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第五章 妻との出会い

 復員した奥崎は旧友の家を訪ねた。旧友の実家は東京の中野にあり、見渡す限りの焼け野原だった。旧友の父は奥崎の訪問にはあまり喜ばず、闇商売の客と話し込んで、奥崎をムシした。
「自分だけ助かりやがって」
旧友の父親はそう思っているのだろう。奥崎は訪問を後悔し、しばらくは戦友に会うことはなかった。遺骨が帰ってきても骨壺の中は何も入っていない。遺族はそれを知っていても絶対に中身は見ないのだ。
太平洋戦争で「玉砕」という言葉があるが、必ずしも全滅はしていない。例えば硫黄島でも一〇〇〇人単位の捕虜がいた。生き残って戦友の墓前に経を読む供養を続けている人物がいるのを聞いた。遺族は悉く、自分だけうまく助かりやがってと白い目で見るという。一家の大黒柱を戦争で取られ、敗戦で焼け出され、食料もない遺族にはその後の生活は筆舌しがたいものであるだろう。

奥崎は失意の念を抱きながら本籍地である兵庫県三木市に戻った。父母共に健在で、再会を喜んだが、奥崎の母は栄養失調や無理がたたり失明状態となっていた。食うや食わずの生活が続く奥崎家に、満足に母の治療に充てる金銭は無かった。父は奥崎の復員後、程なくして息を引き取った。
奥崎は、食うために炭坑で働くが満足に食えないので再度三木に舞い戻る。しかし、たまたま訪れた職安で住み込み工員の仕事を見つけて、やっと何とか生計を立てる目処がつくようになった。その時、住み込み寮で寮母をしていたのが生涯の伴侶となるシズミであった。奥崎がシズミの部屋に夜這いに行ったときに、奥崎の父が亡くなった。奥崎が駆けつけたときには、父の死体は既に湯灌されていた。顔は白い布で覆われ北枕で横たわっていた。葬儀の要領がわからずに、従兄弟に聞いた。土葬の手続をするために村に一件だけある医者に死亡診断書を書いて貰うと死因は「老衰」だった。奥崎は香典をかき集めてなんとか父の葬儀を出した。
 奥崎は何度もシズミと逢瀬を重ねるのだが、既にシズミは未亡人であったので、体は求めても結婚の対象として考えていなかったのだが、これは死んだ父がシズミとの縁を引き合わせたと奥崎は述解する。事実、奥崎は別の女性との結婚を考えていたらしいが、デートの最中にキスを拒まれ、見事にフラれてしまった背景も影響したのかも知れない。奥崎はシズミにプロポーズした。シズミは即答を避け、
「田舎の家に帰って相談してくる」
と言われて、奥崎は未婚の女のような態度を取るんだなと、意外に思った。数日後、シズミは戻ってきて奥崎との結婚を承諾した。
 シズミとの結婚式は本当にささやかなもので、会社の厚生部長を仲人に仕立て上げて、急ごしらえなものであったが、奥崎は人並みの幸せを感じていた。その奥崎の母も父の死を追うようにして昭和二三年にその生涯を閉じる。若い奥崎ですら空腹を満たせない時代であったので、貧しい老人が生き抜くことは、ニューギニアで生き抜くこと同様に困難であったのかもしれない。闇米を運んで儲けた金で母にラジオをプレゼントしたのが奥崎唯一の親孝行だった。
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