デイヴィッドが、「俗悪な」アメリカを離れ、「洗練された」フランスへ旅行する話だ。印象派の絵画を好み、ドビュッシーを聴き、パリに憧れる。すでに出来上がっている「パリのアメリカ人」の現代版ともいえる。この手の話はイギリス人から見たフランス版「パリのイギリス人」も生まれており(たとえばStephen Clarkeのシリーズもの)、テーマとしては、それ自体とりたてて目新しさはない。双方共に、ユーモアと社会風刺に充ちている。

 いまやインターネットが発達し、フランスでマクドナルドのハンバーガーが若者の間に定着している時代だけに、それよりテンポが遅れているアメリカ人青年の行動、考えが笑いを誘う。ちなみに本書は2001年に刊行され、フランスでは著名なメディシス賞を受賞している。作者のブノワ・デュトゥルトル自身は、それまでに多数の作品を世に送っているフランス文壇で地位を確保している作家である。原著の出版と翻訳の間には、少し年月の経過があるので、その後フランスのグローバル化(アメリカ化)は急速に進んだこともあって、今読むとその間のギャップも面白い。

 ただ、ブノワ・デュトゥルトルの方は、より文学的でアメリカからやってきたフランスかぶれの青年に、中年のフランス男の「私」を対峙させてのかつての旧大陸と新大陸の関係を、巧みに今に再現させている。

 アメリカとフランスの双方について、ある程度知識のある読者には、テーマとともに、細部の記述に工夫がこらされていて、大変興味深く、暑さしのぎにはお勧めの一冊と思う。 





ブノワ・デュトゥルトル(西永良成訳)『フランス紀行』早川書房、2014年
Benoit Duteurtre Le voyage en France (Éditions Gallimard, 2001)

   

 

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